シャドウテイカー
作者 |
三上延 |
イラスト |
純珪一 |
レーベル |
電撃文庫 |
分類 |
禁止図書(最危険指定) |
巻数 |
5巻(完結) |
ジャンル |
現代異能者サスペンス |
「葉タンのもじもじに死角なし」
登場する幼馴染
雛咲葉(ひなさき よう)
年齢 |
15歳 高校一年(年下) |
幼馴染タイプ |
ずっと一緒系 |
属性 |
健気、無口、無表情、恥ずかしがり屋、同居幼な妻 |
出会った時期 |
物心ついた頃から |
裕生と同じ団地に住む1歳年下の幼馴染。裕生とは物心ついた頃からの付き合いで、子供の頃は「裕生ちゃん」と呼び、いつも裕生の後ろをついて回っていた。現在は、裕生と同じ加賀見高校に通い、裕生が部長を務める茶道部に所属している。しかし、中学に上がる前に両親が失踪しており、叔母の援助を受けつつ、一人でその帰りを待ち続ける孤独な生活を送っている。
見た目は小柄で年齢より幼く見られることが多いが、意外に胸は大きいとのこと。無口かつ無表情の大人しい性格なため、人づきあいは苦手だが、童顔で愛らしく健気なところが保護欲をかき立てるためか、年上に可愛がられやすい。
中学に入った頃から、裕生のことを先輩と他人行儀に呼び、執拗に敬語で話すようになるが、これは自分のことを葉と名前で呼んでくれなくなった裕生への反抗心からであり、油断すると、つい「裕生ちゃん」と昔の呼び方をしてしまう。内心では、裕生のことが幼い頃からずっと大好きで、行動原理の大半が「裕生ちゃんと一緒にいたい」で占められている。しかし、裕生が鈍感なことと、自身も恥ずかしがり屋で、彼の前に立つともじもじしてしまうことが多く、なかなか想いを伝えることができない。また、裕生が他の女の子と仲良くしていると嫉妬して不機嫌になったり、裕生のことを語る時には、普段の無表情が嘘のようにとても幸せそうな笑顔を浮かべる。
同族食いのカゲヌシ「黒の彼方」に取り憑かれてしまったことで、裕生の前から姿を消そうとするが、裕生が自分を受け入れてくれたため、共に運命に抗うことを決意する。事件に関わる中で「カゲヌシ」と戦う時は、「黒の彼方」が主人格となって体の主導権を握られるが、裕生が葉の名を呼ぶことで、葉の人格を呼び覚ますことが出来る。
藤牧裕生(ふじまき ひろお)
年齢:16歳 高校二年
この作品の主人公。加賀見高校に通う高校生で、やや不真面目な父と破天荒な兄がいる。幼い頃に、母を亡くしたためか家事全般は得意。学校では、特に茶道が好きというわけではないが兄雄一が創設した縁で茶道部に所属し、部長を務めている。中学の頃、病気で長期間入院していたことがあり、その時期に見ていた「黒い島の夢」を物語風にして書き綴っていた。それが、葉と「カゲヌシ」を巡る関係のキーにもなっている。
体格は普通で、顔つきもよく見ればよく整っているといった程度で、あまり印象に残らない外見。性格は、よく言えばのんびり、悪く言えばぼんやりしているが、聞き上手で一緒にいると安心できると友人には評されている。
葉のことは幼い頃から面倒を見ており、小学生の頃はいつも手をつないで一緒に帰っていた。現在でも、大切な幼馴染として何かと気にかけているが、鈍感なため、葉の複雑な心の内には気づいていない。葉が無口なため、二人きりでもあまり会話は弾まないが、昔からこうなのでと気にすることなく、特に会話がなくとも自然体で過ごすことができる仲。
しかし、葉が「黒の彼方」に取り憑かれたことで、葉を救う方法を探して、積極的に「カゲヌシ」によって起こされる事件に関わっていく。戦う力は持たないが、事件の中で「カゲヌシ」と戦うことになった際には、驚くような決断力や判断力を見せ、敵を出し抜くための策を考え出す。葉への接し方で、時折、迷いを見せることはあるものの、決して葉を見捨てることはなく、葉自身が逃げようとした際も、力強い言葉で引きとめ、何度も彼女の心を救う。
致死レベル全開の葉の健気な台詞とエピソード
- 「ひろ……」と、言いかけてから、口をつぐんで言い直した。
- 子供の頃、公園のブランコで葉が泣き出した時の話で葉をからかう裕生。
- 「泣いてないです」
- ぷくっと葉の頬がふくれた。子供の頃の葉の姿と重なる。裕生は可笑しくなった。昔から、葉はこんな風に強情を張るところがある。
- 「違うの! あの時は裕生ちゃ……」そこまで言いかけて、葉は慌てたように口を閉じる。
