作者:邪魔イカ
身体的損傷は寧ろ少ない。だが意識は朦朧として、膝を付いているのが精一杯だった。ヌシと結は既に地に体を横たえている。
(まぁ、死んでるとは考え難いがね。あの人達の場合……)
何しろ、文字通り『殺しても死なない』奴だ。結は本当に動けないのだろうが、ヌシは恐らくグースカと図太く眠っているのだろう。想像すると少し笑えてくる。
「絶望を前に、笑うことしか出来なくなったか」
透伊の耳に、男の声が飛び込む。低く、尊厳に満ちた、そして僅かに狂気を孕んだ声だ。
透伊は少しだけ目を細め、声の主、ファレーナ=ディ・ザストロを睨み付けた。
出会ったのは三人の人間だった。金髪赤目の眼鏡男、眼帯の女、そして白衣の少年。
金髪の男は中々抵抗してくれたが、最期は呆気ないものだった。今は眼帯の女と共に地に伏せて動かない。残るのは白衣の少年だけだが、こちらも膝を付いてそのまま動けないようだ。何が可笑しいのか、クスクスと笑っている。
「絶望を前に、笑うことしか出来なくなったか」
ファレーナはフン、と嘲笑いながら呟く。その声に反応したのか少年はこちらを睨み付けた。その目付きは、生意気にも鋭い。
「つまらんな」
せめてもの手向けだ。一息に終わらせてやろう。
ファレーナは呪文を唱え、災厄の魔術を少年に向けて放った。
男が呪文を唱える。何となく、第六感というか、今まで培った経験則というか、そういったものが透伊の精神に語りかける。
(ああ、いよいよヤバイかな)
胸がざわつく。恐怖か?否、透伊は『これ』の正体を知っている。
(あ)
透伊は己の意識が『狂気』に喰われていくのを感じながら、高らかに笑い声をあげた。
「キヒッ」
少年が声をあげたのは、ファレーナが魔術を発動した少し後だった。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」
それから少年は堰を切ったように笑い声をあげた。その目は最早常人のそれではない。
「ははははははは、まだだな、これならまだ屍食鬼(グール)の方が怖気も走ったよ」
言いながら、少年はゆらりと立ち上がる。動きも声の抑揚も先程とは打って変わって、『何か』に取り憑かれたかの様だ。
「じゃあ見せてやるよ……本物の『狂気』ってヤツをなァ!!!!」
少年はどこからか部厚い本を取り出し、開く。そしてブツブツと何かを呟き始めた。恐らく魔術の呪文だろう。
(だが、させん)
ファレーナは再び少年に向けて術を放つ。だが、少年の詠唱は止まらなかった。
「―――――――――――――」
その瞬間、ファレーナの目の前を闇が覆った。