第15回トーナメント:決勝③
No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー
【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする
No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ
【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする
ロード・トリッピン vs ウォームハンド・コールドハート
【STAGE:採掘場】◆4AA1FCGO3Q
ヘリコプターの機上、眼下に広がる景色を眺めていたウォーカーは、荒野にぽっかりと空いた巨大な穴が近づいて来たことに気づく。
「おい!あのでっけえ穴はなんだ?」
ローターの爆音に負けない大声を張り上げて操縦席に座る黒スーツの女に尋ねる。
「はい?……ああ、あの穴ですか?80年程前に捨てられた銅鉱山……って言っても山じゃありませんがね。露天掘りってやつです」
「すげえもんだなおい!一つの街が丸々飲み込まれそうじゃねーか!」
「直径800m弱、最大深度は500mってとこですかね。この国がまだ植民地だった頃……戦前は世界有数の算出量だったらしいですが」
「ほーん」
「掘り尽くされて廃坑になってからはただの穴ですね。内戦時代もずっと放置されてたせいで中は荒れ放題らしいです……おっと!」
と、ぐらり大きくヘリが揺れる。
「うおぉあ!……大丈夫なのかこれ!」
見かけによらず、わりとマジでビビってみせるウォーカー。
「もー!軍人さんがこの位で騒がないでくださいよ!あの大きな穴のせいで下降気流が常に流れてるんです」
「俺ぁ強襲揚陸艦の甲板勤務がメインだからな!時化には強ええが、ヘリには慣れてねーんだよ!うぉっ!」
また大きくヘリが揺れる。
「ちょ!おい!このヘリ、穴に吸い込まれてねえか!?」
「吸い込まれてるんじゃありません!私の!操縦で!穴の中に降りていってるんです」
「へ?」
「決勝戦はあそこで行います」
******
無事に穴の底に到達し、ヘリを降ろされた。
見上げるとそびえ立つ岩壁に、天井には切り取られた青空。
日光の差し込まない部分は暗闇となっている奇妙な空間だ。
周囲にいくつも空いた坑道後から、ひんやりとした風が吹いてくる。
「……大したもんだな。あんた、嵐の中でもハリヤー発着艦出来そーな腕前だ。海兵隊で教官出来るぜ」
「ふふふ、どういたしまして!……と」
くるり、と黒スーツの女は身を翻し、周囲の暗闇の中の岩の一つに声を掛ける。
「イェルズェラさん、お待たせしちゃいましたね!相手の方、連れてきたんでそろそろ始めますよ」
「……」
岩陰から、おずおずと小柄な黒人少女が現れた。
ウォーカーの方へチラリと目をやり、そしてまた不安げな目つきでスーツの女の方を見る。
「ん~……まだ、なんか心配してます?さっき申し上げた通り、あなたが2回戦で立会人をやっちゃったのは我々的にはまーったく問題ないですってば!」
「……」
「むしろイェルズェラさんには感謝感謝!勝手によその都合持ち込んで、試合内容を歪めたやつをやってくれたんですからねっ!」
なぜか機嫌よさそうな女にウォーカーが声を掛ける。
「おい、『やっちゃった』とか『やってくれた』とか何の話だ?」
「あー、ごめんなさいウォーカーさん。こちら対戦相手のイェルズェラさん」
振り向いた女は手を広げて、ウォーカーに黒人少女の名を告げる。
そしてイェルズェラの方を振り返り、
「お待たせしました、イェルズェラさん。こちら対戦相手のウォーカーさん」
同じようにイェルズェラへ、対戦相手の名を告げる。
「で、ちょっと準備しますんで、自己紹介でもしといて下さいね!まだやりあっちゃだめですよ!」
と、言うや否や、スーツの女は脇に見える坑道の暗闇に消えた。
「へ?……おい!どこへ!……って、行っちまいやがった……くそ……」
止めるヒマもなく消えた女に、思わず悪態をつくが、自分の目の前にいる少女の事を思い出す。
「あ……んーと、アメリカで軍人やってるデズモンド・ウォーカーだ。ま、お互い怪我しないようにやろうぜ」
(まーたちっさい女の子か……やりづれぇなあ、おい……)
イェルズェラへと右手を差し出すウォーカー。
その伸ばされた手には目もくれず、じっとウォーカーの目を見上げながらイェルズェラが答えた。
「……イェルズェラ・ムラージョ。よろしくおねがいします」
「お、おう……えーと……」
じっと自分を見る彼女の目線に決まりの悪さを感じたウォーカーが会話を引き延ばそうとする。
「あー……あんたはどこから来たんだい?仕事は何を……って、その歳じゃまだか……」
「日本から」
「へ?キミ、日本に住んでるのか?」
イェルズェラの見た目からは想像も付かなかった回答に驚いて聞き返す。
「事情があって、暫く日本にいただけ。生まれたのはここから20kmほど東の街。今は廃墟になってるわ」
「っ!……キミはこの国の人間か……」
二回戦では『イラク戦争の犠牲者でアメリカを恨んでいる』という乱入した少女に命を狙われた。
この国もまた『民族主義者によって引き起こされた内戦状態を収拾し、民主化を支援する』ために、もう10年もアメリカ軍が駐留している。
(またかよ……勘弁してくれ……)
頭を抱えたくなったが、なんとか言葉を絞りだす。
「あー……なんだ、その、単刀直入に聞くけどよ……キミも俺を恨んでたりするのか?」
「?……なぜ?」
「い、いや、なんだその、俺はアメリカ軍人だからな」
「あなたがアメリカ軍人だと、なぜ私があなたを恨むの?」
「……最近ちょっと怒られてな。他所の国に出張って戦争すんじゃねー、お陰で巻き込まれていっぱい人が死んだじゃねーか的な」
じっとウォーカーの目を見上げたまま、静かに答えるイェルズェラ。
「?……あなたがアメリカ軍にそうするように命令したの?」
「まさか!俺はしがない曹長だぜ。政治には興味ねーし、命令されたことをこなすだけだ」
ちらりと将官まで出世した親友の顔が頭に浮かぶ。
「……じゃあ、だれかに命令されたあなたが、私の父や母や家族を殺したの?」
「!……いや……俺はこの国での作戦には参加していない……直接にはな」
と言って、イェルズェラの眼差しから目をそらす。
「なら、私があなたを恨む理由はない」
相変わらず静かな声。
「ま、まあ、そう言ってもらえると気が楽だが……」
(って、ちくしょう!やっぱこの子も家族死んでるじゃねーか!……気まずいなあオイ……)
(……かと言って俺が『ごめんな』とか言う話でもねーよな……)
……心中穏やかでいられるはずもない。
が、そこへ
「はーい、お二人とも!お待たせしました~!」
脇の坑道の闇の中から、先ほど消えたスーツの女の声が響く。
「お、おう!待ちくたびれたぜ」
と、そちらを振り向くと、坑道から出てきたのは3人の人影。
先頭はスーツの女、で後ろに続くのは
(……怪我人……?……か?)
