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『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』がガブリエラの声に呼応して目の前に集まり、小型の雲を形成する。
ぴょん!と元気良くその上に飛び乗るガブリエラ。

「『たちあいにん』さんも乗ってくださーい。うふふ」

「え?私が乗っても大丈夫なんですか?」

「がんばれば大丈夫ですーたぶん!……んんん~~~~えい!」


ガブリエラが力を込めると、水分を束ねる圧力が更に強化され、雲が濃くなる。

「はやくー!けっこう疲れるんですよ~うふふー」


(……大丈夫……なのか?)

『立会人』は強度を確かめるように、おっかなびっくり足を差し出す。

(……大丈夫か……)


2人は『フェイセズ~』の雲に乗り込むと、ゆっくりと硝子が落下したであろう地点へと降下していった。


少し前。

崩れ落ちたテラスの破片とともに空中に投げ出された硝子。

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


50m下の石畳が迫ってくる。
去年の夏、収穫し忘れオレンジ色に熟したゴーヤの実が地面に落ち、ぐちゃっと弾けていたのを思い出す。


「きゃあああ……あ……」

悲鳴を上げてる場合じゃない。
自分の悲鳴を止めてみると、バタバタと左腕の白巾がはためく音がうるさい。


音を気にしてる場合じゃない。
地面との激突を回避する方法を何か考えなきゃ……そんなことは解ってる。

解ってはいるが……時速100km/h以上の速度で距離50mから迫ってくる地球。
これを止める方法は思いつかなかった。


(『走馬灯の様に人生が~』なんて、全然ないな……)

不思議と恐怖は消えていた。


ただ、

(私が選んだ『道』の結末がこれ、っていうのはちょっと残念だな……)

「『戦い』とは、そういうものだ」 ― 2回戦の相手に言われた言葉が脳裏蘇る。

(『そういうもの』かあ……なら、これも仕方ないのかな……)




……と、視界がふわあっと光に包まれる。

(眩しい…………え?)

急に自分の体に掛る重力が光に包まれた途端、弱まった気がする。
地面直前でふわり、と急減速した硝子は、まるでベッドから床に落ちるような調子で

バタッ

と、地面に落ちた。

「あ痛っ!…………って、え?……え?」


思わず上を見上げる。


頭上にはそびえ立つツンデレラ城。
遅れて落下してくるコンクリート片。


「わっ!」

反射的に躱すと、目の前に落ちる。
地面に叩きつけられたそれは粉々に砕け散った。

落ちたメガネを拾い上げ、掛け直しながらも疑問が消えない。

「………?……私あそこから落ちて……」

パラパラと降ってくる細かい破片の中、再び城の尖塔を見上げる。
確かに地面に打ち付けた右肩は痛い。膝も擦り剥いた気がする。それにしても、だ。

(なんで……『あ痛っ!』で済んで……?)
(えっと……目の前が明るくなって……それで……?)


意味が解らない。なぜ自分は無事なのか。
なぜこのコンクリートの様に粉々に、あのゴーヤのようにぐちゃぐちゃに ―


……と

カツン、カツン、カツン……

あっけにとられる硝子の耳に、石畳を叩く硬い靴音が聞こえてきた。

瓦礫の落下も収束し、再び静まり返った園内によく響く。
白みつつある空の下、それはこちらへと近づいてくる。


(……?……)


