第13回トーナメント:決勝③
No.6579
【スタンド名】
アルファベティカル26
【本体】
八重神 宝(ヤエガミ ホウ)
【能力】
アルファベットが繋がって『単語』になったものに変化する
No.6597
【スタンド名】
ハレルヤ・ハリケーン
【本体】
卍山下 秋実(マンサンカ アキミ)
【能力】
触れた対象の「特性」を強化する
アルファベティカル26 vs ハレルヤ・ハリケーン
【STAGE:採掘場】◆aqlrDxpX0s
草一つ生えていない、砂埃の舞う荒野に少女が2人立っていた。
荒野といってもそこは山を切り崩して人工的に作られた場所であり、離れた場所には大型のパワーショベルやダンプが置かれていた。
山の頂上に向かってジグザグに坂が作られており、石を砕いて採るための崖があちらこちらにある。
採掘場は手つかずの森林に囲われ、麓の道路に面している部分は道路に砂塵が舞うのを防ぐためのトタンの壁が設置されている。
その採掘場の一番下のエリアに2人は立っていた。
トーナメント決勝戦の舞台として指定されたこの場所で2人は切り立った崖のほうを眺めていた。
カフェオレのようなむらのない綺麗な浅黒い肌の『八重神宝』は、手に高村光太郎の詩集を持ちぼうっと無機質な灰色の景色をただ見ていた。
そのとなりでカプチーノの泡のようなきめ細やかな白い肌の『卍山下秋実』は目をキラキラ輝かせて、何層にも連なる石切り場や大きなパワーショベルに目移りしていた。
「…………」
「うわーっ、うわーっ! 採石場だよ! うわーっ!!」
「……秋実ちゃん、なんでそんなにテンション高いの……?」
「逆にほーちゃんはなんでそんなテンション低いの」
テンションのあまりの差に秋実はさすがに気恥ずかしくなってくる。
一方の八重神宝は、秋実とこの採掘場で顔合わせしたときに
あの人気アイドルの卍山下秋実とこんな場所で出会い、しかもスタンド使いで、しかもトーナメント出場者であるという驚くべき出来事が重なって
もはや驚きつかれたということが今のテンションの原因ともなっているのだが。
「だってほーちゃん、採石場つったら特撮モノの定番だよ!? ここで今から試合するのかぁーって思ったら、心が盛り上がっちゃうでしょ!」
(やっぱ、ホントに戦うんだなぁ。アイドルの秋実ちゃんと……どうしてこうなった)
宝の想いをよそに秋実はさらに話し続ける。
「ヒーローと怪人が街中で戦ってたと思ったら、いつのまにか採石場に移動しててさ」
(怪人?)
「採石場の広場いっぱいに駆け回ったアクションが始まって!」
(広場いっぱいに駆け回る……)
「戦闘員を全部片付けて、『あとはおまえだけだ、怪人め!』ってね! そして5人が力を合わせた合体技が!」
(……合体技)
「それを喰らった怪人が、断末魔と共に、大爆発!!」
(だ、大爆発)
「やった、倒した! と思いきや怪人がズモンモンモンムゥオンと巨大化して、こっちも合体ロボで立ち向かう!」
(ズモンモンモンムゥオン……)
「……特撮といえば採石場だよねえ、憧れだったんだよねえ。私がもうちょっと背が大きければピンクになれたかもしれないのに」
「ねえ、や、やっぱ戦うんだよね、私たち」
宝が遠慮がちな態度で秋実にきくと、秋実はうーんと小さく唸ってから言った。
「ま、仕方ないよね! アクションの稽古と思ってがんばろう!」
秋実がそう軽く言ったのは、秋実がこれまで肉弾戦らしい戦いはしてこなかったということもあるのだが、
あっさりとそう言ってしまう秋実に宝は不安になり、秋実に気づかれぬようにため息をする。
(ほんとうは走り回ったりするの苦手なんだけどなぁ)
「やろうね! 爆発や巨大化!」
