「春雷や、僕らは長く夢を見る(後編)」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
春雷や、僕らは長く夢を見る(後編)」を以下のとおり復元します。
「うーん、お父さんに聞いてみよ」
「あ、それはいいアイディアかもね」
 こなたの父そうじろうは小説家なので、大抵は家にいる、トテトテと小さな歩幅で父を呼びに行くこなたの背中をかがみは見送った。
 なんとなく待ち時間にPCでssを眺めてみると、甘甘なssが存外多い事に気づく。むしろ犬井部長のように、起承転結を気にしてキチンと物語の書式に従って書いている方が少ないのではないか、と思うほどだ。
 こなたがおじさんを連れて戻ってきた。
「おー、まさかこなたが小説を書こうとするなんてなあ」
 と言いながらやってきたおじさんはどこか嬉しそうだった。やはり自分の領域に娘が興味を持つと嬉しいのだろう。
「小説じゃなくてssだよ、お父さん」
「まあでも、類似品じゃあないか。どれどれ、これがこなたの書いたssか……ぶはっ!」
 おじさんは耐え切れずに息を噴き出して言った。
「こ れ は ひ ど い」
「もう、酷いのは分かってるってば!」
「あはは、まあ、最初は誰でもこんなもんさ。特にこなたは小説を読む癖がないからな。さてさて、で、こっちはこなたが倒さなきゃいけないライバルの方か……ほう」
 おじさんは、犬井部長のssの方は真剣な目をして眺めて、読み終わると腕を組んでうーんと唸った。
「こりゃ勝ち目がないなあ」
「まあ、そう言うと思ったけど、お父さん、何とかならない?」
「三日しかないんだろ?いきなり、三日後に試合があるからプロボクサーにしてくれ、とか言うのと一緒だぞ、それは」
 確かに、一朝一夕でうまくなる訳がない。
「お父さんは、小説を書く時に、どんな事を気にしてるの?」
「そりゃまあ、色々あるけど……起承転結、序破急、人物や背景の設定とか、小説の思想コンセプトとか……でもこなたはまず、物語をどう書くか、とかそんな段階だろうからなあ。普通に物語を書くなら、まず往還を意識するところから始めるのが早いとは思うが……」
 おじさんはそれからこなたに、物語のプロットの作り方のようなものを説明した。たぶんそれは初心者がやるための、基礎的な作り方の説明で、そういう部分から始めるのは確かに正しかったが、犬井部長に追いつくには遠すぎるのも確かだった。
「プロットの考え方はいろいろあるが、行って帰ってくる往還の運動を基礎にすえる、という考え方や、主人公が問題を克服して周囲が幸せになる、というような発想なんかを意識した方が手っ取り早いだろうな。よくわからないが、こなたが書こうとしているのは、少女二人の物語だろう?ボーイ・ミーツ・ガールの形式を転用して、ガール・ミーツ・ガールの冒険ものとかでもいいんじゃないか?」
 違う、そうじゃないんだ。とかがみは直感的に思った。イエみてssで、冒険なんかしたらむしろおかしい。おじさんの考え方は、オリジナルの小説を書く時の発想で、ssとはほんの少しずれている。もちろん、オリジナルの小説を書くのと同じ発想でssを書いても良い。でも……なにかが、違う。
「あの、おじさん」
 思わず、咄嗟にかがみはそうじろうに尋ねていた。
「二人がただ、甘く過ごすだけでは駄目なんですか?」
 その問いに対するそうじろうの答えは、小説家として実際的なものだった。
「それじゃ、読者はそれを読む意味がないよ」
 かがみはその言葉に反論したかったが、上手い言葉が見つからない。こなたはそんなかがみの気持ちを察したように、小さくかがみに目配せした。 

「お父さん、とりあえず、今日、みっちり私を指導してくれない?」
「いいぞ、そんなに厳しい締め切りの仕事は抱えてない」
「じゃあとりあえず、私が書こうとしたssの梗概を説明するから、そこから訓練していきたいんだけど」
「任せとけ」
 二人がやる気になりだしたので、かがみはそっと立ち上がる。
「じゃあね、こなた、また明日。学校で」
「あ、かがみ、帰っちゃうの?」
 そう言うこなたが少し寂しそうで、かがみは微笑した。
「私が居ても邪魔でしょ。またね」
「ん……うん、またね」
 少し名残惜しかったけど、邪魔しちゃいけない、と思ってかがみは泉家を辞去した。玄関までこなたとおじさんが送ってくれて、家まで送るというおじさんの言葉をかがみは断った。少しでも長くこなたにssのこと教えてほしかったから。
 家を出ると、殆ど夜になっている泉家周辺の住宅街は静かで、街灯の明りが夜を切り取るように丸くぽつんぽつんと続いている。月の白い光がかがみの背を見つめて、泉家から少し歩いてから振り返ると、こなたの部屋の明りが遠くに見えた。
 あそこでこなたが頑張っている、と思うと胸の中がじんわりと熱くなって、本人の前では勇気がなくて言えない言葉を、かがみはその窓に向かって言った。
「すっごく応援してるんだから、絶対勝ってよね!」
 言うだけ言うと恥ずかしくなって、かがみは駆け出す。
 月の照らす青白い夜の中を、こなたの事を想いながら。