あっけにとられたまま、靴音の方に目をやる。

嗅いだことのあるポマードの香り。

そこにはカーキ色の軍服のような服を纏った男。



「……!!…………うそ……!」

その男の顔をみた硝子に、危うく心臓が砕け散るほどの衝撃が走る。


カツン


男は硝子の前に立ち止まると口を開く。


「……撫子よ、大事ないか?」


忘れたくても、一生忘れることの出来ない顔。
幽霊なんかに出会うよりも、もっと奇怪な遭遇。


― 五百旗頭 実。


ここ『東京ネズミィランド』で1回戦を戦った相手。
『クリスタル・ピース』の水晶柱に体を貫かれ、死んだはずの。


『クリスタル~』が人間の胴を貫く感覚、そして直後の光景が脳裏に蘇る。

己の血で作った湖に内蔵を撒き散らし、その中に突っ伏しピクリとも動かない男 ―


即死に近い状態だったはずだ。


「いおきべ……さん……?なぜ……?」

「フン!……今は『局地防衛用人型特車 ミ―500』などと呼ぼうとする無粋な輩もおるがな」


よく見ると、顔の一部や軍服のような服から覗く首には異様なメカのコルセットが装着されている。
そこに及んだ硝子の視線に気づいたのか、五百旗頭はニヤリと笑い、見せつけるように左手の手袋をゆっくりと外す。

「クク……皇国の守護者たる我に……相応しい体を手に入れたという訳だ。貴様のお陰でな……見よッ!」

そこには何かメカメカしいパーツが無数に見える鋼鉄製の義手。
それをビシィ!と付き出し、見得を切って叫ぶ実。

「我が日の本の科学技術は世界一ィイィィィィィーーーッ!二位じゃダメなんですッッッッ!!」


(……機械の体……っ!?……そんなマンガみたいな……)


そして、軍靴の踵をカッと合わせ背筋を伸ばす。

「貴様の今大戦における奮戦!!決勝進出!!戦友として賞させてもらおうッ!」



硝子には何がなんだか解らない、が、

「は、はぁ……ありがとうございま……す?」

(……とりあえず、恨まれてる訳ではない……のかな?……あ!)


思いかけて気づく。

「あ……あの!さっきの光、もしかして五百旗頭さんのスタンド……」


尖塔から落下し、地面に叩きつけられる寸前に感じた光。
その光を感じた瞬間、一瞬自分の落下にブレーキが掛かったことを思い出す。


「左様……遅れて済まなかったな」

実のスタンド『バロック・ホウダウン』 ― 発した光に圧力を持たせる能力。
その光をクッションとして使い、時速100km/hで硝子が石畳に叩きつけられるのを防いだのだろう。


「……あ、ありがとうございます!……でも……なんで、五百旗頭さんが私を助けて……?」

「貴様を助ける、だとォ?」

蛇のような目でギロリと硝子を睨む。
つい反射的に、ビクっ、っとしてしまう。


「勘違いするなよ……我輩は貴様に用があってここに来た訳ではない……」

ギョロリと目を上に向ける。

「用があるのは『あの男』よ……」

視線の先には『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』の『雲』に乗り、ゆっくりと降下してくるガブリエラと『立会人』がいた。


「あれぇ~~?」

『雲』から下を覗き込んでいたガブリエラが素っ頓狂な声を上げる。

「……ん?どうしました?寿さん」


高いところが得意ではないらしく、なるべく下を見ないようにしていた『立会人』が答える。


「ん~~あのおねえちゃん、落ちたのに平気みたいですよ~」

「……え?」

(平気?……なんのことだ?)


仕事とは言え、地上50mから地面に時速100km/hのファーストキスを捧げた少女を『確認』しなければならない。
『少々気が滅入る』……そう考えていた『立会人』には、ガブリエラの言葉がすぐには理解出来なかった。

恐る恐る『雲』から顔を出して下の様子を伺おうとする。


「あれぇ~~~?」

再びガブリエラが素っ頓狂な声を上げる。

「ここは『かしきり』だよね?あの人はだれですかぁ?」

(何?……あの人?)


