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目が覚めたのはガランとした部屋のベッドの上。

(……ここは……)


「ン?気づきましたか?」

突然頭の上から声を掛けられる。
医師なのだろうか、白衣を纏い、白髪・白ヒゲを蓄えた大柄な白人男性が硝子の顔をのぞき込んでいた。
壮年にも見える顔立ちに反して、甲高い声。

「アー、新房サン!決勝進出オメデトウございます!」

「あ……私の、勝ち……ですか?……そっか……」

と、言いかけて戦いの結末を思い出す。

(……そっか……また、相手の人を……)

頬に触れる空気が冷たくなる。
全身の毛穴がぎゅっと閉まる感覚がする。
胃液が逆流しかけてるのが解る。


「アー……でね、申し訳ないんだけどね」

硝子の様子はお構いなしに、その男は妙な日本語で話しかける。

「アナタの腕、ね。すぐ生やす事も出来る人もいるんだけどね」

(あ……!)


そうだった。
自分はさっきの戦いで左腕を切断されていたのだ。
また心拍数が跳ね上がる。

(……って……『生やすことが出来る』?)

「一応ホラ、決勝終わるまではね、手足増やしたりダメ。ルールでね」
「ア、傷を塞いだり、ね。応急処置はしたよ。痛くないでしょ?」
「でも、ね、失ったパーツを増やすのはダメ。ルールでね。ゴメンね」


恐る恐る左腕に目をやると、軽い金属で出来た義手が嵌められている。
右手の指で軽く弾いてみると、空き缶そのものの音がした。

「だから、ね。それフェィク。ちょっとまってね……」

男は包帯のようなものを取り出し、その義手にぐるぐると巻き始める。

「おうち帰って片腕だったら周りの人驚くでしょ?骨折したって言ってねフフッ」

「……はあ……」


「よっと……これでヨシ!」

三角巾を硝子の首にかけ、腕を固定する。
少なくとも見た目には、骨折した腕をギプスで固めて吊っている、という風になった。

「だから、決勝終わるまでそれで我慢。終わってアナタが生きてたら『原状回復』ね?トーナメント出る前の状態にするよ」

「終わって『生きてたら』……って……」

1回戦・2回戦の対戦相手の末期を思い出して思わず呟く。


「ア、心配?生きて終われるか心配?だったら棄権するのもいいよ」
「そしたらアナタのトーナメントそれで終わり。準優勝。すぐ『原状回復』で帰れるよ?どうする?」

「あ……」

棄権する ― すっかり忘れていたが、そんな選択肢もある。

(……どうしよう……)

自分は『弱い』から、日々の生活、そして『生きること』に不自由さを感じるのだと思っていた。

だから、漠然と『強くなりたい』と思った。
強くなれば、もっと自由に『生きられる』はず、と思った。

その漠然とした思いでトーナメントに参加し、ついに決勝まで勝ち抜いた。

が、自分と戦った相手は2人とも生命を失い、自分も片腕を失った。


『生きるために強く』なりたかったのに ―


(……そう思って、トーナメントに参加した結果がこれかあ……)
(決勝で負けたら私もあの人たちみたいに……勝てたとしても、これじゃ……)


そんな硝子の逡巡にズケズケと踏み込むが如く、ヒゲの白人男は尋ねる。

「アー……迷ってる?棄権するか」
「イイヨ。決勝の日、ボク迎えにいくから。その時までに決めてね。今日はもう帰るといいよ」
「アー、でも、試合始まってダメそうだったら、スグ降参!でも大丈夫だよフフッ」


「かぜのなかのつーがるぅー♪すなのなかのリンダー♪」

高級そうなホテルの一室、浴室から少女のご機嫌な歌声が聞こえていた。

昔何かで、泡で一杯のジャグジーに浸かる女優の写真を見たことがある。
自分のスタンドとちょっと似てるなあ、と思いつつ『なんかすてき!』とは思った。
『すてき』とは感じても、自分とは縁のない世界のことであることもなんとなく理解していた。

