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Side N
朝、あやちゃんの気配で目が覚める。といっても起きるわけじゃない。
起きるのは、あやちゃんの合図があってから。

あやちゃんがあたしが寝ているベットに近づいてくる。そして、立ち止まる。
それから数秒…。あれ?どうしたんだろう?動く気配がない。
気になって目を開けようとしたところで、あやちゃんの溜息。

え?何で?

それから、ようやく動く気配を感じて。
だけど、なんだかいつもと空気が違うし…。

いつもと違ってそっと触れるか触れないくらいの、中途半端なキス。
しかも心なしか、震えてた気がした。

「お早うございます。彩乃様。お時間ですよ?」

あたしは不安と共に目を開け、体を起こす。
「あやちゃん、お早う。」
あやちゃんの方へ顔を向けると、スッと視線を逸らされた。

あ。

「お早うございます。」

こっちに向けられない視線。
いつものやわらかい笑顔じゃなくて、ぎこちない笑顔。


昨日あんなこと言っちゃったからな。
側に居られるように。とか、いきなり言われたら、引くよね…。
ちょっと、距離近づけすぎたかな?

あたしはぽりぽりと頭を掻いてベットから出る。

「今日も旦那様と奥様は、急な用でお出掛けになっていられて、しばらく留守にされるそうです。」
あやちゃんの視線は外されたまま。
「うん。分かった。」
あたしはあやちゃんに近づく。
「あやちゃん。」
そっと、髪に触れようとしたら、少し引いて、まるで避けるような動き。

「ぁ、すみません…。」
ばつが悪いように俯くあやちゃん。
「…あたしには触られたくない?」
「っ!いえ!そんなことありません!」
今日一度も合わされなかった視線が、真っ直ぐにあたしを捉えた。

けど、また慌てたように視線は外されて…。何なんコレ。
あやちゃんの言葉はいつも真剣。だから、嘘じゃないんだろうけど。
言葉とは反対の行動。訳分からん。

「じゃあ、なんでそんなにビクビクしてんの?」
「……分かりません。自分でも…分からないんです。…すみません。」

なんで、今にも泣きそうな顔するの。抱きしめたくなっちゃうじゃん。
ぎゅっと、自分の唇を噛んで、その衝動を抑える。
「…ぁ、そ。」
だから、無意識にそっけない言葉を返してしまう。

そのまま、椅子に座って、用意してくれた朝食を食べ始める。

食べてる間、ずっとあやちゃんの方から視線を感じていた。
一度気になって、視線だけ向けたけど、やっぱり逸らされて。
視線を戻すと、一緒にあやちゃんの視線も戻ってくる。


……マジで何なの?

それから、出掛けるまであたしは、一言も話さずにいた。というか話せなかった。
あやちゃんに避けられるのが嫌だったから。

あやちゃんも話してこなかったけど、出掛ける前に一つだけ話してきた。
「彩乃様…。」
「ん?」
相変わらず、目を合わせてくれないけど。

「怒ってらっしゃいますか?」
ずっと、黙ってたからかな?大丈夫。
「別に、怒っとらんけど。」
そう言うと、ほっとしたようなあやちゃん。

「…それでしたら、良かったです。」
あ。今笑った。
ぎこちない笑顔じゃなくて、いつものやわらかい笑顔。

たったそれだけなのに、今のあたしには嬉しさが溢れてくる。
「それじゃ!行ってきます。」
声まではずんじゃったよw。

「いってらっしゃいませ。彩乃様。」


学校に向かう車の中でも、あやちゃんの事が頭から離れなくて。
「こりゃ、重症だわw」
笑いが出た。


学校に着いてから、ゆかちゃんに今朝のことを聞いてもらって、相談してみる。
「…これってどう思う?」
「どうって言われてもね〜。のっちはどう思ってるん。」
「ん〜、嫌われてはないみたいだけど、確実に避けられてるなって。」