 ………


「それで、泉先輩の様子はどうっすか?」
今日も放課後、田村さんがかがみのクラスまで来る。こんなにしょっちゅう来るのは、彼女なりに責任を感じているせいだろう。こなたが犬井部長に勝てるか気が気じゃないのだ。
「まあ、いちおう、あいつの書いたssを見たけど……」
「ど、どうでした?」
「強いて言うなら、アミーゴ、とだけ……」
「うはあああ!もう駄目だあああ!思わずメキシカンになるほど駄目だああ!」
ひよりが頭を抱えるのを見ながら、かがみも頭を抱えたくなる。どう考えても勝ち目がない。そこへ追い討ちをかけるように、ひよりがプリントアウトした紙束を取り出した。
「これが今回、犬井部長がコンペに出したssっす……」
まるで死亡通知のように重々しく差し出されたそれを、かがみは読み始めた。 

内容は、イエみてのキャラクター達が左翼闘争に関わっていき、理想を求め、理想を信じ、裏切られ、大人になろうとして、なれず、憎悪と苦しみの中で社会に裁かれ次々と非業の死を遂げるとてつもない大作だった。
 メインキャラクターの死に様が全て凄まじく、投獄されても完全黙秘を貫く彰子さま(イエみてのメインキャラの一人、以下、名前が出てくるキャラは全員メインキャラ)が、とことんまで黙秘を貫くなか、しかし自分が意地になってまで求めた理想が結局は全て無意味で、踊らされていただけと知り、それでも黙秘を貫いたにも関わらず、最後の最後でもっとも人情と知恵に溢れる刑事に、自分が何を求めたのか語ろうとし、しかし、語るべき何事もないのに気づき、哀れなほどにもつれる舌で言うのである。「わ、わ、わたしは、む、む、むかし、ゆ、ゆ、ゆめをみた……」そしてその後に彰子は自殺する。
 愛する姉である彰子の死を経て、ますます闘争に走るしかなかった由美は、とことんまでの過激派路線を採用し、日本の左翼はしょせんままごと、と言わんばかりのあらゆる言論人に反論するかのように、爆破と殺人を繰り返し、最後には飛行機をハイジャックし、外国の戦場にまで行く事になる。「私はただ、私の望む大人になりたかっただけだった、それはここでは無理で、ここではないどこかでなら……」外国の、死に溢れた酸鼻極まる戦場で仲間に裏切られ、ゲリラの凄まじい拷問を受けながら、由美はしかし、結局は自分が大人にはなれなかった事を知る。「本当は、どこかへ行っても駄目だったんだ……ほかのどこでもないここで、私は大人にならなきゃいけなかったんだ……」そして由美はゲリラに嬲り殺される。
 縞子は大人になるのを拒否し、自分は絶対に大人にならない、と決めながら自分の理想の党派を築こうと奔走する、しかし党派を党派として維持するために必要な策謀や裏切り、虚偽と駆け引きに縞子は疲弊し、気づけば膨れ上がった党派は、どこにでもある、利権とべったりくっついた腐臭漂うありふれた党派に過ぎなかった。大人と共闘すべきだ、大人と協力すべきだ、それは裏切りだ、セクトを維持せよ、裏切り者を殺せ、理想のためだ……そして縞子は子供であった仲間たちが全て、ただの利権屋に変貌した寒々しい荒野のような風景の中で言うのだ。「気づけば、私達は大人になっていた」縞子は理由さえ不明な、複雑怪奇な党派内政治のために殺される。
 以下は省略するが、大体上記のような凄まじい争いの末に全キャラクターが死亡して終わる大迫力のssだった。
「欠片もイエみてじゃねえ!」
「まあそうっすけど、凄いのは凄いっす!とにかく、異様なssっす!」
 確かに、狂ったような迫力がある。イエみてssとして書くのは正気とは思えないし、かがみは好まないが、ファンがいるというのも分かる気はした。
「ちょっと、こなたに見せてくる」
 かがみが紙束を持ってこなたの教室に行くと、何故かそこには犬井部長が居り、こなたの手には既に紙束が握られていて、こなたはそれを読み終えたところのようだった。
「一応、私のssも見せてあげようと思ってね」
 という犬井部長は、自分の力を誇示するような様子だった。彼女はわざわざ放課後に、こなたに自分のssを見せるためだけに紙束を渡しに来たのだ。まるで自慢の彼氏をみせびらかすみたいに。
 こなたは無表情に犬井部長を眺めて、不思議そうに首を傾げ言う。
「犬井さんは、私達と同じ三年生だよね。卒業も近いし……どうして、ssを書いているの?」
 こなたは悪意からではなく、純粋に疑問だという風に尋ねた。その質問は犬井部長の心の中の柔らかい何かを傷つけたらしく、憤激したように犬井部長は言った。
「私がss書くのは私の自由でしょ!一体貴方に何の関係があるわけ?!」
「いや別に、ただの疑問なんだけど……これ、凄く長いし、力作だっていうのは分かるから、ここまでするのは何でかなあ、って」
 こなたが犬井部長のssを、力作、と褒めたので部長の機嫌は幾分良くなったようだった。いつも不機嫌だから分かりにくいが、案外この人は幼く、扱いやすい人なのかも知れない。犬井部長は機嫌の良さを隠すためか、吐き捨てるように言った。 