慌てて『立会人』も目を凝らす。


どういう訳か、無事に立っている硝子。
そして、その側にもう1人の人影。

「あれは……!」



『雲』は間もなく地面へと到着する。


「フェイちゃん、おつかれさま~!」

ぴょん、と『雲』から飛び降りるガブリエラ。
『立会人』も、よっこらせ、という風に続く。


5m先には硝子が肩を押さえて立っており……その少し手前には実が仁王立ちしている。


「困りますね……試合中の会場に部外者が入られては」

その2人に歩み寄りながら、『やれやれ』といった調子で『立会人』が実に声を掛ける。


実は蛇の目で『立会人』を射抜いたまま、そしてピクリとも動かないままに叫んだ。


「五百旗頭 実であるッッッッッ!!!!!!!!!」

「わ!」

あまりの大声にガブリエラは目を丸くする。


「……そんなに大声で仰られなくても、欲存じ上げております。五百旗頭 実さん」

『立会人』は片耳を押さえ、眉間に皺を作りながら答える。

「1回戦でこちらの新房さんに敗北、即死級の重症を負うも……自衛隊の特殊医療班によりサイボーグへの改造処置を受け一命を取り留める」
「おっと……サイボーグではなく『特殊車両』というんでしたか?改造には成功したものの、その日のうちに将官を殴り倒して逃走……」
「その後行方をくらませた、という所までは私も存じておりますが……」

「逃走だとッッッ!!」

眉を吊り上げて実が吼える。


「二言目には『文民統制』などと抜かす腰抜けが、この五百旗頭に『命令』を下そうなど百年早いわッッ!!!」

「……少し声のトーンを抑えて頂けませんか?耳が痛い……で、その部外者の五百旗頭さんが、なんの御用です?」

「フン!大会運営よりの依頼であるッッッ!貴様は『罪』を犯したッッ!!!」

『立会人』に指を突きつける。


「『罪』?何を仰ってるのか解りませんが……」

「貴様ァ……良くも抜け抜けと……立会人の身でありながら、その娘への有形無形の不当な援助!見に覚えがあろうッッ!」


不思議そうに『立会人』と実を交互に見回していたガブリエラは、突然実に指を突きつけられ再び目を丸くする。

「無いとは言わせんぞッッッ!!」


ふーーーーーー、と大げさに息をつき、肩をすくめる『立会人』。

「……『不当な援助』ねえ……で……あなたは新房さんの加勢にいらしたという訳ですか?」


「貴様ァ!!!!!この五百旗頭をコケにするかァァァァァァ!!!!」

血管(が、今の体にあるのか解らないが)切れそうな勢いで、『立会人』に詰め寄りながら怒鳴る。

「この五百旗頭がァッ!戦士と戦士の名誉ある決闘にッ!手出しするはずがなかろうッ!!!!……貴様と違ってな!!!!」


実ハラハラと2人のやりとりを見守っている硝子にちらりと目をやりながら『立会人』は答える。

「……しかし事実、いま貴方は新房さんを『助けた』。違いますか?」

自分に向いた視線から、思わず目を伏せる硝子。


「どこまでも詭弁を弄しようとする奴よ……よいかッ!我輩が今大会の運営より託された任務は3つ!」

『立会人』の眼前に3本の指を突きつける。


「ひとォォォォォつ!第三者によって作為的に仕組まれた、特定の対戦者への有利・不利となる事象を全力で排除せよッ!」

指を折りながら続ける。

「ふたァァァァァつ!特定の対戦者と利益供与の関係を結んだ『立会人』の身柄の確保・拘束、及び試合会場からの排除!」
「みっつゥゥゥゥゥ!その『立会人』に替り本戦に立ち会い、決着を見届けよ!」

そして、改めてギロッと『立会人』を睨みつけ、

「以上!!!先程彼女の落下を防いだのは、一つ目の任務によるものであるッ!大人しく縛に就けいィィィィィ!!!!!」


『立会人』は相変わらず表情を崩さない。

「やれやれ……私が何かを仕組んだとでも?言いがかりも甚だしい」

「フン!あの露段の崩落も貴様の入れ知恵ではないか!証拠は運営より受け取っておる!見よ!」


そう言って実は軍服の内ポケットから紙の束を取り出し、『立会人』に投げつける。


「これは……」

『立会人』の顔が少し曇った。


バラっと広がったその紙の一枚一枚には、隠し撮りされた『立会人』とガブリエラによる『ネズミィランドデート』の写真。
わざわざ一般客は立ち入れないツンデレラ城のテラスに訪れ、ガブリエラに『テラスの壊し方』をレクチャーしてる場面もある。

