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  • 作者
  • 備考 長編,妹姫と兄王


 若いからといって、国王の仕事と言うものは、手加減と言うものはまったくない。
 執務室の明かりは、夜遅くまでともり続ける。
 哨戒の手にある明かりが、ゆっくりと、窓の外で動くのにふと手をとめて、彼は
「彼女らはもう眠ったろうか」
そう思う。先日、かけがえのない子を自分に与えてくれた、王妃と言う人のことを。
政略結婚ではあったが、子をなすほどの時間は、彼女に対してそれなりの愛着を
感じさせていた。
 静かに、彼の周りの時間が流れ、書類の山もそろそろ征服しそうな頃合。
「…一体何時間、そこに立っているつもりかな? 話があるなら入ってきなさい」
書類の山から目を離さずに、彼はそう言う。かすかにきしんだ扉の音の後、足音も
なく、彼女はその前に立った。
「お前のことだから、私の仕事を邪魔するのが怖かったとか、そんな理由ではないね」
「…何故?」
「何故、とは?」
「何故王女は、自分の意思なんて関係なく、どこか、知らないところに行かなくては
いけないの?」
彼は、妹の言葉を聞いて、また昼間、妻に縁談を紹介されたな、と思う。
「あれは、お前の幸せを思って」
「お兄様のそばを離れて、私、幸せになんか絶対なりません」
「言い切られても困るな。お前の年齢なら、もうどこかに縁付いていてもおかしくない
のに」
彼は苦笑いをした。
「私、お兄様のような方でなければ、どこにも行きません」
しかし妹は真剣に、そう言う。
「その子供じみた言い訳が、いつまで続くかな。
 もう効果がない証拠に、昼間、縁談を持ちかけられたのだろう?」

「お姉様のご配慮は、ありがたく思います。でも」
「断る私達の身にもなってくれ。お前をいつまでもこの城に置いておくのか、いやな
話も、聞かないではないのでね」
「知ってます」
彼女は、つん、と金色の髪を揺らして
「もう十六になる妹姫を、誰にも婚約さえさせないのは、お兄様に異常な執着がある
からと」
「おや、私は、兄上が理想と言い張るばかりに、みすみす婚期をのがそうとしている
と聞いているがね」
どちらもうわさとして、本当に流れていた。兄は書類の山から何か一枚を探し出して
来る。
「早いものだね、もう十六歳になるのか。今年のお前の誕生日の舞踏会の趣向はどう
しようか、係りのものが伺いを立てに来たよ」
妹は、そんな兄を、少し恨めしそうに見る。
「そんなもの、いりません」
「いらないというわけには行かないのが辛いところだ」
「そうやって、私にお嫁の行き先があるかどうか、お兄様もお姉様も家臣たちも探す
のが、本当の目的なんでしょう? そんな目的のために開かれるのなら、そんな会、
いりません」
「強情な王女様だね」
兄は根負けした、と言いたそうに書類を投げた。
「それでは、私や彼女がお前に秘密で用意させている贈り物が無駄になってしまうね。
 その贈り物を作らせる金は、一体どこから出ているか、知らないお前でもあるまい?」
やんわりと、たしなめるような口ぶりになる兄の顔を見て、妹は言う。
「ほしいものなら、あります」
「へえ、何が欲しいんだ」
「お兄様」
あまりにあっさりと言う。
「私が欲しいか、面白いことを言う」
兄は最初笑ったが、妹の視線は、明らかにその反応に面白くないものを感じさせていた。
「正気の沙汰か?」
彼は眉を寄せる。

「正気です。お兄様さえいただけるなら、私その後、どんな下劣な男に嫁がされようとも、
我慢します」
妹の視線は、本物だった。
「お姉様たちのことがありますから、いい控えてきました。
 でも、このお城にいる間だけは、お兄様を私にくださいまし。
 私も、…お兄様にすべてを差し上げます」
彼女は、衣装を合わせていた紐をぎゅっ、と引き解く。しかし、その衣装がほどけおちる
のと、彼が普段使いにしているローブが着せ掛けられたのは、ほとんど同時だった。
「…そうやって、お兄様は優しいから…」
彼女の目に、涙がたまってくる。
「私、ますます離れられなくなります」
「そういってくれるのはうれしい。しかし、勘違いをしてはいけない」
兄は、ぽつりとおちた妹の涙が、着せ掛けたローブにしみこんでゆくのを、何とはなしに
切なく見た。
 ふわっ。彼女の体が宙に浮く。そして、彼の腕の中に納まる。ローブに包まれて、その
内側にある下着姿の彼女の体は、誰かの手が触れれば、すぐにでも鮮やかに花開きそうな、
そんな予感を秘めていた。
「ここまで美しく育て上げたのは、確かに私の自慢だが、そんな見返りを求めての
ことではない」
きょうだいの顔がぐっと近寄り、兄がささやくように言う。
「お前の美しさは、ふさわしい誰かと結ばれて、私の心を苛むためにある」
そして、彼女に口付ける…その額に。
「部屋まで送ろう。
 私達が痺れを切らして誰かをつれてくるか、それともお前が自力で、お前のいう私の
ような男を見つけてくるか、根競べといこうじゃないか」




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最終更新:2008年02月14日 00:25