包帯をあちらこちらに巻かれ、松葉杖を付きながらよろよろと歩いてくる男が一人。
「……杉人?」
ボソリ、とイェルズェラが呟いたのが聞こえた。
「ん?あの男、キミの知り合い……」
言いかけたところで、続いてもう一人、同じくあちこちに包帯を巻かれ、項垂れて歩く少女が出てきた。
「っ!……あの子は!」
スーツの女に促されるまま、坑道の闇の中から日の差す『穴の底』へと出た包帯少女は目を細め ― 片目しか無いようだった……もう片目の側は鉄板のようなもので覆われている ― 上を見上げようとして、そこに立っている対戦者の二人に気づく。
一人は自分とあまり歳の変わらないであろう、小柄な黒人の少女。
もう一人の大柄な黒人の男は
「……あいつ!」
見覚えのある顔に、その包帯の少女『サラサ・ラサ』は隻眼に憎悪の炎を宿らせ、そして咆えた。
「『クイックサンドォォォォォ!』」
ガトリング砲を構えた巨大なロボットのようなスタンドヴィジョンがサラサの背後に現れる。
「おぉおおおお!」
そして獣のような咆哮をあげ、全身の傷の痛みも忘れウォーカーへと突進する。
「っ!またお前か!」
と叫びながら、反射的に身をかわそうとしたのはウォーカー。
「……!?」
きょとんとした顔でサラサの方を見たのはイェルズェラ。
「え!?ちょ!サラサさん!?」
驚いた声をあげて、スーツの女は手を伸ばしてサラサを止めようとするが、とても間に合わない。
「え、えーい!こうなったらこれで!」
と、言いながら、女はスーツのポケットからリモコンスイッチのようなものを取り出す。
「お、落ち着いてサラサさん!えいっ!」
ぽちっ。
スイッチのボタンを押す。
「ぎゃっ!」
呆然と後ろからウォーカーに突撃するサラサを見ていた杉人が悲鳴をあげ、雷に打たれたかのようビクンと硬直する。
スーツの女はそれに気づかない。
「あ、あれ……効かない?えいっ!」
ぽちっ。
「ぎゃ!」
「あ、あれ??おかしい……サラサさんが止まらない……えいっ!えいっ!」
ぽちっ。ぽちっ。
「ぎぃっ!ぎっ!」
女がボタンを押す度に杉人は悲鳴をあげて痙攣し、そして、
バタリ。
口から泡を吹いて倒れた。
杉人の倒れた音に、スーツの女は振り返る。
「ん?……あああっ!間違えた!これ杉人さんの制止スイッチだった!……サラサさんのは、え、えーと」
女が慌ててポケットを再び探る間に、サラサはウォーカーに飛びかかっていた。
「おおおおぉおおおおおおぉぉぉ!」
******
獲物に飛びかかる狼のように自分めがけて跳躍するサラサの姿がスローモーションのように見える。
(あ……地面を走れば『滑走路』の餌食、ってことを前やりあったときにこの子には覚えられちまったのかな?)
とか
ジャンプ中の軌道の中にあっても、ピッタリと自分に砲身を合わせる彼女の『クイックサンド』のガトリング砲。
(請われて出向いた陸上基地で整備した、A-10『サンダーボルトII』のメインウェポンもこんなガトリング砲だったな)
とか
(そういや、あの30mmガトリング砲の名前はGAU-08『アヴェンジャー(復讐者)』だったな)
とか
(いやまてよ、この子に『復讐』されるべきは俺なのか?)
とか
(マジで?俺?俺でいいのか?)
とか
(俺の『ロード・トリッピン』もスピードには自信あるが……ガトリング砲の連射を全部弾くのはちと無理臭くね?)
とか
(アメリカは今何時だったかな?)
とか
(女房は寝てる時間だろうか)
とか
ゆっくりと自分に向けられたガトリングの砲身が回転をはじめ
……ない。
異常に気づいたサラサが隻眼を丸くして己のスタンドの砲を見るが、ジャンプした軌道は変わらない。
慣性に従い自分にむかってそのまま飛んでくる。
(え?撃たれない?……って、これどーすんだ俺)
とか
(ぶん殴って撃ち落とすべきか?)
とか
(それとも、両手で出来るだけ優しくキャッチしてこの子がこれ以上怪我しないようにするべきか?)
とか
そんなウォーカーの困惑をスーツの女の叫びが遮る。
「あっ!あったーーーー!!」
******
高く掲げた手に握っているのは、さっきとは別のリモコンスイッチらしきもの。
「サラサさん、ストー―ーーーップ!」
ぽちっ。
「きゃん!」
雷に打たれたかのように、空中でサラサの小さな体が跳ねる。
サラサの跳躍はそこで終わり、墜落した彼女は岩だらけの地面に叩き付けられ
……ない。
「『ウォームハンド・コールドハート』……」
大きな両手をした、足のないスタンドヴィジョンが彼女の体を受け止めていた。
「……まだちょっと手が冷たかったり、熱かったりするかもしれないけど……あなた、大丈夫?」
自分のスタンドが抱きかかえた少女に静かに尋ねるイェルズェラ。
「う……くっ……今っ、砲、を『凍らせ』たの、もアンタの『これ』……?」
「そう」
「邪魔っ、しない、で、よっ!私は、アメリカ人に復讐をっ!」
「あなたの事情は知らない。私にとっては、あなたが『試合』の邪魔をしにきた人でしかないわ」
「くっ……」
痺れて体が動かないのだろうか、必死で悪態を付くサラサ。
淡々と対応するイェルズェラ。
パン!