背後で硝子が息を飲む音が聞こえた。


「フン!立会人を任される程の男が、己が尾行されてることにも気付かんとはな!」

「……貴方にその写真がどう見えるかはしりませんが……たまたまですよ。顔見知りの女の子を『ネズミィランド』に連れていく」
「そんな『子供の世話』のひとつくらい誰だって経験があるでしょう?」
「それに『利益供与の関係』って……私は寿さんから1銭だって受け取っていない」
「中には、そんな立会人もいるようですが……今大会でもね」

「フン!貴様が独断で運営の手から『逃した』元・立会人がいるそうだな。それも問題となっておるぞッ!」

実が言葉を遮る。


「しかし、その件についての対応は我輩の任務の内にはない……そして、買収される屑も大概だが……」

再びギョロリと目で『立会人』を舐り上げ、唸るような声で言う。


「金を受け取るどころか、年端もいかぬ娘に媚び諂いッ!その歓心を買わんと金品を自ら与えッッ!」
「この名誉ある戦いに勝たせんと、不埒な策を弄する外道ォォォォォォォォッ!!!!!」
「この五百旗頭に言わせれば、貴様の方が遥かに男子としての心根が腐っておるッ……違うかァァァァァァァ!!!!」


別の紙束を叩きつける実。
そこには『立会人』がガブリエラに服を買い与える様子、一緒に食事をする様子……等々の写真。


「……違うッ……それも……」

「まだ弄言するかァァァァァッ!」

実が『立会人』の襟首を掴む。


「しかしッ!我輩の任務は貴様の女々しい言い訳を聞くことではないッッ!貴様を尋問することでもないッ!」
「貴様の身柄を『確保』し本部に引き渡す事ッッッ!!」

鋼鉄製の指が喉に食い込む。

「ぐうっ!」

「言い訳は運営本部の査問官相手にたっぷりするがよいィィィッ!貴様を『確保』するゥゥゥゥ!」

「ぐぐっ……」

掴まれたまま、ガブリエラの方へと視線を向ける『立会人』。


(……寿さん……)

待たされているうちに眠くなったのか、立ったままコクリコクリと船を漕いでいる。

(ふふ……こんな時にも愛らしい……こんな時間だ、無理もない……)