「ただの暇つぶしよ」
「ふうん……このssって、みんな理想を求めたり、大人になろうとして失敗する話だね」
「それには思想的意義がある」
 犬井部長は水を得た魚のように、近代化する日本が、世界の中で大人になろうとすること、左翼運動が理想を求め、子供のままでいようとする失敗、生きる意味を見失う現代人、成熟というテーマの文学的正当性などを語ったが、こなたはそれには興味がないようだった。もちろん、かがみだって興味はない。
 そういう話をする時だけ、犬井部長は機嫌よく嬉しそうで、可哀想なくらい愚かで孤独な人に見えた。
 こなたは話し終えた犬井部長に、ぽつりと言う。
「それで貴方は、どんな大人になるの?」
 犬井部長は、鉄の壁のように冷たくぴしゃりと言った。
「私個人の事は、ssとは関係ないわ」
 こなたは話は終わった、と示すために鞄を持って立ち上がった。
「ほんじゃ、私は帰るんで」
 犬井部長はまだ語り足りないような様子だったが、こなたはかがみの所までまっすぐ歩いてきて「帰ろ」と声をかけた。かがみもこなたも、犬井部長の思想には何の興味もないのだ。
 下駄箱で靴を履き替え外に出て、校門で待つみゆきやつかさに追いつく前に、かがみは言った。
「犬井部長のss、力作だったわよね」
「そうだねー」
「あんた、昨日の間に、プロットくらい出来た?」
「あはは、それが全然!」
 さすがに、かがみの顔も引きつる。
「ちょ!?おま、それはやばくないか!?」
「いやー、余りのやばさにワクワクしてるよー」
だ、駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。
「こなた……ちゃんと勝つ気あるのよね?」
「いやー、もちろんそうなんだけど、なかなか、勝利への糸口が見えないのだよねー。漫画ならこういう時、何かにティン!と来て勝利できるんだけどなー」
「おいおい」
ここまで来て漫画かよ!
と突っ込みたくなるかがみだったが、ふざけた様子に見えたこなたの横顔が、想像以上に真剣な事に気づく。こなたはこなたなりに、この追い詰められた状況に思うところがあるようだった。
「私、負けちゃうかなあ」
確かにいま、勝てる要素が見当たらない。
「大丈夫よ、負けたら私も一緒に謝ってあげるから」
「駄目だよ!」
とこなたは予想以上に強く反論する。
「私、かがみに勝つって約束したもん。絶対、絶対勝つよ!」
「どこからそんな自信が出てくるんだか……でも」
できるかぎりの心を込めて、かがみはこなたの背中をぽんと叩いた。
「それなら、頑張りなさいよね」
「うん!」
犬井部長は、夢や理想を追い求めて大人になれず死んでいく少女たちを描いた。
今、私達は大人になる途中で、どんな大人になればいいか分からなくて。
でも校門の前ではつかさやみゆきが待っていて。
私達は一人じゃない。
だからきっと、見えない未来でも歩いてゆける気がした。
「こなちゃん、お姉ちゃん、遅いよ、早く帰ろ」
とつかさが笑う。
私は思いっきり笑顔で「うん!」と頷いた。 