今、自分はあの時の女優の様に泡だらけの浴槽から足を出してバタつかせ、鼻歌を歌いながら入浴を楽しんでる。

「うふふー♪」

『たちあいにん』さんのおかげで、おいしいご飯もお腹いっぱい食べられるし
あたらしい服もいろいろ買ってもらえたし
いつか見た女優さんみたいにあわあわのお風呂に入ることもできたし
今日も大きくてふわふわのお姫さまみたいなベッドで眠ることが出来る

(んー……『トーナメント』とかいうの、出してもらえてよかったなー)

と、

「……あ!ねーねー!『たちあいにん』さーん!」

なにかを思いついたのか、ガブリエラは、部屋の方へと顔を向け大声で叫ぶ。

ややあって、ごそごそと人の近づく気配がし、浴室の扉が少し開く。

「なんですか、寿さん?……って、これはさすがにバスソープ入れすぎなんじゃ……」

「そうかな~?このくらいあわあわのほうがかわいいですよーうふふー♪」


ふーーーーーっと、泡を吹いて撒き散らすガブリエラ。


「で、なにか私に用事があったのでは?」

顔にまとわりつこうとする泡の飛沫を払いながら、表情を変えずに男は言う。


「あ、えーっと……なんだっけ?……えへへ」

呼びつけた用事を忘れてしまったのだろうか。
恥ずかしそうに目を伏せるガブリエラの表情を見て、男が目を細める。

「えーっと……えーと……あ!そうだ!ねえねえ『たちあいにん』さん!」

「なんでしょう」

「トーナメント、つぎ勝ったら、わたし優勝だよね?」

「そうですね」

「優勝したら、わたし、お金もらえるんですかあ?」


「んー……何らかの報酬が与えられるという噂は聞いていますが、その具体的内容までは立会人の私は聞かされておりません」

「……ん?」


キョトン、と小首を傾げるガブリエラ。


「あ、何か貰えるとは思いますが、それがお金かどうかはわからない、ですね」

「そっかー……お金ならいいのになー」

「おや?お金が欲しいんですか?お小遣いなら今日もあげたじゃないですか」


「ち~が~う~よお!」

『むーっ』っと口を尖らせる。


「『たちあいにん』さん、いつもわたしに服買ってくれたり、ごちそう食べさせたりしてくれるからー……」

「ん?」

「だからあ、お金もらえたらー……こんどはわたしが『たちあいにん』さんにごちそうしてあげようかなーって……えへへ」

泡だらけの顔でモジモジと言う。
そんな少女を見て、思わず頬を緩めてしまう男。

「!……ええ……期待してますよ、寿さん」

「たべたいもの、考えておいてくださいね~。うふふー」

と、言って泡遊びに戻った少女を見て、男は浴室の扉を閉める。

努めて冷静な歩調で部屋へと戻り、ソファに身を預けた。


(悪くない……実に悪くない……)


決勝の日。

最後の授業が終了し、チャイムが鳴る。

(いよいよ今日……)


ギプスで固定された腕を見た母親は卒倒しかけたし、友人にも『また転んだの?それとも倒れたの?』と心配された。
しかしどちらも『放課後、帰ろうとした時に転んでしまい、手のつきどころが悪くて』という説明で納得はしてくれたようだ。

普段からよく転んだり倒れたりするのが、意外な所で功を奏したとも言える。


(左手が使えない不便な生活も、もうすぐ終わりかあ……)
(最後の試合がどういう結果になるかは解らないけど……もうすぐ『終わり』……)


『決勝戦、何があろうと決着まで戦う』

それが硝子の出した結論である。

(私には、最後まで『自分の戦い』を見届ける義務がある)
(そしてそれが、この戦いに『自分の意思』で参加した事への、そして1回戦・2回戦の対戦相手に対する責任)


「ガラスちーん!今日……っていうか最近、なんか顔怖いよ?なんかあったの?」

校門の前で、唇を噛み締めながら帰宅しようとする硝子の背中に友人が声を掛ける。

「え……な、なにも無いよ!」
「ふーん……ま、いいけどさ!気をつけなよ!あんまり考えこんでると、まーた転んで今度は右手折るよ~!」
「あはは……うん、ありがとう。気をつけるよ」

