第17回トーナメント:決勝③




No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)

【能力】
殴った場所からロケットを生やす


No.6130
【スタンド名】
クリスタル・ピース
【本体】
新房 硝子(シンボウ ショウコ)

【能力】
微細なガラスを操作する




クレセント・ロック vs クリスタル・ピース

【STAGE:雪原】◆aqlrDxpX0s





放課後、新房硝子はいつものように教室を出た。

「硝子ちゃん、さよなら」と声をかけたクラスメイトは、硝子が教室を出るより先に視線を談笑する友達のほうへ向けた。

硝子はそれをもはやなんとも思っておらず、クラスメイトも同様だった。


いつの日かその少女は人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。

クラスメイトの目からは何も変わったようには見えない。

しかしいつもと同じような言葉の奥に、

墨を落としたような瞳のむこうに、

制服の袖に隠した左手に、彼女に訪れた変化を感じずにはいられなかった。

しかしそれと同時に、そこへ触れてはいけないような予感もするのだ。


確かにもう彼女を「ガラスのハートちん」と呼ぶものはいなかった。

クラスメイトの誰にとっても、彼女はただのクラスメイトの1人となった。

それ以上は踏み込まないほうがいいと、誰もが無意識に思ったからだ。


校庭を歩く彼女を正門で待つ黒塗りの高級車のことについても、それを聞く者はだれもいなかった。




「オ待ちしておりましたよ! 新房サン!!」

高級車の前に立つ白髪、白ヒゲ、白人の男が深々とお辞儀をする。

「いつもお出迎えありがとうございます」

白人の男に対し硝子はぺこりと頭を下げた。

「ささ、どうぞお乗りくださいマセ」


硝子を乗せた高級車は学校の正門の前から発進した。
後部座席に腰掛けた硝子は左腕の袖をまくり、その人形のように無機質な肌を見た。

「イヨイヨ、決勝でございますね」

「けっこう、日本語上手くなったんですね」

「……アア! いえ、とんでもありませんヨ。まだまだ未熟者です」

白人の男の問いかけに、硝子は応えずに話をそらした。

「そうやって謙遜するのもなんか日本人っぽいです」

「……これも新房サンが勝ち続けているオカゲです。その度にワタシがこうして迎えに来られるのですから」

「…………」

硝子はまた応えずに窓の外を見た。

車はしばらく大きな通りを走り、高速道路へ入った。

道路沿いを高いビルが通り過ぎていく。



――強くなりたいと願ったかつての自分。

ガラスのハートを持っていた自分はどれだけ強くなれただろうか。

これまで多くの血を見てきた。

あのトーナメントを終わったとき、幾度の戦いを経た自分はどれほど変わったのか。

そして、同じトーナメントを勝ち上がってきた者と戦い、勝ちあがってきた。

……その先にきっとあるはずだ、私の求めた強さは。



高速道路を走る車はビル街から山間部へ向かおうとしていた。

「……新房サン、時間にはまだ余裕がありマスが、イオキベさんのところへもう一度寄りまショウか?」

白人の男が後部座席の硝子へ問いかける。

しかし、また返事はない。

「新房サン?」

バックミラーで後部座席の硝子を見ると、硝子はシートに頭をのせて小さな寝息を立てていた。

「くー…くー…………」


「……幾多の戦いを勝ち上がっても、寝顔はヤハリまだ可愛い女の子です。
 到着まではまだまだ時間があります、ゆっくりお休ミくだサイ……」

車の向かう先の空は夕焼けのオレンジ色から、次第に青みがかり始めていた。


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『だから私は藤島さんを激励するんです。藤島さんが、自分が欲しいものを見つけられるように』

『僕は、貴方に勝ち取って欲しい。 空っぽの心を潤い、満たすものを。
 それが何かは僕にも貴方にも分からないけど、必ずや手に入れてトーナメントを終えて欲しいんです』


