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目覚まし時計と携帯のアラームと母親の声によるチームプレーで、私の散っていた意識が1つにまとまっていく。朝の目覚めは、いつもこんな感じ。
眠たい。けれど今日は…えーと、なんだっけ……あぁ、ラジオのレギュラー番組の収録があるんだった。
私は朝特有の重たい瞼を何度か力を込めて開け閉めし、単語にならない声を発しながら、布団の中で縮んだ体を思い切り伸ばした。
一気に脱力して、心と体の状態をチェック。
少しだけ、だるい。ここ数日の疲れが溜まってきているのかもしれない。2日連続のライブイベントもあったし。あと、夏バテも。
だるさを引きずって寝返りを打ったら、ベッドのサイドテーブル上に座る砂時計に焦点が合った。
迷わず手を伸ばしてそれを引っくり返し、灰色の砂に10分間を刻ませる。これは、最近の日課になっていた。
そして10分で考える内容も日課になっていて、決まって同じ。
のっち、が、遠い。
私が、遠ざけている、多分。
約一週間前、のっちと2人で行ったライブの日。あの日の夜、私は持ちたくなかった疑いを持ってしまった。
2人の距離を意識しているのは、自分なのではないか。という疑い。
『のっちは、よくわからない』 私は何度もこれを理由にして、疑いを避けてきた。これだけではない。
『〜から』 この言葉をのっちの言動に何度もくっつけて理由にしてきた。のっちが、『〜だから』、『〜するから』、と。
わからないものに責任を押しつけ、受け身になって空気を読んでから動くことで、一歩引いたところから眺めようとする。蚊帳の外にいたがる。
冷静で、いたがる。私が嫌いな、私の癖。
見つめる灰色の砂が落ちる様は、決まって同じ。私のこの思考の流れも、決まって同じ。
冷静で、と言えば聞こえはいいけれど、要は臆病なだけだ。自分から行動して、返ってきた反応で傷つくのが嫌な、私の癖。
癖が邪魔して、今まで私は自分のことを見直すことができていなかった。
今思い返せば、私との体の距離をのっちが縮めてきた頃は、それが気になりつつも気にしないように振る舞うことができていた。
でも、のっちに距離に関して話をして10日程経った、あのライブの日。
のっちに手と腕を掴まれ、体を押しつけられた時、気になるというレベルを遥かに超えた反発する磁力が、私の皮膚を覆った。
そう。だから体の距離を意識しているのは、私なのかもしれない。のっちよりも、私の方が。
…ということは、あの曲のMCが頭から離れないのも、それらの延長線上にあるのだろうか?
砂を見つめすぎて、視野の端が暗くなってくる。暗くなるのも、それからこの疑問も、決まって同じ。
…いいや、考えすぎだ。体が近い・近くないがどうすれば、好き・キスにまで飛躍するのか。この答えも、決まって同じ。
偶然、すごく仲が良い私たち女の子が、2人でライブに行っただけ。MCで出てきた話と少し境遇が似ているから、少し引っかかっているだけだ。
大体、そうそう女の子友達の間に恋愛感情が生まれるはずがない。あの話の人は、性同一性障害だったというし。つまり体は女だけれど、心は男の人。
私も、もちろんのっちも、体は女で心も女。恋愛感情なんて、考える余地もない。
目線の先で、砂が全て落ちた。ちょうど10分間が終わった。
砂時計を選ぶ時にあ〜ちゃんが言った通り、集中して考えられるのは10分間だ。疲れて、うんざりして、それ以上は無理。
しかし一方で、ガラスの中でじっとしている砂が、動かない砂の丘が怖かった。日が経つにつれ、怖い。
砂時計を引っくり返さないと。引っくり返して砂を動かして、考えないと。考えることを止めることが、怖い。
