第18回トーナメント:準決勝②




No.5394
【スタンド名】
Make Some
Noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!
【本体】
仰木 健聡(オオキ ケンソウ)

【能力】
体液に衝撃を込める


No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする




Make Some Noizeee…e!!!! vs ロード・トリッピン

【STAGE:廃病院】◆pFj/lgiXE.





第16回トーナメントにおいて、出場者であるネプティス・アヌヴィッシュが引き起こした言語道断の殺傷事件は、警視庁上層部の耳に伝わった。
警視庁は彼女についての詳細を徹底的に調べ上げ、トーナメントの存在と運営者の正体を突き止めた。
上層部の人間達は、秘密裏に行われ、かつ、多くの死傷者を出しているトーナメントの運営側を放っておくわけにはいかないと判断し、トーナメント対策本部を設立。
そして、トーナメントの試合の妨害・立会人の拘束・運営者の捜索を任務とした特殊部隊を結成した。

『Anti Orista Tournament (アンチ・オリスタ・トーナメント)部隊』通称『AOT部隊』の誕生である。


トーナメント二回戦4日前・午後11時半。

F県K山市・旧赤星総合病院。

K山駅西口の大町に建てられたこの病院施設は、2011年に起こった東日本大震災により、建物自体は崩れなかったものの、内部に遭った機材やガラスが破損し、大勢の入院患者が命を落とした。
さらに、病院自体が老朽化していたこともあり、2013年1月1日に新しい赤星総合病院が駅の東側に作られ、西口の総合病院は廃院となった。
そして、旧病院の跡地に6階建てビルを建設する計画が立てられ、2017年には建設工事が開始される予定だった。
しかし、その後に計画の立案者や建設会社の社長やその関係者が不可解な死を遂げたため、市民は「病院で亡くなって成仏できない幽霊達が自分達の居場所を守るために、建設計画の関係者を呪い殺したんだ」と噂し、やがて建設計画は無期限休止を余儀なくされ、今でもその旧病院には成仏できない霊達が住み着いていると、K山市の間では有名な心霊スポットとされている。

その旧病院施設の院長室で、二人の男性が椅子に座っていた。
一人は黒服を着た青年、もう一人は煙草を吸った若い刑事だ。
二人は何やら話し合っている。

「さてもさても、困ったことになりましたよ。まさか16回トーナメントでネプティス・アヌヴィッシュが起こした殺傷事件のせいで、警視庁がトーナメントを妨害する部隊を作るなんて…。確か、AOT部隊といいましたか?」
「警視庁のおえらいさん方はAOT部隊で、非人道的なトーナメント戦を行っている運営側の人間を全員捕まえようと躍起になっているぜ」
「スタンド使いがたくさんいる私達運営委員会を全員逮捕しようだなんて、無謀にもほどがありますよ」
「俺だって上司に言ったさ。『超能力を持っているかもしれない連中を逮捕するのは無理だ。隊員みんな返り討ちに遭うだけだ』って。だが上司は『例え相打ちになろうとも、馬鹿げたトーナメントを開いてる奴らを全員豚箱へブチ込まなくてはならない。怖気づいてるんじゃあねえ!』って聞く耳もたなかったよ」
「むしろその上司を含めた部隊の隊員があの世へ行く羽目になるかもしれないというのに……」
「……で、トーナメント二回戦はここで行われるんだろ? どんな試合内容にするんだ?」

そう訊かれた黒服の青年こと、トーナメントの立会人『山城扶桑(やましろ・ふそう)』は、若い刑事ことAOT部隊の隊員『陸奥開閉(むつ・かいへい)』の言葉に「それはまだ決めていません」と答えた。

「このような事態になってしまい、トーナメントの運営側もどうしようかと考えているところですよ。運営側はこの優勝者トーナメントが終わり次第、トーナメントは無期限休止にする予定なのに、警察側が我々を逮捕しようと血眼になっているせいで、第一回戦の四試合のうちの一試合がなかなか始められずにいたんですから」
「で、トーナメント第二回戦の二試合をどんな試合にするか迷っているってことか」
「そうです。だから、私は運営上層部に『お前の友人であり、かつ、AOT部隊の隊員である陸奥開閉に、AOT部隊の動向を聞いてこい』と言われ、ここであなたと話し合っているわけですよ」

陸奥は深いため息をついて山城に言った。

「AOT部隊は二回戦の試合場所の一つがここ旧赤星総合病院だということを調べ上げ、どういう風に立会人を捕まえるか会議している。この施設の近くにあるK山市警察署の会議室で話し合ってるぜ」
「成程。あなたはその会議をこっそり抜け出し、ここへやってきたと」

「ああ、抜け出すのも大変だったんだからな」と陸奥は言うと、話を続けた。

「で、部隊の総人数は分からないが、俺が所属している部隊は、俺と上司を含めた56人で編成されている。その56人の中にはネプティスとかいうガキに殺された被害者の関係者もいる」
「スタンド使いはいないのですか?」
「さあな。もしスタンドを持っている奴がいたとしても、俺みたいに言わないだろう。とにかく、試合をやるなら部隊が行動を開始する前に、さっさと初めてさっさと終わらせた方が良いぜ」
「そうですね。さて、どういう試合にするか。それが問題ですね……」


山城がそう考えこむと、室内で声が聞こえた。
陸奥の声ではない、大勢の人数の声だ。

「スタンド使いと呼ばれる者同士のトーナメント……」
「あの『なごみの真座利』が言っていたことは本当だったようですね」
「しかし、まだ試合の内容をまだ決めていないとは…」
「こいつらに試合をうまく進められるかどうか、疑問だな」
「どうせそのAOT部隊とかいう連中に妨害されるのがオチだぜ、ヒャハハッ!!」

山城と陸奥は突然聞こえた大勢の声に驚いた。
まさか、この声の主達はこの病院に住み着いている幽霊達なのでは?
二人がそう思っていると、さらに声は二つ増えた。

「のお? この人間二人に試合を任せるのはまずいんじゃあないか?」
「どうせなら我々が立会人として、この試合に介入するというのはどうだ?」
「そうだな。それは実に面白い」
「病院内にいる幽霊達や妖怪達も退屈していますからね」
「なごみの真座利が来た時以上に面白くなりそうです」
「ようし、そうと決まればやろう!!」
「楽しい祭りの始まりだぜ、ヒャッハーーーーッ!!」

勝手に事を進めている七つの声に、山城は声を上げた。

「お、お前達は誰だ!? 姿を現せ!!」

この山城の言葉に七つの声は反応した。

「我々が誰かだと?」
「この状況で判断できないなんて、トーナメントの立会人なのに、愚かですね」
「まあ、K山市の市民はこの病院の中に幽霊達がいるとしか思ってないようですからね」
「そう勘違いされても仕方があるまい」
「ヒャハハ、実際は全然違うってのによぉッ」
「まったくもって人間は愚かな者よのぉ~」
「その愚かさがまた愛おしいのだがな」

七つの声は二人の目の前に一瞬で姿を現した。まるで最初からそこにいたと言うかのように。
二人は言葉を失った。七つの声の主達は、異形の姿をした怪物達だった。
七つの怪物の一人が山城に言った。

「我々は、■■■■■だ」


深夜12時、トーナメント当日。

デズモンド・ウォーカーは、旧赤星総合病院の前に立っていた。
「ここまで来るのは大変だったぜ」と彼は声を出した。
なにせ、家に送られた封筒の中には、F県K山市の地図が入っていて、一緒に入っていた手紙には、なにやら筆のようなもので書かれていた。しかも日本の文字で、である。

ウォーカーは日本に伝わる漢字・平仮名・カタカナが苦手であった。日本語は仕事上日本へ行くことが時折あるので話すことができるが、日本の一般小説やゴシップ誌を読んだりすることがまるっきしダメであった。
特に、手紙に書かれているような筆書きの文章を読むと頭が痛くなってくる。
彼は自分の娘の一人であるフランチェスカに『この手紙はなんて書いてあるんだ?』と訊いた。
フランチェスカは学校で日本語を勉強していて、日本語はほぼマスターしていた。
フランチェスカは澄んだ声でこう答えた。

「パパ、これは『地図を見ながら旧赤星総合病院に向かってください』って書いてあるわ」
「そうか、そう書いてあるのか。日本語は難しいな」

ウォーカーの言葉にフランチェスカは「いや、難しいも何も、この文体は今の日本人は使わないよ」と言った。

「えっ?」
「この手紙に書いてある文は、日本の歴史でいうところの奈良~平安時代に使われていたものよ。文体はその当時の宮廷の女性、例えば紫式部や清少納言が使ってたようなものだし、文章もペンじゃなくて筆で書かれているわ。今時筆で文字を書く日本人はいないわよ」
「そ、そうなのか……」

ウォーカーはフランチェスカの言ったことを聞いて疑問に思った。
今までの運営側からの手紙は、パソコンのワード機能で書かれた文を印刷したか、もしくはペンで書かれたものだったのに、今回に限って時代遅れな筆書きなのはどういうことだろう?
もしかして、送り主は古い考え方をした人物なのだろうか?
そう考えていると、フランチェスカが訊いてきた。

「ねえパパ。私に日本語について訊いてきたのって、もしかして日本の病院跡に何か用があるの?」

ウォーカーは「いやな、日本にいる友達が遊びに来いって言うんだよ」と嘘をついた。
自分の子供達にトーナメントのことを話してはならない。
もし話したら、運営側がフランチェスカをはじめとした子達を人質にとり、強制的に試合に参加するよう脅迫するかもしれない。
そんなのは死んでも御免だ。
ウォーカーは子供達に本当の事情を話さず、日本へと発った。
日本に着いた後、彼は地図を見て旧赤星総合病院を探した。
途中、新赤星総合病院を試合場所と間違え、医師や看護師、入院患者から白い目で見られたものの、急いで病院跡へ向かった。果たして、旧赤星総合病院はそこに建っていた。

かつて患者が運び込まれたであろう病院は、外壁が色あせ、窓ガラスが割れ、あの東日本大震災が起こった後のままの状態で廃棄したような外観であった。

「窓ガラスの数から考えて、階は全部で八階ってところか。果たして、どんな試合になるのか……」

ウォーカーは立会人がいるのか周りを見回してみたが、それらしき人物はいない。
おそらくは先に来た対戦相手と共に病院の中で待っているのだろう。
そう思ったウォーカーは病院の中へ入って、立会人と対戦相手を探そうとした。
病院の入口は、鍵がかかっていなかった。


病院の中は、しぃん、と静まり返っていた。
かつては多くの患者が診察を待っていた待合場は、多くの椅子があるだけで人っ子一人いない。
壁には飾られていた油絵がそのまま飾られ、床には震災の時に崩れた天井壁の破片がそこここに落ちている。
ウォーカーは一階をくまなく探索したが、立会人も対戦相手もいない。

(これは一体どういうことだ? もしかして試合自体が急きょ中止になったのか?)

ウォーカーがそう考えていると、待合場の椅子の方から「あなたがトーナメントの出場者?」という声が聞こえた。彼はその声の主がいる場所へ目を向けた。
椅子には二人の少女が座っていた。
一人は水色の着物を着た赤髪の少女。もう一人は赤いチャイナドレスを着た藍色の長髪の少女だった。
突然現れた二人の少女にウォーカーは驚きながらも、声をかけた。

「き、君達は誰だ? トーナメントの立会人か? それとも俺の対戦相手か?」
「ふふふ、どちらも違うわよ」
「うちらはあえて言うなら、『立会人の協力者』といった立場の人間や」
「立会人の協力者だって?」

ウォーカーの言葉に二人は「はい」と答えた。

「あたし達は立会人から『今回の試合内容を出場者に言え』という役割を任されたのよ」
「そう。せやからうちらがあんたの前に現れたんよ」
「そ、そうなのか……」

ウォーカーは二人の言葉に疑問を抱くが、二人は話を続ける。

「で、今回の試合内容だけど、ずばり『対戦相手より先に院長室へたどり着いた方が勝ち』ってルールよ」
「院長室に辿り着くためなら、スタンドを使っても全然かまへん。とにかく対戦相手よりも早く院長室に着けば、決勝戦進出っちゅうことや」
「院長室は8階にあるから、そこまで階段を使って行ってね」
「あ、エレベーターは残念やけど電気が止められて稼働せえへんからな」
「分かった。それが試合のルールか。ありがとう」

そう礼を言うと、ウォーカーは二人の少女に訊いた。

「ところで、俺がここへ来る前に、誰かもう一人来なかったか?」
「……さあ。まだ来てないわよ」
「多分新しい方の赤星総合病院と間違えとんのやろ」
「そうか。教えてくれてありがとう」

そう言ってウォーカーは二階へ続く階段へ上ろうとした。が、少女達が「待った」と言った。

「まさかあたし達が試合内容だけ教えて終わりだなんて思ってないわよね?」
「……? どういうことだ?」
「うちらは立会人からこうも言われてるんよ『試合内容を出場者に教えたら、即出場者を院長室へ向かわせないように妨害しろ』ってな♪」

二人の少女は笑顔でそう言うと、異形の姿に変身した。


赤髪の少女の背中から、大きなモウセンゴケが大量に生えた。赤髪の少女の口内と左目の眼窩からも、無数のモウセンゴケが生えてくる。

藍色の髪の少女が逆さの状態で宙に浮くと、チャイナドレスのスリットがめくれて紫色のショーツが丸見えになった下半身がゴキゴキと音を立てて変形し、巨大なラフレシアへと変わる。
ラフレシアからは肉が腐ったような異臭が漂い、藍色の髪の少女の腰から、無数の緑色の長い蔓が生えた。

少女達が異形の姿に変身したのを見て、ウォーカーは驚愕した。
自分に試合内容を教えたと思ったら、邪魔をするためにモンスターへと変貌した。
この少女達はいったい何者なんだ?
ウォーカーがそう考えていると、少女達は高らかに笑った。

「あはははは!! 『なごみの真座利』が教えてくれた『実体化の呪文』と『人の姿に戻る呪文』は素晴らしいわ!!」
「化け物の姿の方がやっぱり動きやすくてええなぁ!!」

(なごみの真座利って一体誰だ!?)とウォーカーは心の中で突っ込むと、少女達は自分の名を順番にウォーカーに言った。

「あたしの名前は十例縁杏(とれいべり・あん)!!」
「うちの名前は嬉戸聡子(うれしど・さとこ)!!」

そして「「ここから先は通さない!!」」と同時に言い、ウォーカーに襲いかかって来た。

ウォーカーは襲いかかって来た杏と聡子の攻撃を防御すべく、自身のスタンド「ロード・トリッピン」を発現させた。
ロード・トリッピンは杏の繰り出した拳を右掌で阻止し、聡子が腰を動かして操る無数の蔓のムチを左腕で防御する。
蔓のムチの一本は、ロード・トリッピンの左腕に絡みついた。

「あははは!! 絡みつかせたでぇッ!!」

「チッ」とウォーカーがロード・トリッピンの左腕を見て舌打ちをした。
杏は「よそ見をしてるんじゃあないわよッ」と言い、口から生えた無数のモウセンゴケを、ウォーカーのスタンドの首に絡みつかせた。
モウセンゴケの葉に付いた粘毛から分泌された粘液は、粘毛からぽたぽたと落ち、ロード・トリッピンの首周りを徐々に溶かしていく。
ウォーカーの首周りが牛肉の焼けるような音を立てながら煙を上げる。

「このまま徐々に溶かしてあげるわッ!!」

杏がそう言うと、ウォーカーはフッと鼻で笑った。

「お嬢ちゃん方よ。スタンドを攻撃するのに夢中になっているが、本体である俺を攻撃することを忘れちゃあいないかい?」

ウォーカーは杏の顔に頭突きをかました。杏は彼の石頭を顔面に食らい、鼻血を出してよろめき倒れた。ロード・トリッピンはその隙に首に絡みついたモウセンゴケの束を空いた右手で引きちぎった。
さらに、「杏!」と聡子が叫んだのと同時に、ロード・トリッピンは空いている右手で左腕に絡みついた蔓を引っ張り、そのまま聡子の身体を振り回し、診察受付場の方へ投げ飛ばした。
聡子は悲鳴を上げてそのまま気絶した。
ウォーカーはこれで二人とも倒したと思い、階段へ向かう。が、後ろから「待ちなさい」と声が聞こえた。さっきまで倒れていた杏の声だ。
杏は血の出ている鼻を抑えながら、「よくも杏を…」と言い、ウォーカーに近づいた。
それを見たウォーカーは杏に「これ以上来るな」と言った。

「それ以上来ると、君の身体は病院の外へ吹っ飛ぶことになる」
「はぁ? 何言ってるのよあんたは?」

杏はウォーカーの忠告を聞かずに歩を進めた。それが仇となった。
杏が進んだ床は、ロード・トリッピンの能力で『滑走路』に変わっていた。滑走路は病院の外へと向かって作られており、杏の身体はウォーカーの言う通り、病院の外へと吹っ飛ばされた。

「き、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

杏は大きな悲鳴を上げて病院の外へと飛んで行った。

「やれやれ。困ったもんだ。女の子が化け物に変身して襲ってくるとは…。今回の試合は色々な謎があるが、院長室へ行けばその謎が解けるかもしれないな。行くしかないか…」

ウォーカーはそう言いながら、階段を一歩ずつ上っていった。


ウォーカーが二階へ行った六分後、仰木健聡が旧赤星総合病院にやって来た。
「いや~試合に遅れちゃったな~」と言い、健聡は老朽化した病院を見上げた。

「ここが二回戦の試合場所か。立会人の姿がいないけど、どこだろ?」

健聡が周りを見渡して立会人を探していると、道路で倒れている少女を見つけた。あれが立会人かと思い、健聡は少女に近づいた。
近くで少女の姿を見た健聡は驚いた。少女の身体から無数のモウセンゴケが生えていたのだ。見たところ、少女は気を失っている。
健聡は、この気絶した少女が立会人ではないと感じた。
では、この少女はなんだ? 対戦相手のスタンド攻撃を受けた、名もなき一般人なのか?(一般人にしてはその姿が怪物めいているが)
そもそも、立会人はどこにいるのだ? 病院の中で対戦相手と共に自分を待っているのか?