- 「あの時、一緒に乗ってくれる約束だったのに、先輩が降りちゃったんです」
- さらに泣きやまない葉を必死に宥めた時のことを思い出す裕生。
- おうちに帰ろう、送っていくから、と裕生が言って、それでようやく。
- (おててつないで)
- 急に幼い葉の声が耳元で蘇って、裕生はどきりとした。
- 急に倒れた葉を部屋に運び入れ、様子を見ようと前髪に手を伸ばしたところ、
- 温かい葉の手ががっちりと裕生の手をつかんでいた。反射的に手を離そうとした瞬間、葉の口がもごもごと動いた。
- (おててつないで)
- 裕生の体から力が抜けた。あきらめたように自分の右手を葉に預けて、裕生はベッドの脇に座りこんだ。目が覚めるまでそばにいようと思った。
- (……裕生ちゃん)
- 今でも心の中では裕生をそう呼んでいた。時々、油断するとその呼び名が出てしまいそうになる。
- それまでは呼び捨てで「葉」と呼ばれていた。その優しい声の響きが彼女は大好きだった。
- 「でもわたし、多分もう人間じゃないんです」「……もう知ってる」
- 子供の頃よくそうしたように、葉の手を握る。冷え切った彼女の手は小刻みに震えていたが、握り返そうとはしなかった。
- 「わたしは、この町を出なきゃいけないんです」「だめだよ」
- 裕生は不思議な確信を持って言った。葉を絶対に自分から離してはいけないと思った。
- 「一人にはさせない」「ブランコだって一人で乗れないじゃないか」
- それを聞いたとたん、こらえきれなくなったように葉が泣き始めた。頬を流れる涙が、ぽたぽたと裕生の手に落ちる。涙を拭いてやりたかったが、葉の方が裕生の手を固く握りしめていた。
- 戦いを終え、主人格が「黒の彼方」から葉に戻ったか不安になり、「君は誰?」と尋ねる裕生
- 「え……雛咲ですけど。あの、ちょっと」
- もがく葉を無視して、彼は目を閉じる。そして、安堵のため息を洩らした。この先、どうなるかは分からない。しかし、必要なら何度でも葉の名前を呼ぼうと思った。
- 裕生の家に泊めて欲しいとお願いした葉
- 裕生は自分の部屋から、来客用らしい布団を抱えて戻ってくる。
- ふと、葉は少しだけがっかりしている自分に気づいた。その理由に思い当たって少し恥ずかしくなる。昔、泊まりに来た時のように、一緒の部屋で布団をくっつけて寝たかったのだ。
- 今晩は父親が帰って来ないかもしれないと葉に告げる裕生。途端に意識して、思わず布団を挟んでお見合いをしてしまう二人
- 気がつくと、二人は布団を挟んで向かい合って正座をしていた。妙な沈黙が流れる――間違いなくこの状況は「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」という昔の新婚夫婦のそれである。互いにそう思っているのは分かっているし、この気まずさを解消するためにも、何か言わなければ、と思っているのも分かった。
- 葉の叔母ツネコが、葉に裕生のことを聞いた際、
- 「どんな子? あの裕生君ってのは」
- ツネコは目を瞠った。今まで見たことのないはにかんだ笑みが、葉の顔いっぱいに広がった。ツネコの方が恥ずかしくなるほど、さんざん迷った末に葉は答えた。
- 「……やさしい」
- 「でも、僕を信用しなくても、雛咲を信用してください」
- 裕生が茜の家に泊まったと聞いた葉。小学生じゃあるまいし一緒の部屋で寝たりしないわよと冗談ぽく言う茜の言葉を聞いて、
- 一昨日の晩、藤牧家に泊まろうとした時、「裕生と一緒の部屋で寝る」のがまさに葉の望みだった。「お前は小学生だ」と面と向かって言われたようでショックだった。
- そんな葉の複雑な心境も知らず、見当違いな説明をする裕生。
- 葉は「わたしは子供っぽいですか」と裕生に聞いてみたかった。しかし、そんな質問自体が子供っぽいことも分かっている。
- さらに、茜が裕生のことを「裕生ちゃん」と呼んだのを聞いて不機嫌になる葉。
- 「よく分からないけど、理解とかそういうのは大したことじゃないよ。雛咲がなに考えてるか分からないなんかしょっちゅうだったし。(中略)大事なのは別のことなんだ」
- 「一つだけ約束してください」
- 「わたしのこと、もう『雛咲』って呼ばないで」
- 「なにがあっても、もうその名前で呼ばないで。その呼び方、ずっと嫌いだったの」
- 「……うん……分かった」
- それを聞くと、葉は透き通るような笑顔を浮かべた。裕生の胸がざわめいた。なんとなく、この場にそぐわない笑顔のような気がした。
