学パロ

作者:邪魔イカ

放課を告げるチャイムが校舎内に響き渡り、教室に集まったクラスメイト達は散り散りになっていく。殆どの生徒は部活動へ赴き、糞真面目な者は図書室や空き教室でまだまだ勉学に励むのだろう。生憎、透伊は部活には入っていないし、勉強は家でする方が捗るので、教室が無人になるのを待ってから真っ直ぐ昇降口に向かった。用事も無いのに学校(こんなところ)に残る必要は無い。

(それに、今日は……)

透伊にとって、今日は特別だった。金曜日で次の日が休みだからというだけではない。この時期は、透伊がよく通っている喫茶店で限定メニューが出るのだ。これを逃す手はない。限定メニューのケーキを食べながら美味しいコーヒーを飲んで、ゆったりした時間を過ごす。有意義な時間とはまさにこの事だろう。
透伊は昇降口で靴を履き替え、足取り軽く歩き出した。
 

カラン、カラン


「いらっしゃませー。あら、透伊ちゃん来たのね」

軽いベルの音と、人の良さそうな女性店主の声が透伊を迎える。透伊は店主の前のカウンター席に着いた。

「こんにちは、店長さん。限定メニュー頂きに来ました」

「はいはい、そう言うと思って透伊ちゃんの分はとっておいてるよ」

「本当ですか?ありがとうございます。あとコーヒーを」

「はい、少々お待ちください」

そう言うと、店主は準備を始めた。すぐにコーヒーの良い香りが透伊の鼻を擽る。この店のコーヒーは本当に美味い、と透伊は思う。最初はなんとなく立ち寄っただけだったが、その時頼んだコーヒーを飲んで一目惚れ――一口惚れと言うべきか。今では店主と仲良くなる程通っている。

そんな事を考えながら店を眺めていると、ある程度見知った従業員の中に見慣れないシルエットがあるのを捉えた。

(この店に髪長い人なんていたっけ……?)

そういえば、店主が「このところ忙しくなって来たから、新しい子雇おうと思ってね~」と言っていた事を思い出す。では、あの人が新しいバイトの人だろうか。そう思いながら見ていると、その人がこちらを振り向いた。

「あれ、井ノ本さん……?」


透伊はギョッとした。無理もない。
その人は、透伊の学校のクラスメイトだったのだから。
 

井ノ本透伊は面倒事が嫌いだ。面倒事を避けて生きていくことに命を懸けていると言っても過言ではなかった。学校でも極力目立たず、交友関係は不自由しない程度、成績もそれなり。周りからは視界の端にも入らないような、凡人であることに努めていたのだ。

「あれ、井ノ本さん……?」

そんな透伊にとって、『放課後や休日などプライベートな時間にクラスメイトに遭遇する』という事は、あまり好ましくない状況だった。




「あ……どうも。庵原さん」

今、自分の顔は引きつっている。透伊は確固たる自信をもってそう思えた。そんな透伊の様子に気付いていないのか、はたまた気付いていないフリをしているのか、クラスメイト――庵原鳴海は柔らかく微笑んだ。

「意外。井ノ本さんってこういう所来るんだね」

「あー……俺も、庵原さんがここで働いてるなんて知らなかった」

「ついこの間入ったばかりだけど」

鳴海はそう言ってから、店を出る客に「ありがとうございました」と声をかけた。鳴海の視線が逸れると、自然と溜め息が出た。なんたる事だ。


(早くコーヒー来ないかな……)

目当てだった限定メニューのケーキにはありつけた。美味しいコーヒーも飲んだ。目的は達したはずだ。なのに、この釈然としない気分は一体何だ。

「あ……ごめんなさい、待たせちゃって」

店の裏口の横で座り込んでいると、扉から学校の制服姿の鳴海が出てきた。



あの後、店主がコーヒーを持って来て、透伊と鳴海が同じ学校のクラスメイトだということを知られてしまった。そしてあろうことか―――

「じゃあ鳴海ちゃん、今日はもう上がっていいから、透伊ちゃんと一緒に帰りなさいな」



―――で、今に至るというわけである。

(何を言ってるかわからねぇと思うが、俺にもよくわかりません)

「あー、いやいや大丈夫ですよ」

よいしょ、と立ち上がりながら言い、鳴海の横に並んで歩き出した。



大体、鳴海とは殆ど話をした事が無かった。むしろ名前を覚えられているのが奇跡なくらいだ。それがどうしてこうなった。今回ばかりはあの店主の人の良さを呪うしかない。ちくしょう。


心の中で悪態を吐いていると、鳴海がこちらをジッと見ているのに気付いた。

「えっと……俺の顔に何か付いてますか?」

「いえ……そういえば井ノ本さんとあまり話したことってないなぁって思って」

「あー、まぁそうですね」

「井ノ本さんって、人嫌いそうだし」

ギクリ、と胸の内が動揺する。顔に出ていないことを祈りたい。

「…………そんなことないですよ」

「嘘」

嘘『では』ない。他人が嫌いなのではない。面倒な人付き合いが嫌いなのだ。
鳴海は真っ直ぐこちらを見ている。目を合わせづらいのは、少なからず後ろめたい気持ちがあるからなのだろうか。

「あ、私こっちだから」

は?と顔を上げると、鳴海は何事も無かったかのように交差点の右側を指差して微笑んでいた。

「じゃあ、また学校でね。井ノ本さん」

そして小さく手を振って、さっさと指差した方向へ歩いて行ってしまった。透伊はしばらくその後ろ姿を見つめ、深い溜め息を吐いてからようやく帰路についた。


いつも以上に、学校に行くのが憂鬱に思えた。

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最終更新:2014年05月30日 02:44