硝子はぎこちない笑顔を友人へと返そうとする。
と、友人の視線が別の方向で固まってる事に気づく。

「……ねー……なにあれ……すごい車……」
「えっ?」

友人の視線の先をたどると、そこには映画でしか見たことのないような、黒塗りのクラッシックな高級車が停まっていた。
ボンネットの端、ラジエーターの上には銀色に輝く翼を持った女神のマスコット ― 『スピリット・オブ・エクスタシー』。
年代物のロールス・ロイスである。

「なにあれ?テレビの撮影?超お金持ち?なんだろ?なんだろ?」

と、友人がキョロキョロし始めると同時に運転席の窓が開く。


「アー!新房サン!待ってたよ!ね、ボク、迎えにきたよ!今日試合ね!」


(う、うわあ……『あの人』!)

運転席から満面の笑みで手を振るのは、2回戦の後、硝子が寝かされていた部屋にいた白髪・白ヒゲの白人男性。


「ええええええええ!?知り合い!?って、試合?何?」

友人は目を白黒させて男と硝子を交互に見ている。

「あー……え、えーと……知り合い、というか、なんというか……」


友人にどう説明したものか困る硝子にお構いなく、男は運転席から降り、後部座席の扉を開く。
扉に手を添えたまま、そしてもう片手は広げて車内に招き入れるように。

「ア、で、新房サン!決めた?乗る?」


『乗る?』という問いの意味は硝子にもすぐ解った。


(私は……『自分の戦い』を最後まで見届ける!)

硝子は一旦目を閉じ、頷き、目を開くと、良く通る声で答えた。

「……はい!」


男はそれを聞くとニッコリと笑い、そして恭しく頭を下げ、車に乗り込むように促す。


「え?えええええええーーーー!?ガ、ガラスちん???」

「あ、えと……いつかちゃんと説明するから」

後部座席に腰を下ろしながら、あたふたとする友人に答える。
男がパタンと扉を閉める。

「だから、この事内緒にしててね、お願い!」

「う、うん……って、なんなの!?大丈夫なの!?」

「うん……私は大丈夫だから」

自分に言い聞かせるように、そう答える。


「ね、そろそろいくよ!いい?」

運転席に乗り込んだ男が振り向いて硝子に尋ねる。

「あ、はい!お願いします……みんなには内緒ね!絶対だよ!」


やがて上品な排気音が響き、車は走り出す。
後には呆然とする友人がぽつん。

(ガラスちん……一体……)
(はっ……!も、もしかして!)
(あの骨折も!そうだったのかぁぁ~~~~!)

……何か思い当たったようである。


翌日から学校は

『新房さんは東京ドームの地下にある秘密の闘技場で行われる裏格闘試合のチャンピオン』
『父親は地上最強生物』
『こないだ左腕をへし折られながらも勝利した相手は、腹違いの兄』

……という噂でもちきりとなるのだが、それはまた別の話。
いつかまた、別の時に話すことにしよう。


薄暮の首都高湾岸線を走る高級車。
車窓からぼーっとレインボーブリッジを眺める硝子。

バックミラー越しに男が話しかけてきた。

「試合は3時からね!それまで控え室でゆっくりするといいよ。ア、食事も欲しいもの用意するよ。何食べる?」

「3時……って午前3時ですか?」

「そうだよ。ね、だから仮眠とったりしてね。いいベッドあるよ。みんな眠い時間に試合開始でゴメンね」

「いえ……開始時刻がそんな時間なのに、迎えに来るの随分早いなって」

「ア、うん。ちょっと良くない話があるらしくて、ね。ボク、新房サンの護衛みたいなものだよ」

「私に……護衛?……良くない話ってなんですか?」

「ア、大丈夫。念のため、ってやつ、ね。気にしないでフフッ」

「はあ……」

「大丈夫!ボクも、ボク以外の運営の人も試合まで気をつけてるから」
「ボクも、ね、何かあったら新房サンを守るよ!」
「でも、ボクより新房サンのほうが強いけどフフッ」