「ぐぐ……解りました。私も男です。『覚悟』を決めましょう……手を離してください」

「ふむ……大人しく縛に就くか?」

「覚悟を決めた、と申し上げたでしょう……手を離してください……息ができない」


「……よかろう」

実が手を離す。


「ゲホッ、ゲホッ……」

「念の為、数時間眠ってもらうぞ。男子たるものの『覚悟』を侮る訳ではないが、途中で気を変えられては面倒だからな」

実が右手の人差し指・中指を奇妙な形に曲げると、その間にスタンガンのような電流が走った。


「……その前に……少しだけで構いません。彼女と話を」

と、言ってガブリエラの方へ顔を向ける。

「フン……どこまでも女々しいやつよ。まあ良い……我輩も鬼ではない。1分だけやろう」


『立会人』は頷いて、立ったまま寝ているガブリエラに歩み寄り、身をかがめて彼女の肩に手を掛ける。


「寿さん……」

「……んー…?……すぅ……すぅ…」

「寿さん……起きてください」

肩を揺する。


「……ん~……ん?あれ?……わたし、寝ちゃってましたあ……えへへ」

恥ずかしそうに笑うガブリエラ。


「ん?……あの人とのおはなし、おわったんですかあ?」

と言って、後ろに立っている実を見る。


「ええ……ところで寿さん、私と会ってから楽しかったですか?」

「ん?」

キョトン。


「……私と一緒に過ごしたここ数日、寿さんは楽しかったですか?」

「あ!うん!すごぉーーーく楽しかったですよーうふふ~♪」

ニッコリ。


「そうですか。私もとても楽しかった……一つ、寿さんに謝らなければならない事があります」

「んん?」

「『試合が終わったら、またここに連れてくる』と言いましたが、それは難しいかもしれません」

「ええ~~~ーーー―!なんでですかあああ!?」

心底悲しそうな顔で抗議するガブリエラ。


「ごめんなさい。嘘をついてしまいましたね。その代わり、近いうちに他の国の『ネズミィランド』に一緒に行きましょう」

「ん?ほかの国?」

「ええ、『ネズミィランド』はいろんな国にあるんです……」



その時

「1分経過であるッッッ!そこまでにせよッ!!」

『立会人』の背に大声が突き刺さった。


「……ちょっと待っててくださいね」

ガブリエラの肩に手を置き、微笑む『立会人』。

「ん?はーい!まってますー!」

ガブリエラの笑顔に背を向けて、実の方へとゆっくりと歩き出す。


「……お待たせしました」

「よろしいッ!『覚悟』は良いなッ!?」

再び指の間に電流を光らせながら、実も『立会人』へと一歩踏み出す。

「ええ……『覚悟』は決めた、と申し上げたはずです……」


朝焼けの空を仰ぎ、口元を緩める。
ゆっくりと実の方へ顔を向け、そして叫ぶ。


「彼女と共に生きる『覚悟』がッ!運営の犬ごときに邪魔させるかァァァッ!!!」

SYAAAAAAAAAAAAA!
『立会人』の体から少女人形のようなスタンドが発現する。


「やれっ!『アイシィ・ドール』!!!」

そのスタンドが口笛を吹くような形にその唇を歪めると、何か針のような物が射出される。


「ほう……反抗するかッ」

飛んでくる針を避けもせず……まるで『立会人』の行動を歓迎するかのようにニヤリと笑う実。
針は実の心臓(が、あればだが)近くに突き刺さった。


「全く……貴様のような痴れ者がよく立会人の任にありつけたものよ……」

嘆息しながら、そして嬉しそうに、着ている軍服の胸元に手を掛け引き裂くように脱ぐ。
機械の体が現れた。


「あ…………」

『立会人』の顔に焦りの色が浮かぶ。

「貴様の能力も運営より聞き及んでおる……我輩がこの任務を託されたのもそれ故よ」


そう、『立会人』のスタンド『アイシィ・ドール』の能力は対『生物』専用のものであった。


「元来、我輩は舌先三寸の弄しあいより、拳で語り合うのが得手……好きにやらせてもらう口実が出来たわ……」
「この体の機能も、まだまだ試さねばならぬ事ばかりであるしなァァァァァァァ……」

『立会人』に歩み寄る実のボディ腹部のシャッターが開く。
中には気味の悪い笑みを浮かべる実のスタンド『バロック・ホウダウン』。


「!……くそっ!」

『立会人』はそれに気づき、途端、背を向けて逃げ出そうとする……が、

「やれッ」


『バロック・ホウダウン』がシャッターから飛び出すと、『アイシィ・ドール』の前に立ちはだかり強烈な光を浴びせる。
その光圧にたちまち地面に押し付けられる『アイシィ・ドール』。

そして、光に縛られた己のスタンドに同期して『立会人』も動けなくなる。


「ぐ…………う……動け…………」

「さて、別の『覚悟』を決めてもらうぞ……ククク」

狂気の笑みを浮かべて『立会人』の前に立ち、空手の『正拳突き』のような姿勢で腰を落とす実。


「『抵抗する対象を無力化』するゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!玉と砕けよッ!!!!!!」

バスン!と弁が開くような音がし、実の肘のあたりから煙が吹き出す。
『立会人』の顔は絶望に染まっている。目を閉じることも出来ずに。

「歯ぁ食いしばれェェェェェィ!!!トラァァァァ!」

鋼の拳が『立会人』の顔にめり込む。見れば実の腕は手首のあたりで伸縮している。
その伸縮に炸薬式の射出機構を使っているのだろうか。前腕部から小さな薬莢が飛び出した。

