第16回トーナメント:決勝③
No.5405
【スタンド名】
フローレンス・アンド・ザマシーン
【本体】
奏 璃乃(カナデ リノ)
【能力】
様々な「香り」を生み出す
No.5858
【スタンド名】
アイス・エイジ・4
【本体】
阿須名 彗(アズナ ケイ)
【能力】
対象の物体を一定時間無敵にした後、消滅させる
フローレンス・アンド・ザマシーン vs アイス・エイジ・4
【STAGE:迷宮】◆C4zT4u8GVA
件の『迷宮電器店』は、白鷺かふらとショスコム・ウィステリア両人の庇護下に置かれてから一年。
さらにトーナメントの二回戦が終わってからすでに二ヶ月が経った。
奏梨乃が決勝戦の会場となるその地を踏んだのは、立会人から連絡を貰って15時間後の19時35分。
彼女の目にはクッキリとクマが浮かんでおり、髪はぼさぼさ。そして酷くやつれており、まるで白黒映画から飛び出した悪霊を彷彿とさせる容姿となっていた。
それだけ彼女が、この日を、トーナメントの決勝が行われる今日という日をどれほど待ち侘びたかは想像には難くはない。
菊谷志保の願いをかなえるため。そしてネプティス・アヌヴィッシュを「見殺しにした」ことを悔いないためにも。
「……」
立会人としては末端の部類に入る、覇気のない金髪の青年「マッキンタイア」は、彼女の幽霊じみた容姿に素直に心胆を凍らせた。
思わず「うわっ」と声が出そうになったがそこは堪えて、まずは「こんばんは」と彼女に返す。
「…こんばんは」
思いのほか色のある返事に、マッキンタイアはそれ以上動じることをやめ、立会人としての「作業」を、
お役所仕事のごとく無駄に肩に力を込めて「いざやるぞ」と開始した。
「えー……っ それでは第……何回だったっけ…まあいいか。トーナメントの決勝を」
「要領を得ませんね。さっさと始めましょうよ。対戦相手は誰なんですか?」
「えーっ……と もう中に行ってます もう一人の参加者阿須名……スイ?……いやケイか……さんも10分ほど前に来て、すでに中にいますよ」
マッキンタイアの案内を受けて、うんともすんとも言わないまま千鳥足のまま迷宮電器店の奥へと足を踏み入れる。
迷宮電器店の中は迷宮というほど入り組んではいなかった。
先に挙げた両人からの庇護があってなお、この迷宮電器店には果つることなき利権の闘争は鳴りやむことはなく、
中にはその両人さえ手を出すことが躊躇われる「巨大な闇」の影すらも見えた。
テーマパーク化の構想も完全に頓挫して久しく、今は「迷宮らしさ」を取り払い、
巨大で暗く、それでいてゴミや塵が不自然なほど少ない異様でまるでホラー映画のような空間へと姿を変えていた。
その中央には、中から灯りを洩らす天幕が一つ設営されている。
「あの中です。ルールは中で説明いたします」
天幕をくぐると、そこには一人の人物が背もたれのない木椅子に、退屈そうに、そしてこの上なくリラックスしたような体勢で座っていた。
その人物は、爽やかな春風のような清涼感と、枯れ木や生物の死骸の一切合切を呑み込んで発酵させた、どす黒い沼沢のような腐敗臭を同時に梨乃に抱かせた。
「初めまして奏さん。阿須名彗です」
「……初めまして」
その存在感を警戒しつつも、梨乃は差し出された手を取って、握手に一応の形で応じることとした。
そうして、マッキンタイアが続けざまに天幕の中に入ってきて、この試合に関する要点についてようやく口を開き始める。
「えー……それじゃあ試合内容を説明しますね」
「試合内容はすごく単純です。この天幕を出てまっすぐ行ったところにある迷宮電器店の最深部に行ってそこにある「物」を」
「持ってくるんだね?」
「違います阿須名さん。話を最期まで聞いて」
「持ってこなくて結構。持ってこれるようなものでもないですし」
「そこにあるものを見て、それが何かを私に教えてくれれば、それで終了です」
「もっと言えば、それを見て絶望しなければ。ですね」
マッキンタイアは、さらにその最深部には一人ずつ行く順番性であることを語って、天幕の外に出て行った。
「……ジャンケンで決める? 先攻後攻は」
「いや…………うーんやっぱりそうしますか」
梨乃の提案に、阿須名は少し間をあける形で答えた。
ジャンケンの結果は阿須名の勝ち。そうして阿須那は後攻を望み、先攻は梨乃が務めることとなった。
天幕を出た梨乃は、立会人であるはずのマッキンタイアの姿がすでにどこにも見えず、近くに気配を感じないことに違和感を覚えたが、
そのことに対して、彼女の興味がそれほど持続することはなかった。
先攻が有利か不利か、事前に開帳された情報はあまりにも少ない。
戦闘に対して絶対的なアドバンテージとなるわけではないが、一応梨乃は、自身のスタンド『フローレンス・アンド・ザ・マシーン』を発現する。