「……と、色々考えるのは自分らしくないよな。とりあえず、病院の中へ入ってみれば分かるか」

健聡はそう独り言を言うと、入り口に向かって行った。
その数十秒後、廃病院の向かい側にある無人の寺社の中から、黒い戦闘服を着た男が現れた。


健聡は電気の付いていない一階を見回しながら、立会人と対戦相手の姿を探した。しかし、それらしき姿は見当たらない。
見当たったのは、診察受付場で気を失っている、下半身がラフレシアになっている少女だけだ。

「対戦相手も立会人もいないな……。これは俺が試合の日を間違えたのか?」

健聡がそう独り言を言っていると、後ろから「動くな!」と声が聞こえた。
健聡が振り向くと、黒い戦闘服を着た男が拳銃を向けている。
男こと『信濃俊雄(しなの・としお)』は銃を構えながら、健聡に言った。

「俺は『Anti Orista Tournament (アンチ・オリスタ・トーナメント)部隊』通称『AOT部隊』の者だ。トーナメント参加者の一人、仰木健聡だな?」
「ああ、そうだけど?」

「そうか」と信濃が言うと、健聡は信濃に「ねえ、AOT部隊って何?」と訊いた。
信濃は健聡に銃口を向けたまま語った。

「AOTは非合法に行われているトーナメント戦を阻止するべく警視庁が結成した部隊だ。我々の目的はトーナメントの立会人と参加者の拘束である。仰木健聡。お前はかつて出場したトーナメントと今回のトーナメントにおいて、自身の超能力で対戦相手を傷つけた。その罪は絶対に償わなければならない。よって、傷害の罪でお前を拘束する。おとなしく手を上げろ」

話を聞いていた健聡は、信濃に対してこう訊いた。

「……なあ? 俺は拘束された後、どうなるんだ?」
「知れたこと。二度とその能力が外で使えないように、特殊な鑑別所で一生監視する。貴様らのような超能力者は、一般人にどのような迷惑をかけるか分からんからな」
「へえ…、だったら拘束されるわけには、いかないなッ!!」

健聡はそう言うと、信濃の顔に唾を飛ばした。健聡の吐いた唾が信濃の右頬に付着する。
信濃は健聡のやった行いに激昂した。

「貴様ッ! 俺に対してよくもこんな……ッ!!」

その瞬間、信濃の顔面は大きな石が当たったかのように、きれいに凹んだ。信濃はその場で倒れ、絶命した。
健聡は動かなくなった信濃に向けて言った。

「俺のスタンド『Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!』の能力は『体液に衝撃を込める能力』だ。さっき俺の吐いた唾に衝撃を込めた。衝撃が込められた唾が付いたお前の頭は簡単に凹む…と言っても死んでるから聞こえないか」

健聡は二階へ続く階段に目を向けた。

「さて、立会人と対戦相手はおそらくこの階段の先にいるな。今回のトーナメントの試合内容はどんなのか聞かないとな」

健聡は階段を上り、二階へと進んだ。

一方、病院の向かい側の寺社では、黒い戦闘服を着たAOT部隊のメンバー54名が、各々の武器を持ちながら立っていた。
副隊長らしき女性が他の隊員に言う。

「信濃隊長からの通信が途絶えました。今後は私が信濃隊長の代わりに指揮を取ります。では、これから我々はトーナメントが行われている病院内に潜入します。我々の任務はトーナメントの立会人と出場者二名、そして、裏切り者の陸奥開閉の拘束です。この四名を見つけ次第、即逮捕に踏み切ります。良いですね」

女性は「突入!」と言うと、他の隊員を連れて、病院内へ潜入した。


院長室では、立会人である山城扶桑、山城の友人であり、かつ、AOT部隊の隊員である陸奥開閉。そして、七体の異形の者達が椅子に座り、巨大なスクリーンを見ていた。
スクリーンには、ウォーカー、健聡、AOT部隊の映像が、画面に映されている。
七体の異形の一人が「ヒャッハー」と声を上げた。

「ついに始まったぜ、血沸き肉踊るトーナメント二回戦がよぉッ!!」

一人に続き、残りの六体も口を開く。

「うむ。早速それぞれの階に配置していた妨害部隊のうちの二人が再起不能になるとはな」
「あの二人、ここに住み着いている幽霊の中では、中の上くらいの実力者であるというのに、ああも簡単に倒してしまうなんて……」
「あの外国人、かなりの強者と見ましたね」
「健聡という男も、体液に衝撃を込めるという能力を持っているが、俺はあいつと是非戦ってみたい!!」
「ぷふぅ~! 強い者と戦いたがる癖がまた出たな~。なごみの真座利が言っていた『迷宮電器店の亡霊集団』の話を聞いた時と変わってないな!」
「だが、そう思うのは十分に分かる!! AOT部隊の連中もどのような力を持っているのか、実に楽しみだ……!」

七体の異形がそう話しているのを、横で扶桑と陸奥が聞いていた。
二人はひそひそ声で話し合う。

「せっかくトーナメントの立会人になったのに、こいつらにトーナメント二回戦を乗っ取られてしまいました。どうしましょう……」
「そんなの俺に訊くなよ。俺だって上司の信濃隊長が、あんなにあっけなく殺されるのを見てショックを受けてるんだぞ」
「そ、そうですよね……。とにかく、この試合……」

「ウォーカー様と、健聡様と、AOT部隊と、この病院に住み着いた怪異達による、『四つ巴の戦い』になってしまいました」と扶桑は小声で言った。


病棟・二階

かつて多くの医者や看護師、入院患者がいた病棟の中は、現在、スタンド使いと怪異の集団が争う戦場となっていた。
怪異の一人である幽霊の少女『佐呂場塔(さろば・とう)』は、ウォーカーに素早い攻撃を繰り出していた。
塔の姿は、両手が鋭い鎌になっていて、背中には大型のハナカマキリを背負ったような姿をしている。
彼女の両手とハナカマキリの鋭利な鎌四本の攻撃を、ウォーカーは自分のスタンドで防御していた。

「あはははははははは!! 私の幽霊蟷螂拳を破れるものなら、破ってみなさい!!」
(くっ、これだけ早いと、反撃に転ずるのは難しいな……!!)

ウォーカーがそう思っていると、彼の背後から幽霊の少年「斎門遷都(さいもん・せんと)」が忍び寄っていた。
斎門の姿は人間の姿からかけ離れた、ヤマアラシの獣人だった。

(くくくく、奴が塔の攻撃を防御するのに気を取られている隙をついて、僕ちゃんがタックルをして、奴の身体を穴だらけにしてやる!!)

彼がそう思いながらウォーカーの背後へ近付こうと一歩踏み出したその瞬間、斎門の身体は後ろの方へと飛んで行った。
斎門は気づかなかった。自分が踏んだ床が、ロード・トリッピンの能力で滑走路となっていたことに。
ウォーカーは背後を取られる可能性を考慮し、ロード・トリッピンで自身の背後の床を滑走路にしておいたのだ。
彼が床に気を配っていれば、吹っ飛ぶことはなかったかもしれない。
塔が斎門が吹っ飛ぶのを見て「斎門!!」と声を上げたその瞬間、彼女の攻撃が一瞬だけ止まった。
ウォーカーはそれを見逃さなかった。

「隙あり!!」

塔は「しまった!!」と声を上げるが、もう遅かった。

「ローーーーーーーーーーーーーーーーーード・トリッピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

ロード・トリッピンは塔の身体に拳の雨を喰らわせた。塔はたまらず悲鳴を上げて、その場に倒れ再起不能となった。

「やれやれ…。次から次へと化け物共が現れてきやがる……」

ウォーカーは額から流れる汗を袖で拭きながら、二階で倒してきた怪物達のことを思い出した。

二階で最初に出会ったのは、下半身がヌタウナギになった女の怪物『第荷野志美(だいにの・しみ)』だった。
志美は口と両掌から粘液を出して、ウォーカーの身動きをとれなくしようとした。
しかし、ウォーカーは志美が粘液を出す前に、ロード・トリッピンを彼女の背後に回り込ませて一撃をくらわせ、彼女を倒した。

次にウォーカーが出会ったのは、大柄のクジラの獣人『ブルース・パーティントン』だった。
ブルースは外国出身なのか、「ヘイ、ココから先は通しまセ~ン!」と、片言の日本語でしゃべりながら、ウォーカーに襲いかかって来た。
ブルースの戦い方は単純な力技であり、ウォーカーにとってブルースは戦いやすい相手であった。
ウォーカーはロード・トリッピンのパワーで、ブルースをねじ伏せ勝利した。

三番目に戦ったのは、腕を六本生やし、六本の刀を両腰に差した、アシダカグモの昆虫人間「唐座又八郎(からざ・またはちろう)」だ。
唐座は六本の刀をそれぞれの腕で持ち、「ハッスルハッスル!! マッスルマッスル!!」と叫びながら、素早い斬撃でウォーカーに切りかかって来た。
全ての斬撃をかわしたり防いだりするのに苦戦したが、ウォーカーは辛くも唐座を倒した。

そして今、佐呂場塔と斎門遷都の二体の怪物を倒した。
ウォーカーは気絶した塔を見ながら思う。
一体ここはなんなのだ? 廃病院には手術の失敗や病気の悪化で亡くなった人間の幽霊が漂っていると聞いたことがあるが、こいつらもその幽霊の類なのか?
だが、あの世に行っていない幽霊は、あのような怪物の姿になるのか?
ウォーカーがそんなことを考えていると、階段から誰かが上ってくる音が聞こえた。
新たな怪物かと思いウォーカーは身構えるが、階段を上って来たのは普通の人間の男性だった。
男性はウォーカーに訊いた。


「あんた、トーナメントの出場者?」
「あ、ああ。デズモンド・ウォーカーだ」
「そっか。僕は仰木健聡。あんたと同じく、トーナメントの出場者だ」
「そうか。これで出場者二人が揃ったということになるな」
「ああ。でも立会人の姿がまだ見えないな。あんたは知らないか?」

健聡の言葉にウォーカーは「いや、まだ見ていない」と答えた。

「あんたも見ていないのか」
「『あんたも』ということは、お前も立会人と会っていないのか」
「ああ。二階にいるかと思ってたんだけど、いたのはあんたとそこら辺に倒れている得体のしれない化け物たちだったよ」
「そうか。立会人はいないわ、化け物どもが襲ってくるわ、一体今回の試合はどうなっているんだ…?」

ウォーカーがそう言うと、健聡は彼にこう言った。

「なあ。立会人が現れないなら、僕達で勝手に戦って試合を進めないか? どうせこれ以上待っても立会人は来ないよ」
「いや。試合内容は一階にいた怪物から聞いている」
「へえ。どんなの?」
「なんでも『先に院長室に着いた方が勝ち』というのが今回の試合のルールなんだそうだ。そこら辺に倒れている怪物は、俺達が院長室へ向かうのを妨害するために襲ってくるようだ」

ウォーカーの説明を聞いた健聡は「なるほどね」と言うと「じゃあ、尚更今戦おうよ」と言った。

「どっちかが院長室へたどり着けば勝利なんだから、相手を院長室へ行けない身体にすれば、安心して院長室へ行けるじゃあないか」
「確かに、お前の言う通りだな」
「だろ! じゃあ早速戦おうぜ!」

健聡は自身のスタンドを発現させた。ウォーカーは深いため息をついた。

「健聡、と言ったか。確かに今俺とお前のどっちかがどっちかを倒して、院長室に向かえばいいというお前の考え方には同意する」

ウォーカーはそう言いながら、自分のスタンドを出すと、「だが」と付け加えた。

「どうやら病院の中にいる怪物どもは、俺達を戦わせてはくれないらしい」

彼がそう言うと、ロード・トリッピンは健聡の背後に攻撃をした。
健聡は驚いて後ろを振り向くと、そこには、両手がザリガニのような大きいハサミとなっている異形の男が立っていた。
異形の男は両手のハサミでロード・トリッピンの拳を防ぐ。

「ほぉ…、音を立てずにお前らに忍び寄っていたのだが、まさか気づかれるとはな」

そう言う異形の男にウォーカーは「気づいたのはついさっきだ」と答えた。

「『お前が俺達を襲おうとしたら、攻撃をしよう』と、会話をしながら待ってたんだよ。流石に健聡は気づかなかったようだがな」

ウォーカーの言葉を聞いた健聡は「えっ、そうだったの!? そうならそうと教えてくれよ」と文句を言った。

「お前に教えたら、そこの異形の男が慌てて襲ってくるかもしれないだろ。それくらいスタンド使いならわかれ!」
「ああそっか。すまないね、ウォーカーのおっさん」

健聡の言った「おっさん」という言葉に、ウォーカーは複雑な表情をした。
異形の男は二人の会話を聞いて「くっくっく」と笑う。

「俺の姿を見ても怖がらず、会話をする余裕を持ち続けるとは…。杏や聡子、志美にブルース、唐座、塔、斎門が襲っても敵わぬわけだ」

異形の男はそう言うと「だが」と付け加え、話を続ける。

「俺は杏達のような幽霊とは違うぞ。ここから先はこの『妖怪・網切りの恐色錯誤(おそろしき・さくご)』が行かせはしない!!」

恐色は戦闘の構えをとった。二人のスタンドも戦闘態勢に入る。

「幽霊だろうと妖怪だろうと構わん!」
「僕達はお前を倒して先に行く!」

三人が戦おうとしたその時だった。
「そこを動くな!」という声と共に、大勢の男女が三人に向けて武器を構えた。


「我々は『Anti Orista Tournament部隊』通称『AOT部隊』です。トーナメント運営の関係者と、トーナメント参加者二名とお見受けします。これからあなた方を、『非合法のトーナメントを行っていた罪』と『そのトーナメントに参加した罪』、そして『AOT部隊の隊長である信濃俊雄を殺害した罪』で、あなた方を拘束いたします。おとなしくしなさい!」

AOT部隊の隊長代理であるおかっぱ頭の若い女性『出雲丸飛鷹(いずもまる・ひよう)』はそう言うと、腰に下げた日本刀を抜いて、ウォーカー、健聡、恐色の三人に向けた。
ウォーカーは健聡に訊いた。

「…なぁ、一体誰だあいつらは?」
「なんでも、トーナメントを阻止するために、警察のお偉いさんたちが作った部隊なんだってさ。僕はさっき一階でその部隊の隊長をぶっ殺したんだ」
「おいおいちょっと待て! いくらなんでも警察が作った部隊の隊長を殺すことはないだろう!?」
「だってあの信濃っておっさん、僕を拘束したら『二度とその能力が外で使えないように、特殊な鑑別所で一生監視する』って言ってきたんだぜ」
「…何だって、それは本当なのか?」

ウォーカーがそう訊くと、健聡は話を続けながら答えた。

「ああ本当だよ。なんでも『貴様らのような超能力者は、一般人にどのような迷惑をかけるか分からんからな』だってさ。だから、捕まって鑑別所暮らしになりたくないから殺したわけ。ウォーカーのおっさんもここで捕まったら、きっと一生鑑別所暮らしだぜ。そうなるのは嫌だろ?」