何かトラブルがあったのだろうか?
不安がよぎる。

(……でも、何があっても、何が起こっても……自分が歩くと決めた『道』の上にあること……受け止めてみせる)

座り心地の良い座席に体重を預け、目を閉じる。
硝子は再び己の決意を確認するように、吊られた左腕の義手をぎゅっと握った。


「うふふー!たっのしいなー♪」

スキップしそうな勢いで浮かれているガブリエラ。
いや、実際時折歩行がスキップになっている。

朝一で入園してから太陽がまさに没しようとする今現在まで、ずっとこの調子である。

東京ネズミィランド ―
ここに来るのも彼女にとっては『夢』だった。


「寿さん、お楽しみのところ申し訳ありませんが、そろそろホテルに戻りましょう」

手を振るミギーマウスの着ぐるみ目掛けて駆け出そうとするガブリエラに、男が声を掛ける。
彼女に『たちあいにん』さんと呼ばれているその男は、朝からその『夢』に付き合って一緒に園内を歩き回っていた。

「ええええええーーーーーーーー!なんでえ!?」

「午前3時から試合です。もう戻って食事や仮眠をしておかないと」

「え~~~~!8時からパレードだよ!それ見るまでわたし、帰らないもん!」

ぷーっと唇を尖らせる。


「んー……試合が終わったら……なんだったら明日にでも、いえ、明日も明後日もその次の日も……」

彼女を諭すように、ほほ笑みながら語りかける。

「何日でも、寿さんの来たいだけずーっとここに連れてきてあげますから。ね?」


「ほんと!?何日でも!?」

キラキラとした目で男を見上げるガブリエラ。


「私が嘘をついたことありますか?約束します。だから今日は戻りましょう」

「えへへー♪わかりました~!やっくそくー!」

くるりと一回転して笑い、男の腕にぎゅっとかじりつくガブリエラ。
そんな彼女を見て男は表情を崩す……と、急に真顔に戻り視線を上に動かす。

「と……帰る前に、一箇所だけ寄り道をしますよ」

「ん?よりみち?」

「ええ、あそこに寄って……少し見てから帰りましょう」

男の視線の先には、暮れかけた空へとそびえるネズミィランドのランドマーク・ツンデレラ城。
目は、その最上部の尖塔へと注がれていた。


真っ暗の部屋の中で、目覚まし替わりに掛けておいた携帯のアラームが鳴る。

(あ……時間かあ……)

右腕を伸ばしてアラームを止め、画面を見る。
『AM2:00』

結局、眠ることは出来なかった。

(最後の試合……頑張らなきゃ……よし!)

体をベッドから起こして、両手で頬を軽く叩いて気合を入れようとする。
しかし、ピシャリという音は右頬からしかしなかった。

(っと……左手動かなかったんだ)

思わず苦笑する。



その時、ドアがノックされた。

「あ、はい!……どうぞ」

「新房サン!試合開始1時間前よ!……っと」

ドアを開け、部屋が真っ暗なことに気づいた白髪・白ヒゲの男はそのまま手を伸ばして電気のスイッチを入れる。

LEDライトの眩しい光に、硝子は目を細めた。


「どう?試合、戦えそう?」

「はい……大丈夫です。私は逃げませんから」

枕元のメガネを拾い、それを掛けながらしっかりとした調子で答えた。


「良かった!こっちも色々大丈夫そうよ!もう心配ないよフフッ」
「ア、じゃ、準備出来たら下に降りてきて、ね!ボク、車出してくるから!」


(時間だな……)

キャビネット上のランプが点けられ、柔らかい光がベッドの枕元を照らす。

男は自分の腕に巻き付いて眠っている少女の金髪を撫でながら語りかける。

「寿さん、寿さん」

「……んんー……」

「寿さん、起きて下さい」

「……んー……?」

ガブリエラが薄目を開けた。


「……ん~……なんですかあ?……まだ暗いよお……」

「もうすぐ試合の時間です。そろそろ起きないと」

「……ん~~?しあい~?……でももう食べられないよお……」

どうやら寝ぼけているようだ。
そしてまた、目を閉じてすうすうと寝息を立てはじめる。

(やれやれ……)