「はい!はい!そこまでー!」
スーツの女が手を叩く。
「サラサさん、事情は聞いてるけど駄目よ~!事前に説明したでしょ?試合進行妨げたらビリビリよー!って!」
「くっ、うっ……アンタ、たち、の都合なんか、知らない」
「あっそ……別に知らなくてもいいです。ともかく次やったら連打するからね!」
「……」
ぷいっ、っと目をそむけるサラサ。
ふぅ、と息をつき、そしてウォーカーとイェルズェラに向かって語りだすスーツの女。
「えー……お二方、大変お待たせしました!これにて準備が整いましたので、トーナメント決勝戦をはじめたいと思います!」
「お、おう……準備ってえのは何の事だ?」
呆然としていたウォーカーがようやく口を開く。
「よくぞ聞いて下さいました!えーと、実は私、この決勝戦の立会人なんですけどね!」
「……知ってた」
「……知ってた」
ウォーカーとイェルズェラが同時に呟く。
「あれ?バレてました?……で、試合内容も私に一任されるんですよ!ふふっ!」
「分かったから、用件だけ手短に説明してくれや。試合内容は?勝利条件は?」
少しイラついた様子のウォーカー。
「はい!私、血生臭いやつ苦手なんですよね!そこで平和的な対戦方法を考えまして」
「……で?」
「そこで、この採掘場跡の大穴を使った脱出競争にしたいと思います!ルールは簡単!この穴底から地上に先に脱出したほうが勝ちです」
「へ?この岩の崖を登れってか?」
「え、ロッククライミングしたいんですか?……それでも構いませんが、一応道あるんですよ。ほら」
と言って遥か彼方の壁面を指さす立会人。
イェルズェラとウォーカーが同時にそちらに目をやると、なるほど、くり抜かれた穴の壁面に階段が据え付けられ、数十m毎にジグザグと折り返しながら上へと伸びている。
「まー、どういう方法で上まで行くかは自由ですけどね!……もちろん、相手を『妨害』するのも自由!」
「『妨害』って?」
「よーいドン!した瞬間、相手を叩きのめして、ゆっくり上を目指すのもよし!登ってる相手を突き落としてもよし!」
「おい、あんた。血生臭いのは苦手なんじゃなかったのか?」
「私はやりあえー!って言ってる訳じゃないですからね!お二人がどーしてもそーしたければどうぞ、ってだけです」
「……ふん」
唇を歪めるウォーカー。
その時、イェルズェラが静かに声をあげた。
「……この子と、あの男……杉人はなぜここに連れてきたの?」
「あっ!」
ぽん、と立会人が手を打つ。
「そーでしたそーでした。サラサさんと杉人さんにはとても重要な役目があるんですよー」
と、後ろで倒れたままの杉人の方を振り返る。
「うう……ちょっと先ほど『誤爆』してしまいましたが……」
と言いながら歩み寄り、しゃがみ込んでコンコンと杉人の頭をノック。
「杉人さーん、杉人さーん、起きてくださーい!」
「……う……あ……」
「目ぇ覚めました?先ほどはちょっと間違えちゃって……ごめんなさいね!まだ痺れてるかもしれませんがそのまま聞いてください」
「……う……何……?」
「……」
そんな杉人の様子を見てため息をつくイェルズェラ。
立会人の女は再び二人へ向き直る。
「えーと、このゲストお二人があなた方とそれぞれ因縁があることは聞いております」
「……」
「そして、我々『運営』の者からすると、このお二人は出場者でもないのに『試合』に介入しようとしたとんでもない奴!ということになります」
「……」
「ですがー、私はみんな仲良く出来ればいいと思うんですよね!そこで『運営』に身柄を拘束されていたお二人にあえてご参加頂く事にしました」
「……」
「サラサさんも、杉人さんも、ちょーっと怪我をされてますがそれはそれ。まあ、あんま元気でまた試合進行の邪魔されても困りますし丁度いいかな、と。うふふ」
「……」
「と、思ってたんですが……サラサさーん?さっきみたいのやめて下さいね~!ビリビリスイッチ仕込んどいてほんと良かった」
と、イェルズェラに抱きかかえられたままのサラサに困ったような笑みを向ける。
「くっ」
目を逸らすサラサ。
「で?そいつらは試合にどう関係するんだ?」
立会人の長話に飽々といった様子でウォーカーが尋ねる。
「えーと、ただ昇るだけじゃつまらないので、ウォーカーさんには杉人さん、イェルズェラさんにはサラサさんの身柄を預かって頂きます」
「は?」
「これでも組み合わせちゃんと考えたんですよ!不公平の無いように!」
「いや、そーじゃなくてよ。身柄を預かるとか、なんの話だ?」
「ああ、あそこ見えます?」
と、立会人は遥か上を指さす。
「深度で言うと100m地点。150年前にこの採掘場が出来た時の最深部はあそこだったらしいんですけどね!あそこ、少しテラスみたいになってるの、わかります?」
目を凝らして上を見ると、確かに少し広がったスペースが見え、そこに建屋らしきものが見える。
階段はそこまでで、あとは岩を掘り進めた普通の坂道が地上へと伸びているようだ。
「あそこ、その後さらに掘り進むときの中継基地にしたらしいんですよね。んで、その時の建物がそのまま残ってます」
「で?」
「で、あれをチェックポイントにしたいなーと。それぞれ預かった人の身柄を『生きたまま』チェックポイントに送り届けてから、上を目指してください」
「つまり、あそこまでは、俺はその杉人って包帯男と一緒に登る。そっちの嬢ちゃんはその……なんだ、鉄板の嬢ちゃんと一緒に登る、と」
「そーですそーです!その後はそれぞれお一人で地上を目指して下さい」
黙ってコクリ、と頷くイェルズェラ。
「ふー……よくわかんねえけど、まあ、わかったぜ」
やれやれといった様子のウォーカー。
「あ、ゲストさんは『生きたまま』お願いしますね!死体を連れてきても認めませんからね!ゲスト死亡の場合は即、預かってる方の負けとします」
「おい……それじゃあ、お互いのゲストを殺そうと攻撃し合うことになっちまわねえか?それは禁止しないのか?」
サラサの肩がびくん、と震えたのを感じるイェルズェラ。
「もー!ウォーカーさん!これだから一から十まで指示されないと動けない軍人ってやつは……ぶつぶつ」
「……なんだと?」
「いいですか?さっきの『妨害』の件もそーですけど、その辺はウォーカーさんとイェルズェラさんで話し合うなり、ルールを作るなりしてください!」
なぜかやや怒ったような口調で立会人は語る。
「私は『殺し合い』や『傷つけ合い』をしなくても済む勝利条件を設定しました。その上で『殺し合い』をするのもあなた方の自由、そしてあなた方の責任です」
「お前……」