- 藤牧家に居候することになった葉。エプロンつけた新妻状態で食事の用意をする葉。
- 「ひょっとして、ぼくが起きるまでご飯食べるの待ってた?」こくんと葉はうなずいた。
- 「食べればよかったのに」
- いやいやするように葉は首を振った。何度言っても、裕生が起きて来るまで彼女は待っている。最初は二人きりで食事をするのが照れくさかったが、最近はそれにも慣れて来ていた。
- 神社の巫女のアルバイトをする葉。巫女服姿を裕生に見せたいんでしょとからかわれた途端、
- そのとたん、葉のほうきががたんと音を立てて地面に落ちた。驚いたみちるが顔を覗きこもうとすると、葉は力いっぱい首を曲げて見せまいとする。ほとんど泣きそうな表情になっていた。
- 「…………そんなことないです」
- ここまで恥ずかしがられると、逆にからかう気が失せた。
- 祭りに行くことになり、浴衣を着付けてもらう葉。どんな雰囲気にしたいかと聞かれ、
- 「……大人っぽく」葉は真顔で答えた。
- 相変わらず裕生は固まったままだった。
- 「あの……?」
- 「ああびっくりした。最初誰かと思ったよ……すごく似合ってるよ」
- 葉の顔に心の底から嬉しそうな笑みが広がった。
- 葉はほとんど有頂天になっていた。
- ふと、彼女は隣を歩いている裕生の手を見た。握ったら怒られるかなと、思った。
- 自分から握ろうか握らまいか迷っているうちに、よろめいた葉の手を裕生が支えるように握り、
- 「だいぶ混雑してきたから」裕生は真面目な顔で言い、そのまま葉の手首を握ったままで歩いていく。
- 「……いたいです」本当は痛くなかったが、彼女はそう言った。
- 「あ、ごめん」慌てて離した裕生の手を、彼女はしっかり握り直した。
- 「でも、葉を一人にしない。必ず助けるって約束した。約束を守るために嘘をつくんだ。嫌だけどそう決めた」
- 葉ははじかれたように立ち上がった。頭の中でまだなにか声が聞こえたが、もう葉の耳には入ってなかった。裕生はゆっくりと葉に近づいてくる。裕生がしっかりと葉の手を握った。一人にしないと誓ってくれたあの晩のように。
- 「わたし……」なにか言おうとしたが、胸が詰まってなにも言えなかった。
- 葉は裕生の顔をじっと見おろした。すやすやと寝息を立ててよく眠っていた。目を覚ましてしまうかもしれないが、ちょっと頬に触ってみたくなる。
- 自分が指を伸ばすところを、なんとなく葉は想像した。指では起きてしまうかもしれない。
- それなら、唇――。
- 葉ははっと口元を押さえてうつむいた。
- 小学生の頃、入院中の裕生のお見舞いに向かう葉
- 小柄な体を丸めるようにして、少し前の地面を見据えたまま脇目もふらずに走っていた。
- (裕生ちゃん……裕生ちゃん)
- 葉は心の中で、幼馴染の名前を繰り返している。ずっと名前を唱えていれば、悪いことはなにも起こらないような気がしていた。
- 「もう寝るの?」
- 「はい、あの……ここ、開けておいていいですか」
- 裕生は黙ってうなづいた。葉の部屋は廊下をはさんで反対側にあるのだが、先月あたりからふすまを開けっぱなしで寝るようになった。さらに裕生の部屋のふすまも開けてくれるよう毎晩頼みに来る。
- 「なにかあった時、お前を助けてくれた人はいるか?」
- 「先輩の言ったことを忘れるのが嫌なんです。他のことは忘れるのは覚悟できてるけど、それだけは絶対に嫌」
- 「先輩がわたしの名前を呼んでくれたから、わたしは一人じゃなくなった。でも、わたしが裕生ちゃんを忘れたら、きっとまた一人になっちゃう。あの部屋で父さんたちを待ってた時みたいに」
- 気がつくと裕生は両手を伸ばして、葉の体を抱き寄せていた。葉もごく自然に背中に腕を回してくる。今まで肩に手を回したのがせいぜいで、こんな風にしっかりと抱き合ったことは一度もない。葉の心臓の鼓動まで感じ取ることができた。
- その翌日、病院の前でツネコと一緒の葉に会った際、
- 隣にいた葉が裕生を見た途端にびくっと立ちすくんだ。そして、耳まで真っ赤になって顔を伏せてしまう。そうなると裕生の方も意識しないわけにはいかなかった。葉の柔らかな体の感触がリアルに蘇りそうになり、必死にそれを頭から追い出した。
- 「葉?」
- 遠慮がちに声をかけると、彼女は顔を上げた。黒目がちな瞳が裕生の前で止まり、金網から跳ね返るように立ち上がった。そして、笑顔で裕生の元に走ってきた。