自分だって、いつまでもこの少女の体温を感じながら、愛らしい寝顔を見ていたいのだがそうもいかない。


「ん~……寿さん!」

肩を揺する。


「ふあっ!……ん~?……ん?なんですかあ?」

ガブリエラはびっくりした顔で跳ね起きて、目をぱちくりさせている。


「お休みのところ申し訳ありませんが、まもなく試合です。準備して向かいましょう」

「しあい?……なんだっけ……えーと……あ!『トーナメント』!」

「ええ、この試合が終わればいくらでも寝られますよ。少しの我慢です」


ぴょん!とベッドから飛び出すガブリエラ。

「寝ないですよー!しあい終わったらまた朝からミギ―マウスと遊ぶの~うふふー♪」


「ここは……!」

深夜の東京ネズミィランド。
まさか1回戦で戦ったこの場所に、また決勝で来ることになるとは思わなかった。
1回戦と同じく、誰もいない園内に煌々と明かりだけが灯っている。


「ア、1回戦もここだったんだよね?聞いてるよ」
「……」

1回戦の戦いが嫌でも思い出される。
そして、その結末も。

(くっ……)

ぎゅっと右拳を握りしめ、男について歩く。
男が立ち止まった。

「ア、到着だよ!僕はここまで!」

着いた先には夜空にそびえるライトアップされたツンデレラ城 ― 上階へと向かう階段の前。

「この階段を登ればいいんですか?」

「そう!最後までついてたいけど、ボク『立会人』じゃなくて臨時の世話役だから、ね、戦いを見ることは許されてないの」
「新房サン、大丈夫!アナタ勝てるよ!ア、もう会うことはないけど、ボク応援してるから、ね!」

笑顔でそう言うと、白髪・白ヒゲの男は、ぐっと親指を立てて見せた。

「あ……ありがとうございます!」

考えるより先に、つい深々と頭を下げる硝子。
顔を上げた時には、彼はもうそこにはいなかった。

「あ……」

周囲を見回し、そしてすぐ全てを了解したかのように『ふううう』と息を吐いて目を閉じる。

(……よし!)

心のなかで頷き、そしてはっきりと目を開き、硝子は最上階の尖塔へと通じる階段を、一歩、踏みしめた。


「わああ……きれいですー……夕方、下で見たときとぜんぜんちがうー」

尖塔最上部の突き出た広いテラス。
ツタの巻き付いた手すりに両手をついて、ネズミィランドの夜景に見惚れるガブリエラ。
各所アトラクションは営業中と同様に煌めき、城下の池にはライトアップされたツンデレラ城がその美しい姿を映している。

「昼も楽しいけど、夜もきれいですね~うふふ~♪」
「あ!パレード!……もう終わっちゃいましたか~?」

「ええ、パレードは6時間ほど前に終わってますし、そもそも4時間前にここは閉園してますからね」

身を乗り出すように夜景にかじりつくガブリエラを眺めていた『たちあいにん』さんが答える。


「むー……明日……あ、今日の夜?も、パレードあるのかなあ……」

「ありますよ、きっと……ん?」


テラスに通じる階段。そこをコツコツと登ってくる足音。
だんだん近づいてくる。


「いらっしゃいましたね……」

男は呟いて時計を見る。

『AM2:59』


足音が立ち止まる。
大仰なデザインの金属製ノブがガチャリと鳴る。
木製の扉がギィと重そうな音を立てて開く。

50mもあるこのツンデレラ城の最上階まで階段で登るのは、体力のない彼女にとってなかなかの運動だったのだろう。
息を少し荒くして、メガネを掛け、左腕を白巾で吊った少女が顔を出した。