ウォーカーは健聡の言葉を聞いて、バラク・オバマ大統領が自分に与えた任務と、母国にいる家族のことを思い出した。
ここで自分がAOT部隊に拘束されて、健聡共々鑑別所送りとなったら、任務自体が失敗したこととなるし、
もし11月の大統領選挙でドナルド・トランプが次の大統領となり、自分が拘束された事実を知った場合、トランプは激怒して日米同盟を即刻破棄するだろう。
そうなれば、日本とアメリカの外交に悪影響を及ぼすことは必至だ。
それに、自分には愛する妻と子供達がいる。妻と子供達はトーナメントのことについては何も知らない。
そんな家族がトーナメントの事実を知り、なおかつ、自分が日本で拘束されたなんてことを聞いたら、涙を流して悲しむだろう。
大統領からの任務は絶対に果たさなくてはならないし、家族を悲しませるようなことはしたくない。
ウォーカーは健聡に「そうだな」と答えた。

「俺だってこの試合を勝ち進んで、自分がなすべきことを果たさなくてはならないからな。ここで日本の警察に捕まるのはごめんだな」

ウォーカーの言葉を聞いて健聡は「でっしょー♪」と言った。

「じゃあさっさと次の階へ進もうよ。まだ試合は終わってないんだしさ」
「ああ。だが、試合に勝つのは俺だぜ」
「どうかな」

二人が会話していると、「俺の存在を忘れるな!!」と恐色が叫んだ。

「次の階へはそう簡単には進ませんぞ。やすやすと次の階へ進ませてしまったら、面白くはないだろう。簡単にクリアできるゲームほど、つまらんものはないからな」

恐色がそう言うと同時に、様々な姿の妖怪達が壁や天井、診察室から現れた。

「わはー♪ ここは絶対に通さないのだー♪」
「もっと俺達と戦おうぜ~」
「せっかくの客人なんだ、ゆっくりしていけや!!」

妖怪達が現れたと同時に、ウォーカーが倒した五人の幽霊達も復活した。

「恐色の言う通りよ…」
「ここを簡単に通してしまっては、幽霊の名折れデース!」
「ハッスルハッスル!! マッスルマッスル!!」
「ここでやられたんじゃ、なごみの真座利に笑われちゃうわ…」
「僕ちゃんもまだ全然活躍してないよーー!!」

突然異形の者達が現れて、AOT部隊の隊員達はどよめきたつ。


「な、なんなんだこいつらは!!」
「突然現れやがったぞ!?」
「しかも、一部を除いて気味の悪い化け物がいっぱいいやがる!!」
「こ、こっちへ近付いてくるんじゃねえ、おっかない!!」

どよめきたつ隊員達を落ち着かせるために、飛鷹は「落ち着きなさい!」と声を上げた。

「いくら姿形が変わっていても、しょせんはトーナメント運営の関係者達です。こちら側は部隊専用に配備された武器を持ってるんです。負けるはずがありません!!」

飛鷹の声を聞いて、隊員の一人である赤髪の女性「炎上鬼怒(えんじょう・きぬ)」は、火炎放射器の射出口を、五体の幽霊達に向けた。

「そ、そうさ。こっちは最新武器を持ってるんだ!! こんな化け物どもなんざ、一瞬で消し炭にしてやらァッ!!」

鬼怒の持っている火炎放射器が幽霊達に向かって火を吹いた。
幽霊の一人である第荷野志美は鼻で笑った。

「フン、幽霊を舐めないでよね、人間!!」

志美は口から大量の粘液を鬼怒に向かって吐きだした。
粘液をまともに浴びた鬼怒と、彼女の側にいた隊員3名は、身動きが取れなくなった。
鬼怒がもっていた火炎放射器も数秒で使い物にならなくなった。

「おのれ!! よくも鬼怒を!!」
「ぶっ殺してやる!!」

怒った隊員数名が、志美に襲いかかった。しかし、それをブルース・パーティントンが自慢の大きな腹で弾き飛ばした。
弾き飛ばされた隊員達は、病院の壁にめり込んだ。
「ヘイ! ここから先は通しまセンよ!!」と、ブルースは腹鼓を打ちながら言った。

「畜生! 舐めやがって!!」
「公務執行妨害で逮捕する!!」

隊員二名は銃の引き金を引こうとした。が、引き金を引こうとしたその腕は、唐座又八郎と佐呂場塔によって切断された。

「ひ、ひえをおおお!!」
「俺の、俺の腕がアアア!!」

腕を失くして悲鳴を上げる二名の隊員を見て、唐座と塔はフッと笑う。

「引き金を引く動きが遅すぎるね」
「銃を撃つなら、もっと早く撃ちなさい!」

斎門遷都も突進し、AOT部隊の隊員を身体の針で次々と串刺しにしていく。

「ひゃっほーーーーい!! これが僕ちゃんの実力だーーーーい!!」

恐色錯誤は両手のハサミで隊員の首を刎ねながら、妖怪達に命令する。

「お前らも遅れをとるな!! トーナメントの出場者二名をこれ以上、上の階に行かせるな!! AOT部隊とかいう輩共も恐怖を味あわせながら殺せ!!」

妖怪達は奇声を上げながら、ウォーカー、健聡、AOT部隊に向かって行った。
飛鷹は刀を振るいながら隊員達に命令する。

「ひるんではなりません!! 我々の任務を邪魔するトーナメント運営の関係者達を、殺傷及び公務執行妨害の罪で逮捕するのです!!」

隊員達は自分の持った武器を使い、幽霊・妖怪・ウォーカー、健聡に襲いかかった。
怪物の群れと警察部隊に挟まれた状態になりながら、ウォーカーは健聡に言った。

「おい、健聡。ここを突破していける自信はあるか?」
「むしろ、なければおかしいでしょ!!」
「そうか…、なら行くぞ!!」
「ああ!!」

二人は自分のスタンドを発現させた。


ロード・トリッピンは、自分の本体に襲いかかって来る者達を、拳の雨を浴びせて蹴散らしていく。

『ローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーード・トリッピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!』

Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!は、掌に本体から口から出した唾液をつけ、それを敵になすりつけていく。
そのたびに敵の身体に衝撃が走り、「あべし!」「ひでぶ!」「たわば!」などの悲鳴が上がる。
スタンドの持続力が限界に達しそうになると、健聡はスタンドをしまい、喧嘩で磨いた戦い方で敵をなぎ倒して行った。

そして数分後、ウォーカーと健聡は敵の軍勢を突破し、三階へと続く階段を上っていった。
その光景を見た恐色は、「まずい! 奴らを三階へと行かせるな!!」と妖怪達に命令した。恐色の声を聞き、妖怪二体が三階へと向かった。
飛鷹は刀を振るいながら、隊員達に言う。

「出場者二名が三階へ上りました! 誰か二人を追いなさい!!」

飛鷹の声を聞いて、隊員二名が三階へ続く階段を上った。飛鷹は額から流れる汗をぬぐい、自分の目の前に立っている恐色を見た。
恐色は「くくく」と笑いながら、飛鷹の目を見つめて言った。

「お前、俺が怖くないのか?」
「ええ、怖くありませんよ。私はあなたよりも恐ろしい目にあいましたから」

飛鷹はそう言いながら、一年前に自分を襲った恐ろしい出来事を思い出した。

自分が働いている警察署を襲撃した一人の少女。

その一人の少女に上司・先輩・同僚・後輩が、物を言わぬ肉の塊とされていく。

自分も少女に左目を抉られた。

一年前の出来事を思い出した瞬間、義眼を埋め込んだ左眼窩がムズムズと痒くなった。

飛鷹は眉をひそめながら、恐色に言う。

「私はあの事件を引き起こした元凶である、あなた達トーナメント運営側の人間達が許せないんですよ。だから私はあなた達を拘束し、このトーナメントを終わらせる!!」

飛鷹の言葉を聞いて、恐色は心で笑った。
この小娘は自分達のことをトーナメントの運営側の人間だと思い込んでいる。
だが、違う。
自分達はそのトーナメント運営とは何も関係が無い。
今回の試合は『あの方達』が愚かな立会人からトーナメント進行の役目を奪っただけのことだ。
その事実を言ったところで、この小娘は信じはしないだろう。
いや、それは小娘だけでなく、AOT部隊の隊員も同じか。
ならば、最後の最後まで思い込ませてやろう。
この小娘共に『自分達はトーナメントの関係者と戦っている』という壮大な勘違いをさせ続けてやろう。
恐色は飛鷹に言う。

「……ならば、終わらせてみせろ!!」
「終わらせてみせます!! 今日ここで!!」

恐色と飛鷹は、目の前にいる敵に向かっていった。


「ど、どうしよう…」
「この病院の中で、AOT部隊と化け物共が激突してやがる…」

扶桑と陸奥はスクリーンに映る映像を見ながら、怯えていた。
AOT部隊が結成され、しかも七体の異形の者達に試合を進める権利を奪われた時点でこうなることは予想していたが、まさかここまでの大乱戦になるとは思っていなかった。
果たして、二名の出場者は命を落とさずに、無事に院長室へたどり着けるのだろうか。
扶桑と陸奥が不安に思っている中、スクリーンを見つめている七体の異形のうちの二体は、警察の部隊と怪物達とトーナメント出場者二人が争っている映像を見て、興奮していた。

「ヒャッハー!! エクストラゲームプレイヤーがあれだけ乱入してきやがるとは、楽しくなってきやがったぜ!! あそこへ行って暴れたいぜ!!」
「ゲームは大勢の者が参加するほど面白い…。俺もあの場へ行きたくなってきたぞ!!」

二体の異形は、異形の者のリーダーらしき男に言った。

「なぁ、俺達もあっちへ行って来ていいか? あの映像を見て、出場者のスタンド使いやAOT部隊の連中と戦いたくなってきた!! もう我慢できねぇ!!」
「俺も久しぶりに心が熱くなってきた…。この熱はあいつらと戦わなければ冷えることはできない…」

リーダーは二体の異形に「…好きにしろ」と答えた。

「ただし、あまりやりすぎるなよ。住処にしているこの病院が崩れかねない」
「へへへっ、分かってるって!」
「我々が本気を出したら、それこそこの試合がつまらなくなってしまうからな」

二体の異形はそう言うと、院長室から出ていった。
リーダーの右隣に立っている異形の女は「あの二人を行かせてよかったんですか?」とリーダーに訊いた。

「いいんだ。立会人は出場者により過酷な試練を与える権利がある。その試練を突破できないようでは、出場者はその程度の実力しかもっていなかったということだ」

リーダーはそう言うと、フフフと笑った。それに続き、他の三体の異形も口を開いた。

「まさにその通りですね。まぁ、あの出場者二人があの馬鹿どもに負けるとは思いませんが」
「ぶふぅ~、わしも同感だ! だが、奴らを倒して院長室へ向かったとしても『ただ院長室へ向かって行く』なら、あいつらはとんだ大馬鹿者よ」
「そうだな。何せこの病院には、『簡単に院長室へ行ける仕掛け』を立会人の友人と共に作っておいたんだからな。そうだろ、陸奥よ?」

陸奥は自分の名前を呼ばれて、びくっと反応した。リーダーと女も三体の異形の会話に続いた。

「その仕掛けに気付いた者が、この試合の勝利者……」
「はたして、あの二人のどちらがその仕掛けに気づくかな? それとも、気づかずにそのまま向かうかな?」

異形達の会話を聞いていた扶桑は、ウォーカーと健聡の無事を祈った。一方の陸奥は同僚である飛鷹の生存を願いながらも、AOT部隊が今日で壊滅する可能性を脳裏に浮かべた。


ウォーカーと健聡は三階へ着いた。三階は小児病棟となっていて、プレイルームにはそのまま放置されたおもちゃや絵本、アナログ型のテレビとDVD再生プレーヤー、幼児向けのDVDソフトが無造作に置かれていた。病室は301~309号室まである。
ウォーカーと健聡は、また幽霊と妖怪の類が現れないかと、三階を見回した。

「さて、今度はどんな妨害者が現れるか…」
「現れないことを願うばかりだけどね」

二人がそう言ってあたりを見回していると、階段の方から、二体の妖怪が現れた。
一人は、見た目は10歳と思われる幼女で、笑顔で空中にふわふわと浮いていた。
もう一人は五本の角を生やした猫の獣人だった。
ウォーカーと健聡はその二体の妖怪が、二階から自分達を追って来た妖怪だと判断した。
妖怪の一人である幼女『影女の物倉魅遊(ものくら・みゅう)』は、笑顔でウォーカーと健聡に言った。

「わはー! 恐色タイチョーの命令なのだー! 三階から先へは行かせないのだー!!」

魅遊に続いて、五本角の猫獣人『五徳猫の灰神楽(はいがみ・らく)』も、火吹き筒を持って言った。

「お前らなんざ、俺の火吹き筒で黒焦げにしてやるぜ!!」

二体の妖怪の言葉を聞いて、健聡はウォーカーに「どうやら、追手が来たようだね」と言った。
「どうやらそのようだな」とウォーカーは返事をした。

「なら、どうするかはもう分かってるよね、ウォーカーのおっさん?」
「ああ、無論だ」

二人は自分のスタンドを発現させ、戦闘態勢に入った。魅遊は二人のスタンドを見て、「覚悟するのだー!!」と叫んだ。

その時、灰神の腹から、銀色の刃が突出した。

「な……!?」

灰神は手に持っていた火吹き筒を落とした。魅遊、ウォーカー、健聡もその光景に驚愕した。
灰神はこれはなんだと思いながら、自分を突き刺している刃の所持者がいる後方へと目を向けた。
彼の後ろには、黒い戦闘服を着た水色の長髪の少女がいた。刃の正体は、長髪の少女が持っていた長巻の刃だった。
長髪の少女は長巻の刃を灰神から引き抜いた。灰神はそのままうつぶせに倒れた。

「灰神!!」

魅遊は灰神の名前を叫んだ。が、その瞬間、魅遊の頭部と胴体が離れた。魅遊の頭部はくるくると宙を舞い、彼女の首を切断した男の足下に転がった。
その男は、手にチェーンソーを持っていた。そのチェーンソーの刃は赤い血が付着していた。
男は下卑た笑顔で魅遊の頭部を踏みつぶし、「ギッシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラ!!」と笑った。

「やっぱり犯罪者は『即斬殺』が一番だぜェーーーーーーー!!」

チェーンソーを持った男ことAOT部隊隊員『夕立断斬(ゆうだち・たちきる)』は、そう言ってさらに笑った。
そんな夕立を放っておいて、長巻を持った長髪の少女こと、同じくAOT部隊の隊員『叢雲華邑(むらくも・かむら)』は、ウォーカーと健聡にゆったりとした口調で言った。

「ど~~も~~。私は~~『魔法少女むらくもちゃん』です~~。こっちは『ばかのゆうだち』です~~。あなた達と~~と~~なめんと運営の関係者の皆さんを~~つかまえるか~~ぶっころしちゃいます~~」
「そういうことだ!! はやくてめえらを切り刻ませろォッ!! ギッシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラシャラ!!」

自分達の目の前で妖怪二体を惨殺したAOT部隊隊員を見て、ウォーカーと健聡は話し合った。

「おい健聡。目の前であんなものを見せられて、お前はどう思う?」
「正直良い気がしないね。いくら警察でも、越えてはいけないラインがあると思うよ」
「なら、どうするか、分かってるな!!」
「ああ、分かってるよ!!」

二人のスタンドは、AOT部隊の隊員達をスタンドで攻撃しようとした。と、その時である。


ウォーカーと健聡の間を、長い竹槍が通過した。
竹槍の先は叢雲の左腕を貫通した。
叢雲が「あっ」と声を出すと、竹槍はそのまま叢雲ごと遠くの壁に突き刺さった。
ウォーカーと健聡は突然の出来事に、目を見開いて驚いた。

「むっ、叢雲!?」

夕立が叢雲の名を呼び振り向くと、そこには、無数の岩が集まったような姿をした異形の大男がいた。
岩の大男は夕立に言う。

「ほほお…。なかなか面白い武器を持っているな…」
「誰だてめえはあッ!! てめえも切り刻まれたいのかッ!?」

夕立はチェーンソーを振るい、大男に切りつけた。しかし大男の身体には傷一つ付かなかった。

「げェッ!! 傷が付いてねぇ!!」
「フン。所詮文明の武器では、俺を傷つけることは出来ぬか…」

大男はそう言いながら、夕立の持ってるチェーンソーを奪い取ると、そのまま握りつぶした。

「お、俺の武器が!!」

夕立が驚愕すると、ウォーカーと健聡のいる方から「ヒャッハーーーー!!」という奇声が聞こえた。
ウォーカーと健聡が振り向くと、そこには歌舞伎役者のような派手な衣装を着た青年が立っていた。

「ダメじゃあねえかよ、AOT!! エクストラゲームプレイヤーの分際で、トーナメントの出場者をぶっ殺すようなことをしちゃあよおッ!!」

青年は床から二本の竹を生やし、その竹二本を圧し折り竹槍にすると、その二本の竹槍を夕立に向けて投げつけた。
二本の竹槍は夕立の両肩を貫き、そのまま夕立の身体ごと、遠くの壁に突き刺さる。
遠くの壁は叢雲と夕立が、昆虫の標本のように張りつけられた。
AOT隊員が倒される様を見て、二人は愕然としていた。
こいつらは一体何だ?
いきなり現れ、得体のしれない能力であの二人を倒してしまった。
こいつらは幽霊なのか? 妖怪なのか? それとも自分達と同じスタンド使いなのか?