また時計へ手を伸ばそうとしたところで、母親の声がした。そういえば、起こされてから10分以上経っている。
私はことさら声を大きくして返事をし、ベッドから起き上がった。体を動かしている時は、考えなくても怖くない。
今日と明日が終われば、明後日から一週間のお盆休みが始まる。




ラジオ番組の収録前。控室にある応接セットのソファーの上に、私はだらしなく仰向けに寝っ転がっている。
私好みの柔らかさのソファー。私好みのクーラーの効き具合。テーブルには、私好みのお菓子たち。
それらは控室、控える部屋の条件を完璧に満たしている。私が思う控えるとは、リラックスする、という意味に近い。
ただ横になっているだけで音楽も聞いていない私の耳に入ってくるのは、テーブルを挟んで向かいのソファーに座るあ〜ちゃんが、紙をめくる音のみ。
めくる紙束には、先ほど打ち合わせたラジオ番組の進行等が記されていた。同じ紙束は私のお腹の上にもあって、さっきから呼吸と共に上下に動いている。
2度くらい目を通して満足する私と違い、あ〜ちゃんはいつも何回も資料を読む。私やかしゆかと談笑しながらも、収録直前まで読み込んでいる。
そんなあ〜ちゃんの真面目さや慎重さがPerfumeを支えていると感謝しているけれど、同じことを自分もしようとは、不思議と思わない。
私が読み込んでも空回るだけだし、それに上手い表現が見つからないが、そういうバランスがいいのだと思う。3人にとって。
…バランス。3人のバランスは、いつも通り最高なのに。
かしゆかと私の2人のバランスは、見失ったままだ。
今、かしゆかは控室にいない。母親から電話がかかってきたとかで、ついさっき部屋から出ていった。
最近はこれも、控える部屋の条件の一つになってきている。
かしゆかが見えていると、駄目だ。“あれ”に注意が引き寄せられ、リラックスできない。
むしろ、仕事中の方が力を抜くことができる。自分の中でモードが切り替わるせいなのか、無駄なことを考えなくて済むせいなのか。
私は可能な限り大きく深呼吸をした。お腹の上の紙束を落とさないように注意して。
今は厳密には仕事中ではないから、無駄なことを考え始めてしまう。
一緒にライブに行ってから、かしゆかが一層、遠くなった。
はっきり言って、避けられている、気がする。
原因は恐らくあの日、私が変に意識しすぎたからだと思う。しかもそれがバレていたから。そんな私を気遣って、わざと距離を開けてくれているのかもしれない。
しかし、私にとってはそれが辛かった。自分でも驚く程に。
どうして、辛い?
だって今まで何年もすぐ近くにいたのだから、こんな形で離れられて平気なはずがない。だから辛いのは、当然。
私は頭上へ両腕を伸ばし、また深呼吸をした。が、駄目だ。全くリラックスできない。完璧な控室なのに。
かしゆかが見えていなかったら見えていなかったで、考えすぎてしまうなら結局は同じだ。
腕を伸ばしたまま一瞬放心していたら、私の脳内でいいことが閃いた。数十分ぶりに声を出すために、唾液を飲んで喉を潤す。
そうだ。こういう時は、あ〜ちゃんに限る。
「ねー、あ〜ちゃん」「…なに?」
「あのさ」「うん」
「手、繋いでくれん?」「……はぁ?」
私が頭を回して横を見れば、あ〜ちゃんは膝の上に置いた紙束から顔を上げて、半笑いで口を開けていた。



私は発言の意味が捉えられやすいように、上に挙げている右手をひらひら振る。右手を繋いでほしいから。
それを見たあ〜ちゃんの目が完全に笑って、いつものからかい顔が一瞬表れたが、すぐに消えた。予想以上に私の顔が真剣だったからかもしれない。