「ようこそ新房さん。時間ぴったりですね」

「あ……」

硝子が扉を開けると、夜空を背景にダークスーツの男が立っていた。


「あなたが『対戦相手』……ですか?」

「いえ、私はこの試合を担当させて頂いております『立会人』です。あなたの『対戦相手』はあちらに……寿さん?」

『立会人』が振り向くと、相変わらずガブリエラは夜景に夢中だった。


「終わったらー最初にあそこいくでしょービックリサンダーマウンテン!で、次はー……どこにしようかな~うふふー♪」

「……寿さん?」

「……ん~?なんですかぁ?」

顔は夜景に向けたまま、ようやく返事をするガブリエラ。


「『対戦相手』がいらっしゃいましたよ」

「……たいせん?…………あ!」

テラスの手すりから手を離し、ぴょこんと飛び降り、ちょこちょこと男と硝子の方に歩いてくる。
男からすこし下がった位置で立ち止まり、硝子の方に軽く会釈をしてモジモジと口を開く。

「えーとー……わたしの名前はーコトブキですよー。あとガブリエラです、他にもー……なんだっけ?えへへ」

「!?……新房……硝子です。よろしくおねがいします」


いかにも恥ずかしそうに、上目遣いでチラチラと自分をみるガブリエラに戸惑いがこみ上げる。

(こんな女の子が……決勝の『対戦相手』……?)

正直、自分が参加者で最年少だと思っていた。
1回戦、2回戦の相手も中年といっていい年齢の……そしていかにも猛者といった風貌の男性だった。
決勝の相手がこんなに幼い少女だとは。


『立会人』が口を開く。

「このようなお城のテラスにハンサムな王子様と美しいお姫様の絵もいいですが……」
「可愛らしいお姫様2人というのも悪くないものですね……いや失礼」

軽く咳払いをして言葉を続ける。

「開始時刻は過ぎております。それでは『試合』を始めて下さい。お二人の健闘を祈っておりますよ」


そう言って、硝子が登ってきた階段の入り口へと消える。
扉が閉まる瞬間、ちらりとガブリエラの方に目をやって。


「えーとお……じゃーあ、はじめますよ~」

ふわりとガブリエラが戦闘開始を宣言する。


「『フェイ』……『フェイ』……なんだっけ?……えへへ……『フェイなんとか』!」

雲を思わせる姿の『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』が、ガブリエラを取り巻くようにジワリと発現する。


(!……これがあの子のスタンド……不定形なのかな?)

見たことのないタイプのスタンドヴィジョンに戸惑いながらも、硝子もスタンドを発現させる。

「『クリスタル・ピース』!」

人型で現れた『クリスタル・ピース』は照明光を反射して、暗闇の中キラキラと輝いていた……と、


「うわぁ……キラキラだぁ……」

硝子そっちのけで、目を丸くして『クリスタル・ピース』に見惚れるガブリエラ。

「……きれいなスタンドだな~……‥いいな~……」

(!?……この子は……戦う気があるの?)


おかしい。

自分は武道の達人でもなければ、戦いにも全くの素人だとは思う。
それでも、1回戦・2回戦の相手と向かい合った時には『隙を見せれば殺される』という殺気のようなものを確かに感じた。

おかしい。


(この子には……殺気がない)

2度の戦いで鍛えられたのか、あるいは人間の持つ本能か。
硝子の感覚は、ガブリエラが戦いそっちのけで、【心の底から『きれいなもの』に見とれている】ことを感じとっていた。

(一体……)

探りを入れる意味でも先制を掛けたいが、ガブリエラの周囲に展開する不定形スタンドの能力が解らない以上迂闊に動けない。

硝子が戸惑っていると、


「……あっ!」

ガブリエラが小さく叫んで、硝子の方を向く。


「そうでした~……『たおしたら勝ち』でした~・・・えへへ」


ゆらりと『フェイセズ~』が揺らめく。

「今日もー朝からここであそぶからー、とっと終わらせますよ~。フェイちゃーん!」


『フェイセズ~』がゆっくりとガブリエラを離れ、硝子の方へと広がりながら流れていく。

(来るっ!)

硝子は『フェイセズ~』に向け、『クリスタル~』を身構えさせるが……


(……いけない!)

本能。
迫り来る『フェイセズ~』から逃げるように飛び退くことを選んだ。

(あの雲のようなスタンド……触れちゃいけない気がする!)