 …………………………


もう余り時間もないのに、こなたは自室のPCに向かっていてもssを書く訳でもなく、うんうん唸っていた。さっきから同じ姿勢で唸るばかりで、手はまったく動いていない。時間は恐ろしいほどゆっくりとしか流れず、かがみは読んでいたラノベから顔をあげて言った。
「そんな無理に書こうとしても無駄なんじゃない?」
こなたは珍しく困った顔でかがみに振り返り、気弱な声で言った。
「でもこのままじゃ、本当に負けちゃうよ」
「ssってでも、勝つために書くもんじゃないだろ」
「それはそうなんだけど……」
ああ、こなたも必死になったりするんだな、とかがみは思う。
ふざけてる様子しか見せてなかったけど、やっぱりこなたも負けそうで不安なんだ。
それなら……力になってあげたいな、とかがみは思う。でもこれは、どう手伝ったらいいか分からない問題で、宿題みたいに、はい見せてあげる、という風にはいかない。
「気分転換に、他の人のssでも見たら?そういう事をする人多いらしいし」
「ええー!?ssに詰まって他人のssを見だして、自分の才能の無さに絶望して寝る、というのは鉄板コースなのにー?!」
「いや寝るなよ、何とか参考にしろよ」
「うーむ」
こなたは言われた通り、いくつかのssを見て、結果、自分の文章力がかなりやばいという事を思い知らされるばかりだった。
「かがみん……」
「なに?こなた?」
「私もう、駄目なのかな?」
「重症で死ぬ寸前みたいな台詞を言うなよ」
「だってこれもう、勝ち目ないよ……今日と明日しかないのに、プロットだって出来てないし、昨日、お父さんとミッチリ特訓したけど、何の成果もあがらなかったんだもん!お父さんも流石に苦笑してたよ。三日じゃ無理だって!」
こなたは真剣に、追い詰められた顔で訴えてきて、かがみは何とかしてあげたかったが、何を言っていいか分からなかった。
「私、負けたくないよ、だってかがみと約束したもん!かがみと真剣にした約束は、絶対破りたくない。それに、やっぱり、かがみに言ったこと、謝らせたいもん……」
しょげた様子のこなたは俯き、部屋の中には沈黙の帳が降りた。かがみは何か言おうと言葉を探すが、適切な言葉は見当たらず、視線は泳ぐばかりだった。秒針は滑らかに進んでいき、時間だけが無情に過ぎていく、かがみは途方にくれた気持ちでただこなたを見つめた。本当に、どうしていいか分からなかった。そんなかがみの様子にこなたがすばやく顔をあげて、取り繕うように言った。
「あはは、らしくないね。ごめんごめん、空気も読まずに変なこと言って。弱音吐いても空気悪くなるばかりだもんね」
そう言って笑うこなたが痛々しくて、かがみは少し腹をたてる。
「無理しなくていいよ。思うこと、好きに言えばいいじゃない。友達でしょ?」
「友達だからだよ。嫌な思いとかさせたくないもん……あー、またこんな話題になっちゃって、今日の私は駄目だ!うがー!」
 そう言ってPCに向かうこなたの背中を、少し寂しくかがみは眺め、こなたは負けちゃうのかな、勝ってほしいな、と祈る。何より、こなた自身のために。 
 どうすればいいのかな、どうすれば勝てるかな……。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、とは言うけどねえ……」
己を知った時点で、勝てない事まで知ってしまう有様だ。
「敵かあ……」
ふとこなたは思いついたようで、犬井部長のssをいくつか読みはじめた。その目は真剣で、あの難解で長大な犬井部長のssを、文句も言わずによみこなしていく。かがみはその横顔を見つめながら、頑張れ、と心の中でエールを送る。まじめな顔をしたこなたの横顔は、胸が締め付けられるくらいまぶしい。
「この人、やっぱり上手いね」
 昨日まではまともに読むことさえ出来なかった筈なのに、今ではちゃんとこうして感想まで言える。こなたは、本当に頑張っているんだ、とかがみは思った。 

「そうね、文章は随分老成というか、難解というか、そういう感じだけど、やっぱりそれは上手いから書けるんだと思う。複雑な文章を書ける人は多分、簡素な文章も書けるだろうし……」
かがみが言おうとした続きを、こなたは先読みするように言った。
「それにシナリオもちゃんとしてる。お先真っ暗な絶望的展開しか書かないから、人は選ぶけど、その破滅に至る過程も無理がなくて説得的だし、破滅する瞬間は最高に盛り上がってる……その破滅も、ただキャラを破滅させたいとか、ただ欝展開をしたいとかいう、キャラヘイトみたいなノリじゃなくて、たぶん教室で言ってたような、何か思想みたいなものがあって、そのせいでssにも筋が一本通ってて、簡単には否定できない力があるね」
すらすらと感想を述べるこなたに、ちょっとかがみは感心して言った。
「こなた、何か、えらく『分かってる』のね」
「私もともとおたくだし、消費者として作品を見る目はかなりあるよ。でもこうして見ればみるほど……」
 こなたは視線を下げて、頭のアホ毛まで萎れるように垂れ下がる。
「勝ち目ないなあ、って……だって私さ、結局、星と陽子がただいちゃいちゃするようなssしか思いつかないもん。書きたいのも、そういうのしか思いつかない。こんな、思想とか、時代背景とか、序破急の盛り上がりとか、できないよ……」
「そ、そんな事ないわよ」
かがみは慌てながら、みるみるしょんぼりするこなたの肩を叩こうとし、謝ってマウスに触れた。
「お?」
「あれ?」
クリックして飛んだ画面には、簡素な文字が行儀よく、交互に並んでおり、そこはどうやらssの感想をやりとりするところで、犬井部長と読者のやりとりが二人の目に入ってきた。