「ね、ねぇ……こんな場所に来て何だけど、知的なゲームで決着つけようよ……トランプとか、ジャンケンとか……」
ニコニコ笑う秋実に宝がおどおどとそのような提案をしたと同時に、2人の間に空から落ちてきたように黒服の男が現れた。
「残念ながら、認められません。今回試合内容を決めるのは私でございます」
「出たな怪人! キサマは私たち鰤キュアがハッピーパワーで浄化してやる!」
「秋実ちゃん、倒しちゃダメだよ、立会人だよ。あと特撮じゃなくなってるよ……」
突然現れた立会人に秋実はノリノリで指を突きつけるが立会人はピクリとも反応せずにルール説明を始めた。
「勝負は『これ』です」
そう言って立会人が取り出したのは『ダイヤモンド』だった。幅4cmほどの、宝石にしてはかなり大きなそれは丁寧にカットされてキラキラと輝いている。
そのダイヤモンドを見てその美しさに2人は息を飲む。
「試合時間はきっかり20分です。20分経過時点でこのダイヤモンドを持っていたほうが勝利となります。
正確に言えばこのダイヤモンドに一番近い場所に居たほうの勝ちです。どちらも持っていなかった場合、たとえ1cmの違いでも距離の近いほうの勝利です。
また、ダイヤモンドを持った方がこの採掘場を出ることは禁止とします」
宝も秋実も気がつけば真剣に立会人の説明を聞いていた。
巨大なダイヤモンドという異様なものを突然見せつけられて気を引き締められたのか、
あるいはトーナメントの優勝ということへの思い入れを思い出したからか。
しかし、その後立会人が続けた言葉は、2人をまたさらに動揺させることになる。
「20分という限られた時間です。勝負を円滑に進めてかつ盛り上げるために……『お二人のそれぞれの能力を簡単にご説明いたします』」
2人がえっと言う間もなく立会人は話し続けた。
「卍山下秋実様の『ハレルヤ・ハリケーン』は、ものの『特性』を『強化』する能力です。それが何であるかにかかわらず、です。
そして八重神宝様の『アルファベティカル26』は、26個のアルファベットを組み合わせて、その名が示すものを発現させる能力です。
ただし、2つ以上同じアルファベットは使えません。そのかわり、異なるアルファベットを使っていれば複数のものを発現させることができます」
お互いに突然能力を明かされてしまったが、双方とも相手のスタンド能力を聞き取ることができた。
秋実のスタンド能力を先に話したのは、自分の能力のほうが説明が難しいので聞き逃さないようにさせたからだと宝は思った。
そして、立会人が話したスタンド能力の説明を頭の中で反芻する間もなく、立会人はダイヤモンドを掲げた。
秋実はただそのダイヤモンドを見上げていたが、宝は秋実と同じように見上げた一方で脳裏には2回戦の試合が浮かんでいた。
宝の2回戦の試合内容も同じようなものだった。
立会人がコインの裏表を当てさせるというものだが、実際には立会人が吹っ飛ばしたコインを取りに行き立会人に見せるという勝負内容だった。
だから宝は立会人がそのダイヤモンドをどこか遠くへ飛ばして2人にそれを取りに行かせるものと考え込んでいた。
そのために、発現させるべき『単語』を頭の中で探しはじめた。
2回戦の経験が生きると宝は考えていた。
「それでは……勝負開始!!」
だが、勝負開始を宣言した後、立会人は空に掲げたダイヤモンドをそのまま地面に落とした。
宝は予想していなかった立会人の行動に、思わずそのまま地面のダイヤモンドに手を伸ばそうとした。
しかしそれよりも早く秋実はダイヤモンドを拾わずに軽くダイヤモンドを蹴り飛ばした。
サッカーのキックオフのように。
ダイヤモンドを宝の股下から奥へ蹴りこんだ秋実は、宝を素早く横切ってダイヤモンドを手で回収しそのまま宝から走って離れていった。