――――――――――

暗闇の中から2人の戦いを見て『立会人』は考える。

(寿さんのスタンドを、新房さんのスタンドで物理的に制止するのは困難……)
(接触すれば勝ちである以上、寿さんが圧倒的に有利であることには変わりないが……)
(もし新房さんが防御を捨て、相打ち覚悟で攻撃のみに徹して来たらどうだろう?)

「ふむ……」

顎に手をやって考える。

(いずれにしても、『手段』を増やしておいたのはやはり正解だった、というところか)

――――――――――

「うふふ~逃げないでください~」

広いとは言え、所詮は限られたスペースしかないテラスである。
ゆったりと追いかけてくるとは言え、『フェイセズ~』とガブリエラは徐々に硝子を追い詰めていく。

(くっ……!どうすれば……)

触れないように身をよじってかわすと、いよいよテラスの端、手すりにまで追い詰められる。
ふと後ろを見ると、手すりの外には50m下の石畳の広場。鳥肌が立った。
転落すれば即死は避けられないだろう。


「ふっふふふー♪フェイちゃんからは逃げられないですよー」

ゆっくり迫り来る『フェイセズ~』とガブリエラ。


戦いの緊張からだろうか。

喉が渇く。
唇が乾く。
息が切れる。

喉が渇く。
口の中がザラつく。
喉が渇く。


いや、おかしい。

(……かなり動いてるとはいえ……こんなに喉が渇くなんて……)

ハァハァと息を荒げながら、硝子は思う。
経験したことのない喉の渇き。
いや、喉だけではない……目、鼻、唇……自分の全ての粘膜が軋むように感じる。

明らかにおかしい。

(これもあの子の『能力』?……っっ!あぶない!!)


『フェイセズ~』の『雲』から生えた腕が、ゆっくりと硝子の顔に手を伸ばしつつあった。
慌てて転ぶように避け、転がるように横へと逃げる。
片腕が効かない身にはキツい機動だ。

転がった先、ふとテラスの手すりを見ると、巻き付いていたツタが……枯れている!


(!……さっきまで青い葉っぱだったのに!これは何か周囲の生物にダメージを与える能力……!)
(つまり……このまま逃げてるだけじゃ、私もいつかやられる………こっちから攻撃するしかない!)


一方のガブリエラはそろそろ、この「ゆるい追いかけっこ」に飽きはじめていた。


「んー……そろそろ本気だすよお~」

(やっぱり開園までちょっとおひるねしたいしー、もう『しあい』は終わりにしてー……あれ?おひるね?)

首を傾げる。


(えーと……いまは深夜?早朝なのかなあ?じゃあ……お朝寝?)
(でも、まだ暗いしー……お夜寝?……あれえ?それはふつうですねー……えーと……)

と、眉をしかめて上を向きかけたガブリエラの目に、なにか小さな煌めくものが飛び込んできた。

「きゃっ!」

反射的に身を躱すが、右肩に痛みを覚える。

「痛あああああああい!」

見れば、服が小さく裂け、血が滲んでいる。


「え……?」

と、硝子のほうに向き直ると、人型のスタンドは消え、そこにはキラキラとした破片がいくつも浮かんでいる。

(あ……きれい……ってぇ……これはー……もしかしてぇ……)


「……『クリスタル・ピース』!」

硝子がスタンドの名前を叫ぶやいなや、浮遊している破片が一斉にガブリエラ目掛けて飛んでくる!

(やっぱり~~~~~~~~~!)


「わああああああああああああ!」

くるりと背を向けて硝子から離れるように逃げ出すガブリエラ。

破片の一つが右足の太ももを掠める。

「痛ああああい!」


悲鳴を上げながら、部屋の中に転がり込む。

「うう~~~~……痛いよう」

太ももからも出血してることに気づき、改めて涙目になる。


硝子は、暗い部屋の中に逃げ込んだガブリエラを追撃したものか考えていた。
相手の『雲』スタンドを止められないように、相手も粒子状にした『クリスタル・ピース』の攻撃を止めることは出来ない。

それは分かった。そして、とりあえずの危機を脱する事が出来たが……

(相手が何を考えてるかわからないのに、こちらから行くのは危険過ぎる……どうしよう)


と、迷う硝子に、部屋の中からぶつぶつと声が聞こえてきた。

(……?)