 ………………………

528 名前:名無しさん ID:UC6L3qgc

今回のss読ませて頂きました。由美達の辿る運命が余りにも酷すぎると思います。いっそオリジナルで書いたらいいんじゃないかと思うんですけど……。

529 名前:イヌイ ID:cih/UXvA

ssを書くものにとって、書いたssが全てであり、貴方が彼女たちの辿った運命を過酷過ぎると思うのなら、それは貴方にとって真実なのでしょう、というそれ以外の言葉が必要だとは私には思われない。
しかし敢えて言うなら、運命というものは元から過酷であり、私はまったく過酷さの無い、ただ甘いssを書くことなど出来ないのである。なぜならば、それは己に嘘をつく行為であり、人間関係がただ甘く、やさしく過ぎていくというのは確かに理想的ではあるだろうが、そのように夢ばかり見ても甘さで歯をやられるのが関の山である。
ストーリーも内容もないただ甘いだけのssなどに存在意義があるように私には思えないし、そのような夢ばかり見るのも愚かな事であろう。また、オリジナルで書くかssで書くかは私の自由である。
過酷でない運命を書け、という貴方は、甘くやさしい運命を望むのだろうが、それは不可能な事だ。

何故なら、私はもう、夢ばかり見るような年ではないからである。

 ………………………………

ネットでさえ、こんな性格の悪い文章を書いちゃうんだ、とかがみが驚いていると、不意にこなたがマウスを取り落とし、食い入るように画面を見ている事に気づいた。
「こなた?」
こなたは殆ど呆然とした表情で言った。
「私、分かっちゃった……」
その目が徐々に、鋭い光を帯びていく。
「何を書けばいいのか……」
かがみには、こなたが何を見つけたのか、分からない。
「そうなの?」
「うん、少年漫画風に言うなら……。見つけたよ……犬井部長の弱点」
そう言ってこなたはにやりと笑った。だんだん、いつもの元気なこなたに戻っていくようで、それがかがみには嬉しかった。
「良かったじゃない」
「うん!それで今から……あと、明日の休み一日全部使ってss書くから!期待しててね!」
こなたが猛然とPCに向かい始めたので、かがみは立ち上がって帰り支度を始めた。作業に夢中になっているこなたはちょっと会釈しただけで、大して振り返りもしない、仕方なくかがみは部屋を出たが、悪い気はしなかった。
 いつものこなたに戻って、あんなに活き活きと書き始めたんだから、きっと大丈夫。
 かがみは家に帰る前に再び泉家の、こなたの部屋の窓を振り返って思った。

 こなたが何を見つけたのか分からないけど……

 信じてるからね!こなた! 

  ………………………………

翌日の休みは、こなたの事が気になっていまいち落ち着きのない一日になってしまった。勉強も買い物もどうも身が入らず、ぼうっとテレビを見ても考えるのはこなたの事ばかりで、結局、こなたのssがアップされた夜の六時くらいまでソワソワし続け、アップされた瞬間、かがみは待ちきれないようにそのssに飛びついたのだった。

 こなたの書いたssは、以下のような内容だった。

いつも宿題を陽子に見せてもらう星は、内心、陽子の事を愛している。かつて孤独で刺々しかった星は、この日常がどんなに大切で、かけがえのない時間なのかを知っていて、でも陽子に愛を告白する事は出来ない。
そんな二人の静かな、愛しい日常が、これでもかこれでもかと胸に迫るような優しく、暖かく、美しい文体で綴られる。二人のほんの些細なしぐさ、やりとり、微かな心のふれあい、その積み重ね、私達の日常そのもの。
それは他愛のないものかも知れないけれど、決して下らなくはない、と確かに感じる事が出来る。私達の人生は一瞬で、そして後世に名が残る訳でもない。歴史や世界の圧倒的な力の前で人間は余りにも無力で、しかしだからこそ、私達が誰かを愛したということ、笑顔で今日の一日を過ごしたということ、ただ毎日を頑張って生きているということが、何よりも大切で、それだけが無力な人間が歴史や、世界にさえ対抗できる唯一確かな人間の証なのだと、かがみは確信できる。
 偉大な思想を語る事や、歴史に名を残す事だけが大事なのではない、どんな物事もいつか時間の暴力に流されて、きっと地球や宇宙だって滅びさるだろう。全てが無意味なこの世界で、それでも人間が人間として生きる時、『本当に意味があるのは』、確かに、この日常だけなのだ。
 愛する人に、愛しているって言えないもどかしさ、好きな人の優しさに心が暖かくなること、ほんの少しのふれあいで嬉しくなって舞い上がっちゃうこと、それが、思想と比べて劣るなんてこと、決して無い。
 こなたのssは、全力でこの『些細な』日常を肯定していた。だからかがみも全力で頷く事が出来る。
 私、この毎日が、大好きだよ、って……。
 物語の終わりに、星は陽子に想いを告白しようとして終わる……とてつもなく愛しく、美しい物語だった。
 かがみは感動し、自分が泣いているのに気づいた。
 こなたのやつ……こなたのくせに……感動しちゃったじゃない。