- 「こんなところでなにして……」
- 裕生の言葉は途中で止まった。葉は裕生の右腕を両手でぎゅっと抱え込んだ。やわらかい髪の毛が裕生の鼻のあたりをくすぐっている。
- 「待ってたの」
- 「ま、俺の妹みてーなもんだ。裕生と結婚すりゃホントに妹なんだけどな」(雄一)
- 突然、廊下を歩いていた葉がお盆を落とした。葉の顔は耳まで真っ赤になっている。どうも「裕生と結婚」という言葉に反応したらしい。
- 徐々に記憶を失っていく葉は、忘れたくないことをメモ帳に書き留めていく。
- 葉のメモ帳に目を通す裕生。後半になるにつれ、裕生のことばかり記されており、裕生への想いを書き表そうとして何度も修正した跡が見え、そして、最後のページには、
- 「裕生ちゃんへ」という宛名の後は、たった一行書かれているだけだった。
- はやくきて。
概要
人の影に潜み、その心を、欲望を、そして肉体を喰らいつくすという怪物「カゲヌシ」。加賀見市に伝わる都市伝説を彷彿とさせる奇妙な事件が起こる中、藤牧裕生は、幼馴染雛咲葉の身に起こった異変に気づき、「カゲヌシ」の噂について調査を始める。やがて事件と葉とカゲヌシ、三つの事柄が大きく関わっていることを知り……。「カゲヌシ」に取り憑かれた少女と、彼女を救おうと運命に抗う少年の物語。
十傑集三上延の禁止スレにおける代表作にして、禁止スレの中でも、トップクラスの危険度と知名度を誇る最危険指定図書。禁止スレを始め、2chでは「影取」と略されることが多い。三上延得意のホラー要素の入った異能者もので、戦う力を持っているが力を使うたびに体を蝕まれていくヒロインと、戦う力はないが決断力があり、ヒロインを精神的に支え続ける主人公という構図は、デビュー作「ダーク・バイオレッツ」とも共通している。様々な能力を持った「カゲヌシ」たちとの異能バトルも見所だが、細かな描写ひとつひとつに、物語の重要な要素である恐怖や悲しみといった感情が丁寧に描きこまれており、それによって、運命に抗い続ける裕生と葉の悲愴感と、互いを想い合う姿が魅力的に演出されている。
そして、この作品を語る上で、決して欠かすことができないのが幼馴染ヒロイン雛咲葉である。この物語の魅力の半分を担っていると言っても過言ではない存在で、この雛咲葉を一言で表すと「健気」「いじらしい」といった言葉が、まさにふさわしい。先輩後輩という立場にある裕生に対して表向き立場を弁えたかのような態度を取っているのだが、随所で裕生のことが好きで好きでたまらないといったオーラを出しまくっており、つい本音がもれて「裕生ちゃん」と呼んでしまったり、裕生の鈍感ぶりにむくれたりする様はとても可愛らしく、暗い雰囲気の話に癒しをもたらす一服の清涼剤とも言える。特に、自分の気持ちを素直に言い出せず、見ている方が恥ずかしくなるほどもじもじする様子には、禁止委員にとっては致死レベルの破壊力がある。
さらに破壊力は巻を追うごとに上昇していき、序盤は意地を張っていた葉も素直さを見せるようになっていき、3巻からは藤牧家で同居を始め、新婚夫婦さながらの初々しさを見せ、終盤には、徐々に記憶を失っていく中で、裕生のことだけは決して忘れず、縋りつくように裕生に甘え始める。その様は、葉の裕生への想いと悲愴な運命に抗う姿が、それまでにしっかりと描かれていたからこその偽りのない素直な気持ちであることが分かり、読んでいて切なさで胸が締め付けられてくる。
一方の裕生も、葉の露骨な好意にも気づかない典型的な鈍感主人公で、その鈍感さゆえ、葉と擦れ違うことも多いのだが、ここぞという場面では選択を誤らず、臆することなく葉への想いを力強い決意と共に伝え切り、不安に揺れる葉の迷いを何度も払う。特に、終盤の絶望的な状況でも、葉を救うことをあきらめず、「黒の彼方」に立ち向かう姿は、格好良いの一言である。
物語的にも、地味ながらも秀逸な描写力で演出され、ラストも散りばめられていた伏線がしっかり回収される読後感の良い大団円を迎え、幼馴染要素的にも、ヒロインとそれを受け止める主人公の魅力が余すことなく描かれており、全編に渡って危険シーンで埋め尽くされていると言っていいほど凄まじい破壊力を持ち、最危険指定に認定されるのも納得の完成度である。禁止委員としては、再びこのような禁止図書に巡り合えることを願ってやまない(もちろん、強敵を求める意味で)。
最終更新:2012年05月22日 12:03