宝が、「ダイヤモンドは遠くへ放り投げられる」と思い込んでいたのは彼女の明らかなミスであった。
今回の試合は「20分後にダイヤモンドを持っていたほうが勝ち」というものであり、その途中でどちらが持っているかは2回戦ほど重要ではなかったのである。
2人の間に落として取り合わさせる展開も十分に予想できたのだ。
「『アルファベティカル26』……『B・E・A・R』!!」
背を向けて走る秋実を前に宝は26個のアルファベットを宙に発現させる。
そしてその中から4つの字を集めて『熊』を発現した。
しかしこのとき、宝は最初のミスからまだ頭を切り替えられていなかった。
発現した熊が背を向けて走る秋実を追う。
最高でおよそ時速50キロで走る熊は秋実との距離を縮めてはいたが、発現させるモノとして熊は適当ではなかった。
もっと速いスピードで、秋実に追いつくことができる動物を発現させるべきであった。
さらに宝がスタンドを発現させたのがあまりに遅かったため、熊が走る速度をあげて追いつくよりも早く秋実は目的地に辿り着いていたのだ。
「よい……しょっと!」
ダイヤモンドを拾い上げてから向かっていた場所に辿り着いた秋実は、『それ』に素早く乗り込み、差し込まれていたエンジンキーを回した。
秋実が乗り込んだのは大型の『パワーショベル』。
工事現場でよく見られる重機だが、採掘場に置かれているものは工事現場で使われるものよりさらに大きく、機体の高さは3メートル近くあった。
秋実はパワーショベルのエンジンを始動させて、向かってくる熊を確認すると、素早く機体を旋回させて作業機であるアームを動かしバケットを熊にぶつけた。
大きな衝撃音と共に機体が大きく揺れたが、倒れる様子はいっさいなかった。
機械重量が30トンを超えることに加え、秋実は『ハレルヤ・ハリケーン』によりエンジンを強化していた。
エンジンを強化して、乗用車ならばスピードが増すことになるが、重機の場合ならば機械のパワーが強化される。
強化されたパワーショベルの一撃を喰らった熊は、その巨大な体を吹っ飛ばされて、4つのアルファベットに散らばった。
「うわっ……こりゃまずいなぁ……」
宝にダメージフィードバックは無いが、体も大きく、力も強い『熊』が太刀打ちできないとなると
宝はすぐに次の手を打つことができなかった。
秋実は巧みに両手に持った操作レバーを動かし、アームを上げてバケットを空に掲げ、可動範囲を確かめるとすぐにアームを折り畳んだ。
(ホント……いろいろ経験しといてよかったなあ。
以前レギュラー出演してた深夜バラエティ『建機☆元気☆アイドリング!!』で建設機械うごかすための資格とってたことはあったけど……。
それがここで活きるとは……その番組、半年も経たないで終わったけどね)
宝は引き続き『R・H・I・N・O』『サイ』から『T・I・G・E・R』『トラ』、『O・X』『雄牛』へと立て続けに動物をパワーショベルに襲わせたが、
秋実はパワーショベルを巧みに操作し、これらをすべて阻んでいた。
機体を突き上げようとするサイに対しては、車体を旋回させて横っ腹にバケットの一撃を食らわせ、
飛びかかってくるトラに対してはアームを持ち上げてアッパーを打つようにトラのアゴを叩き上げ、
突進する雄牛に対してはバケットを地面に突きたてて立ち向かった。
雄牛の突進は食い止められ、ぐらりと体を倒すとまたばらばらのアルファベットへ散らばった。
この時点ですでに5分が経過していた。
ダイヤモンドをもつ秋実はパワーショベルから出てこようとしない。
ダイヤモンドを持ったまま20分の時間が経ってしまえば自分の勝利が決定するからだ。
(アルファベットの組み合わせで、その名前が示すものを発現……ほんとに、おもしろい能力!