 そして、決戦の投票締切日が来る。


 ………………………………


 かつかつ、と靴音も慌しく廊下を、文芸部の部室に向けて緊張に満ちた音をかがみが響かせている。その横を同じく足早に歩くひよりが、鋭く強張った口調で言った。
「泉先輩はもう、先に部室に行ってるっす」
かがみは小さく頷く。
「こなたは……勝てそう?」
 一瞬、ひよりの眼鏡の奥の目が見えなくなる。ひよりは極めて慎重な口調で言った。
「昨日の段階では、犬井部長有利で……でも、ほぼ互角っす。こうなると勝敗は、どうなるか分からないっす」
「そう……」
 かがみは身震いしそうなほど緊張しながら、冷え冷えとした廊下を急いで歩いた。ひよりも沈黙し、どうなるか分からないこの決戦の緊張に耐えている。
 たどり着いた部室のドアを開けると、一番奥の席で犬井部長が腕を組んで侵入者を待ち受けるようにふんぞり返り、一番手前の場所でこなたは椅子にも座らず、まるで犬井部長と対峙するかのように立っていた。部員たちはそれぞれ脇の椅子に座り、緊張のためか顔を青ざめさせながら結果を待っている。
「ごめん、こなた、遅れた」 

 部室に入ってくるかがみとひよりを、部屋の中の全員が注視し、こなたもまた振り返り、針の上のように緊張した空気の中でも、かがみを見つけるとこなたは微笑んだ。
「やふー、かがみん」
「ど、どうなってるっすか!状況は!?」
 ひよりの慌てた問いに、三つ編みの生徒がPCを見ながら答えた。
「現在、得票数は、犬井部長が327、泉さんが302です」
「あと三十分……」
 こなたの状況は苦しい。
「まだ分からないっすよ!締め切りギリギリで投票する人たちがいるはずっす!」
「どうかしらね?」
 と犬井部長が尊大な様子をことさら強調して言った。
「結局は、甘いだけの中身のないssでしょ?文章は綺麗だけど、キャラクターは夢ばかり見て、甘さばかりが伝わって、胸焼けしそうじゃない?本当に作者が伝えるべきなのは、人間のすばらしさとかそういう事でしょ?でもこのssじゃ、伝わるのは甘さばかりだわ」
三つ編みの生徒が、犬井部長330、こなた303と言った。
負けちゃうの?こなた?
かがみは緊張と激しい胸の痛みの中で、悪意あることばかり言う犬井部長が憎らしく、こなたに勝って欲しいと心底想った。
こなた……!
かがみが祈るようにこなたを見ると、こなたが小さく呟いた。
「……それでいいんだ」
犬井部長がこなたを睨む。
「何?」
こなたは睨み返す。
「……ssは、これで」
こなたの続けようとした言葉を無視して、犬井部長が自分の主張を始める。
「夢ばかり見て、甘さしか伝わらないのはこのssの欠陥……」
そんな犬井部長の言葉を、一つの叫びが遮った。
こなたの、心からの叫びが。


 
  「甘くていーーーーーーーーんだっ!!!!!!」



部室を揺るがすような叫びに、一瞬水を打ったように部室が静まり返り、そのままの勢いでこなたは言った。
「甘さこそが、私の伝えたい全てだから……!それが伝わればこのssは成功しているんだ!私のお母さんは、私が生まれてすぐ亡くなっちゃった。『私達の人生は短い』本当はとても短いんだ。私達は若くて、まだ青春と呼べる時間の中に居て、それでも社会や運命の過酷さを知っている。でもいま、私達はこの短い人生の中で、唯一甘さを許される時間の中にいる、それなら──」



「夢見なきゃ損じゃないか……!!」



こなたが殆ど絶叫するように言った言葉に、かがみの胸がこの上もなく熱くなり、思わず泣きそうになる。三つ編みの生徒が叫んだ、犬井部長331、泉さん331!
「並んだっす!!」
「そんな……!?」
驚愕の表情を浮かべる犬井部長に、こなたは言う。 

「犬井部長、貴方だって本当は分かってる筈なんだ。何より貴方自身が、夢を見たい人の筈だから。でもその自分を抑えつけるから、夢を見た少女たちは激しい制裁の中で死なねばならず、大人になれない。でもそんなの違う。もう夢を見るような年じゃない?何で大人ぶるの?高校三年生なんて、まさに夢を見るための年だよ。だから、貴方には本当は、夢がある筈」
「何よ、作品から、作者の精神分析?そんな事をする資格は誰にも……」
「犬井部長はかがみの精神を罵った。だからという訳じゃないけど、他人のssから他人の人格を批判するなら、一度くらい、それを自分でも体験してみていい筈だと私は想う。貴方はssに逃げ、でも本当は不満足で、だから回りに自分のssの力を誇示して当たり散らし、臆病に本当の夢から逃げてる。貴方が逃げ出している本当の夢は」
「うるさい!」
「小説家になる事の筈だよ」
犬井部長332、泉さん333!と三つ編みの生徒が叫ぶ。
「追い抜いたっす!」
「勝手に決めるな!私のことを、勝手に決めるな!私の何が、あんたなんかに分かる!あんたなんかに何が……!」
 激昂した犬井部長が、口角泡を飛ばしながらこなたに詰め寄った。
「私が勝ったら、土下座させて、今言った全ての事を謝らせてやる!!」
「勝ったなら、いいよ」
こなたの言葉に重なるように、三つ編みの生徒が言う、犬井部長335、泉さん334!
「こなた!」
無茶な賭けを止めようとしたのか、それとも応援の声なのか、かがみは思わずこなたの名を呼ぶ。
「犬井部長336、泉さん336!」
「また並んだっすか!?」
こなたは犬井部長とにらみ合い、その小さな背丈で犬井部長を見上げながら、いつもの、本当にいつものように不敵な笑みを浮かべて言う。
「ssに本当に必要なものは一つだけ、たった一つだけ……」
犬井部長337、泉さん338、という声。
こなた……
犬井部長340、泉さん339!
……勝って!こなた!!
「どうなってるっすか!投票は!?もう時間がないっす!」
「犬井部長340、泉さん339のままです!」
「もう時間ないっす!一分もないっす!」
340、339。
数値が動かない。
かがみの心臓が、大きく脈打つ。
祈り、願い、想い。
思えばこの数日、ssのことばかり考えてきた。そして、こなたのことばかり考えた数日だった。
ただ一つの事を追い求めて、頑張って、こんなに充実した日々、今まで無かった……。
そしてその結果が、今、出ようとしている。
犬井部長340、こなた339
数値が、動かない。
かがみは殆ど生まれて初めて、強く強く願う。
勝って……!
こなた……!
数値は無情なほど動かない。
そしてかがみは初めて、本人の前で応援の言葉を口にした。
「お願い……勝って!勝ってよ!こなたっ……!」
こなたは笑顔で振り返り、親指をたてて言う。
「当然っ……!」
かがみはその笑顔に涙目で頷き、そして時計が、終了の時間を指し示した。
「投票終了ーーーーーっす!!」 