「お、お前らは一体誰だ…!?」

ウォーカーがそう言うと、二人は自分の名前を言った。

「俺の名前は牛縊金剛坊(うしくびり・こんごうぼう)」
「ヒャッハー!! 俺の名は藪ノ竹彦(やぶの・たけひこ)だ!!」
「俺達はお前達を院長室へ通さないため、そして、お前達と戦うためにここへ来た」
「お前らの戦いっぷりを院長室で見て、俺達も戦いたいと思ったのさ!!」
「だから、お前ら……」
「俺達を楽しませてくれよ!! ヒャッハーーーーーーーーーーーーー!!!!」

金剛坊と竹彦はそう言うと、ウォーカーと健聡に向かって来た。
ウォーカーは健聡に話した。

「おい、俺はあの派手男を相手する。お前はあの岩の男を相手しろ」
「分かった。僕も今それをおっさんに言おうとしてたんだ!」

かくして、二人はそれぞれの敵を相手にすることにした。ウォーカーは竹彦と、健聡は金剛坊と対峙する。
二人のスタンド使いと、得体のしれない者達との戦いが始まった。


一方、二階の病棟では、恐色錯誤率いる妖怪軍団と、飛鷹率いるAOT部隊の戦いの決着がついた。
多くの妖怪とAOT部隊隊員が床に伏している中、飛鷹の刀が恐色の首を刎ねた。
戦いは、AOT部隊の辛勝に終わった。
飛鷹は息を切らしながら、刀を鞘におさめた。
首だけの状態となりながら、恐色は彼女に向かって言った。

「こ、この俺を倒すとは、やるな小娘……」
「当たり前です。私はあんた達トーナメントの運営側の者達を逮捕するために、剣術を学んだのですから」

飛鷹はそう言うと、恐色の首を持ち「さあ。あなた達の上司である立会人がいる場所を教えなさい」と訊いた。
恐色は飛鷹の目を見ながら言った。

「……立会人はこの病院八階の院長室にいる。だが、お前達は任務を達成することは出来ないだろう」
「…………」
「なにせ、あれだけ大勢いた部隊の人数も、動けるのはお前を含めて残り八名しかいない。例え院長室へ行ったとしても、返り討ちに遭うだけだ」

恐色の言葉を聞いて飛鷹は「それはどうですかね」と言った。

「私達は非合法のトーナメントを行っている者達を捕まえるために結成された部隊です。甘く見ない方がいいですよ」

そう言って飛鷹は恐色の首を床に捨てると、残り八名の隊員に命令した。

「これから私達はトーナメントの運営側の人間がいる院長室へ向かいます。三階には先に夕立と叢雲が三階へ行っていますので、江風、楠、長月は、夕立と叢雲の救援をしてください。能代、鈴谷、若葉、巻雲は私と一緒に院長室へ向かいます」
七人の隊員は同時に「了解」と言った。


「ヒャッハーーーーーーーーーー!!!!」

竹彦はウォーカーに竹槍の連続突きを繰り出していた。
鋭い槍先がウォーカーを襲うが、ウォーカーは自分のスタンドであるロード・トリッピンで防御した。
竹槍の先端がロード・トリッピンの両腕に当たるたびに、ウォーカーの両腕にもダメージが入る。
竹彦は「ヒャハハハ!!」と笑う。

「どうしたどうした!? 防御ばっかりじゃあ、俺を倒すことは出来ないぜ!?」
「そうだな。じゃあ、攻撃するとするか!」

ウォーカーがそう言うと、ロード・トリッピンは防御から攻撃に転じた。
ロード・トリッピンは向かってくる竹槍の先端を右手で掴んだ。そして、竹彦から無理やり竹槍を奪うと、竹槍をボキリと折った。
そのままロード・トリッピンは間合いを詰め、竹彦の身体に拳の乱打をくらわせた。
竹彦は2m後方へ吹っ飛んだ。が、まだ倒れない。

「ヒャハハハ、やるじゃあねえか!! 戦いってのはこうでなくっちゃあ面白くねえ。さあ、もっとお前のスタンドの技を見せてくれよ!!」

竹彦のその挑発めいた言葉に、ウォーカーは「なら見せてやろう」と言った。

「ロード・トリッピン。床を殴って滑走路を作れ」

ロード・トリッピンは本体の命令通り、床を殴った。床には滑走路が作られ、その滑走路の先には竹彦が立っている。
竹彦はロード・トリッピンの能力を見て、さらに笑った。

「ヒャハハハ!! 院長室のスクリーンで見た通りの能力だなぁ!! それが一階で杏を外へ吹っ飛ばした滑走路か!!」

竹彦は掌から竹を生やして、その竹で槍を作った。

「その滑走路に乗ったら、俺はそのまま後ろへ吹っ飛ぶわけなんだろ?」
「ああ、そうだ。出来るならそのまま動かない方が良いぞ」

ウォーカーはそう忠告するが、竹彦は笑いながら言った。

「動かない方が良いだって? それは無理な相談だぜ。だってよ……」

竹彦は手に持った竹槍を右手に持ち、そのまま滑走路に突き刺した。
滑走路に突き刺さった竹槍を、竹彦の右手はそのまま握っている。
ウォーカーは竹彦のその行動を見て驚愕した。

「こうやって竹槍を滑走路に突き刺して、竹槍を掴んでおけば、俺の身体は吹っ飛ぶことは無いんだからな!!」

竹彦はそう言うと、左手から竹を生やし、その竹を槍に変えてウォーカーに突き刺した。
竹槍の先端は、ウォーカーの左肩を捉えた。
ウォーカーが「ぐぅッ!!」と呻くと、「ヒャハハハ!! 命中命中!!」と竹彦は笑った。

「さあて、俺はこの距離から、てめえをドンドン攻撃していくぜ!!」

竹彦がそう言うと、彼がいる滑走路の周りから、無数の竹が生えた。

「なぜって、槍にする竹は、まだこんなにたくさんあるんだからよぉッ!!」

ウォーカーは左肩を抑えながら、竹彦を鋭い眼差しで見つめていた。


一方、健聡も金剛坊に苦戦していた。
健聡は自身の唾を金剛坊の身体に付着させた。唾が付いた金剛坊の身体に衝撃が入った。が、金剛坊の身体に小さなヒビが入っただけで、大したダメージとなっていない。
金剛坊はクククと笑う。

「これが一階でAOT部隊の隊長を殺した能力か。だが、少しヒビが入っただけのようだな」
「チッ、こいつには僕のスタンドの能力が通じないってのかッ!?」

健聡の言葉に金剛坊はこう答えた。

「通じていないわけではない。ただ、俺の皮膚が硬すぎるだけだ」
「皮膚が硬すぎるだって…? まぁ外見からして普通の人間じゃあないってことは分かってたが」

健聡はそう言うと、「じゃあ、あんたは幽霊なのか? 妖怪なのか?」と訊いた。金剛坊は「いや。そのどちらでもない」と答えた。

「どっちでもないだって? なら一体なんなんだよあんたは!!」

健聡はMake some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!に命令する。

「Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!! こいつを思いっきりぶん殴れ!!」

Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!は右の拳に力を込めて、金剛坊の顔を殴った。しかし、金剛坊のその岩のような皮膚に小さいヒビが入っただけで、大きなダメージは受けていなかった。
Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!の拳から血が流れ出た。健聡の右手からも赤い血が流れてる。
金剛坊はため息をついて言った。

「幽霊や妖怪ではないと聞いたら、大体予想が出来るだろうに……。まぁいいだろう。教えてやる」

金剛坊はそう言うと、右手でMake some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!の片足を掴んで、そのまま持ち上げた。Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!が持ち上げられると、健聡の身体も宙に浮いた。
健聡は驚いた。まさか、こいつも幽霊や妖怪と同じく、スタンドに直接触れることができるというのか!
金剛坊はMake some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!を右手で掴んだまま振り回して語った。

「我らはこの世を統べる存在。幽霊や妖怪を従える者……」

金剛坊はMake some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!を天井へ投げつけた。Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!が当たった衝撃で天井に穴が空き、
Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!は四階へ到達した。同時に健聡の身体も四階へと飛ばされた。
四階はリハビリテーションフロアとなっていた。
かつてリハビリテーションフロアだったその場所には、幽霊や妖怪の群れがいた。
金剛坊は天井の穴から四階のリハビリテーションセンターに入り、話を続けた。

「科学の叡智では敵うことができぬ、お前達が畏れ敬うべき存在――■だ」

と、金剛坊はそう言った。
それを聞いた健聡は「……あんたみたいなのが■だって?」と言い、狂ったような笑い声を発すると、「……クソッタレ!!」と声を上げた。


さて、飛鷹達五名と別れたAOT部隊隊員の江風、楠、長月の三人は、三階の廊下の壁に磔の状態となっている叢雲華邑と夕立断斬の救出をしていた。
三人は三階に着いた際、廊下で磔になって気絶している二人を見て驚き、すぐに二人を助けようと、突き刺さっている竹槍を引き抜こうとした。が、なかなか抜くことができない。
ピンク色の髪をした青年『江風長江(かわかぜ・ちょうこう)』は、「こりゃあダメだ」と言った。

「この竹槍、深く刺さっていて、簡単に抜くことができないぞ。一体どうやって突き刺したんだ?」

江風に続いて、水色の短髪である童顔の青年『楠葛湯(くすのき・くずゆ)』も言った。

「多分刺した人は力一杯に突き刺したんだろうけど、ここまで刺すのは人間じゃあできない。とにかく、このままじゃあ抜くのに一日かかるね。」

二人の言葉を聞いていたポニーテールの若い女性「長月眺女(ながつき・ながめ)」は、「え~!?」と弱音を吐いた。

「それじゃあいつまで経っても飛鷹さんと合流できないじゃあないですか! 一体どうするんですか!?」
「どうするって、飛鷹が院長室にいる立会人をとっ捕まえて帰って来るまで、ここで待機するしかないだろうよ」
「そうそう、僕達三人では、二人の身体を貫いて壁に刺さっている竹槍を抜くことは出来ないし、所持してる拳銃も、壁を破壊できるほどの威力は無いしね」

江風と楠がそう言うと、長月は「そ、そんな~」とその場に座り込んだ。

「せっかく見たいドラマも我慢して、初任務に参加したのに、怪物達に部隊の大半はやられちゃうわ、信濃隊長も殺されちゃうし、もうイヤ!! 家に帰りたい~!!」
「そんなこと言うなよ。トーナメントの立会人をとっ捕まえないと、俺達は上層部の奴らから大目玉食らうんだぞ」
「それに、家に帰ったとしても、トーナメントの運営が僕達を生かしておくわけがないだろうしね」
「じゃあどうすればいいのよ~!!」

三人がそう会話をしていると、左腕を磔にされた叢雲が目を覚ました。彼女の右手は、まだ長巻を握っていた。
三人は目を覚ました叢雲を見て、声を上げた。

「叢雲!」
「やっと目を覚ましましたか!」
「大丈夫? 痛くない?」
「ん~~~? あ、わたしさっきかべにはりつけにされちゃったんだ~~」

叢雲は間延びした口調で、自分の状況を確認した。

「こんな状況になってもマイペースだな、お前は」
「左腕が張り付けられているというのに……」
「まぁ叢雲ちゃんらしいといえばらしいけど」

三人がそう言ってる中、叢雲は右手に握られている長巻を器用に振り回した。三人は驚きながら数歩下がった。
江風が「危ないな! 何やってるんだお前!?」と怒鳴ると、「え~~? いまからきろうとしてるんだけど」と叢雲は答えた。

「斬るって、左腕を張り付けているその竹槍をですか!?」
「無理無理無理! 絶対無理だって!! 私達もさっき抜こうとしたけど抜けなかったんだよ。きっと斬ろうとしても斬れないよ!」

楠と長月の言葉を聞いた叢雲は「え~~、ぜんぜんちがうよ~~?」と言った。

「…? 違うって?」
「だから~~、わたしがきろうとしてるのは~~『ひだりうで』だよ!」

そう言って叢雲は、竹槍によって磔にされている左腕を、右手に持った長巻で切断した。
切断した左腕から、大量の血液が流れる。
それを見た三人は悲鳴を上げた。


「な、何をやってるんだお前は!?」
「まさか、自分の左腕を切り落とすなんて…」
「し、信じられない……!!」

そう言う三人に叢雲は「だいじょうぶだよ~~。まだみぎうでがあるし~~」と、平然と言った。江風は「いや、そういう問題じゃあないだろ!!」とツッコミを入れた。
しかし、叢雲はそのツッコミに反応せず、

「じゃあ~~そろそろとーなめんとのしゅつじょうしゃと~~わたしにたけをつきさしたやつを~~ぶっころしにいこうかな~~」

と言って、病室のある廊下へ向かおうとした。
江風、楠、長月は、そんな叢雲を制止する。

「ん~~? なんでじゃまするの~~?」
「いや、邪魔とかそういうことじゃあなくてだな」
「行くなら行くで、止血をしておかないと…」
「そうだよ、出血を止めないと、出血多量で死んじゃうよ」
「そっか~~。なら、しけつしてからいく~~」

叢雲は三人の応急処置を受けることにした。


竹彦はウォーカーに無数の竹槍を投げつけて攻撃をしていた
ウォーカーはロード・トリッピンで向かってくる竹槍を掴んで防ぐ。

「ヒャハハハ!! また防戦一方になっちまったなぁッ!! お前の実力はそんなもんかよ!!」

竹彦はそう言って笑い声を上げるが、ウォーカーは未だに竹彦を鋭い眼差しで見つめている。
竹彦はそんなウォーカーを見て、戦う意思を捨てていないと感じた。
ウォーカーはその目つきを維持したまま、竹彦に向かって走りだした。
竹彦はウォーカーが攻撃に転じたと思った。

「ヒャハハハ!! そうだ!! 精いっぱい戦って、もっと俺を楽しませてくれ!!!!」

竹彦は無数の竹槍を作り、それをウォーカーめがけて投げつけた。
ウォーカーの前にいるロード・トリッピンは、それを全て両腕で弾いた。

「いいぞいいぞ!! もっともっと戦え!!」

竹彦は太い竹槍をウォーカーに向かって投げつけた。今までの竹槍とは違う極太の竹槍がウォーカーに向かってくる。
ウォーカーは走りながら身をかがめ、その竹槍を回避した。と、同時に、竹彦に向かった伸びた滑走路に、その身を滑らせた。

「何!? 自分を滑走路に滑らせただとッ!?」

竹彦がそう言った時には、滑走路を勢いよく滑ったウォーカーの身体が迫っていた。
竹彦は滑走路に無数の竹を生やし、ウォーカーが迫るのを防ごうとした。しかし、その竹の壁は、ロード・トリッピンによって全てへし折られた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

ウォーカーの飛び蹴りが竹彦の顔面にヒットした。竹彦は鼻血を出しながら、その場に倒れた。竹彦に向かって伸びていた滑走路は、もう無くなっていた。
ウォーカーは見事床に着地すると、激しく息切れをした。

「はあ、はあ。まさか『滑走路に竹槍を突き刺して、それを握って滑らないようにする』という発想をする奴が現れるとはな。かなり手こずったぜ…」
ウォーカーはそう言いながら、倒れている竹彦を一瞥した。

「しかし、お前のその竹を生やす能力はなんなんだ? どうやらスタンドの能力ではなさそうだが……」

竹彦は「ヒャハハ」と笑った。

「お前の言う通り、確かに俺の能力はスタンドの能力じゃあねえ」
「じゃあ一体なんだ?」
「聞きたいか? じゃあ教えてやるよ。俺の能力は……」

竹彦が言おうとした瞬間、遠くから「うごかないでくださ~~い」と、間延びした声が聞こえた。
ウォーカーは声の聞こえた方へ顔を向けると、そこには、自分のことを「魔法少女」と名乗っていたAOT部隊の隊員である叢雲華邑という女と、三名のAOT部隊隊員がいた。
二人を見つめる叢雲には、左腕が無く、彼女が着る戦闘服は赤黒い血で汚れていた。
「ヒャハハ。竹が刺さった片腕を自分で切り落としやがったな」と竹彦は笑いながら言った。
ウォーカーは自分で腕を切り落とす叢雲のその異常な精神に、わずかながら恐怖を覚えた。
叢雲はウォーカーと竹彦に言う。