そして間髪おかぬ連撃!腹、肩腕、肩顔顔胸、顔腹腹肩顔、胸顔腹顔顔腹……

「トォォォラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラァァーーーッ!(我奇襲ニ成功セリ!)」

「ゴバッ!!!!!」

派手に吹っ飛ぶ『立会人』。
チャリンチャリンと乾いた金属音を立て、薬莢が石畳に落ちる。
息を飲み、そして顔をしかめる硝子。
目を丸くしているガブリエラ。

「~~~~~~~ッ!全弾命中でございますッッッ!!!!!」

残心の構えを取りながら実が吼えた。


「う……が……」

「フム……なかなかいい具合であるな、この体は」

ニヤリと笑いながら倒れている『立会人』の襟元を掴んで引き起こす実。
その顔は見る影も無いほどボコボコになっている。

「あ……ぶ……はっ」

口から血の混じったヨダレを吹き出す。

「さて、当初の予定通りこのまま数時間気絶してもらうぞ」

「ぐ……が……ぐはっ……こ、殺せ……」

息も絶え絶え……唇は腫れ上がり、奥歯まで全て折れているだろう口を必死に動かし、呻く。


「フン!貴様を『殺せ』とは言われておらん。そのつもりであればとっくにそうしておる。ただ……」

ニヤリと笑う。

「貴様には『死ぬより辛い運命』が運営本部で待ってるであろうがなァ!クククククク!」



大人しくじーっと実に『無力化』される『立会人』を見ていたガブリエラの耳が、その言葉を聞いてピクリと動いた。


「では、しばらく眠るがよい……」

再び電流を流した右手を振り上げる実。



その時、

「!……五百旗頭さんっ!周り……!」


硝子が声を上げる。

「ぬうッ……これはッ……」

『立会人』、そしてその襟首を掴む実の周りを、ガブリエラのスタンド『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』が取り巻いていた。


「小娘ッ!反抗するかッ!!」

ギロリとガブリエラを睨みつける。

「……!」

ビクッと肩を震わせるガブリエラ。

「貴様に対する処置は我輩の任務にはないッ!余計な手を掛けさせるでないッッッ!」


「うう……『たちあいにん』さんに、『まっててくださいね』って言われたけどお……」

泣きそうな顔になる。


が、更に『フェイセズ~』は実と『立会人』にまとわりつこうとする。

「貴様の『能力』もまた、我がの鋼の肉体には無力なりィィ!スタンドを引けぇぇい!!」

実際、水分を吸い取られようが、実の『機能』には殆ど影響がない。
それもまた、実がこの任務を与えられた理由であった。


(ムウ……とは言え、あまり『絞られて』ヒビ割れるような事があると、人工皮膚の整備に費用が嵩む……)

「ええいッ!今すぐスタンドを引けッ!さもなくば貴様も『無力化』するッ!」

再びガブリエラを怒鳴りつけ、睨みつけ、脅しを掛ける。


と、

「……!……五百旗頭さん!違う!その人!」

硝子が再び叫ぶ。


「ぬう?……『その人』?」

(!……まさかッ!)

ハッとした実は、襟首を掴んでいる『立会人』に目を向ける。


「ぐ……う……はぁッ……ことぶき…さ…ぐ」

『雲』から伸びた一本の腕にがっちりと掴まれ、絞られているのは『立会人』だった。


顔中に流れていた血は既にバリバリに乾いている。
皮膚もガサガサに乾き、ひび割れていく。
肉が水分を失って細くなっていく。


「貴様ァッッッ!!!!やめんかッ!」

慌ててガブリエラに叫ぶ実。

「うぐぅ…………だってぇ……」

怒鳴られ、半べそをかくガブリエラ。


(……こと……ぶ…きさ…ん…………)

最後の力を振り絞ってガブリエラの方を見て、言葉を絞り出そうとする『立会人』。

しかし、彼の乾ききった口は声を発する事はなく、
彼の乾ききった眼球も彼女の姿を映すことはなく、

(……こ……………………)

