作者:まふらー
とある昼下がり、警戒するように周囲に視線を巡らせながら瓦礫の上を歩く少女が一人。
少女の名は紅月更紗。
更紗は以前より思い悩んでいた。周りは皆何かしらの特殊能力を持つ者ばかり。勿論能力持ちでない人もいるが、それを補えるほどに身体能力が優れていたりと充分に強い。
対して自分はどうだろうか。ついこの前まで普通の人生を歩んでいた、ただの女子学生"だ。しかしその境遇に甘える気は無かった。それ相応の努力をすれば強くなれる筈で、能力持ちにも引けは取らないと思っている。
「皆さんの足手まといにはなりたくありません…私自身のためにも、強くならなくては…!!」
強者揃いのこの世界で生きるため、そして元の世界へ無事帰還するという強い想いに突き動かされて更紗は立ち上がったのであった。
そうして今に至り。
「うーむ…なかなか見つかりませんね…」
積み上げられた瓦礫の上、幾分か見晴らしの良いこの場所なら分かりやすいだろうかと登ってみたものの。
結局お目当てのものは発見出来ず、軽くため息を吐くと瓦礫の山を降りて再び歩き出す。
この世界には幸い魔獣という存在がいる。それを倒し経験を積む事によって強くなろうという、RPGでいう所のレベルアップ作業をしようと考えたのだ。しかし当の魔獣になかなか遭遇出来ない。
「ん、あれはいったい…?」
歩き出したその向こう、残された建物の一部分なのか、はたまた只の塀であったのかは分からないが遠くに壁があり、その近くには人影がある。
「…私達と同じように飛ばされて来たのでしたら、見過ごす訳にはいきません。今日の予定は変更ですね」
そう決めるや否や歩く速度を少し早めて壁を目指す。勿論襲ってこないとも限らないため、薙刀を握る手には力を込めて警戒は忘れずに。
そうして段々距離が近付いて行くと、先程見た人影が確認出来ない事に気付く。
「…?どこかに隠れて見えないだけ、でしょうか…ここからでは少し遠すぎますね」
もっと近付こうと足を動かした瞬間、いきなり目前に何かが飛び出して来る。
咄嗟に飛び退いたものの、腕には軽く痛みが走り奇襲を仕掛けられたのだと理解する。
「…知らないひと…」
声がした方を見遣ると其処には正に獣人と呼ぶに相応しい風貌をした女性が立っていて、敵対心を剥き出しにして此方を睨んでいる。
どうしたものかと思考する暇もなく、再び甲当てから伸びる鈎での攻撃を繰り出して来る。
「そちらがその気なら、私もただ大人しくしているつもりはありま、せんっ…!」
更紗も黙ってはいられず素早くそれに反応すると、薙刀と鈎がぶつかり合う。それが離れると今度は更紗が薙刀を振るうが、同じようにして防がれる。
そうしてしばらくの間は激しい攻防が続いていたが、どちらともなく距離を取る。
いつの間にかお互いの身体には幾つもの傷が出来ていた。
「…は…これでは決着がつきませんね。というより、私は貴女の敵だとも限らないんです。落ち着いて、話を聞いていただけませんか?」
「………いや!!」
「な…!?」
語りかける更紗に獣人の女性は声を張り上げて拒否をする。すると次の瞬間に女性は姿を消し、変わりに巨大な犬のような獣が更紗を見下ろしていた。
その体格差に更紗は愕然とするが、ここで引く訳にもいかない。もう一度薙刀の柄を強く握り直し、相手に向かい走って行く。
「やあああああ!!」
向かって行く際に爪で引き裂かれそうになるが、それを紙一重で避けると薙刀に力を込めて思い切り横に薙ぐ。
何とか傷を付けられたようで、そこから吹き出した血が掛かるが怯む事なく更に一閃。
攻撃は二回とも命中したが相手は呻き声を上げるだけでダウンする気配が無い。策を練る事が必要なのであろうが今の更紗は焦りを生むばかりでまともな思考が出来ずにいた。
「…っこのままでは…」
「グルルルルル…ガウッ!!」
「……っあ!?」
――回り込まれた…!!
低く唸る声が聞こえた頃にはもう遅く、思案する事に気をとられていた更紗は背後からのし掛かられてしまった。
「…このっ…!」
「ガアアアッ!!」
「っああああぁ!!」
それでも負けじと暴れていた更紗であったが、咆哮と共に鋭い爪で背中を裂かれ悲鳴を上げる。
最早身体はボロボロで、傷みからか悔しさからか涙で歪む視界と遠ざかっていく意識。背中の重みが引いていくのをどこかぼんやりと感じながら、そこで更紗の意識は途絶えた。
―――――――――
「…………」
気を失った少女を見下ろす影は、自分はどうしてとどめを刺さなかったのだろうと考える。
殺さなかった?いや、殺せなかった。それがどうしてかはわからない。ただ、この人間は何かを訴えていた。
…それが気になったのかもしれない。
彼女の中にもう敵意は残っていなかった。