「あなたたちはこれからわたしたちによって~~、こうそくされるかぶっころされちゃいま~~す。かくごしてくださ~~い」

叢雲の持つ長巻が、窓から見える月光に照らされて、妖しく光った。


四階のリハビリテーションフロアでは、健聡と金剛坊が戦いをくりひろげていた。
状況は、金剛坊が優勢に戦闘を進めていた。

「ハァッ!!」

金剛坊のその岩石のような拳が、健聡の腹部に当たった。健聡は口から血反吐を吐いた。

「どうした。俺の力に臆したか? つまらないぞ…もっと本気を出せッ!!」

金剛坊は健聡に強い蹴りを入れた。その丸太のような太い足で蹴られ、健聡は数メートル吹っ飛んで倒れた。
金剛坊に一方的にサンドバッグにされた健聡の身体は、健聡自身の血でまみれていた。
健聡が息を切らしながら立ちあがると、リハビリテーションフロアにいた幽霊や妖怪達が声援をしているのが見えた。
声援している怪物達の中には、三階でAOT部隊の隊員に殺されたはずの灰神と魅遊がいた。
灰神は腹部から血を出したままで、魅遊は頭部だけの状態となったままで応援している。

「金剛坊様~、頑張れ~!!」
「人間の方も底力を見せるのだ~!!」

他の幽霊・妖怪達も声を上げる。

「かっこいいぞ~金剛坊様~!!」
「そのままフィニッシュを決めて下さい!!」
「人間ももっと頑張れや!!」
「お前の力はそんなもんじゃあないだろうッ!?」

健聡は自分や金剛坊に声援を送る怪物達を見ながら「ハハッ」と笑った。

(成程。どうやらここにいる幽霊や妖怪達にとって、この試合は『楽しいゲーム』ってことか。妨害者として参加するにしろ、観客として見物するにしろ、この試合は『極上の娯楽』ってわけね)

健聡はフラフラの状態で立ちあがった。

「いいぜ…そんなに楽しい娯楽がほしいってのなら、最上級の娯楽って奴を見せてやる!!」

そう言って健聡は金剛坊に向かって走り出した。金剛坊は自分に向かってくる健聡の目を見つめた。
健聡の目は戦おうとする意志を秘めた目だ。まだ勝とうとするのを諦めていない目だ。

「血が流れようと、戦うのを止めないか…、面白い!!」

金剛坊は右腕の拳を振り上げた。

「ならかかってこい!! 相手になってやる!!」

金剛坊は振り上げた右腕を健聡に向かって振り下ろした。


健聡はそれを回避し、金剛坊の後ろに回り込んだ。

「何!? 後ろを取っただと!?」
「うおああああああああああああああッ!!!!」

健聡は叫びながら、金剛坊の背中にしがみつくと、血まみれになった自分の上着を脱いで丸めると、それを金剛坊の口の中に入れた。
金剛坊は健聡を振り落とし、口の中に入った健聡の上着を吐きだした。
健聡は金剛坊の背中から振り落とされ、床に座り込んだ。

「俺の背後を取り、血まみれの上着を口の中に入れて窒息させようとは考えたな。だが、残念だったな。俺はその程度では倒れんぞ!!」

金剛坊がそう言うと、床に座った健聡は「ハハハ」と笑った。

「何がおかしい?」
「いや。僕が上着をあんたの口に入れたのは、窒息させるためじゃあないんだよ」

健聡はそう言って、指をパチンと鳴らした。瞬間、金剛坊の体内に衝撃が走り、金剛坊の硬皮に無数の大きなヒビが入った。

「なっ、何!? これは一体!?」

金剛坊が驚く中、健聡は冷静に説明した。

「僕の目的は、血が染み込んだ上着をあんたの口の中に入れて、『僕の血液をあんたの身体の中に入れる』ことだったのさ。上着に染み込んだ血液は数ミリリットルでもあんたの身体の中に入るだろうし、体内に入った血液は、取り出すことも、拭うことも出来ないからね」

金剛坊の全身にヒビが入るのを見ながら、健聡はさらに語った。

「僕のスタンド能力は『体液に衝撃を込める』能力。硬い皮膚に衝撃を与えても壊すことができないなら、身体の中に体液を入れて衝撃を与えればいい。いくら外側が硬くても、内側までは硬くないよね!!」

健聡がそう言った瞬間、金剛坊の身体は木っ端微塵に砕け散った。
金剛坊の頭部が健聡の右隣に転がった。

「まぁ、木っ端微塵になっても生きてるなら、もうお手上げだけどね」

健聡はそう言って倒れた。
金剛坊は頭部だけになりながら、フフフと笑った。

「外側が無理なら内側を…か。実に面白い勝負だった」

金剛坊はそう言って健聡を褒めた。
声援を送っていた幽霊と妖怪達も、二人の健闘を讃えた。


叢雲の持つ長巻が、窓から見える月光に照らされ妖しく光ると、長巻の刃がウォーカーに襲いかかった。
ロード・トリッピンは叢雲の長巻の刃を素早く回避した。
叢雲は長巻の斬撃がで回避され「むむむむむ~~~」と呻いた。
叢雲とウォーカーが硬直状態となっている隙をついて、江風、楠、長月の三人は、倒れている竹彦を拘束しようとした。
しかし、竹彦はすぐに起き上がった。

「なっ、起き上がった!?」
「さっきまで倒れていたのに!!」
「信じられない!!」

三人はそう言って驚いた。竹彦は「ヒャハハハ!!」と笑いながら三人に言う。

「この俺を捕まえるだと? 礼儀作法がなってないぜてめえら!!」
「非合法なトーナメントを行っているお前らには言われたくない!」
「そうだそうだ!」
「犯罪者に礼儀作法を言われる筋合いはありません!!」

三人の言葉を聞いて、竹彦はさらに笑った。

「ヒャハハハ!! 犯罪者じゃあないんだよ、俺は!!」

竹彦は床から竹を生やすと、それをもぎ取って竹槍に変え、三人に襲いかかった。
江風は両手に鉤爪を装着し、楠は多節棍を出し、長月は拳銃を構えて、襲いかかる竹彦に対抗した。
一方、ウォーカーは叢雲の繰り出す長巻の斬撃をかわしながら、一体どうするかを考えていた。
竹彦はAOT部隊の隊員三人と戦っていて、こちらの援護が出来ない。
自分が今戦っている女の攻撃をかわして、階段へ行こうとしても、階段のところには、後から来たAOT部隊か、隠れていた幽霊か妖怪がいるかもしれない。
そうなれば、後から追って来たこの女と、待ち構えているであろう誰かに挟み撃ちにされる可能性が高い。
だったら、一時的にでも、この階の病室のどれかに入って隠れるしかない。
ウォーカーはそう思い、叢雲の長巻の斬撃を紙一重でかわし、急いでどれかの病室に隠れようと、病棟の中を駆けた。

「あっ、まて~~」

攻撃をかわされた叢雲は、ウォーカーの後を追った。
ウォーカーは走りながら、どの病室に隠れるかを考えていた。
後ろからは叢雲が追いかけてくる。迷っている時間は無い。

「ええい、やぶれかぶれだッ!!」

ウォーカーは309号室の病室の扉を開け、病室の中へ入った。
中へ入ると、急いで病室の扉の鍵をかけた。
ウォーカーは息を切らしながら、その場にへたりこんだ。

「はあ、はあ、とりあえずこれでひとまず安心だ…」

ウォーカーはそう思い、病室の中を見回した。が、そこは病室ではない。
室内には高価な机と椅子が置かれ、その椅子には青い髪に白い肌をした青年が座っていた。
青年の隣には、下半身が樹木になっている若い女性と、背中からイカの触手が十本生えた男性が立っている。
机の周りには、米俵を背負った恰幅の良い体型の大男と、手に三叉槍を持ち、魚の鱗のような鎧を着た武者、
そして、若い刑事姿の男と、自分が今まで探していた立会人らしき青年がいた。
七人は大きなスクリーンに映った映像を見ている。
そのスクリーンには、室内に入った自分が映っていた。


「ウ、ウォーカーさん!!」

立会人らしき青年こと山城扶桑はウォーカーの名を呼んだ。
ウォーカーは自分の名を呼ばれ、「俺の名前を知っているってことは…、お前が今回の試合の立会人か!?」と訊いた。

「は、はい。そうだったんですけど……」
「ですけど? どういうことだ?」

ウォーカーが再び訊くと、隣にいた刑事姿の男こと陸奥開閉は扶桑の代わりに答えた。

「実は、AOT部隊が結成されたことで、試合が妨害されるかもしれないということで、試合内容をどうするか、AOT部隊の隊員である俺と相談していたんですが、ここにいる五人と、残り二人の怪物達に、試合進行を乗っ取られてしまって……」
「の、乗っ取られただぁ~?」

ウォーカーは驚きの声を上げた。
まさかトーナメントの試合を仕切る立会人が、試合を仕切る権利を奪われてしまうなんて。
では、立会人から試合を仕切る権利を奪ったと思われるこいつらは何者なんだ?
ウォーカーがそう思っていると、青髪の青年が口を開いた。

「トーナメントの出場者であるデズモンド・ウォーカーだな? よくぞ、院長室へたどり着いた。今回の試合の勝者はお前だ」
「い、いや。ここが院長室であるのは見ればわかるが、お前達はいったい何者なんだ?」

ウォーカーがそう訊くと、青髪の青年をはじめとした五人は自己紹介をした。

青髪の青年は「私の名前は『薄氷ノ長門(うすらいの・ながと)』だ」と言った。
下半身が樹木の女は「わたしの名前は木目沢睦月姫(このめざわ・むつきひめ)といいます」
「わたくしは『十手ノ妙高(じゅっての・みょうこう)』です。以後、お見知り置きを」と言ったのは、十本のイカの触手を生やした男。
恰幅の体系の男は「ぶふぅ~! わしは『曙満福(あけぼの・まんぷく)』だ!!」と名乗った。
魚の鱗の鎧武者は「俺の名前は『黒潮ノ銛彦(くろしおの・もりひこ)』だ」と言った。

「三階の病棟で現れた藪ノ竹彦と牛縊金剛坊は、我らの仲間だ」

長門はそう言うと、最後に自分達のことをこう名乗った。

「我々七人は、この病院に住む幽霊達や妖怪達と暮らす、『八百万の神』だ」


「ふ~ん。八百万の神ねえ。どおりでスタンドの攻撃がなかなか通じなかったわけだ」

健聡は首だけとなった金剛坊が「自分は八百万の神だ」という話を聞き、納得した。
健聡と金剛坊の周りには、声援していた幽霊達と妖怪達が座っていた。
健聡は動物や植物と合体したような異形の姿をした幽霊達を見て、こう訊いた。

「それにしてもさ、君達は所謂、五年前の大震災で命を落とした入院患者なわけだろ。なんで成仏しないのさ?」

健聡の言葉を聞いて、幽霊達はこう答えた。

「だって、あの世に行くの面倒くさいし」
「あの世に行ったところで、極楽浄土へ行けるのか分からないし」
「もしかしたら地獄行きになるかもしれないしな~」
「地獄行きになって文句を言っても、閻魔大王の第一補佐官にボコボコにされてお終いだからな~」
「だったらここで幽霊として、楽しく暮らす方がいいさ」

幽霊達の答えに、健聡は複雑な思いを抱いた。
こいつらが成仏しない理由はもっと切実な理由があるのかと思っていたが、まさかそんな下らないものだったとは。
というよりも、幽霊達にも読まれていたのか、あの漫画は。
あの漫画の閻魔大王だったら、こんな異形の姿の幽霊達に裁きを下すのは、絶対に願い下げするだろう。(第一補佐官はどうかは知らないが)
そう思いながら健聡は、「なるほど、要は『あの世で幸せになれる保証が無いから、ここで暮らしている』ってわけね」と言うと、今度は妖怪達に訊いた。

「で、君達はどうしてこの病院に住み着いているんだい? 他にも住みつけるところがいっぱいあるじゃあないか」

妖怪達は、健聡の質問にこう答えた。

「いやいや。住み着くのに良い物件はあったんだけどさ」
「そこは他の妖怪が住み着いてて、追い出されちゃったんだよ」
「誰も住み着いてない廃墟を見つけてそこに暮らそうとしても、廃墟マニアや心霊番組の撮影スタッフがやって来るから、渋々引っ越さなきゃならないんだ」
「そうそう。廃墟マニアは廃墟の情報をネットに流すし、TVスタッフがその手の心霊番組で紹介するしで、馬鹿な奴らがぞろぞろやってくるから、迷惑しちゃうぜ」
「馬鹿な連中を脅かすのも疲れるんだよな~」
「だから、廃墟マニアや心霊番組のスタッフが来ないこの病院で暮らすことにしたのだー」
「ここに前から住んでる幽霊たちとも仲良くなれたし、この病院こそ天国だぜ」

妖怪達の答えを聞いた健聡は「ふ~ん、妖怪も大変なんだね」と言うと、今度は金剛坊に訊いた。

「で、あんたをはじめとした八百万の神々も、妖怪達と同じ理由でここに住み着いてるのかい?」

金剛坊は「……少し違う」と言い、語り始めた。

「この病院に住んでいる、俺をはじめとした七柱の神は、居場所を失った神なんだ」
「民から忘れ去られたり、祀られていた神社が老朽化で寂れたり、災害で潰れたりなどで、俺達は住むべき場所を失くした」
「十手ノ妙高と黒潮ノ銛彦は、この県のI市の神社に祀られていた神だったのに、五年前の東日本大震災による津波で神社は流され、祀られる社のない神となってしまった」
「長門も神社が震災のせいで修復不可能なほどに潰れてしまい、俺や竹彦や睦月姫や満福は、祀られていた村の過疎化によって、村人達から忘れられていった」
「住む場所を失った俺達は、どこでもいいから安住の地を探すべく、県内を彷徨った。彷徨って、彷徨って、彷徨い続けた」
「そうした果てに見つけたのが、この廃病院だった」
「神社ではないが、住めないよりはましだと考え、病院の中へ入った。そこには成仏できない幽霊や、病院に住み着いた妖怪がいるときたもんだ」
「最初は幽霊達や妖怪達と住む権利をめぐって対立したが、やがて打ち解けていき、俺達は幽霊や妖怪達とこの廃病院で暮らしていくことを決めたのだ」

金剛坊が話を終えると、健聡は「なるほどね」と納得した。

「でもさ、そんなあんたらが、どうしてトーナメントの試合を進行しようとしたわけ? 一応あんたらは幽霊であって、妖怪であって、八百万の神々なわけだろ? なにも人間世界の一イベントに首突っ込まなくてもいいじゃんよ」

健聡がまた質問すると、金剛坊は「それはだな…」と言って、再び説明した。


「なるほど。あんたらが民衆から忘れられたり、神社が壊れたりの理由で、この病院に辿り着いて、幽霊や妖怪達と仲良く暮らしているのは分かった。送られてきた手紙が筆書きだったのも、あんたらが昔から存在している神だから、筆書きで文字を書いたからということで納得した。だが、なんであんたらはスタンド使い同士のトーナメントの試合進行を奪うようなことをしたんだ? わざわざトーナメントの立会人から試合を進行する権利を奪わなくても、俺達が試合をやっている時に乱入してくれば良かったじゃあないか」