だけど耐久性はあまりないみたい、一発でも重い一撃を食らわせればアルファベットに戻ってしまうようだ)
一方、攻めきれないでいる宝だったが、秋実の『ハレルヤ・ハリケーン』の能力を理解し始めていた。
(特性を強化……あまりピンと来ていなかったけれど、雄牛の突進をあの機械の腕一本で防いだのは普通じゃ考えられない……あれがきっと、強化した結果なんだ。
でも最初のサイの攻撃で機械のボディにへこみができてる。全部を強化できるわけじゃあない……)
「…………つまりはあのアームさえどうにかできれば」
秋実はパワーショベルの運転席の中で額につたう汗をぬぐった。
稼働中の採掘場では常に砂埃が舞うため、運転席は鉄の骨組みとガラスで覆われている。
気候は幾分涼しくなったとはいえ、日が差せば運転席の中は暑かった。
「!」
そのとき、秋実のそばでブーンと低い羽音が鳴った。
運転席の中を見回すとその音を発しているものの正体を見つけた。
それは秋実の頭の上で滞空し、秋実を威嚇しているようだった。
「すっ、スズメバチ!!」
秋実はこのパワーショベルに乗り込んだとき運転席の扉を開けたままにしてしまっていた。
閉めるのを忘れていたわけではなかったのだが、運転席の中が暑いので閉めるのをためらったのだ。
スズメバチはその開いた扉から運転席へ入ってきたのだ。
「いやーっ! やーっ!」
秋実はブンブン手を振ってスズメバチを近づかせないようにしていた。
スズメバチはそれをひょいとかわしながら周囲を飛び回っている。
スズメバチは秋実に襲い掛かりはしないものの、一定の距離を保ちつつ秋実を睨みつけている。
「な、なんでこんな草木も生えてないようなところにスズメバチがっ……!」
そう自分で言ったところで秋実は気づいた。
森の中でならまだしも、一面灰色の採掘場になぜスズメバチが迷い込むのか。
その疑念が浮かんだとき、秋実の手は無意識にスズメバチを叩いてしまった。
スズメバチは手に弾かれて運転席のガラス窓にぶつかると、『H・O・R・N・E・T』のアルファベットに散らばった。
「……ほーちゃん!」
秋実が宝の意図に気づき、宝の居場所を確認しようとしたとき、宝はすでにある乗り物に乗って秋実の目前まで迫っていた。
「うわああああああああああああああああああっっ!!」
パワーショベルの車体に重く大きなモノがぶつかった。
激しい衝撃音と共に、秋実は開いた扉から外へ体を放り出されてしまった。
秋実は地面に這いつくばり、体の痛みに耐えながらパワーショベルにぶつかったものを確認する。
「あああああ……あああああああああああああ!!」
それは秋実のよく見慣れたモノ、ついこの間自分のごほうびに買ったばかりのトヨタ・ランドクルーザーであった。
「ああああああ私の車ああああああああああ!!!!」
パワーショベルの車体にフロントをぶつけたランドクルーザーの少し後方で宝が地面に片膝を立てていた。
宝は大型の動物でパワーショベルに太刀打ちできないと知ると、
『H・O・R・N・E・T』、スズメバチを発現させて秋実に気づかれないように運転席へ向かわせた。
秋実の注意をスズメバチに向けさせている間に宝は近くにあったランドクルーザーでパワーショベルの車体に突進した。
そして、突進する直前で宝は必死に運転席から飛び出すという彼女らしからぬアクションをしたのだった。
もっとも、その車の持ち主が秋実であるとは知らなかったのだが。
「え……秋実ちゃんの車だったの?」
「くぅ……」
新車をボコボコにされたショックと体の痛みに耐えながらも秋実は立ち上がった。
しかし、秋実の上着のポケットにダイヤモンドはなかった。
秋実の倒れた場所から離れたところにダイヤモンドは落ちていた。
パワーショベルから放り出されたときにダイヤモンドがポケットから落ちていたのだ。
秋実はすぐにダイヤモンドを拾おうと向かったが、秋実の前に立ちはだかるものが現れた。
「車、ごめんね。それでも私は勝ちたいから」
秋実の前に現れたのは、「ダチョウ」だった。
「『O・S・T・R・I・C・H』……ダチョウよ、ダイヤモンドを拾って!」
「なっ……!」
ダチョウは地面に落ちたダイヤモンドをくちばしで掴み、拾い上げた。
そして、そこからのダチョウの行動に秋実は驚かされた。
ダイヤモンドをくちばしで拾い上げたダチョウは、そのままダイヤモンドを丸呑みしてしまったのだ。
