作者:代理店
放課を告げるチャイムが校舎内に響き渡り、教室にいたクラスメイト達は散り散りになっていく。殆どの生徒は部活動へ赴き、真面目な者は図書室や空き教室でまだまだ勉学に励むのだろう。
しかしながら鳴海はアルバイトがあったので、ホームルームが終わるとほぼ同時に教室を飛び出した。最近は本にかける支出がお小遣いの収入と均衡してきたので、これではマズいと思ってアルバイトをはじめたのだ。
勤務先はとある喫茶店。落ち着いていて、オトナの雰囲気をもつ…というのは鳴海の感想だ。
(それに、今日こそは……)
鳴海にとって、今日は特別だった。今日が金曜日で次の日が休みだからというだけではない。
店長から鳴海と同い年くらいの常連客の存在を知らされてからというもの、少しばかりその常連客が気になっていた。店長曰く甘いマスクの好青年(?)だというので、これまで会えなかった運の悪さを呪いつつもどんな人かと期待してしまう。
庵原鳴海、このとき17歳。やはり恋に恋するオトメなお年頃であった。
カラン、カラン
「いらっしゃーい。鳴海ちゃん、今日もよろしくね」
軽快なベルの音と、人の良さそうな女性店主の声が鳴海を迎える。鳴海はいつも彼女はファンタジーなら忠国の王妃役がピッタリだと思っていた。その事を話すと彼女は「なぁに、それ」と言ってコロコロと笑った。やっぱり分かりづらい例えだったようだ。
今日もウェイターとして頑張ろう。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
その後はまったりとした時間が流れる。店長も客も、穏やかでゆったりした時間を過ごすのがこの店だ。まあ、来客は多いから忙しなく動く私だけは流れる時間が違うようである。
退出したお客様のカップを片付けて机を拭いていた時に、カラン、とドアのベルが鳴った。
「こんにちは、店長さん。限定メニュー頂きに来ました」
机を拭きながらいらっしゃいませと言うのはどうなんだろうかと悩んでいるうちに、店長さんと話し始めてしまった。常連さんだろうか?
「はいはい、そう言うと思って透伊ちゃんの分はとっておいてるよ」
「本当ですか?ありがとうございます。あとコーヒーを」
「はい、少々お待ちください」
そう言うと、店長は準備を始めた。あの常連さんはカウンターに座ったから接客対応は主に店長が行う。私の出番は特にはないので机拭きを続行。
店長は「とい」と、さっき来た客を名前を呼んだ。すなわち常連のなかでも上客あるいは古参ということだ(と常連さんに教えてもらった)。
鳴海がこの店でアルバイトを始めてまだ間もないためか、名前で呼ばれる常連さんを見たことがなかった。
「ん? う~ん……」
「あら、どうしたの透伊ちゃん」
「あ、いや何でもないです」
机を片付ける背中に、なぜかヒシヒシと視線を感じる。スカートがめくれてて脚がなんかスースーするとかそういう失態は今はしてないはずだから、若干の居心地の悪さを感じつつも片付けをやりきる。
こことあっちのテーブルの角砂糖が減ってたから足さないと、と思いつつ布巾やカップをトレイにのせてカウンター内に戻ろうと振り返ったときに、見覚えのある顔が視界に飛び込んできた。
バサバサの金髪を後ろで束ねた髪型に、中性的な顔立ちの人。ともすれば男に見られそうな「彼女」を鳴海は知っている。
「あれ、井ノ本さん……?」
透伊はギョッとしてこちらを見やった。
彼女は、人付き合いの苦手そうなクラスメイトだったのだから。