「ウォーカーさんは自由の国の軍人さんですよね?でしたら自由とそれに伴う責任を尊重すべきでしょ?」
「……」
(なんだこの女……くそっ)
その場にペッと唾を履きたくなる感情を抑えるウォーカー。
そんな彼に構わず、立会人は踵を返しながら言葉を続ける。
「と、いうことで、私はヘリで上に戻りますんで~。ヘリの離陸をもって試合開始ということでお願いしますね!」
******
ローター音を響かせながら上昇していくヘリコプターを見送った4人。
「さて……これで試合開始ということだが……出来れば……ノールールの『殺し合い』は避けたいもんだな」
「一方的、に、私、の国の人を殺したアメリカ人、の、癖に!調子、の、いい事、言うな!」
切り出したウォーカーにまだ上手く口が動かないらしいサラサが噛み付く。
「はぁ~……あのなあ、家族が死んだのは気の毒だと思うが、お前のアメリカ叩きはもう殆ど人種差別になってんぞ」
「アメ、リカ人以外、人間、だと思っ、てないアメリカ、人が!人種、差、別、とか言う、な!」
と言い返そうとしたサラサをイェルズェラが遮る。
「サラサ、これはウォーカーさんと私の試合。あなたは無事にチェックポイントに着くまで大人しくしてて欲しい」
「そーそー試合の邪魔すると、まーたあのいけすかねぇ女にビリビリされるぜ?どーせどっかから俺達のこと見張ってるんだろーしな」
「く、っ……」
ぷい、と目を逸らすサラサ。
その様子に、ふぅ、と息をついたウォーカー。
「えーと、イェルズェラって言ったな?嬢ちゃんに提案なんだが」
自分の対戦相手に目線を移して話を続ける。
「あの女は勝利条件以外はどう戦おうが完全にフリーと言いたかったようだしよ、とりあえずチェックポイントだっけか?あれ」
くいっ、っと指定された建屋をアゴでしゃくってみせる。
無言でその方向を見るイェルズェラ。
「この鉄板嬢ちゃんとあっちの包帯兄ちゃんを、あそこに連れてくまでは休戦にしないか?」
「休戦?」
「ああ。あの壁沿いのジグザク階段を登るにしても、片側は切り立った崖みたいなもんじゃねーか。うっかり足を踏み外せば数百m下に落っこちるぜ」
言われてイェルズェラは目線を留めていた遥か上の建屋から階段にそって目線を下に降ろす。
階段には簡単な手すりが付いているだけだ。
いずれにしても滑落=死、である可能性は相当高いだろう。
「俺らは……まぁ、なんだ……『やりあう』覚悟をしてここにいる。いや、嬢ちゃんがどーかは知らねえが」
「……」
「あの女の話じゃこいつらは無理やり連れて来られただけだろ?しかも怪我したり痺れてたりでまともに動けないときてる」
「……」
自分に身を預けるサラサ、そして、倒れたまま微妙に蠢く杉人をチラリと見るイェルズェラ。
「こいつらがこれ以上巻き込まれて痛い目にあう理由はねぇし、まずはあそこに運ぼうや。そこから残りの100mでも充分試合らしいこと出来るだろ?あの建屋から上は道も比較的広いしな」
イェルズェラはコクリと頷く。
「私もそれがいい。あなたがそれでいいなら」
「……俺は勿論それで……って、俺が提案してるんだぜ!?ははっ!」
「あなた、アメリカ人らしくないのね」
「そ、そうか?」
******
「あらー……なーんか随分とまた『優しい世界』やってるわねぇ……」
モニターを見つめる立会人が呟く。
映しだされているのは、イェルズェラはサラサに肩を貸し、ウォーカーは杉人を背負い、ジグザグ階段を登ってくる様子。
「ま、私としちゃぁコイントスで優勝者決めてくれても構わないんですけどね!ふふふ!……って、本部には『スタンド使ってねーじゃねーか!』って怒られるかもしれないけどね!うふふ!」
******
自分はこれでも一応訓練された軍人で、こんなひょろい包帯兄ちゃん背負って歩いても、どーってこたぁない。
だが、あのイェルズェラという少女はどうだ?
身のこなしからは運動神経の良さを感じるが、あのサラサとかいう鉄板娘よりも見た感じさらに体格に劣る。
足取りのおぼつかない相手に肩を貸しながら、この階段を延々登るのはかなりの重労働じゃないのか?
遅れがちになる2人の少女をチラチラと振り返りつつ、そんな事を考える。
と、背負っている青年が少しショックから回復してきたのか、ウォーカーに声をかける。
「き、君、すまない、ね」
「あ?まーお前さんみたいな冴えねえ兄ちゃんより美女を背負いたかったけどな。それ以外は問題無いししゃーない。そういう試合だ」
「……君、は、ア、メリカの、海兵隊、と聞いた、が」
「そうだが何か?」
「そう、か。僕、は、海兵隊の将官、や、海軍省に、も大勢、知り合いがいるんだ。会う、ことがあっ、たら君、のことを褒めておく、よ」
「あん?お前何者だ?つか何様だ?つーか『君』ってなんだコラ」
「……え、なに、を?」
「俺のほーが大分お前より年上だ。そして動けないお前を背負ってやってるのは俺だ」
「あ、ああ、すまない。自己紹、介、が遅れたね。僕、は、杉戸森、杉人。知ってるだろう?スギトモリ、の跡取り、さ」
「はぁ?知らねーなぁ。なんだそりゃ?スズキやカワサキなら知ってるけどな」
「君、アメリカ人、なんだ、ろ?知らないはず、がない。カーネギー家、とも親戚、みたいなもの、だ、ぞ」
「知らねーつってんだろ、あと『君』はやめろや坊主」
「な、君、なに、を」
「お前馬鹿か?言ってる事わかんねーか?とりあえず俺の事を呼びたきゃ『Sir』と呼べ」
と、言って、杉人の包帯を巻いている部分 ― その下に傷がありそうな所、をパシッ!と引っ叩く。
「うぎっ!き、君、こんなこと、をしてどう、なるか!」
「……お前馬鹿だろ?……おっと、あしもとに小石がーあぶなーい」
と、大げさにふらついてみせ、背中の杉人に崖下を覗きこませる。
「う、うああ!お、落ち、Sir!やめ、て、くださ、い、Sir!」
「よしよし、やれば出来るじゃねーか坊主」
(……一度やってみたかったんだよな~コレ)
「……で、兄ちゃん、あんたあのドレッド頭の嬢ちゃんとどういう関係なんだ?」
「イェルズェラ、は、僕の婚約、者、だ……あ、です、Sir」
「……は?」
******
(大丈夫かな)
少し息を荒らげながら、イェルズエラは肩を貸している少女をちらりと見る。
先ほどよりは、だいぶ足取りもしっかりしてきたように見えるが。
と、急にサラサが呟いた。
「……私がこのトーナメントに出たかった」
「……?」
「そうすれば、あのアメリカ人を誰にも邪魔されずに殺せるのに!」
「……ウォーカーさんを殺したいの?」
「私の家族はアメリカ軍に殺された!」
「ウォーカーさんに殺されたの?」