紙束を脇にやり、あ〜ちゃんは立ち上がってテーブルを迂回し、私の頭の横に来る。
私を見下ろすその顔が私よりも深刻そうに思えて、途端に申し訳ない気持ちが浮かんできた。
「いやあのなんか別に変な意味じゃな」「手ぇくらい、いつでも繋いだるわ。はい」
引っ込めかけた私の右手が掴まれ、握手の形に握られた。言葉はぶっきらぼうだったけれど、握る力は対照的に、柔らかかった。
あ〜ちゃんは立ったままで、私の右手を左右に揺らす。振り子みたいな動きが振動となって腕を伝わり、心地よい。
「どしたの、のっち」
私を見つめるあ〜ちゃんの瞳は、私の奥の隙間まで見透かすかのように開かれている。声も僅かに鋭くて、瞳を補助しているようだ。
見透かされるのは絶対に嫌だったけれど、あ〜ちゃんに心配されるのは、好き。私はそんな罰当たりなことを、つい思ってしまった。
「…う〜ん。ちょっと、ね」「悩み事?」
「や、別にそういうわけじゃないんだけど」「けど、何よ?」
「…あーっとね。なんか、女の子同士で手ぇ握ったりすると、安心するらしいよ?」
あ〜ちゃんの開かれた瞳を、長い睫毛で飾られた瞼が数回動いて隠した。いわゆる、ぱちくり、という動作。
突然何を言い出すん?って、瞳以外の顔も呆れて言っている。けれど出た言葉は顔とはまた対照的に、穏やかだった。
「まぁ、そう、だろうね。……ん? “らしい”って、どゆこと?」「いや……かしゆかが前に、そう言ってたから。どんなもんかと」
「ふーん。で?」「え?」
「だから、安心したの?」
あ〜ちゃんが今のことを聞いているのはわかったが、私はかしゆかに言われた時のことを思い出してしまった。
あの時、かしゆかの言葉に半分は本気で頷いたけれど、もう半分は違和感に支配されていた。
何故なら、頭では安心するのはその通りだと考える一方で、かしゆかに手を、右手を握られていた体からは、賛成が得られなかったからだ。
でも今、あ〜ちゃんにあの時と同じ右手を握られている体は、素直に賛成してくれている。
だって見上げた先では、優しすぎる目と口元が微笑んでいる。私を丸ごと包んで支え持ち上げてくれる、あ〜ちゃんが微笑んでいる。
「あぁ…うん、なんか……温かくて、いいかも。…ありがと」
とても短いけれど、色々な全てを込めた感謝の言葉が、私の口から簡単にこぼれた。言ってすぐに、くすぐったくなったけれど。
あ〜ちゃんもそれを簡単に受け止めて、手を握る力を強くしてくれた。向けられる笑顔もくすぐったい。
周りの空気にほんの少しだけ漂ってきた2人の気恥ずかしさは、次に出たあ〜ちゃんの言葉で綺麗に吹き飛ばされた。
「どういたまして〜♪」「ど、どういたましてって、あはははっ……いえ、こちらこそ、どういたまして」
「あんたは言われる側じゃろ。いたまして〜♪」「そうだけどさ。ははは…いたまして、って略したらわかんないよ」
やはり控室は、こうでなくては。思い切りリラックスできる場所が、私にとっての控室。



2週分のレギュラー番組の収録を終え、私たち3人は控室に戻ってきた。
「終わったああぁぁ!」
部屋に入るなり私は誰に言うでもなく、しかし目一杯声を大にして叫んだ。
叫びながらソファーへ移動し、1人でどっかりと座る。その途中寄り道をし、バッグから携帯を取り出して新着をチェックした。
他の2人はと言えば、鏡台の前のイスに座り、のっちが挑戦したラジオでの新キャラについて盛り上がっている。あ〜ちゃんからのダメ出しが主だ。
「ないわ〜あれはないわ〜」「だってあれは私が悪いんじゃなくて、企画がおかしいんだよ。なにポエムって!?」
「うっわ、全部人のせいにしよった!こいつ最悪じゃ」「でもさ、でもさ、考えてみてよ。…実際無理でしょ、あれ?」