「でも、昨日までそんなこと、なかったんじゃろ?」
「んまぁ。なんていうかぁ。ちょっと昨日あやちゃんに、変な事言っちゃって、たぶん避けられてるんじゃないかと…。」
「何言うたん?」

「あ〜、の。昨日あやちゃんに付き合ってくれたお礼に、ネックレスプレゼントして。
それ、あたしの変わりだから。とか言って。いつも着けてて的なコトを…。」

「ほ〜。そりゃのっちじゃね〜。」
「引く…よね〜?」

「っていうかさぁ。」
「へぃ?」
「のっちはあやちゃんコト好きなん?」
「はぁ。好きですけど。何?」
何を今さらと思いつつ答える。
「ふはwなんだ、そこはちゃんと自覚しとるんね。」
「失礼な。そんくらい分かるよ。」

「ははは。ごめんごめんwでも、それが恋なんだって分かんないと、分からんよね?」
「ん?」
「あやちゃんは恋したコトあるんかね?」
「そんなん…分からん。」
「確か、あやちゃんて、ずっとのっちんトコにおるんじゃろ?」
「うん。」
「なら、したこと無いんじゃない?まず、出会いがないけぇ。」


——————

そう。あやちゃんは、なんていうか。赤ちゃんの時に家の門の所に置かれてたらしい。
『綾香』という名前が書かれた紙と一緒に、籠の中に入って。

そのあやちゃんを両親は、我が家で引き取る事にして。
でも、両親はあたしがいるから、そこまで面倒を見ていたわけではない。
自分たちが見れない分、メイドさんたちにお願いして、世話をして貰っていたみたい。
だから、あたしも時々あやちゃんを見かけることはあったけど、遊んだりはしなかった。

でも、あたしの記憶の中では、初めて見た時から、あやちゃんはメイドさんたちと一緒に自分に出来るお手伝いをしていた気がする。
しかも、いつも楽しそうだった。
そんな感じだったから、あやちゃんは、あたしが高校にあがる前からメイドさんとして、しっかり働いていた。
その頃、初めて大人のメイドさんに連れられて、あたしの部屋に来たのを憶えている。
あやちゃんが入ってきた瞬間に、部屋の空気が変ったのも憶えてる。
すごく、やわらかくて安心する。そんな感じ。

今思えば、一目惚れだったんかもね。

それまでずっと、何人かのメイドさんが交代であたしに就いたくれていたけど、
しばらくしてから、あたしからあやちゃんだけにして欲しいってお願いしたんだ。

———————


「のっち?」
目の前で手をブンブン振っているゆかちゃん。
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと、昔のコト思い出しちゃってた。」
「も〜。ちゃんと聞きんさい。」
「だから、ごめんて。」

「じゃけぇえ。視線外す時のあやちゃんの顔。どんななん?」
「どんなって?」
「赤くなってたりせんの?」
「そんなん、知らん。もう、避けられてるっていうのが頭一杯で、そこまで見とらん。」
「のっちが近づいた時とかぁ。」
「むぅ。見てない。」
そんな余裕は持ち合わせてないです。

「役立たずじゃね〜。まずはそこから確認しんさいや。」
反論したいところだけど、その通りで出来ないのが悲しい。
「はぃ。そうしますぅ。」
「んで。もしそうなら、あやちゃんものっちのこと好きだと思うよ?」

「は?」
何言っちゃてるの?ゆかちゃん。
「は?じゃないでしょ。他に理由なんてないじゃろ。のっちは鈍ちんじゃね〜。…うちのひつじと一緒だわ。」
「え?ひつじ?」
「ん?ただの独り言。」

よく分からんけど、あまり突っ込むのは止めておこう。

てか、あやちゃんがあたし好きとか。
ご主人様としては、昨日のアレで確実だけど。
それ以外は…。だって、あやちゃんにとっては、きっとただのご主人様でしょ?

…とりあえず、帰ってからか。


—つづく—









最終更新:2009年03月30日 19:12