「あいつはアメリカ軍人だ!あいつらアメリカ人以外は人間だと思ってないんだ!」
ぎりっ、と奥歯を鳴らして吐き散らす。
「……怒ってるのね」
話が咬み合わないな、とイェルズェラは思う。
「あいつらはアメリカの利益のために世界中に戦争をばらまいてる!悪だよ!私の家族もアメリカが始めた戦争に殺された!」
「……そう」
私も似たような身の上だよ、と、なぜか言う気にはならなかった。
「私はあいつらへの『復讐』の為に生きてる!」
ぎゅっ、っと拳を握りしめたサラサの片目が、杉人を背負って数十m先を歩くウォーカーの剃り上げた後頭部を射抜く。
ふぅ、と息をついてイェルズェラが問う。
「……『復讐』したいのは、ウォーカーさん?アメリカ人?アメリカ軍?家族を殺した人?あなたの話じゃよく分からないけど」
「ぜ、全部よ!」
「そう。あなたがそれを正当な『復讐』と思うなら、私は口を挟まないけど。この試合の間は大人しくしててね」
「……努力する」
チェックポイントの小屋は、もう5分も歩けば到着しそうな距離に迫っていた。
******
「さーて、兄ちゃん。あんたもここでお役御免だな」
どさり、と背負っていた杉人を建物の入り口で降ろす。
「ぼ、僕はこの後どうすれば?」
「知らねー。試合が終わるまでその建屋の中で大人しくしてりゃ、後で運営の連中が回収してくれんじゃねーの」
「Sir!そんな無責任な!」
情けない声をあげる杉人を無視して、振り返ったウォーカーは遅れてやってくる2人の少女に声を掛ける。
「よぉ、お疲れさん!こっちこっち!」
******
『はーーーーーい、お二人ともお疲れ様~~~!』
サラサを送り届けたイェルズエラが建屋から出てくると、突然上からメガホン越しに立会人の大声が響く。
『えーと、階段はここまでですね~。残りの127mは採掘後がそのまま道となった上り坂。平均勾配は10.4%、平均幅員は7.13mあります。左側は相変わらず断崖絶壁なので落ちないように注意ですよ~』
残りの道について解説をするが、その姿は見えない。
『そこから見えるかな?登り切ったところ……地上に出てすぐに旗が立ってますんで、そのポールに先に触ったほーを勝ちとします!ではご健闘を!』
******
「……じゃ、始めるか」
というウォーカーの言葉に無言で頷くイェルズエラ。
「お互い、死なないよーにしたいもんだな」
「出来ればね」
「なあ、あの鉄板姉ちゃんのお守りで疲れてねーか?一休みしないで大丈夫か?」
「必要ない……!」
と、言い捨てるが早いか、イェルズエラは一目散に坂道を駈け出し、旗を目指す!
「なっ!いきなりかよっ!?」
(くっそ……大人しい子かと思ったらやられたぜ……)
完全に虚を突かれた。
このまま100mちょっと走り抜ければ、彼女の勝利だ。
「……まあ……『始めるか』って言ったのは俺の方だったな」
そう呟いたウォーカーは『ロード・トリッピン』を発言させ、道を叩く。
すると坂道の上……先を走るイェルズエラに目掛け一直線に『滑走路』が現れる。
「なっ!?」
イェルズエラは驚いた。
躓いた、とは異なる感触。
道の岩肌を交互に叩いていたはずの足がツルり、っと滑った。
体勢を崩したイェルズェラは転倒しそうになり、考えるより先に反射的に手をついて受け身を……
「!?」
取ることが出来ない!ついた手もツルっと滑って空を切る。
(……この、突然現れた舗装道路みたいなものは!?ウォーカーさんのスタンドのっ!?)
「っ……ああっ!!」
くるりと転倒した勢いと重力に任せイェルズエラの体は『滑走路』を滑り降りる羽目になった。
「済まねえな嬢ちゃん!岩に頭ぶつけたり、このまま崖下に落ちたりしないよーにしてくれよ!」
ウォーカーは『ロード・トリッピン』はクラウチングスタートのような姿勢を取らせる。
「そして、こっちから見りゃ逆勾配だが……スキージャンプ式の『滑走路』もありだろ!いや『滑走路』っちゅーか、こりゃ人間ロケットだな!おりゃあああ!」
『ロード・トリッピン』が岩を蹴り、ウォーカーと共に『滑走路』に飛び込む。
滑り降りるイェルズエラとは真逆に、まるで空へ飛び出そうとするかのように坂を登る滑走だ。
(さあ!どーする嬢ちゃん!?このままだと俺ぁこの『滑走路』から飛び立って、まんま、あの旗んとこに『着陸』して勝利だぜ!)
猛スビードで滑走しながら、イェルズエラの方を見る。
『滑走路』を滑り落ちながらも、彼女の目もしっかりと自分を見据えていた。
そして、その傍らには彼女のスタンド『ウォームハンド・コールドハート』。
(!……正面衝突でスタンドのパワー比べか!)
打ち上がるウォーカーも『ロード・トリッピン』を身構えさせる。
お互い『滑走路』の上を猛スピードで距離を詰めていく。
(激突をスルー出来れば、このまま俺の勝ちだが……面倒くせぇ!ガチで受け止めてやるぜ!)
とか
(さっき、チラリとスタンドヴィジョンは見たが……パワーはありそうだったな)
とか、
(そーいや、さっき鉄板娘のガトリング砲を『止めた』のは……あの嬢ちゃんのスタンド能力か?)
とか、
「…・…って……なっ!?」
イェルズエラがスタンドの左手を滑走路につけると、彼女の滑落はピタリ、と停止した。
運動エネルギーを含め、全てのエネルギーが失われる絶対零度近くの超低温……まで、一瞬で温度を下げられたかどうかはわからない。
しかし、イェルズエラの軽い体の勢いを止めるには充分な『氷結』効果はあったようだ。
「そのスタンド凍らせて『止める』能力か!?……しかし!」
彼女がその場でピタリと滑り降りるのを停止したとしても、自分は圧倒的スピードのまま『滑走路』の上を撃ちだされている。
ここで自分を止めなければ、このまま『滑走路』を滑りきり、この坂の頂上……立会人が勝利条件としてあげた旗のところへと射出され、自分の勝利は確定する。
つまり、イェルズエラがこの試合に勝ちたいと思っているなら、『滑走路』上を猛スピードで打ち上がる自分を止めるしかないのだ。
左手を滑走路に貼り付かせ、停止したまま『ウォームハンド・コールドハート』が右腕を振りかぶる。
それに応えるかのようにウォーカーも『ロード・トリッピン』を大きく振りかぶらせる。
(ぶつかる!)
「おらああああああああああ!」
イェルズエラに向け、加速の乗ったパンチを繰りだすウォーカー。
しかし、イェルズエラ ― 『ウォームハンド・コールドハート』の右手が振り下ろされた先はウォーカーではなかった。
振り下ろされた先は地面……いや『ロード・トリッピン』の『滑走路』である。
ゾバッ!