ひよりの声に反応するように、三つ編みの生徒が言う。
「結果は……」
裁かれる、運命の時。
「犬井部長……341!」
あそこから、まだ1票入ったんだ……。
お願い、神様……!
こなたがぎゅっと拳を握り、かがみは思わず、その手をそっと握った。
こなたがかがみに向けて小さく頷く。
三つ編みの生徒の声。
「泉さん……」
運命の審判は、下される……!


 「342……!!!」


うおおおおおおお!という歓声が、部室を一瞬で包んだ。
まるで祝祭が突然訪れたように、部室の熱が最高潮に高まり、三つ編みの子が飛び上がり、ひよりが雄たけびをあげて震え、こなたは名も知らない文芸部の部員たちにもみくちゃにされた。
「よくあの部長を倒した!」
「あんたはやった!やってくれた!」
「魔王は死んだ!開放されたんだ!」
「うおおおおおお!やった!勝った!第三部完!」
中には、初めて部室に来たとき、部長に泣かされていた子もいて、あらゆる部員が部長が負ける事を望んでいたらしいのが分かった。
何故かそのまま、こなたは持ち上げられ、部室の中で胴上げされ、万歳三唱までが始まって、かがみは思わず突っ込んだ。
「何だよ、これ……」
わっしょいわっしょい、と祭りのようになっている文芸部の部室の中で、ただ一人犬井部長だけが、敗北者として椅子の中で小さくうなだれていた。皆がこなたを見ている中、三つ編みの生徒だけが犬井部長の方をじっと見ている。
「ちょ!?降ろして!?降ろして!?」
何とか胴上げから降ろしてもらったこなたが少しふらつくのを、かがみがそっと支えた。
「勝ったね、こなた……」
「約束守ったよ、かがみ」
見つめ合う二人の空気に気づかず、ひよりはこなたの肩をバシバシ叩いた。
「いやー!凄いっす泉先輩!やっぱ凄い才能があったっす!尊敬っす!」
「あはは……まあ、そんなことないんだけど」
祝福されるこなたに向かって、全てを失ったように惨めな様子の犬井部長が言う。その視線はどこか、達観して遠くを見ていた。
「私の負けだわ。貴方の言う通り、土下座でも何でもするわよ……」
うなだれる犬井部長に、こなたは少し首をかしげてかがみに尋ねた。
「こう言ってるけど?」
「別にもうどうでもいいわよ。最初から気にしてないし」
こなたには勝って欲しかったが、犬井部長の謝罪には最初から何の興味もない。こなたは犬井部長に向け、いかなる敵意も持たず、敬意さえ感じさせる口調で言った。
「たぶん、犬井部長は、もうここに居るべき人じゃないと思う。貴方の本当に書きたいものは、イエみてssじゃないと思う。夢や甘さを恐れて何かを書いても、不幸なssが生まれるだけじゃん」
 犬井部長は、微かに笑いながら俯き、憑き物がとれたように晴れ晴れとした顔をしていた。誰かが彼女を、打ち負かさなければならなかったのだろう。犬井部長はゆったりと、深々と安堵するように椅子に沈み込み、苦笑しながらこなたに聞いた。
「貴方、最後に、何て言おうとしたの?ss書きに必要な、ただ一つのものって?」
こなたはいつも教室で見せる笑顔で、親指をたてながら言うのだった。