笑顔のまま涙をこぼしていたエミリの言葉と、人間ではなくなったミチトの言葉が、

窓の外の雲のように六郎の頭の中を浮かんでは流れ続けていた。


かれこれ1時間以上は外を眺め続けている。

テーブルのシャンパンはすこしも減っておらず、グラスの中の泡もすでにない。


――このトーナメントというものに参加してから、自分は一度も負けていない。

あくまで、試合の結果としては。

しかし、これまでの戦いで自分が得たものは何ひとつとしてない。

この優勝者トーナメントに参加してからは特にそうだ。

むしろ、何かを得ない限りこのトーナメントを「終える」ことすらできないのではないかとまで思う。

……それならば、これからの試合の相手もそうなのか?



「……藤島六郎様、まもなく空港に到着いたします。準備を整えくださいませ」

スーツ姿の女がシートに深く腰掛ける六郎に対し静かに話した。

「ああ」

「それから、こちらを出発ロビーにお忘れになっていたようです」

「……ハサミ? 確かに俺のだけど、こんなの持ってきてないぞ」

「…………」

女は六郎にハサミを手渡すと小さな室内にもう1つあるシートに座った。


「……まあ、いいか」

六郎はハサミをポケットに入れ、再び窓の外を眺めた。

一面の雲は六郎の目下を大河のように流れている。

六郎は、飛行機に乗っていた。


---------------------------------------------------------------------------------------------------

夜が明けて暗闇は次第に青みがかり、しばらくするとあたりは光を取り戻す。

しかしそれでも視界にはうすく地平線が見えるだけである。

その舞台は、その場所は何もないところといえた。

ただそこには白があるだけである。

地平線の下には雪、地平線の上には雲。

はるか上空をヘリコプターが飛んでいる。

そこから見下ろすとその舞台には4人の人影があるだけである。


雪原の上で向かい合って立つ六郎と硝子、その間に2人の立会人がいる。

ひとりは六郎に同行した女性、もうひとりは硝子をここへ連れてきた白髪、白ヒゲ、白人の男。

六郎と硝子は防寒着を着ていたが、立会人の二人は黒スーツのままだった。

寒さも感じぬ様子を保ったまま、女性の立会人が口を開いた。


「これより決勝戦、藤島六郎様と新房硝子様による試合を開始いたします」


新房硝子は表情一つ変えず聞き入れる。

一方の藤島六郎は――


『オイオイオイオイ、ふざけんなッ! なんでぇーこんなクソ寒いところでやるんだよっ!』

と、以前なら叫んでいたところだった。

しかし、藤島六郎は口を閉ざす。


色の無い、不気味なほど美しい景色に、

遠く四方から響く雪山の咆哮に、

寒さを物ともせずに立つ少女の姿に、

雪も映らぬその真っ黒な瞳に、恐怖を抱いたからだ。


着込んでいるにもかかわらず、背筋に悪寒が走る。

静かな風が通り過ぎて、少女のマフラーと結わいた髪を揺らした。

少女はじっとこちらを見ている。


(どうしてだよ……エミリちゃんくらいの女の子が、どうしてこんな……)

そのとき、遠くから聞こえていた雪山の咆哮が二人の間を横切った。

降り積もる雪を巻き上げて、互いの姿を隠す。

風は一時だけだった。


しかし、六郎の視界に硝子の姿はもうなかった。


「消えた……ッ!?」

六郎がそう言うと同時に、尖ったガラスの粒が六郎の頬に突き刺さり、タラリと血が流れた。


「出まシタ、アレです」

「アレですね」


二人の立会人は六郎と硝子から距離を置き、戦いを眺めていた。

「アレ」とはすなわち、今やすでに硝子の基本戦術となっている『透過』である。

微細なガラスを幾重にも体のまわりに張り巡らせ、光の屈折率を変えて姿を見えなくさせる。

まわりには雪と雲しかない、まっさらな白の世界でこの戦術は最大の効力を発揮した。


「しかし今の攻撃で彼女は六郎に気づかれることなく頚動脈を切ることができたはず。それを思いとどまるとは……やはり、彼女はまだ子どものようですね」

「……イイエ、それは違いマス。この一面の雪景色デス、距離感のつかめない場所デ自分にも見にクいガラスを飛ばすのです。
 きっと、単に狙いがはずれたのでしょう。でなければ……彼女がこんなミスを犯すはずがアリマセン」