『ウォームハンド』の灼熱した右手が熱したスプーンでバターを掬うかのように岩の地面を……いや『滑走路』を削り取った!
そのままイェルズエラはウォーカーとの衝突を避けるようにその場に身を伏せる。
「ぬなっ!やべっ!」
イェルズエラは『滑走路』を斜めに削り取り、切り離した。
これは、坂を登るように滑走するウォーカーの動きをとめるべく、その原因となっている『滑走路』を破壊するための分断であったのだが……
(明後日の方向に『端』が向いちまってる!このまま『滑走路』から射出されたら俺はどこに飛ん……『ロード・トリッピン』!すぐに『滑走路』を回収、っ!……て、間に合わ……)
『滑走路』のイェルズェラが分断した切り口。そこが『滑走路』の『端』となった。
勢い良くその『端』から射出されるウォーカー。
「うおおおおあああああああ!」
ぶっ飛んだウォーカーの目の前に、岩壁が迫る!
「危っ!おおおおおおおお!『トリッピン』!」
目の前の壁をスタンドの拳でぶん殴ると、バンバーに弾かれたピンボールのように体が跳ね返る。
「うああああおおおおあああああ!」
空中で弾かれた先を振り返って見る。
崖だ。数百m下、4人で出発したスタート地点が見えたような気がした。
「やっ!やべぇ!落ちる!死ぬ!おおおおおおおお!気合入れろ俺ぇえええ!」
(殴るのはだめだ!弾かれちまう!スタンドの腕を!岩に突き刺してぇっ!)
ボグン!
『ロード・トリッピン』の貫手を手近な壁におもいっきり叩きつけ、岩を穿って体を固定した。
ぶらんぶらんと不安定だが、数百m下に落ちることはなんとか避けられたようだ。
改めて下を見てゾッとする。
(……やられたぜ……アル、ついでに大統領閣下……済まねえ。こりゃ負けたわ)
(時間掛ければ、スタンド使ってこの岩壁を登って道に戻ることも出来るだろーが……まあ、嬢ちゃんもあそこからじゃ、すぐ旗んとこまで歩いて登るだろーしな)
と、上を見上げると、崖の端からイェルズェラが顔を出し、岩壁にぶら下がる自分を見下ろしてるのに気づく。
「……よ、よぉ……油断したぜ」
「落ちなかったのね。よかった」
「……おかげさんでな」
「じゃあ私、旗のところに行くから」
「……」
なんと答えたものか、迷う間もなく、イェルズェラの顔はぷいっと消えてしまった。
どうやら上を目指して歩き始めたらしい。
(ち、ちきしょー!カッコ悪ぃな俺!かみさんに見られてなくて良かったぜ……)
******
暗闇の中から、あの黒人の子とあのアメリカ人の戦いを見ていた。
もう勝負はついたと思う。
もうアメリカ人は身動き出来ないだろう。あのイェルズエラとかいう黒人の子の勝ちだ。
アメリカ人が負けて良かった。
……良かった?
いいはずがない。
あいつはまだ生きてる。
私の家族はアメリカ人に殺されてもうこの世にいないのに。
勝負はもうついた。もう我慢しなくていいだろう。
無様にぶら下がり身動きの取れないあのアメリカ人に、一方的に殺される怖さを教えてやる。
******
(うーぬ……諦めは愚者の選択、とか言うけどよ……実際、ここから逆転する方法あるのかね……)
それに触るのが勝利条件だ、と言われた旗のポールまでそんなに距離があった訳じゃない。
イェルズエラは走らずともそろそろ到着する頃だろう。
「ま、まあ、試合の結果は別として、この崖を登らなきゃな!」
岩壁に突き刺さるスタンドの右腕を起点になんとか体を持ち上げ、左腕で掴める出っ張りを探す。
手探りではなかなか見つからないので、目で見て探そうと上を向く。
と
崖の上から自分を覗きこむサラサの隻眼と目が合った。
「Oh……鉄板の嬢ちゃんの事忘れてたぜ……」
サラサは緊張した面持ちでゆっくりと崖から身を乗り出し、『クイックサンド』の砲を構えてウォーカーに向けピタリと合わせる。
(ちょ……殺る気まんまんじゃねーか……やべぇ)
「いい気味だわ」
微かに震える声で、サラサが冷たく言い放つ。
「死ね、アメリカ人」
******
「あわわわわわ、サラサさんが!」
ポールへと向かうイェルズエラのモニターに気を取られていた立会人は、ようやくウォーカーとサラサの様子に気づいて血相を変える。
「こ、これはだめよ!仕方ない!スイッチを!」
ごそごそとポケットを探り、リモコンスイッチを取り出す。
「サラサさんごめんなさい!えいっ!」
ぽちっ。
「あれっ?効いてない!?」
モニターの中のサラサに変化はない。
ぽちっ。ぽちっ。ぽちっ。
「あれれれ……ああっ!これ杉人さんのスイッチ!あわわわサラサさんのは……」
必死で全身のポケットをまさぐる立会人だった。
******
(だめだ……ここからじゃ、あの鉄板娘を傷つけずに……殺さずに……あの娘の攻撃を回避する自信がねぇ……)
「やめろ……せめて俺が上に登ってからに」
「やめろと言っても!命乞いしても!アメリカ人は止めなかったじゃないか!」
「そうじゃねえ、その姿勢のまま砲を撃てばお前も」
「うるさい!うるさい!」
「頼むから周り見てくれ!」
「うるさい!死ね!『クイックサンド』ォォォォォォ!」
「やめっ!!」
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!
『クイックサンド』のガトリングが回転し、弾を吐き出す!