ガブリエラの独り言だ。
距離があるので、はっきりとは聞こえないが、


「なんだっけな……えーと……このテラスのつけねにちょっとヒビわれがあるからー」

ミシリ

「そこにフェイちゃんをいれてー……」

ミシリ

「こんな感じですかねーうふふー」

ミシミシミシ



(……?……あの子、何を言ってるの?……そしてこの音は……?)


「でー……なんて言ってたっけ、周りの『水』を吸ってー……で、フェイちゃんをふくらませる!」


テラスと建物の僅かな隙間から湯気が吹き出す!
同時にミシミシと何かが軋む音が一層大きくなる。


(……え!?)

「あれぇー?これでいいんだよね?もうちょっと?………えい!」

ボキン、なにか大きなものが折れる鈍い音がした。
ぐらり、テラスが大きく揺れ、全体に亀裂が走る。

(これは……っ!きゃあっ!)

そして、テラスはその付け根から崩壊を始める!


膨張した『雲』の圧力はコンクリートに亀裂を入れ、鉄骨をねじ曲げる。
鉄骨は床から飛び出し、剥がれたタイルが飛び散る。

「わあー!できたあ!」

嬉しそうなガブリエラの声が聞こえたような気がするが、テラスの崩れる音にかき消された。

傾いた足場に硝子は尻餅をつくが、その場所もすぐ崩れていく。
右手で掴める場所を探すが、さらに傾きは強くなる。
ひび割れたコンクリートの床が次々に抜け落ちていく。

ついに、硝子も崩れた足場と共に落ち始める。


「くっ!『クリスタル・ピース』!」

人型に組成しなおした『クリスタル~』をむき出しになった鉄筋に捕まらせ、自分に手を差し伸べさせるが……
その時、またぐらりと床が傾き、自分のスタンドに向けて伸ばした硝子の右手は空を切る。



(うう……だめ!崩れるのが早くて………落ちる……!)

「きゃああああああああああぁぁぁぁ!!!」


崩れゆくテラスの瓦礫と自身の悲鳴と共に、硝子は50m下の広場に向けて落下していった。



ドスンドスンと瓦礫が地面に落ちる大きな音が、誰もいない園内に響きわたり……

そして静寂。

……………………

ひょこっと部屋から顔を出すガブリエラ。
さっきまであったテラスがすっかり抜け落ちているのを見て肩をすくめる。

「正解は、すきまにフェイちゃんを入れて―、ふくらませるとー……あつりょく?でテラスを壊せる、でしたぁ~」

上手く出来たことが嬉しいのか、ケラケラと笑うガブリエラ。

「うふふー『たちあいにん』さんに言われた通りに出来ましたー!」


パチパチパチパチ ―

「よく出来ました、寿さん」

いつの間にか『立会人』はガブリエラの横に立ち、拍手をしていた。

そう。
夕方、ホテルへの帰り道、このツンデレラ城最上部のテラスに『立会人』とガブリエラは来ていた。

大抵の建築物は外部からの圧力に対しては強度計算を行うが、内部からの圧力に対して考慮をしたりしない。
なぜならば通常『そんなことは起こらない』からである。

このテラスにある隙間やヒビを探したのも ―
そこから『雲』を侵入させ内圧を加えれば、簡単にこのテラスが崩落するであろう事に気づいたのも ―
その事を、それとなくガブリエラに伝えたのも ―

全てこの『立会人』である。


「あ!『たちあいにん』さん!」

「おや、血が出ている……大丈夫ですか?はやく消毒しないと……」

男の顔が曇る。


「うふふーちょっと痛かったけど大丈夫ですよ~」
「ねーねー、これでわたし『トーナメント』優勝ですかあ?」

「んー……まだちょっと早いですね。一応『確認』をしないと」

「ん?……かくにん?」

ガブリエラは首を傾げる。


「ええ、新房さんが『降参』するか……『戦闘不能』になったことを私が『確認』しないと試合は終わりません」

「むー……じゃ、はやくかくにん!かくにん!フェイちゃん!」

最終更新:2022年04月16日 22:25