「ミス……?」

「新房サンは、自らのスタンド能力を相手に明かしてしまった……」


六郎は頬に刺さったものを抜き取り、それを確認した。

「これは氷……いや、ガラスだ。こんなところに尖ったガラスが落ちてるわけねぇ。なるほど、それが能力か……」


六郎は頬の傷の痛みで、かえって冷静になることができた。

周囲を見回し、硝子の姿を探す。

だが、いまだ硝子は姿を消したままだ。


(『スタンドはひとり一能力』……ってことはだ、あの子が今姿を消してんのも、ガラスを使ったトリックか何かだ。ホントに消えたわけじゃあねえ)


そのように予想して六郎が注視したのは、足元に広がる降り積もった雪。

戦いの舞台は地平線のかなたまで雪に覆われているが、言い換えれば六郎たちは小高い丘の上に立っていることになる。





雪は積もっているものの、吹きさらしの場所のために足元にはそれほど雪は積もっていない。

深さはくるぶし程度、走り回るのには何の問題もなかった。


その雪を六郎はじっと見つめる。

自分の足元から、ガラスの立っていた場所までじっくりと見た。

「…………!」

六郎は自分と硝子の立っていた場所の間に、先ほどまではなかったものを見つけた。

「…………『足跡』」

硝子の立っていた場所から、足跡は六郎の方向へ向かって途中で途切れていた。

正確には途切れていたのではなく、足跡は『途中』だったのだが。


六郎が足跡を見ていると、新たに足跡がもう一つ増えた。そして、またもう一つ。

六郎に向かって確実に足跡は近づいて来ていた。

(あと3歩くらいで俺のところに辿り着く、その時のタイミングだ……)



「だがシカシ、彼女はやはり戦いにおいて天性の才をもってオラれる」

立会人の白人の男は苦笑する。

それを見てもう一人の立会人の女性は不思議そうに尋ねた。

「……どうして?」

「彼女は自身の犯したミスを、即座に利用しようとシテいる。……今にわかりマスよ」


足跡はゆっくりと一歩、そしてもう一歩踏みしめた。

そしてその直後、六郎は自身のスタンドを発現してその拳を振り下ろした。

「『クレセント・ロック』ッッ!!」


だが、その拳は空を切った。

それと同時に六郎が見たのは足跡の上に乗る『ガラスの足』、そして視界の端に現れた『足のないガラスの像』だった。

そのガラスの像は拳を振りかぶり今にも六郎に殴りかかろうとしていた。


「ホントに消えたワケではナイ――とするならば、ここで気をつけるべきは『足跡』と考えるのは当然デス」

「…………ふむ」

「そこで、わざと『足跡』をつくればそこへ相手の注意を向けられる」

白人の男は六郎が硝子の策に嵌ったと確信した。

しかし、白人の男は忘れていた。



「……やっぱりな」


彼もまた、幾多の戦いを経た猛者であることを。


直後、ガラスの像……硝子の『クリスタル・ピース』は拳をピタリと止めた。

それは決して硝子が攻撃をためらったからではなかった。

『硝子自身』に六郎の攻撃が命中したからだ。


「くっ……!」

空間にヒビが走り、パラパラとガラスが零れ落ちると雪景色の中に硝子が姿を現した。

硝子の肩に、小さな『ガラスのロケット』が刺さっていた。


「ナメすぎだぜ、おじょうちゃん」

六郎は硝子にニヤッと笑いかけた。


「これは、私のガラス……?」

「俺自身経験がないから推測だけどよ、姿を消して近づいているときに相手に自分のいる方向を見られたら普通は立ち止まるもんだ。
 『あっ、見つかったかな?』ってよ。『ハリーポッターと賢者の石』でもそんなシーンがあったろ? 俺観てねーけど」