「愛だよ、愛」

と。 


 ………


二人で帰る放課後に、靴箱で靴を履き替えるこなたを待ちながら、かがみはいつになく嬉しい気持ちで、それでいて胸がまだドキドキしているままで、追いついて隣に立って歩き出すこなたに尋ねた。
「でも本当……凄かったわ。あんたにあんな文才があるなんて思わなかった」
そう言うとこなたは猫のような口をしてにやりと笑い、ちっちっちっ、と何かをたしなめるように言った。
「馬鹿だなあ、かがみん。三日やそこらであんなに文章が上手くなる訳ないじゃん。そんなの、世界中のss書きが涙目だよ」
「は?なんだと?」
嫌な予感がする。
「ssを一応書き上げたけど、もう酷いのなんのって、書きたい事やコンセプトを必死に伝えて、物凄い勢いでお父さんに添削してもらったよ」
「おい、ちょっと待て」
「殆どお父さんが書いた部分とかあるしね。実際、お父さんにこうしなさい、って言われて私がパソコンで打っただけの部分も多いし、まあ、原案・泉こなた、作・泉そうじろう、って感じだよね~」
「ちょ!?おま!?それ反則だろ!?」
何それ!?思いっきりルール違反じゃないのか!?
「別に家族に手伝ってもらっちゃ駄目なんてルール無かったし~。それに、やっぱり一度、犬井部長はただ甘いssに負けるべきだって私は思って、頑張ってお父さんを説得したよ~。お父さんも快諾してくれたし」
「な、な、な……」
かがみは思わず叫んでいた。
「納得いかねええええええええ!!」
「いやー、それにしても、幾ら私の原案とは言え、プロの書いた文章と互角に戦うんだもん。犬井部長には頑張って欲しいね」
「それは、お前書いてないって意味だよな!?あのss、お前は書いてないって事になるよな!?」
あははは、と笑って誤魔化すこなた、考えてみれば当然じゃないか、私も私だ、あんな短期間で文章が上手くなる訳ないのに、と、かがみは騙された気分になって思った。
「あんた、本当にそういう抜け道だけは得意だよな。ろくな大人ならんぞ」
「うーん。でもさ、原案として書いた時の、私の気持ちだけは本物だよ。それはお父さんとよく相談して、私の気持ちが伝わるように書いたもん。あのさ、かがみの書いたssあるよね」
「え?」
 突然、自分の書いたssの話になって、かがみは動揺する。なんで突然?
「あれってさ……かがみの気持ちが入ってるんだよね?」
 そう尋ねるこなたの目は、ふざけていなかった。
「宿題をいつも見せる陽子は、本当は星の事が恋愛対象として好きで、でも言い出せない、そういうssだったよね?」
 まるで少しづつかがみの精神の内奥に迫るようなこなたの口調に、かがみは気おされながら答える。
「う、うん、まあ、一応、でも勘違いしないでよね、別に私は……」
「私のssは、いつも陽子に宿題を見せてもらう星は、本当は陽子の事が恋愛対象として好きなんだけど言い出せない、そんなssだったよね。これってまるで、一対のssみたいじゃない?まあ、私がそうなるようにしたんだけど」
 かがみは口を噤む。余りにもこなたの表情が真剣そのものだったから、何も言えなくなってしまった。
「私のssだと、星は最後に陽子に告白して、陽子も実は星の事が好きで、互いの想いが通じ合って、めでたしめでたし、となって終わるんだ」
「……うん」
 頬を撫でるように風がさあっと通り過ぎて行った。校門にほど近い、自転車置き場の屋根の下で、こなたの長い髪が風に揺れた。硬く緊張したこなたの様子と、深い湖のような瞳の真剣さに、かがみの胸が高鳴り、言葉もなく吸い込まれるようにこなたを見つめるしかなくなった。 

 こなたは、まっすぐにかがみを見ていた。
「私、今回、凄く頑張ったんだ。もし、もし私が犬井部長に勝てたら、かがみに言おうと思ってた事があったから。だって、私みたいなド素人が、犬井部長みたいな人に勝つなんて奇跡じゃん。そんな奇跡が起きるなら、凄く甘い甘い夢を見てもいいと思ったんだ……。だから、言うよ」
「うん」
 たぶんそれは、私が待っていた言葉。
 かがみは放課後の日差しに目を細める。
 こなたは言う。

「あのね、私ね……」

 前方の空はどこまでも青く広がって、私達が駆け出すのを待っている。
 甘い甘い夢を私たちはいつも見て、そしてきっといつだって物語は、めでたしめでたしで終わるんだ。

 晴れ渡る空の下で、かがみは、何よりも待ち望んでいるこなたの声を待っている。
 ここから先、きっと大変な事は一杯ある、でもそれでも、私達は若くて、青くて、青春で、幾らでもやり直す事の出来る希望がある。

 だからかがみは、遂に告げられたこなたの言葉に、最高の笑顔を返して…… 

 そして私たちは、長く長く夢を見る。




            了 




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- なんだか… 『哲学かぶれは出ていけ』って言われてるようで、読んでて胸が痛い。 &br()私も少し作風を変えたほうがいいかな…  -- ここの新人  (2009-02-27 01:36:25)

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