「えっ、えええええ!!」
そしてダチョウはダイヤモンドを胃袋に収めたまま、2本の足の指を地面に深く食い込ませながら秋実のそばから走り去っていった。
(この試合の勝利条件……『20分経過後に、ダイヤモンドに一番近い場所に居たほうの勝ち』……時間まで逃げ回って、私にダイヤモンドを奪わせないつもりか……)
宝は走り去るダチョウをただ見守っていた。
秋実はその宝を振り返って、にっこり笑った。
「……ざんねんだったね、ほーちゃん。望みどおりにはさせないよっ!」
秋実はくるりと踵を返すと、パワーショベルにつっこんだランドクルーザーへ向かった。
ランドクルーザーはバンパーはへこみフロントガラスは粉々になっていたものの、エンジンは問題なく動いていた。
タイヤにも問題はない。
「災い転じて福と成すっ!」
宝がパワーショベルへの攻撃にランドクルーザーを使ったのは不幸中の幸いだったと秋実は思った。
舗装されていない採掘場を、ダチョウを追って走るのにこの車は最適だった。
秋実はランドクルーザーを発進させた。
宝は走り去る秋実を見届けた後、腕時計を見た。
試合の残り時間は10分をきっていた。
ダチョウを追い始めようとした秋実だったが、ダチョウはすでに姿を消し、見失ってしまっていた。
『ダイヤモンドを持ったまま採掘場を出るのは禁止』とされていたので、
ダチョウといえど宝のスタンドであるためダチョウがダイヤモンドを飲み込んだまま採掘場の外へ出ることはないだろうと予想はしていたのだが、
それでも採掘場はあまりに広いためすぐに姿を見つけることはできなかった。
秋実はダチョウを探すことより先に、携帯を取り出してウェブ画面で「ダチョウ 生態」と検索した。
「ダチョウ……『Ostrich』、かぎ爪のついた足で最高時速60キロ、1時間は走り続ける持久力をもつ。飲み込んだ石を胃石とし、筋胃において食べた餌をすりつぶす……。
あのダチョウがダイヤモンドを飲み込んだのは、この習性があったからなんだ」
甲高い鳥の鳴き声が上から聞こえてきた。
秋実が車の窓から上を見上げると、採掘場の高い層から『ダチョウ』が下にいる秋実を見下ろしていた。
まるで「ここまできてみろ」といわんばかりに。
それをみると秋実はニヤリと笑って車を発進させた。
採掘場の道路は大型ダンプが走行するために広く作られている。
ランドクルーザーのオフロード走行の性能と相まって『ダチョウ』のいた層まで登るのに苦労はなかったが、『ダチョウ』は道路に関係なく走り逃げていた。
3本の足の指を食い込ませて急な坂も難なく上っていた。
『ダチョウ』はきっと、あの車では自分と同じようにどこへも行くことはできないのだろうと考えているのだろう。
このままあの少女を小ばかにしながら逃げていればきっとご主人の勝利は確実だろうと。
〝ははは、ばかものめ。そんなおおきなかたまりでわたしについてくるとは、おろかなり〟
しかし、『ダチョウ』の思惑とは裏腹に、ランドクルーザーはどこまでもついてきていた。
デコボコの段差も、30度ほどの傾斜でも難なく車はついてきており、さらにスピードも落ちていなかった。
〝なんだと……。ばかな、ありえない。なぜついてこられるというのだ〟
「『ハレルヤ・ハリケーン』、ランドクルーザーのエンジンのトルクを強化した。常識破りの粘り強さを発揮し、登坂能力を上げることができるんだよっ!」
ランドクルーザーに追われた『ダチョウ』は傾斜をのぼりきり、採掘場の頂上へ辿り着いた。
そこにはなにもなく、ただ平坦な広場となっていた。
〝…………しまった!〟
『ダチョウ』はその広場をとにかくランドクルーザーから離れるべく走り回ろうとした。
もうあの鉄のかたまりを見くびってはいなかった。心から必死に逃げようとしていた。
しかし、『ダチョウ』の直後に傾斜をのぼりきったランドクルーザーは、強化されたトルクによって急加速し『ダチョウ』との距離を一気に縮めた。
「……とらえた! さあダイヤモンドを返せッ!!」
ランドクルーザーは突進して『ダチョウ』をふっとばした。
『ダチョウ』は宙に舞いながら、自分の体が薄くなっているのを見た。
強い衝撃を受けて、アルファベットに散らばっていくのだろうと思った。
〝まさか、わたしにおいつくとはおもいもしなかった〟
〝……だが、それでもご主人はかつのだ〟
〝ダチョウはにげきった、『わたし』というぎせいのおかげで〟