「…………」

硝子は応えない、自らに隙をつくらないために。

それを見て六郎はそれ以上話すのをやめた。

(……だが、『足跡』は立ち止まらなかった。なぜなら足跡は『見つかってもいい』、囮だったからだ。
 『隠れた相手がそこにいる』とオレに錯覚させるためにな。だからあの子はオレの視線を気にしなかった。
 ――だが事実、彼女自身も歩けば足跡はできる。しかし足跡は囮の一つしかなかった。それならば……あの子ははじめからその場所から動いていないということ。
 とすれば……俺がすべきことはホッペにチューされたガラスをお返ししてやることだ。『見えないロケット』にして」


(……流石、決勝戦まで勝ちあがるだけのことはある)

硝子は素直にそう思った。

肩のガラスのロケットを抜いて雪の上に落とす。

防寒着を着ていたおかげで傷は浅かった。

(うん、そうこなくちゃ……そうでなくては、私は強くなれない……!)

ガラスのロケットを足で踏み割った。


「先手を取ったのは藤島六郎のようですね」

「ほんとネ、新房サンうまくいかなかったようだ」

「それでもあなたはあの子が勝つと?」

「……六郎サン、新房サンに火をつけたヨ」


「『クレセント・ロック』!」

六郎が叫ぶと同時にクレセント・ロックは腰を回して裏拳を六郎の側に漂うクリスタル・ピースに当てる。

クリスタル・ピースは抵抗もせず拳を受けて大きな音をたてて割れた。

体は粉々に砕けたが、硝子にダメージはない。

砕け散ったクリスタル・ピースのかけらは漂ってひとかたまりになると、硝子のもとへ戻り再び人型をなした。


「スタンド自身が『ガラス』かい……そりゃあやっかいだな……」

「そう……だからあなたは私に直接攻撃しない限り、勝利することはできない……『クリスタル・ピース』ッ!!」


クリスタル・ピースは硝子のそばから六郎へ向かって駆け出した。

「……かかってくるかい、おじょうちゃん」

クリスタル・ピースへの攻撃が硝子に反映されないというのならば、クリスタル・ピースの動きを止めることは困難である。

先ほどのように硝子を直接攻撃しなければクリスタル・ピースは止まらない。

腕をひとつ砕こうが、頭を吹き飛ばそうが硝子にダメージはない。

両足を砕いてもクリスタル・ピースは浮遊し向かってくる。

クリスタル・ピースは微細なガラスの集合体なのだから……


「…………!!」

だが、それゆえに併せ持つ弱点を硝子は初めて思い知る。


六郎の前に立ちはだかったのは、巨大なロケット。

直径50センチはあるロケットがクリスタル・ピースを迎え撃とうとしていた。

クリスタル・ピースはそれをかわすべく人型からガラスの霧と化した。

だが、それと同時にロケットが爆発する。



爆音とともに起こる爆風は、クリスタル・ピースを構成するガラスをすべて吹き飛ばした。

硝子自身にダメージはないが、クリスタル・ピースはロケットの爆風によって押し返されてしまったのだ。


「……ロケット」

「そう、ロケットだ。カッコいいだろ? 『ロケットを生み出す』、それが俺のスタンド能力だ」

六郎はクレセント・ロックの拳を雪の上から地面にたたきつけてロケットを生み出す。

以前は殴り続けなければ大きなロケットを生み出すことはできなかったが、多くの戦いを経て六郎は成長していた。

強力なパンチ1つで、先ほど硝子に向けて放ったロケットを生み出すことができる。


六郎の生やしたロケットは火柱を吹いて硝子へ向かっていく。

「……クリスタル・ピース!!」

向かってくるロケットに対し攻撃を仕掛ける。

しかし、クリスタル・ピースにロケットの勢いをとめるほどのパワーはない。

むしろクリスタル・ピース自身の脆さによって硬いロケットの表面を攻撃した拳のほうが砕け散ってしまう。