ウォーカーの問いに、長門は「我々も幽霊達も妖怪達も、退屈していたからだ」と答えた。
ウォーカーが「はぁ?」と声を上げると、五柱の神々は順に説明した。

「我々はこの廃病院で幽霊達や妖怪達と共同生活を送ることを決めた。だが、ある問題が浮かび上がった。それは『病院内には、娯楽が少ない』ということだ」
「私達も幽霊達や妖怪達も、祭りや遊戯が大好きです。なのにこの病院には遊ぶための施設が全然ない。あるとすれば、小児病棟にあるオセロか将棋かスゴロクのみ。放置されたDVDは、電気が止められているため見ることができない始末。これでは暇で暇でしょうがない」
「わたくし達はどうにかして遊べやしないかと、ありとあらゆることを試してみました。この病院を取り壊そうとしている輩を呪い殺したり、付近のマンションに住んでいる人間達を脅かしたり…。ですが、大した暇つぶしにもならなかった」
「どうすればいいかとわし達が考えているところへ、『蘇亜橋真座利』という幽霊の女が病院にやって来た。わし達は侵入者かと思い、幽霊達や妖怪達と協力して真座利を追っ払おうとしたが、真座利は祓い屋の使う呪文を使って、幽霊達や妖怪達を蹴散らし、わし達を強引に話し合いの場へ持ってきおった。あれほどの力と勇気を持った幽霊は、わし達は見たことが無いわい」
「真座利が言うには、『迷宮電器店をテーマパークに改装するために人手が足りないので、この病院に住んでいる幽霊や妖怪達の一部を貸してほしい』とのことだった。俺達は最初は断ったが、あやつの熱意に負けて、俺達はここに住んでいる幽霊や妖怪達の一部を貸すことにしたのだ」
「その後は、飲めや歌えの宴会だった。真座利は幽霊達に、祓い屋の一族である教師から学んだ『幽霊を五分間だけ実体化させる呪文』と、真座利自身が最近考案したという『人間の姿に戻る呪文』を教えてくれた。あいつの他者を引きつける魅力と、周りを和ませる能力から、幽霊達はあやつを『なごみの真座利』と呼ぶようになった」
「そして、その時に真座利は私達に『スタンド使い同士によるトーナメント』のことを聞きました。今まで数々のトーナメント戦が行われ、多くのスタンド使い達が己の願いを叶えるために出場し、戦っていったということを。私達はそれを聞いて興奮しました。これこそまさに私達が求めていた娯楽、究極のエンターテイメント!」
「わたくし達はそのトーナメントに一度でもいいから見たいと思いました。究極の娯楽に参加して、己の願いを叶えようとするスタンド使いとはいかなる者かを見てみたい!」
「だが、真座利は『トーナメントは優勝者トーナメントを以て、無期限休止となることになった』と言った。なんでも、16回トーナメントにおいて、出場者の一人が殺傷事件を起こしたことにより、警察の奴らがトーナメントの運営の存在に気づき、トーナメントの試合を阻止しようとしているからだ、とのことらしく、運営側もなかなか試合を進行しにくくなっているとも言っていた」
「さらに、今回の試合が始まる前、そこにいる立会人がAOT部隊の裏切り者と、試合内容をどうするかと、今ごろになって話し合う始末。こんな連中に試合進行は任せていられないだろう? 」
「だから、我々は今回の試合の立会人である山城扶桑から試合進行の権利を奪い、代わりに我々が立会人となって、今回の試合を作りあげたというわけだ。正直な話、立会人となることで、究極のエンターテイメントを、みんなで楽しみたかったということだ」


神々が話し終わると、ウォーカーは心の中で「なんて奴らだ」と思った。
トーナメントを娯楽と考えていて、その娯楽を皆で味わうために、立会人から試合を進行する権利を奪ったというのか。
こいつらは本当に神なのか?
ウォーカーはそう考えて、過去にフランチェスカの本棚にあった、日本の神々の本を読んだことを思い出した。
あの本に書かれてあったことを要約すると、「日本の神々はキリスト教やイスラム教といった唯一神ではなく、木や石、川や海などといった自然のものに魂が宿った、所謂精霊的な存在であるため、お世辞にも神とはいえない性格をした者達が多い」とのことだった。
その本に書かれてあったことは正解だった。日本の神々は人間と同じように、自分達にとって楽しいことや嬉しいことを愛する存在であった。
そう思うとウォーカーは、五柱の神々にまた訊いた。

「……あんたら神々がトーナメントの試合を楽しむために、試合進行の権利を奪ったのは分かった。だが、一つだけ分からないことがある」
「分からないこととは?」
「ああ。俺はさっき病室の扉を開けて、病室の中に入ったと思った。だが、中に入ったらそこは院長室だった。なんで病室の中が院長室になっているんだ? もしかしてこれはあんたらがスタンドではない不思議な力を使ってやったことなのか?」

ウォーカーがそう訊くと、睦月姫は「半分当たっていますけど、半分外れていますね」と言った。

「半分外れ?」
「はい。私達が病室の扉と院長室の空間をつなげたのは事実ですが、病室の扉を作ったのは私達ではないんですよ」
「じゃあ、あの扉を作ったのは誰なんだ?」
「あそこにいる立会人のお友達である、陸奥開閉さんです」

睦月姫は陸奥の方を指差すと「後は陸奥さんに訊いてみれば分かります」と、笑顔で言った。
陸奥は深いため息をついて、ウォーカーに言った。

「あの病室の扉は、俺のスタンド『プロミス・オブ・ザ・サン』が作り出したもんだ」
「お前のスタンドが作っただと!?」
「ああ。プロミス・オブ・ザ・サンの能力は『手で触れた場所に扉を作る能力』で、壁だったら出入口として作ることができる。あの扉のカラクリは、俺が各階の病棟に病室の扉を複数作って、そこにいる神様達はその病室の扉の内部空間と、院長室の空間を連結させたっていうトリックさ。俺の能力に目を付けた神様達の考えそうなことさ」

陸奥がそう言うと、長門が続くように語った。


「この試合で重要なのは『院長室につながっている病室の扉の存在に気づくこと』だ。院長室へと繋がる扉の番号は、病院では忌み数として使われることのない『4』と『9』の番号が使われている病室だ。忌み数の病室に気づいて、その病室の扉を開けて院長室へ入った者が、今回の試合の勝利者となるわけだ」

長門はそう言うと、睦月姫が「もっとも、ウォーカーさんはほぼやぶれかぶれで入ったために、忌み数には気付きませんでしたが」と言った。
ウォーカーはそういうことだったのかと感じた。
まさか院長室に簡単に行くための裏技があったとは予想だにしていなかった。
病院では忌み数として使わない数字の書かれている病室。そこに気づいて入れば、簡単に試合に勝つことができたのか。
自分は全くに気づかず入り、15回トーナメントの決勝のように、偶然で勝ってしまった。
こんなことで本当に勝ったといえるのだろうか?
ウォーカーがそう考えていると、長門は「どうした? 浮かない顔をしているな?」と言ってきた。

「いや、俺はまさか『4』と『9』の数字が、日本では忌み数として嫌われていることを知らないで、309号室の扉を開けて、院長室に辿り着き、決勝進出となった。だが、それは偶然で勝利したことに他ならない。俺がかつて出場した15回トーナメントの決勝も、偶然に助けられて優勝した。二度も偶然に助けられて、果たしてそれが本当の勝利といえるのだろうか、と、そう言うことを考えていたのさ」

ウォーカーのその疑問に、長門はこう答えた。

「そんなことで悩んでいたのか。別に良いではないか」
「別に良い?」
「偶然に助けられても勝利は勝利だ。お前がこの試合に勝ったのは、お前が勝利の女神、もしくは偶然の女神に愛されたからに他ならない。逆に、もう一人の出場者は二人の女神に嫌われて負けた。ただそれだけの話だ。偶然や運の良さで勝負事に勝つことは恥ではない。胸を張れ、人間。我々は勝者であるお前を祝福するぞ」

長門にそう言われたウォーカーは、フッと笑った。

「なるほどな。この国には八百万の神々がいるんだから、その中に勝利の女神や偶然の女神がいて、そいつらが俺に一目惚れしたとしてもおかしくないな。分かった。この試合で俺は勝利した。そして俺は決勝で勝つ」

ウォーカーが決意の言葉を言うと、長門は優しく微笑んだ。
その時、二人の会話を聞いていた本来の立会人である山城が長門に言った。

「ところで、三階でAOT部隊と戦っている竹彦様と、四階にいる健聡様と金剛坊様はどうなったんでしょうか? そろそろ試合が終わったことを知らせなければと思うのですが」
「そうだったな。では、スクリーンの映像で様子を見るとしよう」

院長室にいる者達が大型のスクリーンを見ようとすると、「その必要はありません」と言う声と共に、院長室の扉が開いた。
院長室の扉からは、出雲丸飛鷹率いるAOT部隊隊員が現れた。


「はははは。まさか暇つぶしのためにトーナメントの試合を乗っ取っちゃうなんてね。その乗っ取るという発想が凄いよ!!」

健聡は金剛坊が語った話を聞いて笑った。

「それにしても、トーナメントのことを教えた『なごみの真座利』って子も凄いね。神様相手に『力を貸して』って交渉しちゃうんだからさ。とても根性あるよその子」
「ああ。病院内の幽霊や妖怪達を蹴散らし、俺達を交渉の場に座らせたんだからな。並みの幽霊ではそんなことは出来んからな」
「いえてる。あっはははははは!!」

健聡は大声で笑うと、冷静な顔になり「でも、多分僕は試合に負けちゃったろうな。せっかく優勝したら『あの人と戦える』と思ってたのに…」と言った。
金剛坊はそんな健聡にこう言った。

「落ち込むな、人間。今回の試合ではお前は勝利の女神に嫌われただけだ。勝利の女神が愛したのは、もう一人の出場者だった。ただそれだけのことだ」

金剛坊に続いて、幽霊達や妖怪達も健聡を励ました。

「金剛坊様の言う通りです!」
「落ち込まないでくださいよ~」
「今回は運が無かっただけだって」
「あんたが言う『あの人』って誰のことか知らんけど、トーナメントで優勝しなくても、その人とはどこかで戦えるよ」
「だから元気だしなよ!!」

神・幽霊・妖怪に励まされた健聡は、あはは、と笑った

「そうだね。あの人とはまたどこかで戦える。それを楽しみにしてるよ」

健聡がそう言ったその時、どこからか「いや。お前にその時はやってこない」という声が聞こえた。
幽霊や妖怪達は「今の声は一体誰だ!?」と突如聞こえた声に騒ぎたてた。
金剛坊が「一体何者だ、出てこい!」と声を上げると、健聡は「僕は誰なのかは予想がついてるけど」と言った。
声の主は、リハビリテーションフロアの入口から現れた。


「またお前らかよ。本当にしつこい奴だな、お前らは」
「ほぉ、まさかお前達も院長室へたどり着くとはな」

ウォーカーと長門がこう言うと、飛鷹は「今辿り着きました」と言った。

「出場者の一人がここへたどり着いていて、かつ、立会人であろう者達がいるとなると、すでに試合は終わったようですね」
「そういうことだ。お前達にとっては残念なことだが、試合を妨害するという任務は失敗したというわけだ」
「つまり、今のあなた達は大義名分を失ったということです」
「さあ、試合は終わったのだから、早く警視庁へ帰りなさい」

ウォーカー、長門、睦月姫、妙高はそう飛鷹達に言うが、飛鷹は「そうはいきません!」と、声を上げた。

「あなた達はトーナメントの試合をまたどこかで行うつもりなのでしょう? なら、ここで出場者と立会人全員を拘束します!」

飛鷹はそう言いながら、陸奥のいる方向へと目を向ける。陸奥はびくっと反応した。

「特に、陸奥は立会人と通じている容疑で、あとで拷問を含めた尋問をします。いいですね?」
「…………」

陸奥は何も言うことができなかった。部隊から抜け出して、立会人である山城と相談していた結果、八百万の神々に捕まり、部隊に戻ることができなかった。
飛鷹が疑うのも無理はない。陸奥はそう思った。
ウォーカーはそんな飛鷹に言った。

「だが、お前が率いる部隊は数が少なくなっているぞ。立会人側は大勢いるのに、拘束するのは不可能だぜ」

彼の言葉を聞いて、飛鷹はくすっと笑った。

「何を言ってるんです? ここに来たAOT部隊は、我々だけではありませんよ」


飛鷹がそう言うと、ウォーカーがさっき開けた309号室の扉が、強い力で破壊された。
三階の病棟と繋がっている扉の穴からは、今まで藪ノ竹彦と戦っていた叢雲達四人と、その竹彦を担いだ女と、長髪を後ろに束ね、片手に薙刀を持った青年が現れた。
竹彦は全身が傷だらけで、白目を剥いて気絶している。
その気絶した竹彦を担いだ女は、ライオンの鬣のような髪型をし、右目に眼帯を付け、鉤爪や鎧を装着している。
院長室の扉の外からは、黒い戦闘服を着たAOT部隊の隊員達がどかどかと入って来た。
鎧を着た隻眼の女と、薙刀を持った青年は、ウォーカー達に聞かせるように、自分の名前を言った。

「AOT部隊の一人、『獅子王伊良湖(ししおう・いらこ)』だ」
「同じく、AOT部隊の一人、葛城義家(かつらぎ・よしいえ)だ」

伊良湖は竹彦を下ろすと、鉤爪を付けた右手を長門に向けた。

「お前がトーナメントの立会人のリーダーだな? 非合法のトーナメントを開催した罪で、お前を拘束する!」

ウォーカーは院長室に入った伊良湖達を見て、「お前ら、一体どこに隠れていた!?」と言った。
葛城はウォーカーに目を向けると、「病院の後ろにある非常階段から入って来た」と答えた。
ウォーカーは葛城の言葉を聞いて、「成程、別働隊か」と呟いた。

「俺達が戦っている間に、お前達別働隊はその非常階段から病院の中へ潜入し、三階の病棟で戦っていたそいつを大勢で攻めて倒した、ということか」

ウォーカーは竹彦を指差して言うと、伊良湖は「その通りだ」と答えた。

「床に竹を生やす妙な技を使って来たが、大勢で囲んでしまえば大したことは無いな」

そう言って鼻で笑う伊良湖と、倒れている竹彦を見て、(流石の神も、多勢に無勢では人間には敵わないか)とウォーカーは思った。

「残るは院長室にいるお前達と、四階にいる連中だけ。俺達が来たからには、お前達の命運は尽きたと思え」

葛城は薙刀の刃を長門に向けた。長門は薙刀の先を見ながら、ふっと笑った。

「まさか竹彦が倒されるとは……、人間もまだ進化はするのだな」

そう言って長門は、「だが」と言って話を続けた。

「我々を舐めるなよ、人間。竹彦のように大勢で攻めれば簡単に倒せるなどと、甘い考えをしないことだ」


長門は椅子から立ち上がると、ウォーカー、山城、陸奥の三人に言った。

「三人とも。ここは我ら七柱と病院の住人がこいつらを引き付ける。お前達はもう一人の出場者を連れて、早くここから脱出しろ」
「脱出だって? だが、どうやって?」
「陸奥のスタンド能力を使えば簡単だろう。もっとも、我々は戦うことに力を費やすから、試合の時のように、空間を連結させることは出来ぬがな」

長門の言葉を聞いたウォーカーは、陸奥に言った。

「おい、お前。床に俺達が通れるくらいの扉を作ることができるか?」
「え? まあ一応できるが……」
「なら、頼む。その扉を作ってくれ!」
「……分かった」

陸奥はそう言うと、自身のスタンドであるプロミス・オブ・ザ・サンを発現させた。
彼のスタンドはAOT部隊の隊員達の目には見えない。

「プロミス・オブ・ザ・サン。俺達三人が通れる扉を床に作れ!!」

プロミス・オブ・ザ・サンは、ウォーカーの足下の床に触れた。瞬間、人三人が通れるくらいの大きさの扉が出来る。
ウォーカーはその扉を開けて、七階へと脱出した。
陸奥と山城も、ウォーカーの後に続いた。
床の扉から逃げたウォーカー達を見て、飛鷹は「逃がさない!」と言って、自分も床の扉に入り、ウォーカー達を追った。
江風、楠、長月、能代、鈴谷、若葉、巻雲も彼女の後に続き、床の扉に入る。
一方の別働隊である伊良湖、葛城をはじめとした隊員達は、ウォーカー達を追おうとはしない。
長門は伊良湖と葛城、叢雲に訊いた。

「お前達は追わなくていいのか?」
「私達はいいのさ。飛鷹達が奴らを捕まえに行ったことだしね。」
「それに、別働隊は今ここにいる我々だけではない。こういう時のために各階に他の隊員を配置しておいたからな。そいつらが飛鷹達と一緒に逃げた奴らを捕まえることだろう」
「そういうこと、そういうこと~」

長門は二人の言葉に「そうか」と言うと、院長室に浮かんでいた巨大スクリーンを消滅させると、椅子から下りた。
睦月姫達も戦闘態勢に入る。
伊良湖と葛城はそんな長門達を見ると、隊員達に命令する。

「これから戦闘態勢に入る。全員武器を構えろ!」
「敵は全員で五名。油断はするなよ」

葛城がそう言った瞬間、竹彦が起き上がった。竹彦は「ヒャハハハ!!」と笑うと、床から竹を一本生やして竹槍を作り、葛城に襲いかかった。
葛城は薙刀で竹槍の刺突を防御する。

「ヒャッハーーーーーーーーーーーー!! 敵は五人だって? 六人の間違いだろうが!!」
「気絶していたと思っていたが、目を覚ましたか……」
「かつらぎ!」

叢雲は葛城を援護しようとするが、銛彦にそれを阻まれた。

「お前の相手は俺だろう!!」

銛彦は三叉槍を振るい、叢雲を攻撃する。叢雲は右手に持った長巻で応戦した。
それに続くかのように、妙高は背中から生えた十本の触手を女性隊員の身体に絡ませた。睦月姫は右掌から無数のドングリをマシンガンのように発射した。
満福は強烈な張り手を連続で繰り出し、隊員達を張り倒していく。
院長室は、八百万の神と人間の戦場となっていた。