〝このものがダチョウをみうしなったとき、しょうぶはきまっていたのだ〟
〝なぜなら、わたしはダイヤモンドをもっていないからだ〟
〝なぜなら、わたしはダチョウではないからだ〟
〝わたしは、『おとりの……〟
秋実がダイヤモンドを回収しようと『ダチョウ』のもとへかけよると、そこにあるはずのダイヤモンドはなかった。
さらに言えばそこに散らばっていたアルファベットも秋実の予想していたものではなかった。
「『E・M・U』……!」
〝わたしは、『おとりのエミュー』……ダイヤモンドをもったダチョウをにがす、わたしのしめいははたされた〟
秋実は駆け出して採掘場の最上層から下を見下ろした。
車体のへこんだパワーショベルのそばに、宝と立会人……そして今まで自分が追いかけていたものとよく似たダチョウがいた。
宝はこちらを見下ろす秋実を見ていた。
その傍らにいたダチョウは徐々に姿が薄れていき、『O・S・T・R・I・C・H』のアルファベットに散らばった。
そして、その中心に大きなダイヤモンドが落ちた。
立会人が呟く。
「『ダチョウ』と『エミュー』、姿はかなり似ているが別の生き物です。ダチョウは白い卵を産みますが、エミューの産む卵はエメラルドグリーン。
そして見た目はほとんど同じですが……大きく違う点がひとつだけ。ダチョウの足の指は2本、エミューは3本です。
……いや、八重神宝様にとってのこの2種の大きな違いは、『名前に共通するアルファベットがない』ということでしょうか」
宝はダチョウにダイヤモンドを拾い上げさせて飲み込ませたあと、ダチョウを秋実の見えないところまで逃げさせた。
秋実がランドクルーザーに乗り込んだときにこっそりと『E・M・U』を離れた場所で発現させて秋実に見つけさせた。
秋実は、宝がランドクルーザーを持ってきたのは幸運だと思っていた。
宝は本当にランドクルーザーが秋実のものと知らずにパワーショベルへの突撃に使ったのだ。
だが幸運だったのは宝にとっても同じだった。
秋実がランドクルーザーでおとりのエミューを追ったことで、秋実は宝が予想していたよりずっと遠くまで離れてくれた。
秋実が採掘場の最上層から宝のいる最下層まで行くには、ランドクルーザーで運搬用の道路で迂回するか、決死の覚悟で飛び降りるしかなかった。
だがそのどちらの方法をとっても、秋実はもう間に合わなかった。
試合終了時刻を報せるサイレンが採掘場に鳴り響いた。
「勝者……八重神宝様!」
立会人が宝の手首をつかみ、空へ向けて高く掲げた。
それは勝者への祝福であると同時に、遠くから見ていた秋実にはっきりと敗北を伝える意思でもあった。
「そんなぁ……」
秋実はその場でしゃがみこみ、うなだれる。
(せっかくここまでがんばってきたのに、車も2度も壊すことになって……)
「あの……」
宝は立会人に尋ねた。
「このトーナメントで優勝したら、望むものをなんでも与えてくれるっていうことでしたが……」
立会人は宝の質問に毅然と答えるべく姿勢を正して言った。
「はい、あなたの望むものをなんであるかに関わらず差し上げます。富でも地位でもなんでも……」
立会人はそうは言ったものの、宝はとんでもないものを要求するとは露ほども思っていなかった。
宝に大きな野心などはない。もし宝がトーナメントの優勝に見合わぬ小さなものを望むのならそれに大きく付け足して差し上げようと立会人は考えていた。
例えば宝が本の1冊でも望もうとしたならば、大英図書館をまるごと宝の所有物にさせるような。
だが、次に宝が発した言葉は立会人の全く予想していないものだった。
「……その、どちらもというわけにはいかないでしょうか?」
「……! ど、どちらもとは、富も地位もということですか?」
「はい」
立会人は少し考えて答えた。
「……我々に可能な限りは」
それを聞いて宝は立会人から視線をそらし、微笑んで言った。
「車を1台、ください」
「……はいっ!?」
「……車壊したことを謝って、秋実ちゃんと友達になりたいんです」
★★★ 勝者 ★★★
No.6579
【スタンド名】
アルファベティカル26
【本体】
八重神 宝(ヤエガミ ホウ)
【能力】
アルファベットが繋がって『単語』になったものに変化する
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最終更新:2022年04月17日 14:36