さらにロケットが爆発すれば、ガラスの集合体であるクリスタル・ピースは吹き飛ぶ。

硝子は横っ飛びでロケットをかわし、ロケットは雪の中に突っ込んで爆発した。

大きさの割りに爆発は大きくなく、スタンドのロケットのためか破片も飛び散らなかった。

だが、体勢を整えようとするとすぐにロケットが迫ってくる。


すぐにそれをかわして立ち上がる。

だがその時にはまたもロケットが向かって来ていた。

「……はあっ、はあっ、はあっ」

息を切らして硝子はロケットを避け続ける。


(今のままでは攻撃は不可能……なんとか隙をみつけなくては)

硝子は六郎への攻撃のためにクリスタル・ピースを構成するガラスをすべてヴィジョンの形成に使っていたが、

それを半分、クリスタル・ピースから離して自分の周りに纏わせた。


硝子の姿は六郎から見えなくなり、その場にいるのは隙間の空いたクリスタル・ピースのみとなった。

(今度は見える囮……! 形だけのクリスタル・ピースと姿を隠した私自身……二手に分かれれば、攻撃の糸口が見つかるはず!)

「……また姿を隠したかい? そんじゃあダンマク作戦といくか!」

クレセント・ロックはそれまで1発ずつ殴ってロケットを生み出していたが、

今度は地面に向かって両方の拳を連続して打ちつけた。

すると、無数の小型ロケットが生みだされ、六郎の前に横列をなした。

(しまった……!)



「全弾発射ぁ!」

六郎の号令とともに、ロケットは一斉に発射された。

整然と並んで飛んでいくロケットに対し、クリスタル・ピースはなす術がない。


(……トーナメントに参加する前の私だったら、きっともうあきらめてたんだろうな)

瞬きする間もなく、ロケットは硝子へ向かってくる……。

(でも……今は、違う! 私は……強くなったんだ!)


放たれたロケットのひとつが爆発した。

しかし、爆発させたのは六郎ではない。

それに六郎自身が気がつく前に、硝子のほうから強烈な光が放たれたと思えば、「光り輝く何か」が高速で六郎のそばを横切っていった。

六郎の放ったロケットが最初に爆発したものから誘爆してすべて爆発したのはその後だった。


(……なんじゃあ今のは!?)

光と煙が消えて、硝子の姿だけが残る。

彼女が前に伸びた左腕に、手首はなかった。


「……オ~イオイオイ、まさかそれもスタンド能力っつーんじゃないだろうな!?」

六郎の問いに硝子は答えない。

「……そろそろ決着つけましょう、藤島さん。私にとっての、好機到来のようです」

「…………何?」


あたりには雪が舞いはじめていた。



白人の男は訝しげに女性立会人に尋ねた。

「……ウワサを小耳にハサんだんですガ、新房サンが優勝した場合『運営』はどのようになさるオツモリなんです?」

「彼女は際限のない『強さ』を求めている。我々はそれに応えるのみ」

「具体的ニは?」

「我々の仲間になってもらいます。すでに半分我らの管理下にある技術者の五百旗頭実氏と共に先鋭部隊に加わってもらうつもりです」

「……ソウデスカ」

「どのみち、彼女がこれから現実の世界に戻ることは不可能でしょう。……あなたにとっては、それが望ましいのではないのですか?」

「…………」


あたりを舞う雪は、小雪というよりは大雪であった。

急に降り出した雪は六郎と硝子に互いの姿を見えなくさせる。

「……ずっと曇ってただけだったが、降り出してきたか……?」

六郎はあたりを見回し、さらに空を見上げた。

しかし、新房硝子はただ六郎だけを見ていた。


「これは……『雪が降っている』のではありません。これは、あなたが『ロケットの爆発で撒き上げた』雪。
 吹き飛ばした雪、そしてロケットの『すす』に水分が付着し雪をさらに増やした」