長門は大気中の水分を掌に集めて作った氷の刀を持ち、伊良湖と対峙していた。
伊良湖は鉤爪を装着した右手を前に突き出し、武道の構えを取ると、長門にこう訊いた。

「なぁ、お前達はなんでこのトーナメントを開いてるんだ?」

長門は、伊良湖が自分達のことをトーナメントの運営側の関係者と勘違いしているなと思った。
おそらく「自分達はトーナメントの運営とは無関係だ」と言っても、聞く耳を持たないだろう。
なら、こう言えばいいか。
長門は伊良湖の問いに対し「決まっているだろう。トーナメントを娯楽として楽しむためだ」と、ウォーカーに話した答えを彼女にも言った。
伊良湖は数秒無表情でいたが、やがて額に血管を浮かばせた。

「そうか…、ただの娯楽か。お前達の娯楽のために大勢の人間が命を落としたということだな…! なら、容赦はしない!! お前達の腐った根性は、私が叩きなおしてやる!!」

伊良湖は獣のような呻り声を上げ、長門に鉤爪のついた右拳を喰らわせようとした
長門はため息をつきながら、伊良湖の右拳を受け止め、彼女に言った。

「我々をそう簡単に倒せると思うなよ、人間」


四階病棟・リハビリテーションフロア。

黒いコートを羽織り、不精髭を生やした男は、健聡と金剛坊、幽霊や妖怪達に向かってこう言った。

「俺はAOT部隊隊員、矢矧暗鬼(やはぎ・あんき)だ。俺は貴様らトーナメント運営の関係者を逮捕するためにここへ来た。おとなしく観念しろ」
「やっぱりね。そうだと思ったよ」
「院長室のスクリーンで見た二階の映像にこいつは映っていなかったから、おそらく後から来た別働隊だな」

健聡と金剛坊は矢矧を無視して会話をしていた。
幽霊や妖怪達も「何言ってんだこいつは?」と言いたげな表情で、彼を見ている。
しかし、矢矧は動じなかった。
自分を無視するようなら、こいつらが自分の方に顔を向かせるようなことをすればいいだけだ。
矢矧はコートから一本のナイフを取り出すと、それを青白い顔をした少女の額に目掛けて投げた。
ナイフは少女の額に突き刺さった。

「俺は暗器使いの達人だが、俺を無視したり抵抗したりすれば、この少女のようになる」

矢矧はリハビリテーションフロアにいる者達に言ったが、健聡はクククと笑った。
「何がおかしい」と矢矧は怒りを抑えながら健聡に言った。

「いやさ。そんな脅しでここにいる人達をビビらせるとでも思ったの? 現に、さっきの女の子は『まだ生きている』し」
「何!?」

矢矧は自分がナイフを命中させた少女の方を向くと、少女はまだ生きていた。
彼は流石に驚きを隠せなかった。なぜナイフが額に刺さったのに、まだ生きていられるのだ!?
少女は額に刺さったナイフを手で押し込むと、矢矧に言った。

「この程度の攻撃で、この『つらら女の丁子似子(ちょうじ・にこ)』を殺せるとでも思ったの? そんなんじゃあ誰もビビらないわよ」

似子は両手の指先に大気中の水分を集め、鋭く尖ったつららを作る。

「殺すなら、こんな風に殺しなさい!!」

似子は両手のつらら十本を、矢矧に向けて発射した。矢矧はコートの中に隠し持っていた戦輪、飛針、手裏剣などを飛ばし、向かってくるつららを相殺した。
矢矧は似子が飛ばしたつららを相殺すると、リハビリテーションフロアにいる者達が殺気立っているのを感じた。
常に冷静であることを心がけている彼であるが、この状況は流石にまずいと感じた。
矢矧はヒュウーっと口笛を吹いた。口笛がフロアに鳴り響いたと同時に、入り口から黒い戦闘服を着た隊員達が入り込んだ。
「どうやら、伏兵がいたらしいな」と金剛坊が言った。
矢矧は隊員達に命令する。

「全員戦闘態勢を取れ! ここにいる者達を全員拘束しろ!!」

隊員達は各々の武器を出し、幽霊・妖怪達に襲いかかった。
幽霊・妖怪達も負けじと隊員達に向かっていった。


フロアが人間と怪異の戦争状態となっている中、健聡も戦おうと起き上がった。その時、金剛坊が健聡に言った。

「なあ、人間。お前はここから脱出しろ」
「な、何言ってるんだよ、おっさん。僕も戦えるって」
「何を言っている。お前は俺との戦いで疲れているだろう。ここで戦えば、間違いなくお前は死ぬ」

そう言われて健聡は数秒黙ると、「でも」と言った。

「おっさんは今首だけじゃあないか。幽霊達や妖怪達だって戦っているけど、おっさんは首だけでどうやって戦うっていうんだよ」

健聡の言葉に、金剛坊はこう答えた。

「心配するな。俺が首だけのままで戦えないとでも思っているのか? 首だけでも戦えるんだよ!」

金剛坊がそう言うと、砕け散って床に転がり落ちていた金剛坊の身体のパーツが、空中に浮かんだ。
身体のパーツが空中に浮かぶと、そのままAOT部隊の隊員達めがけて突進していった。
隊員達は金剛坊の身体のパーツが命中すると、口から血を吐いて倒れた。
金剛坊の首も、空中に浮かんでいた。
健聡はバラバラの状態で戦う金剛坊を見て、「凄い…」と呟いた。
そんな健聡の下へ、金剛坊の右掌のパーツがやってきた。

「お前はこれに乗れ。俺が病院の外まで出してやろう」
「そんな! それじゃあおっさん達が…!」
「言っただろう。ここで戦えばお前は死ぬ。それに、あんな人間に負けるほど、俺達はやわではない」

金剛坊はそう言ってほほ笑んだ。健聡は金剛坊の笑顔を見て「分かった」と言った。

「ただし、絶対に負けるんじゃあねえぞ!! あんたは僕達が畏れ、敬うべき存在なんだからな! そんな奴が負けたら、神様失格なんだからな!!」

「分かっている」と金剛坊は言うと、魅遊と灰神の名前を呼んだ。

「金剛坊様、なんなのかー?」
「何の御用で?」
「お前達二人は、俺の右掌に乗って、この人間をサポートしろ。もしかしたらフロアの外にAOT部隊の隊員がいるかも知れんからな」

金剛坊の頼みを聞いて、二人は首を縦に振ると、健聡よりも先に金剛坊の右掌に乗った。

「さあ、お前も早く乗るのだー」
「急がないと、あんたもこの戦いに巻き込まれちまうぜ」
「ああ、分かった」

そう言って健聡が乗ると、金剛坊の右掌のパーツは、三人を乗せて、フロア外へと抜けだした。

「無事に脱出しろよ、健聡」

金剛坊はフロア外に出た健聡に言うと、自分の首を暗器で撃ち落とそうとする矢矧に向かって声を上げた。

「さあ、かかってこい人間!! お前達如きの力で、この俺達を倒せると思うなよ!!」


ウォーカー、山城、陸奥の三人は、七階病棟の廊下を走っていた。後ろからは、飛鷹達八人のAOT部隊隊員が追ってきている。
山城は走りながら、ウォーカーに訊いた。

「ウォーカーさん、一つ思ったんですが、あなたのスタンドで滑走路を作って、それに乗って飛行機のようにかっ飛んでいけば、後ろから来る連中をうまく撒けるんじゃあないんですか?」
「馬鹿言えッ! もしかしたらAOT部隊の別働隊がどこかに潜んでいるかもしれないし、もし滑走路を作ったとしても、後ろから来る連中も滑走路を踏むことになるんだぞ? そうなったら逆に追いつかれることになるッ!! むやみにロード・トリッピンの能力は使えないッ!」
「じゃあ、俺のプロミス・オブ・ザ・サンでまた床に扉を作って…、ああ、それももダメか。またあいつらが扉を開けて下の階に行って、俺達を追いかけるだけか」

陸奥は「良いアイデアだと思ったんだけどなぁ…」と走りながら言った。ウォーカーは山城と陸奥に言った。

「スタンド能力は一見、スタンド使いに有利な能力だと思いがちだが、逆に相手側が有利になることもある諸刃の剣のようなもんだ。使いどころってのを考えなきゃあならないんだよ」

ウォーカーはそう言いながら、廊下の先を見つめていた。
廊下の先には、黒い戦闘服を着て、何やら黒い球を持った男がいた。間違いない。AOTの隊員だ。
「そうら。前方から敵のお出ましだ」と、ウォーカーは言った。


AOT部隊隊員「柿田伸広(かきた・のぶひろ)」は、手に持った黒い鉄球を持ちながら、自分の方へ向かってくる三人の男達を見つめていた。
間違いない。トーナメントの出場者と立会人。そして、裏切り者の陸奥だ。
こいつらはAOT部隊の名にかけて、絶対に捕まえなければならない。
柿田はそう思いながら、投球の構えを取った。

彼は学生時代、高校野球のピッチャーとして活躍していた。
彼の前に立ったバッターは、ことごとく三振。柿田は一躍高校野球のエースとして名を馳せた。
そんな彼は卒業後、警察学校へ進学し、警視庁の刑事となった。
彼は拳銃の代わりに黒い鉄球を持ち、逃走する犯人に向かって投げる。
鉄球が当たった犯人はその場に倒れ、即確保される。
彼はこのやり方で犯罪者達を捕まえてきたのだ。
今回もそのやり方で、トーナメント関係者を捕まえようとしていた。

「くらえ!! 俺の必殺魔球!!」

柿田は強い力で鉄球を投げた。
強い力で投げられた鉄球は、分身したかのように無数の残像を作り出した。
これが柿田が高校時代に多くのバッターをグラウンドに沈めた魔球「分身魔球」である。
分身した魔球は男達の目を撹乱し、やがて前方にいる外国人の頭部に命中する……はずだった。
しかし、黒い球は外国人の頭に当たらず、空中に停止した。
柿田は驚愕した。
何故だ、何故自分の必殺の魔球が突然空中に止まるのだ!?
柿田はスタンド使いではないために分からない。
外国人ことウォーカーがスタンド使いであることに。
ウォーカーのスタンドである「ロード・トリッピン」によって、球がキャッチされたことに。
ウォーカーは、廊下の先にいる柿田に向かって言った。

「こんな遅い球では、俺を捉えることは出来ないぞ」

ロード・トリッピンは投球の構えを取った。狙いは廊下の先にいる柿田だ。

「投球ってのは、こうやるんだ……よッ!!」

ロード・トリッピンが振りかぶって、球を投げ返した。
142キロの速さで投げられた球は、柿田の顔に命中した。
柿田は「げたッ!!」という断末魔の悲鳴を上げて、その場に倒れた。

「投手を気取りたいなら、松坂大輔くらいの投球でかかってくるんだな」

ウォーカーは気絶した柿田を一瞥しながら言うと、山城、陸奥と共に、階段を駆け下りた。
飛鷹達八人はウォーカー達三人を追っている途中、柿田が倒れているのを発見した。
江風は飛鷹に「おい。柿田さんが鼻血を出して倒れているぜ。どうする?」と訊いた。
飛鷹は柿田を一瞥せずに「放っておきなさい」と、冷たく答えた。

「私達はあの三人を追っているんです。捕まえるべき人間を捕まえられない馬鹿なんて、AOTにいりません」

飛鷹はそう言うと、階段を素早く駆け下りた。
江風達七人は、自分の先輩である柿谷言い放った冷たい言葉に恐怖を感じるも、今はそれどころじゃないと感じ、飛鷹の後に続いた。


三階・病棟。

健聡、魅遊、灰神の三人を乗せた金剛坊の右掌のパーツは、病院の外へと向かっていた。
右掌のパーツは三人を振り落とさず、かつ、外へ早く出られるスピードで走っていた。

「いやあ、これは乗りごこちがいいね~!」
「とっても早いのだ~!」
「このまま病院の外へ出られるかな~?」

灰神がそう言うと、健聡は廊下の先を見て「いや、AOTはそう簡単には外へと出してくれないみたいだ」と言った。


AOT部隊隊員「木座見大鳳(きざみ・たいほう)」は、自分に向かってくる物体を見て、トーナメントの出場者と、トーナメントの運営の関係者だと認識した。
大鳳は顔を紅潮させながら、トーナメントの関係者達が来るのを待っていた。

「嗚呼…、早く私の所へ来て…。早く来て…、私に切り刻まれてェ……」

大鳳はそう言いながら、妖しく光る鎖鎌を両手に持った。

そもそも、彼女は警察組織の人間ではない。彼女は元々、死刑囚だった。
彼女の罪状は大量殺人。2009年・東京都の中学校に侵入して、教師生徒を含めた男女40名を殺害した罪である。
理由は単純「自分に殺される人間の恐怖の顔が見たかったから」だった。
そのような身勝手な理由を語る彼女は恍惚の表情であったと、当時取り調べをした警官は上司にそう語ったという。
彼女にはもちろん死刑判決が下され、ただ死刑を待つばかりの日々が続いた。
そんな時である。彼女にAOT部隊配属の命令が下ったのは。
彼女は警察上層部の人間から、トーナメントの運営者及び出場者の拘束の任務を命じられた彼女は歓喜した。
相手が誰なのかは知らないが、また自分によって殺される人間の恐怖の顔が見られるのだ。
こんなにうれしいことはない。
彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、AOT部隊へと入隊した。

それにしても、なぜ警察上層部は死刑囚である彼女を、AOT部隊に入隊させたのか。
それは、「死刑執行の手間を省かせる」のが主な理由である。
死刑を執行するには色々と手続きを取らなければならないし、死刑囚を死刑にしようとすると、人権団体が何かとうるさい。
そこで上層部は、殺人犯をAOTに入隊させることにより、トーナメントの関係者に彼女を殺させようと考えた。
トーナメントの関係者に彼女が殺されれば、人権団体からも文句は言われないし、死刑執行の手間が省ける。
要するに彼女は、警察上層部の思惑に利用されてしまったのである。

そんな警察上層部の思惑に気づかないまま、彼女はかつて自分が犯した殺人の時のように、両手に持った鎖鎌を振り回した。

「あははははははははははははははッ!! さあ、私に切り刻まれる恐怖の顔を見せて頂戴ッ!!!!」

彼女が振り回す鎖鎌は、病棟の床や廊下を斬り裂いていく。
その二振りの鎖鎌が生み出す圧倒的な斬撃空間は、まさに虐殺的暴風の小宇宙。
自分に向かってくる者達は、恐怖におびえる顔を見せながら、切り刻まれて引き肉になる……彼女はそう思っていた。
が、そう思った瞬間、日本の鎖鎌はパキンと砕け散った。

「え……なんで?」

大鳳は真顔になった。
どうして突然鎖鎌が砕け散ったのか。そして、なんであの男は恐怖に怯えた顔をしていないのか。
大鳳に分かるわけがない。
男こと仰木健聡がスタンド使いであることに。
自分が振り回していた鎖鎌は、健聡のスタンド「Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!」が砕いたことに。
そして、快楽殺人犯の狂喜など、健聡は恐れないということに。

「まったく、この程度の技で僕達を仕留めようなんて、馬鹿にもほどがあるよ、あんたは」

健聡がそう言うと、Make some noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!は彼の身体からいまだに流れる血を両手全体に塗り付け、大鳳に拳の三連打をくらわせた。
大鳳の身体に三回衝撃が走ると、彼女は「えびっ!? えぶっ!? えべれすとッ!!」と悲鳴を上げて倒れ、そのまま動かなくなった。

「僕達を足止めするなら、もっと実力を付けてからすべきだったね」

健聡達は大鳳に目を向けず、下の階へ向かった。
警察上層部の思惑通り、健聡の手によって、大鳳の死刑は執行された。


ウォーカー達三人は階段を勢いよく駆け降りていた
階段を下りる途中、AOT部隊の隊員が大勢現れて行く手を阻んだが、ロード・トリッピンが全て蹴散らしていった。
襲いかかるAOT部隊隊員の中に、両腕が電気系統のスパークを発する義手となっている男がいて、三人を黒焦げにしようとしたが、ロード・トリッピンの敵ではなかった。
この調子なら病院の外へ出られる。山城と陸奥はそう思っていた。
しかし、下へと続く階段にはAOT部隊の隊員が待ち構えていた。
ウォーカーは待ち構えている隊員を見ると、上の方を見た。
上の階段には、飛鷹達八人がいて、ウォーカー達に追い付こうとしていた。
ウォーカーはチッと舌打ちをした。

「ついに追い付かれたか、まずいな……」

ウォーカーがそう呟くと、ウォーカー達に立ちはだかっている長髪の女は、両手に持った拳銃をくるくると回しながら自己紹介をした。

「AOT部隊隊員、磯風沙亜羅(いそかぜ・さあら)だ。お前達も年貢の納め時だ。大人しく拘束されるか、ここで死ぬか。どちらかを選べ」

そう言って磯風が二丁拳銃の銃口をウォーカー達に向けると、飛鷹達がついに追い付いた。
飛鷹は磯風に「ちょうどいいところで現れましたね。磯風さん、一緒にこの三人を捕まえましょう」と言った。
磯風は「言われなくてもそのつもりだ」と答えた。
前門の磯風、後門の飛鷹。まさに挟み撃ちの状態となった。この状態を突破する方法は、これしかない。
ウォーカーは山城と扶桑に小声で言った。

「二人とも、俺の方にしっかり掴まってろ」
「え? 今なんて?」
「小声で聞こえなかったんだが…」
「俺の方に掴まれって言ってるんだ」

ウォーカーがそう言うと、山城と陸奥はウォーカーの方を掴んだ。
ウォーカーは自身のスタンド、ロード・トリッピンを発現させ、階段の壁に滑走路を作らせた。
磯風は突然現れた滑走路を見て首を傾げた。

「なんだこの滑走路は? こんなもの階段に飾ってあったか?」

磯風は滑走路を触ろうとしたが、やめた。もしかしたら何かの仕掛けかもしれない。うかつに触っては危険だ。
そう思い、磯風はウォーカー達の方を再び見た。が、ウォーカー達三人は目の前にいない。
ウォーカー達は壁にある滑走路の上に立っていた。磯風は壁の滑走路に立つ三人を見て驚愕した。

「なっ!?」
「ありがとうよ。滑走路に気を取られてくれて!!」

ウォーカーがそう言った瞬間、ウォーカー達は壁の滑走路に沿って、一気に下へと向かって行った。
磯風は舌打ちをした。
もし自分が滑走路に目を奪われていなければ、あの三人を下へ行かせることはなかった。
あの滑走路に、気を取られていなかったら!!