彼女自身、それほど都市伝説やうわさなどの類に対して興味を示す種類の人間ではない。
ゆえにこの電器店で起きた悲劇のことをニュースで見た知識程度に知ってはいても、その後に起きた悲劇については一切知らない。興味もない。
だが「危険な香り」というものは分かる。
無論そんな香りはなく、錯覚に等しいものだが、香りを扱うスタンドを持つ所以か、それをはっきりと嗅覚が認知している。
それは鋭敏に発達した第六感とさえいえるものであり、それが梨乃に慎重な歩法と沈黙を強制させた。
懐中電灯の類は渡されておらず、持ち込みを許可も不許可もされなかった携帯電話の明かりを頼りに進む。
道はマッキンタイアが言ったように一本道であり、ほかにもいくつか道はあったがまっすぐ進むと行き当たる道は不思議なことにこれだけだ。
「……?!」
なぜか理由がわからない立ちくらみに、よろめいた梨乃は『F・&・T・マシーン』によって支えられて転ぶことを回避した。
梨乃自身、「危険な香り」が奥へ進めば進むほど濃くなることを自覚していた。
そんなことを思いつつ進む彼女は、ふとマッキンタイアが最後に言っていた言葉を思いだす。
「絶…………望?」
そうつぶやいた瞬間、突然右側面から何かがこちらに向けて突進してきた。
「?!」
咄嗟のことで、スタンドによる防御が間に合わず、梨乃は地面に背中から思いっきりたたきつけられた。
衝突の際にどこかで切ったのか、頭や手の平から血が滴ってくる。
それの姿は、よく見えなかったが、比較的小柄な体躯をしており、それに見合わぬ怪力が特徴的でもあった。
「間違いなく私のスタンドよりも強い…! これじゃあスタンドで身を守ることもままならない」
頭でそう思いつつ、口に出す余裕はなかった。
先ほどの衝撃で骨がいくつか折れたかもしれないゆえ、体の動きはどうしても鈍く、梨乃と『F・&・T・マシーン』は次の突撃に対処することはできなかった。
「ぐ…ぅうう……!!」
『F・&・T・マシーン』の全力を振り絞った踏ん張りで、なんとか「それ」の動きは止められた。
「……これが何なのかは分からない……けどスタンドでも抑えこみきれないということは……」
押されている。「それ」はスタンドに対して押し込むことができている。
その事実が梨乃を震撼させていたが、別段驚くことも、もちろん絶望することも彼女はしなかった。
「……!? 嘘…」
しなかった。そのことに対しては。
だが、少し闇に慣れだした目はそこに絶望を見出させるには十分なほどの惨状を映す。
「……志……保」
そこにいたのは、「菊谷志保」であった。
やや童顔でありながらどこか凛とした印象を相手に抱かせる彼女の姿はすでにここにはなく、髪と口から腐臭にも似た悪臭を漂わせながら、
茶色く朽ちた歯をむき出しにして、こちらに向かってくる。
まるでゾンビだ。昔日の面影など全くない。
だが、依然として押されている梨乃は、こんな状況の中ふと冷静に立ち帰る。
「…面影がないのなら、なぜ一発で分かったのか」
その一瞬の疑問を浮かべるうちに、均衡は崩れた。
気の緩みから生じた隙は、『F・&・T・マシーン』の力までをも一瞬だけ緩め、その結果首筋に「菊谷志保」の歯が突き立てられた。
「これは、罰なのだろうか」
そんなことを思いつつ、梨乃の口は決してそのようなことを溢すことはなかった。
今度は余裕がないからではない、自分が死につつあることを自覚して、絶望しつつあるからだ。
彼女の心は、「菊谷志保」に対して罪悪感で満たされていた。
彼女の願いを、「菊谷志保」の願いを、結局かなえられそうもない。
叶えられぬまま死ぬ。 叶えられぬ願いを押し付けられたうえで、それを叶えられないまま死ぬ。
この覆水をいっそ返せれば、どれほど楽になっただろう。
思えば、彼女は自分が誠実さだけが取り柄の無能者であるという自覚を持っていた。
そんな自分にその願いは重すぎ――――
「…願いって。なんだっけ」
「…「菊谷志保」って。だれだっけ」
次の瞬間、奏梨乃は目を覚ました。目を覚ましたのは迷宮電器店であったが、首筋から血も出ていないし、
入り口部分からは外の陽光がわずかに入り込んでいる。
そもそも、自分がいるのも電器店の奥へと続く道ではなく、その入り口が視界に入るほど近い位置。
当然、中央に備え付けられていた天幕もその位置から視界に入るはずだが、その天幕はない。
「……?! あれぇ……」
そもそも、彼女には記憶がない。
数日前までのことを思い出そうと先ほどから努めてはいるが、一向に釣果を期待できそうもない。
だが、不思議なことにこの状況に彼女はそれほど違和感を感じなかった。
「■■■■■■」のことも、「■■■■」のことも数日間もすればすっかり忘れるだろう。