「……!!」

「私にとっての好機とは、『荷電粒子砲』によってあなたの攻撃を止めたこと、そして『雪にまぎれて攻撃できる』ようになったこと」


そう硝子が言った直後、六郎の全身に微粒子のガラスが襲いかかった。

防寒着の表面を傷つけ、六郎の顔に傷を走らせた。

「くそっ!」

六郎は思わずフードを目深にかぶる。

しかし、それが失敗であったことに六郎はまもなく気づく。

硝子は六郎の側方へと回りこむ。

六郎は襲い掛かるガラスの群れから身を守るために、硝子の動きを目でしか追えない。

だが硝子は六郎のかぶったフードの陰に移動したために六郎から硝子の姿が見えなくなってしまった。

体の向きを変えて硝子を探そうとしたときにはすでにその姿はなかった。

舞い続ける雪の中に硝子は身を隠した。


攻撃が絶える間もなくガラスは四方から六郎へ襲い掛かっていく。


視界は白く、雪はまだ治まる気配はない。


一方の硝子は六郎の視界から完全に姿を消し、六郎のまわりでクリスタル・ピースのガラスを飛ばし続けていた。

硝子は勝利を確信していた。

もうすぐ、求めていたものが手に入る……。

(このトーナメントが始まってから、私は毎日、毎晩のように自問自答を繰り返していた……)


――わたしはどうして戦うの?

「強くなるために」


――どうして強くなりたいの?

「戦いに勝つために」


――どうして勝ちたいの?

「もっと、強くなりたいから」


――どうして強くなりたいの?

「次の戦いに勝つために」



自問自答はいつも同じ問い、同じ答えをぐるぐるまわりつづける。

終わりのない旅、先の見えない旅。

何もない。

まっしろ、まっしろなわたし。

まっしろ……真っ白……


「…………真っ白……」

硝子の視界は舞い散る雪に包まれている。

しかもその雪は縦横無尽に、地平線すらかき消すほど降っていた。

六郎がロケットの爆風で巻き上げた雪だけでは説明がつかない。

いつのまにか本当に大雪が降り出していたらしい。


「もう……終わりみたいね。これで私はまだ、強くなれる……」

硝子はクリスタル・ピースを発現させたまま、六郎が傷を負い這いつくばる姿を確認するためにゆっくりと近づいていく。

幾多もの雪のカーテンの向こうにうっすらと人影が見えてくる。

(まだ、立っている……?)

硝子はさらに近づく。

フードを目深にかぶり、身をかがめるようにしてガラスのシャワーを浴び続けていたはずが、

今では両手をだらんと下げて立ち、抵抗せずに攻撃を受け入れているように見えた。


「…………!!」

さらに近づいて見ると、硝子はその人影が六郎ではないことに気づく。

人影は、六郎の着ていたダウンジャケットを羽織った一本のロケットだった。


(いったいどこへ……!)