サラサは気づいてなかった。
岩面にへばりつく用に展開されていた『滑走路』に。
A-10『サンダーボルトII』攻撃機が機首に装備しているガトリング砲は『飛行中に発射すると、その反動で機体が後退する』と(その信憑性はともかく)まことしやかに言われるほど反動が大きい。
崖から下を覗きこむような不安定な姿勢。
ガトリング砲の破壊力と引換えの大きな反動。
それを吸収し、支えるためのサラサの両足の下には摩擦を失わせる『滑走路』。
暴れる砲身はその火線を見当違いの方向に逸しつつ、サラサが派手に体勢を崩した。
「バカっ!撃ちやがった!……つぁっ!」
近くに着弾して飛び散った岩の破片がウォーカーの頬をかすめる。
「おい!」
痛みも忘れてサラサを見る。
もんどり打って倒れた少女は、手をつこうとしてさらに滑る。そして
「あ……わ……きゃあああ!」
案の定である。
崖の端から滑落した。
「……っ!」
慌てて手を伸ばすウォーカーだが、彼も不自由な姿勢のままである。
(この子が落ちちまったら、国に帰ってカミさんに会った時どんな顔すれば)
とか
(自分の娘を笑って抱けるのか)
とか
一瞬そんな事が頭をよぎった気がするが、ともかく『ロード・トリッピン』の手は空を切った。
そして落下していくサラサと目が合う。
「あ……」
(だめだ……)
と思った刹那、目の端に飛び込んできたのは小さな黒い人影。
自分には目もくれず、そしてたちまち自分を追い越し、垂直に近い壁を蹴り、あるいはスタンドで殴り、加速をつけながら落下するサラサを追う。
イェルズエラだ。
「なっ!ドレッドの!無茶だ!お前どーすんだよ!追い付いたところで落ち……!」
イェルズエラはサラサに追い付いた。
サラサの襟首を掴むと、凍気を纏ったスタンドの左手で岩壁を穿つ。
「……だめ、足りない」
左手と岩壁の間を凍らせて『接着』を試みるも、勢いのついた二人分の体重に負け、落下は止まらない。
「なら、こっちで!」
今度は灼熱の右手を岩壁に押し付ける。岩がジュウジュウと音を立てて溶けていく。
その抵抗ですこし速度が弱まったようではあるが
「…………だめ、か!」
溶けた岩を掴むことは出来なかった。
ズルリと滑り、滑落は止まらない。
「くっ……落ちる……また」
イェルズエラの脳裏に2回戦の結末が浮かぶ。
******
(……子供ってぇのはさ、ほんと後先考えないのな。うらやましいぜ)
(俺みたいなおっさんになるとよ、いろいろ頭で考えてちまって、結局手遅れになっちまうんだ)
(いざとなると、これ見よがしにカミさんや娘の顔が浮かんでみたりしてな!ははっ!)
(しかし、学んだよ……ドレッドの嬢ちゃん。俺の負けだ)
「いっけぇえええええええ!『ロード・トリッピン』!!!!!!」
垂直の岩壁に下方向へと『滑走路』を設置する。
(遅ればせながら、俺も『後先考えず』にやらせてもらうぜ!)
「おりゃあああああああ!」
岩に突き刺していた腕を引き抜くと『滑走路』を滑り降りるかのように身を躍らせた。
「おおおおおおおおおおお」
頭を下にして『滑走路』を滑り降りる。
圧倒的な加速力。
すぐに落下中の二人の少女に追いつく。
「!……ウォーカーさん!?」
なんとかイェルズエラの腕を掴むことが出来た。
イェルズエラに掴まれてるサラサにも手を伸ばし、掴んでやりたいがそんな余裕はない。
「嬢ちゃんたち、俺の体にしがみつけっ!」
空中で叫ぶ。
イェルズエラがサラサを助け、ウォーカーの両肩にそれぞれ少女がしがみつく形になる。
(ははっ!こいつらやっぱ女の子だな……軽いわ……が、めちゃくちゃ重いぜ)
目の間に迫ってくる底の岩肌。
「しっかり掴まってろよ!こっから本番だ!頼むぜ『ロード・トリッピン!』ッッッ!」
ウォーカーのスタンドが更に『滑走路』を延長する。
岩壁に沿って垂直に伸びていた『滑走路』は底面に達し、カーブを描きながら方向を変え上向きになる。
ちょうど『J』の字の様な形だ。
垂直の『滑走路』上を落下していた三人は下りを滑り降りたジェットコースターのように、今度は上上向きになった『滑走路』に沿って上昇を始める。
「このまま滑走路から『離陸』すれば、穴の外に飛び出せる……出来るだけ射出角度を上の地面と水平にはするつもりではいるが、穴底に墜落するよりはマシ、って程度の衝撃があるかもしれねえ」
落下の勢いのまま、ぐんぐんと上昇を続ける三人。
「ってことで『着陸』時のブレーキは、それぞれ自分のスタンドで頼むぜ」
肩にコクリと頷くイェルズエラの感触があった。
「そろそろ『離陸』だ!歯ぁ食いしばれ!」
フッ
三人の体が『滑走路』の端から地上めがけて射出される。
そして遠心分離器から放りだされたかのように、ぱっと弾けた三人は、バラバラになって地面へと投げ出される
**********
ズササササササ!
「おおおおおおおおお!いでででででででで!」
地面の上を勢いに引きずられて滑るウォーカー。
自分でつくった滑らかな『滑走路』ではない。
砂利も石ころも土も雑草もある、普通の地面。
まずスタンドでブレーキだ。
地面をひっかくように指を立て、すこしでも減速して地面を引きずられないようにする。
ビリッ!
「ああっ!くそっ!」
それでもズボンが破けた感触がある。
その前に、頭を守らねば。
体を丸め両腕で頭と顔をガードする。
「いでででででで!」
それでも徐々に勢いは弱まり、そして
ごっちん
「いてっ!」
とどめに頭を何か柱のようなものに打ち付けて『着陸』は完了した。
「いてて……とんだハードランディングになったが……まあ、なんとか生きてるし、服が破けた以外はカミさんに叱られなくて済みそうだぜ……って!」
(あの嬢ちゃん達は!?無事かっ!?)
急に二人の少女の事を思い出す。
頭をぶつけた柱に手をついて立ち上がる。
すると、
ぴぴーーーーーーー!
ホイッスルが響いた。
「決勝戦けっちゃーく!ウォーカーさんの勝ちです!」
立会人の女がすぐそこに立っていた。
「へ?」
自分が掴んでいる柱を見る。
柱に沿って目線を上に移動させる。
柱、いや、ポールの上にはためいているのは真っ白な旗。
「……これ、あんたの言ってた勝利条件の『旗』か?」
「そうです!おめでとうございます!」
「……ドレッドの嬢ちゃんはまだ触ってなかったのか」
「さっき、あなたが岩壁にぶら下がってる時にすぐそこまで来たんですけどね!急に引き返されまして」
「……状況解ってて言ってるんだろうとは思うが……あんた、それでいいのかよ」
「私は勝利条件を達成された方を『勝者』として扱うだけですよ」
と、立会人の女はにっこりと笑う。
「あと数m手を伸ばせば『試合の勝利』を得られたのに、それよりも優先すべきと感じた事のためにそれを後回しにした、ってのはイェルズエラさんの価値観ですからね」
(ちょ……それじゃ俺が鉄板娘の救出よりも『試合の勝利』を優先させたみたいじゃねーか!)