否、すでに忘れているというより、この状況こそが彼女にとっては正常なのかもしれない。
そうして、彼女は電器店を後にした。
時をさかのぼること、10時間前。
自分の番を黙って待つ阿須名の前に、天幕をくぐって客人が現れた。
「彼女、無意識のうちに覚醒効果の高いフレグランスをとにかく混ぜ合わせ、自分にぶち込んだようだ」
「あのまま私の『スタンド』の中にいれば、間違いなく死んでいただろう」
「それを彼女は、「罪悪感」を解き放つことで、我が術中から己を強制的に解放した。強すぎる気付けだと思わんかね」
「まあ、無茶な調合ゆえに仮死状態に陥ったのか、すぐに目を覚ます気配はないが」
「そういうわけだよ。阿須名 彗くん。君の番だ」
突然現れた男は、明らかに先ほどのマッキンタイアではない。
年齢的にも、言葉の落ち着き方的にも。全くの真逆であり、逆と判ずることさえ不釣り合いな老紳士。
「あなたは?」
阿須名がまずその老紳士に尋ねたのは、その言葉であった。
「私は、トーナメントの運営者「ウディ・ケッセルシュラガー」だ。立会人であるマッキンタイアくんは所用で帰った」
運営者? なぜ今ここで現れるのだ。と阿須名は思ったが、それでも彼女はそれに従う形で天幕を出た。
10分もしないうちに、ケッセルシュラガーの待つ天幕の中に、阿須名は戻ってきた。
「おかえり。阿須名くん。どうだったね」
わずか10分の旅であったが、バックパック一つで富士山に特攻でもしたかのように、阿須名の表情は蒼白で、焦燥し切っていた。
「……では、そこに何があったか教え…」
「私がいた」
「明らかに首を縄で吊ったようなあとがある私がそこにいた。体はほとんど腐ってた。」
「死体はほかにもあと二体あった。金髪の死体と若い女の死体が二つ。どっちも蛆が沸いていた。」
表情とは裏腹に、阿須名の報告は冷静を極めるものであった。
いや、冷静というよりも機械的と言ったほうがいいだろうか。
こみ上げる吐き気を、そして異常な事態に対する恐怖を、そうすることで阿須名は取り繕っていた。
「……きみは、恐怖こそすれど絶望はしていないようだな」
「自分が二回戦の終わったのちに立会人であった女子高生を衝動的に殺して自分も自殺した」
「さっきのマッキンタイアとかいう男は私が寄こした追手だ。暗殺任務が続行中と最期まで思い込んでいたようだな」
「きみの手腕の鮮やかさたるや感嘆に値するよ」
「……分かっているのだろう?きみは「悪霊」なのだよ。」
「「悪霊」……?」
「そうだ」
戸惑いつつも、ある程度は理解していたつもりであった阿須名が、その言葉一つで恐怖から解き放たれたのはその刹那であった。
「この迷宮電器店はアリゾナの「悪魔の手のひら」のように不思議な力を宿す土地なのだよ」
「きみは死に、そしてある種の覚醒を果たした。その力をトーナメントの……いや、我が『ヴァルチャー』の……」
「さっきからうるさいよ」
矢継ぎ早に話し続けるケッセルシュラガーも、その威圧には押し黙るしかなかった。
発現された彼女のスタンド『アイス・エイジ・4(第四間氷期)』もまた、その様相に変化が見られる。
全身にひびが入りそこから塵が吐き出され、空に舞い上がっているさまは、スタンド消滅を彷彿とさせたが、
それでもスタンドは依然変わりなく動く。
「私は気づいたんだよ。私のスタンドは「霊」を物として扱うようだってね」
その言葉を聞いた瞬間、ケッセルシュラガーは即座に決断した。
本体が死んでこそいるが、この電器店という「要所」に縛られている限り、
彼女はこの土地を守る地縛霊的悪霊として存続し続けるだろう。
そうなってしまった以上、持続時間が成長していない状態であっても自分はなすすべなく縊り殺される。
「トーナメントは無効だ。ノーベル賞同様死者に勝利はくれてやらぬ」
「派手な登場をした割に、呆気ない幕引きだな」
阿須名がケッセルシュラガーの名を覚えることないだろう。
おそらくトーナメントのことも次第に記憶の中から摩耗し、消えてゆく。
こうして、一人は絶望してすべてを失って、一人はすべてを失って希望を見出した。
トーナメント運営と、それにかかわっていると思しき組織『ヴァルチャー』の本部に、ある捜査官が家宅捜索を実施し、
その闇が暴かれ、多くの逮捕者が出たのは、そのさらに10時間後のことであった。
トーナメント運営の「主犯」と思しき『ヴァルチャー』のボス・ケッセルシュラガーは依然逃亡中である、
と「ある捜査官」は告げている。
(奏梨乃:生存、記憶を失う 阿須那彗:死亡、悪霊化)
★★★ 勝者 ★★★
なし
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最終更新:2022年04月17日 16:05