硝子があたりを見回し、さらに空を仰ぐと、真っ白な空の中で一つ紅い光がもえているのが見えた。

「『見つけた』ぜ、おじょうちゃん!!」

顔じゅうを血だらけにした六郎は上空でロケットにしがみつき、硝子のほうへ弾頭を向けていた。

「……くっ!」

硝子は左腕を六郎へ向けて掲げ、狙いを定めようとしていた。



「……彼の、藤島六郎の戦いにおいて、いつも何かを得るのは敗者のほうでした」

女性立会人はぼそりと呟いた。

「勝ち続ける藤島六郎ではなく、です」

「新房硝子がこの戦いで『強さ』を得ようというのならば――」



「きっとこの試合、勝つのは藤島六郎なのでしょう」


硝子は左腕に隠した秘密兵器である『荷電粒子砲』の照準を六郎のロケットに完全に合わせた。

「私に向かって降りてくるのであれば……狙いを外すことはありません。……さようなら」


だが六郎はそれを見て戦慄することはなく、むしろ白い歯を見せてニヤリと笑った。

「狙いを定めたか? ……それなら、そこから君が動くことはないわけだ。『クレセント・ロック』、ロケット発射だ!!」

「!?」


その次の瞬間、雪山の咆哮と大雪にまぎれてロケットが発射された。

六郎の乗った巨大ロケットでも、

ダウンジャケットを羽織ったロケットでもなく、

雪に埋もれた小さなロケット。


そのロケットは雪の降る中をまっすぐ飛んでいき、

天に掲げた硝子の左腕に着弾した。

「――――――!!」


小さなロケットの爆発自体は大きいものではなかった。

しかし、それは硝子の左腕の兵器を壊すには十分だった。

硝子は自分の壊れた左腕を見て呆然とする。



そして、硝子は悟った。


 ――あの男は襲いかかる雪とガラスの中で身代わりのロケットを生み出し、さらに私の左腕を攻撃するための小さなロケットを仕込んだ。

 そのあと、自らを乗せて飛ぶためのロケットを発射して私にその姿を見つけさせた。

 あの男は、私が躊躇することなく左腕の兵器を使うことを知っていた。

 だからこそ、私に狙いを定めさせて左腕の位置を固定させた。

 私の最大の武器である左腕を破壊するために。


 ここから、『クリスタル・ピース』だけであのロケットに打ち勝つのは難しい。

 ……ああ、なるほど。


 私は、負けたわけだ。




硝子はドサリと雪の上に倒れこんだ。

やわらかく積もった雪が硝子の体を包み込む。


六郎は自分の乗っていたロケットから雪原に降り立った。

それからゆっくりと、あおむけに倒れた硝子に近づいていく。

硝子には靴が雪を踏みしめる音だけが聞こえてくる。


(……勝ち続けることで証明できた『強さ』は今崩れた。

 今になって思えば、スタンド以外のところに頼っていたのが私の心の弱みであったのかもしれない。

 今更気づいても遅いけれどね。

 目標は失われた。私はここで果てても、なんの後悔もない……)