と抗議しかけてもっと優先すべき心配を思い出す。
「……って!あの二人は!?」
「イェルズエラさんはあちらに」
と指差された方へ振り向くと、イェルズエラはすぐ近くまで歩いて来ていた。
自分よりずっと器用に『着陸』したとみえ、ほとんど服も破れていない。
ウォーカーの側へと歩み寄ると、口を開いた。
「あなたの勝ちみたいね」
「……いや……」
心底決まり悪いと思う。なんと返していいのか解らない。
「試合に関しては、とことん出来なかったから……私のせいだわ」
「へ?」
「あなたが崖から落ちかけたあと、走ってこのポールに向かってれば、そこで試合は決着してたと思う。でも、もう勝ったと思い込んで、そして疲労があったことを言い訳にして、私はゆっくり歩いてしまった」
「……」
「そして、ポールに触る前にあなたとサラサの様子に気づいてしまった」
「……」
「その分、そっちはとことん出来たもの。あなたが助けてくれなければ死んでたかもしれないけど」
「……い、いや、そっちも俺は……って、あの嬢ちゃんは!?」
「あそこ」
といって指をさす。
その先には地面に大の字で仰向けに横たわったまま、動かないサラサがいた。
「……っ!大丈夫なのか!?」
「無事よ。大した怪我もしてない。『一人にして』って言われたけど」
「……そうか」
パン!
「はいっ!イェルズエラさんもご納得のようなので!これにて決勝戦決着!優勝はウォーカーさんでした!」
手を叩いた立会人が『試合』の終結を宣言する。
「まー、血生臭いのが嫌いな私としては、死人も大怪我も出なくて良かったです!うふふ!……ってことで~」
と、嬉しそうに笑いながらウォーカーの方を見る。
「ウォーカーさん!優勝賞品のご希望、考えておいてくださいね!私、ちょっと片付けと杉人さんの……えへへ……回収にいってきますんで。片付け終わったらヘリコプターでみんなで帰りましょ!」
と、言い残し立会人は、坑道を下って行った。
その姿を見送ったウォーカーは目線を横たわったままのサラサに移す。
「……『一人にして』って言われてもなあ、女の子がそーゆー時って大抵本心は逆なもんだろ?カミさんもそーだったぜ」
「?」
怪訝な顔をむけるイェルズエラに構わず、ぱんぱんと体の土を払うとサラサの方へと歩き出すウォーカー。
それを追いかけるイェルズエラだった。
******
隣に並んで歩きながら、ふと思い出す。
「ああ、そういや、あのズタボロの兄ちゃん、キミの婚約者とか言ってたが」
「……やめて。気持ち悪い」
「ははっ!事情はよくわからねーけど、俺もそう思った!」
******
横たわったままのサラサのすぐ横にしゃがみこむ。
彼女はそれに反応もみせず、ぼおっと隻眼を空に向けたままだ。
「あー……あのよ、なんつーか……無事で良かったわ」
「……」
「キミがアメリカを憎むのはしょーがねーし、キミの家族の不幸は心痛むぜ……アメリカ軍人の俺が言っても気に障るだけかもしれねーけど」
「……死にたい」
消え入りそうな声でサラサが呟く。
「い、いや、それもちょっとなあ……折角この俺が体張って助けたんだぜ?俺にはキミの命をもったいながる権利くらいあるだろ?」
「アメリカ人に助けられた……死んだほうがましだ」
つつっ、っとサラサの片目から涙がこぼれ出た。
「死んだほうがまし、とか、死にたい、と言いながらあなたは生きてる」
突然イェルズエラが口を開く。
「本当に死にたいなら黙って死ねばいい。それでも私たちにわざわざそれを言って聞かせるのは『自分はこんなに弱ってる』って伝えたいんでしょ?死にたくないから」
「お、おい!」
厳しいイェルズエラの言葉に、顔を青くするウォーカー。
それに構わずイェルズエラは言葉を続ける。
「実際、ウォーカーさんが助けてくれなければ私もあなたも死んでたかもしれない」
「いや、なんつーか、その、俺は……キミに背中を蹴られただけで」
と、口ごもるウォーカー。
「なら、もう死んだことにすればいい」
「……?」
「アメリカ人に復讐することしか考えてない、そんな誰も幸せにしない生き方しか出来なかった女の子は、復讐に失敗して死んだの」
「……」
「今ここでこうやって、死にたくないと思って生きてるあなたは、どうすれば自分を幸せに出来るか考えて生きていけばいい」
「……違う生き方なんて知らない。どうすればいいのかわからない」
「誰だってそんなのわからない。私も自分の言ってることが正しいかどうかはわからない。でも、」
そう言って、サラサの額にそっと手を置くイェルズエラ。
「死にたいと言いながら生きてるより、死にたくないと言いながら生きてるほうが、ずっとマシだと思う」
サラサはその掌を『暖かいな』と思った。
「……お前、随分強ぇんだな」
そのイェルズエラの頭をウォーカーが、くしゃりと撫でる。
「試合に勝ったのはあなたよ」
その手をうるさそうに、眼を細めて頭を振りながらも、ほんの少しイェルズエラが笑ったように見えた。
(……カミさんにはしょっちゅう『この恥知らず!』とか言われてるけどよ……それでもやっぱり……)
と、
「はーーーーい!おまたせしました!」
立会人の女が戻ってきた。
「ん?婚約者殿はどーした?」
「やめて。違うから」
と、即座に突っ込んだのはイェルズエラ。
「あ、ああ、杉人さん?ちょ、ちょっと、もう少し安静にですねゴニョゴニョ……ま、まあ、あなた方をあまりここでお待たせするのもなんなので、あとは他の『運営』の他の者にまかせて私たちは帰りましょう!ささ、ヘリはあちらですよー!」
「だ、大丈夫なのか?あの兄ちゃん一人ほったらかして」
「……自分の一族のコネや財力に出来ないことはない、っていつも言ってたからなんとかなるわよ」
ボソりとイェルズエラが吐き捨てる。
「あ!で!」
立会人の女が大声をあげる。
「賞品!ご希望のもの!決まりました?」
「あ……」
さっぱり考えてなかった。
(というか、俺が貰っていいのか?本当に?)
(まあ……一生遊んで暮らせる金をくれ!と言えばカミさんは大喜びだろーし)
(……お前ら『トーナメント運営』の実態を教えろ!とか、『運営』の組織図をくれ!とか言えば、アルや大統領は喜ぶんだろうけどよ……)
「ふふふ!帰り道、ヘリの中でゆっくり伺いますね!」
サラサを助け起こそうとしているイェルズエラが目に入る。
呆然としたまま、それでもイェルズエラに手を借りて立とうとするサラサが目に入る。
(……俺が希望すべき『賞品』は……なんだろうな)
★★★ 勝者 ★★★
No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー
【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする
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最終更新:2022年04月25日 00:37