『立会人』は事切れた。

-----------------------------

『立会人』(本名不明) ― 死亡/スタンド名『アイシィ・ドール』

-----------------------------

「……どうして……こんな……」

硝子は干物のようになった『立会人』の死体から、悲痛な面持ちで目を背ける。


「貴様ァァ!!口封じかァァァァッ!!!!」

すっかり軽くなった『立会人』の死体を放り投げ、実はガブリエラに詰め寄り怒鳴りつける。


「ひぐっ!……ん?……くちふうじ?」

キョトン。


「この男の口を封じたとて、貴様の行動は全て記録されておるッ!そして、元よりこの決勝についてはこのまま行えとの指示ッ!」
「この男を殺したとて、貴様にはなんの意味もないのだぞッッッッッッ!」

「ん~?……んー……んー……むずかしい……えへへ……」


困ったような顔で、ふにゃ、っと笑うガブリエラ。

(!?……なんなのだ……この小娘は!?……ぬう……落ち着け)


「……質問を変えよう。なぜこの男を殺した?」

「あ!……『まっててください』って『たちあいにん』さんに言われてたのにごめんなさい!」

実に向け、ペコリと頭を下げる。


(『……などと意味不明な供述をしており……』……ち、違うッ!)

「この男を殺した理由を言え、と言っておるッ!!!!」


「あ……そうでしたぁ……えへへ……フェイちゃんにお願いした理由はー」

何故か照れながら、ぽつぽつと語り出すガブリエラ。


「だってえ……『しぬよりつらい運命』が待ってるんでしょ!」
「『たちあいにん』さん、わたしにすごーいやさしくしてくれたんですよぉー」
「『ころせ』って言ってたしー、でもおじさんはいじわるそーな顔で『ころすきはない』っていうしー」
「だからー……フェイちゃんにお願いしたんですー」
「あ!で、『まっててください』って言われたのに、まてなくて、ごめんなさい……えへへ」

(な……この子……なにを言って……)

硝子には全く意味が解らない。


「…………はい?」

しばらく固まっていた後、杉下右京のような声を出したのは実。


「……あー……つまり貴様が言いたいのは、こういうことか?」

眉間に深い皺を作っりながら、実が口を開く。

「恩を感じている男に『死ぬより辛い運命が待って』おり、本人も『殺せ』と言うから死なせてやった、と?」

「ん?……んー……」

ガブリエラがしばし首を傾げる。
そして誤魔化すような笑いと共に、

「ん~~……わからないけどー……そうですう!……たぶん……えへ」


「なっ!……えええ!?」

裏返った声をあげたのは硝子。


そして実は、モジモジとするガブリエラを見て、心底から困惑の表情を浮かべる。
こんな実の表情、今まで見たことのある人間はいないだろう。

(……馬鹿や阿呆の類は、今まで散々『粛清』してきたが……これが『本物』というやつなのか?)
(しかし……運営はこの小娘のことをしっかりと調査して、このトーナメントに参加させたのか??)


ふと『立会人』の死体に目が止まる。

(……これもどうしたものか……まあ、殺せとも言われなかったが『生きたまま』確保せよ、とも言われてはおらん……)
(これはこれで『確保』して運営に突き出すしかあるまい……よもや報酬を値切ったりはせんだろう……)

気づけば朝日が完全にその姿を地平線の上に晒している。

(ええいッ、時間もあまり無いようだ……ともかく我輩は最後の任務を果たすのみよッ!)