六郎が硝子のそばに立つ。

硝子はただじっと目をつぶって決着を待つ。

六郎は黙ったまま硝子のほうに手を差し出す。



手にはハサミを持って。


「!」

ハサミの擦れる音が耳元でしたことに驚き硝子は目を開ける。

その後、すぐにもう片方の耳元に同じ音がした。


ゴムで結わいていた髪がはらりとほどける。

硝子の耳のそばには、ロケットの爆発で焦げて傷んだ髪が雪の上に落ちていた。


「俺は美容師っていう仕事をやっている」

六郎は硝子を見下ろしたまま話し出す。

「仕事の内容はいわゆる『スタイリング』ってヤツだ。お客の髪をキレイに整える。

 ……そうするとお客さんはみんな気分よく帰っていくんだ。

 俺自身は、お客の髪を切るっていうよりは気持ちを明るくさせたいって思ってやってるんだよ」

「…………」

硝子は動かずじっと六郎の話すことを聞いていた。

「俺は100人に1人でも、人生の岐路のきっかけを作れれば最高だと思ってる。

 だから……キミも俺の店に来てくれないか? 思わず傷んだ髪切っちゃったし、1週間以内ならスタイリング代無料だからよ」


2つに結わいていた髪を切ってショートカットになり、別人のようになった硝子の目に涙が浮かぶ。


「キミが何を思ってトーナメントに参加したのか、これからどうしようとしてるのか俺に聞く権利はない。
 
 だけど、気分をリフレッシュさせてから考えてみてもいいんじゃないか?」


硝子の頬をぽろりとこぼれた涙は降り積もった雪に落ちて小さな穴をあけた。


降り続いていた雪は止み、空には晴れ間も出始めていた。

青い空にヘリコプターの影が見える。


もうじきこの場所にも春がやってくる。

いずれ雪が融け、草原の中に小さな花が芽吹くのだろう。

それは、硝子が涙を落としたその場所からなのかもしれない。


 ―――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――

駅前の裏路地を男がひとり歩いていた。

ひとつだけシャッターの開いている店を見つけたが、ドアには「CLOSE」の札がかかっていた。

しかし男は構わずにドアを開けて中に入った。


「……いらっしゃい」

床のモップがけをしていた六郎が振り返って挨拶をする。

硝子との戦いで負った傷はきれいさっぱりなくなっていた。

「で、どなたです?」

六郎は入ってきた男を怪しげに見つめる。

「おお、これは失礼。いわゆる『運営』と呼ばれている者です」


男は物腰柔らかそうな老人だった。

老人は帽子をとってぺこりと礼をする。

「……そうすか、でもまだ開店準備中なんだけど」

「表の看板を見たが、今日は定休日じゃないのかね」

「予約が入ってんスよ」

「ほっ、そうかい。そりゃ邪魔したね」


そういいながらも老人は店の中のソファに腰掛けた。

「で、その『運営』の方がどのような御用で」

「なに、『優勝者』に称賛を贈ろうと思ってね」

「……モノじゃないんかい!」

「我々が今回贈れるのはモノじゃないからの」

「…………」



「藤島六郎、君は今回のトーナメントで何を得たかな?」

六郎は掃除を続けながら答える。

「……何も得ちゃいないさ、いつも得るのは相手のほうさ」

「ほんとうにそうか?」

「…………」

六郎はモップをかけていた手を止める。

六郎がふと見たのはカウンター横のコルクボードにピンで留めていた写真。

そこには笑顔の六郎とエミリが写っている。


「君自身、新房硝子との戦いで言っていたじゃないか。『100人に1人でも、人生の岐路のきっかけを作れれば最高だ』と」

「今でも、そう思ってるよ。俺にとっての美容師の仕事さ」

「君の今までの戦いも同じだったのではないか?」

「…………」

「君が戦ったことで、出会った者は皆何かを得た。それは必ずしも君が直接与えたものではないが、『きっかけ』を作ったのだ」


六郎が思い出したのは魂の形となった相羽道人だった。

彼はずっと、六郎に感謝し敬意を表していた。


「そのような試合を幾多も続けた君は、ほんとうに何も得なかったというのか? それは違うだろう、言葉にできずとも心の中に生まれたものがあるはずだ」

 『僕は、貴方に勝ち取って欲しい。 空っぽの心を潤い、満たすものを。
  それが何かは僕にも貴方にも分からないけど、必ずや手に入れてトーナメントを終えて欲しいんです』

「君と戦った者は試合には負けても、きっと皆君に感謝しているよ。そしてそれこそが、美容師という仕事に就く君が欲しかったものではないのか?」

「……はっ、いい解釈だな」

そうはいいつつも六郎は笑っていた。

トーナメントを終えたときにずっと心の中にあったあたたかなものを、確かにずっと感じていたからだ。


「トーナメントの中で人と出会い、成長する。そして同じように成長した者と出会い、戦い、また成長する。

 ともすれば、トーナメントとはまるで人生のようじゃないか。

 人生とは出会いの繰り返しだ。出会いによって人は成長するが、どれだけの人と出会っても成長に際限はない。

 なぜならこれから出会う人もまた、幾多の人と出会い成長した者だからだ。そうだろう、藤島六郎?」


「あんた……」

「おおっと、そろそろ予約の時間が来るんじゃないか?」

「あっ、やべえ! さっさと片付けないと……」


六郎が店の奥へモップを片付けに行き、店に戻ると老人の姿はすでになかった。

「…………ははっ」



六郎はドアを開けて店の外へ出た。

ドアの掛札を「OPEN」にして、駅のあるほうの道を向くと、一人の少女が歩いているのが見えた。

帽子を深くかぶって人の目を気にしながら歩いているようだった。

どうやら急に短くなった髪の毛を気にしているらしい。


六郎は大きな声でその少女に向かい手を振った。


「いらっしゃい!!」

★★★ 勝者 ★★★

No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)

【能力】
殴った場所からロケットを生やす








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最終更新:2022年04月17日 16:37