「ええい、何たる失態であることかッ!!」

磯風は下へ向かうウォーカー達に両手に持った拳銃を向けて発砲するが、全て外した。
勢い良く滑走路を滑る三人に命中させることは、不可能であった。
飛鷹は磯風に声を上げて言った。

「磯風さん、私達もこの滑走路であの三人を追いましょう!!」
「ああ、分かった!!」

飛鷹達は磯風と共に壁の滑走路に立つと、滑走路の上を勢い良く滑った。

「あなた達は絶対に逃がしませんよッ!!」

飛鷹は下にいるウォーカー達に向けて言った。


健聡達は病棟の一階に辿り着いた。
一階にはまだ気絶しているラフレシアの異形・嬉戸聡子と、AOT部隊の隊員らしき長身の男がいた。
男は大型の盾が付属した籠手を両手に付けていた。

「どうやらお前が最後の砦ってわけだな」

健聡がそう言うと、男は自分の名を名乗った。

「AOT部隊隊員、赤城防人(あかぎ・さきもり)…。ここ、通さない…」

赤城は拳を構え、戦闘態勢に入る。
その拳の構えは、まるで固く閉ざされた門のようだ。
赤城の身長と、両籠手に付いた大型の盾で、余計にそう感じさせる。
魅遊と灰神は赤城を見て、体が震えた。

「ぶ、ブキミなのだ……」
「こんなやつに勝てるのか……?」

二人がそう言うと、健聡は「な~に、大丈夫だって」と笑顔で言った。

「俺は金剛坊のおっさんと、あの鎖鎌女を倒したんだぜ。あんな盾野郎もぶっ倒してやるよ」

健聡は金剛坊の右掌のパーツから下りると、自身のスタンドを発現させた。

「さて、最後の戦いといくか」

健聡がそう言ったその時、階段から何かが飛んできた。
その何かは赤城のいる方に飛んでいくと、そのまま赤城の両籠手の盾にぶつかり、床に倒れた。

「いててて…、15回トーナメントの決勝以来だな、これは……」
「ウォーカーさん、15回トーナメントの決勝戦で何があったんですか?」
「ジェットコースターよりも迫力あるぜ……」

階段から飛んできた何かは、ウォーカー、山城、陸奥の三人だった。
健聡は「おお、ウォーカーのおっさん」と言い、魅遊と灰神は「あ、三階の外国人!」と同時に反応した。
ウォーカーは健聡、魅遊、灰神の顔を見て「おお、お前ら無事だったのか!」と言った。

「当たり前だろ、おっさん」
「私達があんな攻撃で死ぬわけがないのだー」
「妖怪は死なないからな」

魅遊と灰神がウォーカーに言うと、健聡は山城と陸奥を見て「その二人は今回の試合の本当の立会人?」と訊いた。

「ああ、片方が本来の立会人で、もう片方がAOTの裏切り者だ」

ウォーカーが健聡に言うと、陸奥は健聡に「陸奥開閉だ」と自己紹介をすると、「俺の上司や同僚が試合の邪魔をして申し訳なかった」と頭を下げて謝った。

「いやいや、いいって。こういうアクシデントも面白くてよかったからさ」

健聡が陸奥に笑いながら言った瞬間、階段からまた何かが飛んできた。


その何かはウォーカー達と違い、ちゃんと床に着地した。
飛んできた何かは、飛鷹達九人のAOT部隊隊員だった。
飛鷹は赤城を見て、「赤城さん、食い止めてくれましたか」と言った。

「俺…、トーナメントの関係者、食い止めた…」

そう言う赤城に飛鷹は「ありがとうございます」と礼を言うと、ウォーカー達と健聡達に目を向けた。

「さあ、もう逃げ場はありませんよ。大人しく拘束されなさい!」

飛鷹は刀の切っ先をウォーカー達に向けた。磯風達も戦闘態勢を取る。
赤城も一歩一歩と、ウォーカー達に近づいてくる。
ウォーカーと健聡は、ここは意地でも突破しようと思い、自分達のスタンドを発動させた。
と、その時、どこからともなく、異形の幽霊や妖怪達が現れた。
幽霊と妖怪達は口々に言う。

「俺達を楽しまれてくれた二人を捕まえるなんてことはさせない!!」
「二人は俺達が責任を持って脱出させる!!」
「覚悟しろよてめえら!!」

突然現れた異形の怪物達に、飛鷹、磯風、赤城以外の隊員達は動揺した。
隊員の一人、「能代能次(のしろ・のうじ)」が声を上げる。

「ど、どこから現れた、てめえら!!」

能代は手に持ったトマホークを幽霊の一人に投げつけた。が、そのトマホークは幽霊達に受け止められた。
能代に続き、「鈴谷五十鈴(すずや・いすず)」「若葉景子(わかば・けいこ)」も手裏剣を飛ばす。
しかし、それも幽霊達に受け止められる。

「飛び道具がダメなら、接近戦で勝負だ!」と、「巻雲旋風(まきぐも・つむじ)」はドリルランスで妖怪達を貫こうとするが、その槍先は金剛坊の右掌のパーツで防がれた。


「そ、そんな馬鹿な…」
「飛び道具も接近戦も通じない…」
「こいつらは一体…」
「何者なんだ…?」

四人が戦意喪失し、江風達三人も勝ち目がないと悟った。飛鷹と磯風は「ひるむな!」と七人を一喝する。

「諦めてはいけません!! ここで諦めたら、トーナメントの関係者を捕まえることができませんよ!」
「我々が諦めたら、誰がトーナメントを阻止するというのだ!!」

二人はそう言うが、飛鷹・磯風の二人と七人には、使命感と一般的思考という、決定的な考え方の違いがあった。
二人の言葉は、戦意を喪失した七人には届かなかった。
長月が涙を流しながら声を上げた。

「もういや! ドラマを見るのを我慢して任務に参加したのに、トーナメントの参加者がこんな化け物みたいな連中だったなんて! もううんざり、私は帰る!!」

長月は銃を捨てて外へ逃げようと玄関へ向かった。他の五人も長月の後に続いて、玄関へ向かう。
「待って!! 逃げないで!!」と飛鷹は長月達を止めようとするが、江風は飛鷹に冷たい目線を向けて、こう言った。

「悪いが、飛鷹。俺達はお前みたいに使命感を持って、AOTに入ったわけじゃあねえんだよ。普通に仕事して、普通に家に帰って、普通に寝る。俺達はそんな生活を一番大事にしてるんだ。トーナメントを阻止したければ、あんたら二人と伊良湖さん達で勝手にやってくれ」

江風はそう言って、玄関へ向かった。
一階にいるAOT部隊は、飛鷹、磯風、赤城の三人だけになった。


ウォーカーは突然の事態に唖然としている。

「なんだなんだ、ここにきて仲間割れか?」
「どうやらAOTも一枚岩じゃあなかったってことだね」

健聡がそう言うと、赤城は「黙れ!!」と怒鳴った。

「例え一人になっても、ここは通さない……!!」

赤城はウォーカー達に近づいて来るが、健聡はフンと鼻で笑った。

「そんな盾で防御したとでも思ってるのか? 僕を舐めるなよ」

健聡は自分の唾を赤城の両籠手に吐きかけた。瞬間、赤城の両籠手に衝撃が入り、両籠手は木っ端微塵に砕けた。

「ああ、籠手が!!」

赤城が動揺しているのを、ウォーカーは見逃さなかった。
ロード・トリッピンは赤城に拳の雨をくらわした。

『ローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーード・トリッピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!』

赤城は涙を流しながら、仰向けに倒れた。
飛鷹と磯風は赤城の名を呼ぶが、彼は立ち上がらなかった。

「そ、そんな、まさか赤城さんまで……」
「……だが、我々はまだ負けてはいない!!」

磯風は自分を鼓舞するようにそう言ったが、ウォーカーと健聡、山城と陸奥は、もうすでに玄関の方へ向かっていた。
飛鷹は「待ちなさい!」と叫ぶが、ウォーカーは飛鷹の方を向いて言った。

「お嬢ちゃん。あんたがなんでトーナメントを必死になって阻止しようとしてるのか俺には分からない。だが、これだけは言える」

ウォーカーはため息をついて言った。

「もうあんた等は負けたんだ」

ウォーカーはそう言うと、三人と共に玄関を出た。
飛鷹は二人を追いかけようとしたが、魅遊、灰神、そして、目を覚ました嬉戸が立ちはだかる。

「ここから先は通さないのだー!」
「あんたらはこれから、俺達と遊ぶんだからな」
「覚悟しいや~!」

飛鷹は思いきって歯を食いしばりながら泣き、磯風は「おのれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」と叫んだ。


四人は病院の外へと出た。
外には未だに気絶している十例縁杏がいるだけで、先に外に出たAOT部隊の隊員七名はいない。
おそらく、さっさと自分の家に帰ったのだろう。
それにしても、あの杏という少女は、まだ気を失っているのか。そろそろ目覚めてもいいと思うんだが。
ウォーカーはそう思いながら、山城に訊いた。

「なあ、今回の試合の勝者は、俺でいいんだよな」
「はい。今回の試合は八百万の神々に乗っ取られたとはいえ、試合は試合なので。今回の勝者はウォーカーさんで間違いありません」
「そうか……」

ウォーカーはそう言うと、今回の試合のことを思い出した。
幽霊・妖怪・八百万の神。
この試合でウォーカーは、多くのオカルトや心霊的存在と会った。
このことを妻と子供達に言っても、信じてはくれないだろう。
ウォーカーがそう思って苦笑していると、健聡が「あ~あ」と声を上げた。

「やっぱり僕の負けか~。ところで、トーナメントを阻止しようとしていたAOTだけど、最後は仲間割れを起こしちゃったよね。金剛坊のおっさん達と幽霊や妖怪達は、残りの隊員達と戦っているけど、AOTはどうなっちゃうんだろ?」

この健聡の問いには、陸奥が答えた。

「さあな。江風達は逃亡しちまったからな。飛鷹や伊良湖さん達がいくら強いからと言っても、神様や幽霊や妖怪達に敵うわけがないしな~」

陸奥がそう言うと、八階のガラス窓を破って、何者かが落下してきた。四人は落下した人物に近寄った。八階から落ちた人物は、葛城義家だった。
葛城は道路に落ちた衝撃のためか、頭部からは血が流れていた。四人は院長室にやって来た別働隊及び院内にいたAOT隊員は、間違いなく全滅したと悟った。
「これでAOTはお終いですね」と山城が言うと、「いや、まだ分からないぞ」と陸奥は山城の言葉を否定した。

「警視庁は絶対にトーナメントを阻止するために、次の部隊を編成するはずだ。そうなった場合、新しいAOT部隊が、決勝で邪魔しに来るかもしれないぜ」
「そうですか……。では、運営に一応報告しなければなりませんね」

山城がそう言うと、ウォーカーは「八百万の神々に試合を乗っ取られたこともか?」と言ってきた。
山城は複雑な表情をしながら「…それも報告します」と言った。

「あ~あ。それにしても、僕は敗退か。まあしょうがないけどね」

健聡はそう言って背伸びをすると、ウォーカーは彼に訊いた。

「お前はこれからどうするんだ?」
「もちろん、家に帰って、病院に行く準備をするよ。あちこち怪我したからね」
「病院って、新しい赤星総合病院にか」
「もちろん!」

健聡は笑いながら答えると、真面目な顔でウォーカーに言った。

「決勝戦、絶対に優勝しなよ」

健聡の言葉にウォーカーは「…もちろんだ」と答えた。


早朝6時半。

生き残ったAOTの隊員達は、病院の外にいた。
飛鷹、磯風、叢雲、伊良湖の四人は目を覚ますと、葛城が頭から血を流して死んでいるのを発見した。
飛鷹は葛城の死体を見て、自分達はトーナメントの関係者達を逮捕することができなかったと痛感した。
叢雲は葛城の死体にすがりついて泣いた。
無理も無いと三人は思った。
叢雲と葛城は腹違いの兄妹という関係だった。
葛城が自分の兄と知って、叢雲は喜んだ。
今回の任務に葛城が参加すると聞いて、叢雲は葛城にいいところを見せようと張り切っていた。
だが、その兄である葛城は死んでしまった。
叢雲は大声で泣いた。
磯風と伊良湖は、ギリッと歯を食いしばった。

「我々の同胞を大勢殺したトーナメントの関係者達……、絶対に許さない……!!」
「ああ、今度の決勝戦で、絶対に全員とっ捕まえてやる!!」

伊良湖は「そうだろ、飛鷹!!」と声をかけた。
飛鷹は虚ろな目をしながら「当たり前ですよ」と答えた。

「私達は絶対に非合法のトーナメントを行っているトーナメント関係者を全員捕まえて鑑別所に全員ぶちこんで一生日の目を見れなくしてやるいやむしろ全員ぶっ殺して晒し首にしてやるついでに裏切り者の陸奥と敵前逃亡をしたあいつらも切り刻んで肉の塊にしてやる絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対……」

刀を握る飛鷹の手は震えていた。
磯風と伊良湖はそんな飛鷹を見て、恐怖を覚えた。だが、そうなるのも仕方ないと思った。
飛鷹も一年前の殺傷事件で大切な人を奪われ、左目を失った。
彼女は大切な人を奪ったトーナメントの関係者を全員捕まえるために、AOTに志願した。
そして、今回の任務に参加したが、結果はご覧の有様だ。
AOT部隊の隊員はそのほとんどが死亡。生き残ったのも自分達や矢矧、柿田などを含めた十名しかいない。
飛鷹は任務の失敗という後悔と無念と、叢雲というもう一人の自分を生み出してしまったという責任感で、負の感情が溜まっている。
磯風と伊良湖は、飛鷹が「目的のためならなんでも行う修羅になった」と、直感で悟った。

「私は諦めない!! 絶対にお前達を追い詰めて、滅ぼしてやるぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

飛鷹は早朝の廃病院の外で、張り裂けるような大声を上げた。


張り裂けるような大声を上げる飛鷹を、七柱の神々は屋上で見ていた。
神々は屋上で話し合っている。

「やれやれ。まだトーナメントを阻止しようとしているのか、あいつは」
「どうします? 決勝戦に進出したウォーカーさんのためにも、あの者達を抹殺しましょうか?」
「むしろ、抹殺しておいた方が禍根も綺麗さっぱり無くなっていいと思いますけどね」
「俺は抹殺しなくても良いと思う。あんな連中にトーナメントの関係者達が負けるとは思えん」
「ヒャハハハ!! 同感だな!!」
「果たして決勝戦はどうなることかの……」
「とにかく、なごみの真座利にも言っておくとするかな」

他の六柱の神々の言葉を聞きながら、長門はフッと微笑んだ。

「さて。トーナメント決勝戦は、一体どうなるかな」


長く続いたトーナメントに、終わりが近づいている。

★★★ 勝者 ★★★

No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする








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最終更新:2022年04月17日 16:57