「あー……両名とも聞けィ!ここへ!」

硝子とガブリエラにそれぞれ視線を送る。

それを受け、おずおずと実のもとに歩み寄る2人。


「大会運営の命を受け、只今より本決戦の代理人を代行する、五百旗頭 実であるッッッ!!」
「あー……多少試合進行に不調はあったが、両名、このまま試合続行でよろしいか!?」

「はーい!」

と、元気よく答えたのはガブリエラ。


「あ……はい……お願いします」

と、不安げに答えるのは硝子。


「よろしいッ!ではここで……」

と、言いかけて、転がる『立会人』の死体に気づく。

(…‥っと、ここの戦いに巻き込まれ、これ以上此奴の体を損壊させられては堪らぬ)
(死体とすら呼べるものでなくなってしまえば、流石に報酬にありつけないかもしれん……)


「ンッンー!……ここではなく、あちらに移動して試合を再開するッ!両名とも、我輩に付いてまいれッッッ!」


「フム!ここでよかろう!」

実が試合の再開場所に選んだのは、園内に横たわる大きな池に掛る橋の上。
橋下を『ザングルクルーズ』の遊覧船が通過できる規模を持つ、全長60m程のアーチ橋である。


「では両人とも橋の両端へッ!それぞれの端に到達したのをもって試合再開とするッ!」

「……ん?」

ガブリエラが小首を傾げる。


「……寿さん、橋のあっちの端っこ……あのミギ―マウスの像が立ってる所まで移動して」

硝子がガブリエラに言い直す。

「あ!はーい、わかりましたあ」

くるっ、と背を向けると、とてとてと像に向かって行くガブリエラ。


(……なんなんだろう、この子……)
(でも……さっきのあれは……私が『負けてはいけないもの』な気がするッ!)

自分には理解出来ない根拠をもって『立会人』を殺害した場面が蘇る。

ぎゅっと唇を噛み締めて『戦い』の決意を固めた硝子は、反対側端に立つヒダリーマウスの像へと向かった。


「フム!よろしいィィィッ!」

橋の両端に到着した2人を見て、実は大きく頷き、試合再開を宣言する。

「それでは両名とも、死力を尽くせッ!健闘せよッッッ!試合始めェェェェェェェッ!!!!!!」

そう叫ぶや否や、強化された異常な跳躍力で10m近くありそうな橋中央の高欄に飛び乗った。


(さてェ……我輩はここで高みの見物をさせて……くれるといいのだが……)

心配そうにガブリエラに視線を送る実だった。


「うふふ~♪しあいはじめー」

先ほどの惨劇など無かったかの様に、上機嫌なガブリエラ。
すっかり明るくなった園内を橋の上からキョロキョロと見回しながら硝子の方へと向かう。

(あー、あれも乗りたい―!)
(んー『たちあいにん』さんしんじゃったけどー、また遊びたいなー)
(もうココにはだいぶ慣れたし、もー1人でも迷子にならないですよー……たぶん)
(そのためにはー、えーと……あ!『しあい』を早くおわらせなきゃ)

と、駆け出そうとして、また止まる。

(……あ、お金もらえるのかなあ……もらえないとチケット買えないよう……)


一方の硝子は、考えながらゆっくりと歩みを進める。

(あの子のスタンド……触れれば『水分を吸い取られる』……それも一瞬で)

10秒もかからず、ミイラのように干からびた『立会人』を思い出す。
『彼』よりもずっと体の小さい自分は、もっと短い時間でああなるだろう。

尖塔上での戦いでやったように『クリスタル・ピース』を粒子状にして飽和攻撃を仕掛ければ倒せそうではある、が、

(……さっきは奇襲だっし……狭いテラスだったから、上手く行きかけたけど……)


どうやっても、自分のスタンドのほうがガブリエラのそれより射程が短い。
実際今の時点でも、ガブリエラに仕掛ける気があるなら自分への攻撃を開始出来る距離だろう。

しかし、まだ『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』が出ているようには見えない。
それに気を配りつつ、慎重に歩いていく。

(あの子がスタンドを出すまでに、出来るだけ近づければ『チャンス』はあるはず……)


徐々に2人の距離は縮んでゆき、やがて


「あ!こんにち……おはよーございます~うふふ♪」

にへら、といった顔で硝子に『あいさつ』をするガブリエラ。

「…………」

緊張した面持ちで、じっとガブリエラを見つめる硝子。

最終更新:2022年04月16日 22:26