「………うん、無理」「ほらぁっ」
数週間前の私ならメールの返信もそこそこに、すぐ2人の戯れに飛び込んでいっただろう。
けれど近頃の私は、必要とされる分しか、2人と周囲に変に思われない分しか、戯れに参加していなかった。
携帯を操作しつつ、テーブルに置いてあるお菓子を手に取る。一旦手を止め、ディスプレイから目を離さずに包みを開けて、お菓子を頬張りながらまた携帯を操作する。
テンションに火がついたのっちの、馬鹿笑いが部屋に響いている。
こうやって、のっちとの距離を意識しているのは、私。疑いどころか明らかすぎて、いい加減認めるしかない。
では何故、意識してしまうのか。
決まってる。自分の至近距離に近づかれたら、少しくらい身構えるのは当たり前。のっちでなくとも、誰に対してもそうなるはず。
何故、今は離れているのに意識しているのか。
それも決まってる。あのライブの日に、私に触れたのっちが露骨に体を離したから、私からは近づかないでおこうと思って。
何故、あの日に自分からのっちの手を繋いだのか。
だからそれは、のっちとはぐれたら大変だと思っ
……あぁ、まただ。また私は他のことに責任を押しつけて、自分のことを見直そうとしていない。癖が、邪魔をする。
「もうさ〜、私の新キャラとかいらなくない?」
「諦めんの早っ!…いや、諦めるっていうか面倒くさいだけでしょ、あんた」
2人の楽しげなやり取りが聞こえる。私はメールの返信を終えたのに、携帯の待ち受けから目を離さない。
何故、に対する答えは、どれも当然で納得できるもの。
なのに自分で自分をダメ出ししてしまうのは、答えが全くの正解ではなく、間違いを含むから。
「のっちの新キャラなんだから、ちっとは自分で考えんさい!」
そう。考えないと。考えないで思うまま行動したら、失敗する。
しかし最近考えていると、走っているつもりなのに走れていないような、掴んでいるつもりなのに掴めていないような、不快な感覚に襲われることが多い。
まるで、夢の中にいるみたいに。透明な何かが、私が核心に迫るのを阻んでいる。
「えぇ!?…う〜ん……あ〜………はぁ、今は無理、疲れた。考えても思いつかん」
うん。私も、疲れた。
あ。こういう時は、あ〜ちゃんだ。



言っても無駄、とのっちに見切りをつけたのか、あ〜ちゃんがやって来て私の隣に座った。ちょうどいいタイミング。
私は手にした携帯を閉じ、あ〜ちゃんが手にした携帯が開かれる前に、あ〜ちゃんに横から抱きついた。
「あ〜〜ぁちゃんっ!」
今日のあ〜ちゃんは、可愛らしい(チェック柄のワンピース?)に、大人びた百合の香りの香水をつけている。
華やかな香りを軽く吸い込み、抱く腕に力を入れる。大人になった部分もあるけれど、柔らかくて温かいのは昔から変わらない。
「ぅわ!…なに、どした?」「ん〜?ん〜とね〜、なんかね…ブーム?そう、あ〜ちゃんブームが起こったっ」
「うちをブーム扱い!?……あ〜、はいはいはい、わかった、甘えたブームじゃろ!」
私が唐突すぎたせいもあるけれど、すんなり気がついてくれるあ〜ちゃんは、最高の友達。
でも、最高の友達でも、容易く悩みを打ち明けられない。なのにそんな私を見放さないあ〜ちゃんが、好き。
「うん、そんな感じ。ね、あ〜ちゃん……好きだよ?」
気持ち下から見上げて、私はにっこり笑って言った。言ってすぐに、自分がまた小悪魔になってしまったと思った。
「ぶっ…わっは〜〜!やーっばい今の!まじ超可愛いっ。ときめいた!」「うふふ…ゆかの、本心だよ?」
「…そんなこと、知ってる。ゆか…俺の方が、まじで、好きだからっ」「きゃーっ!カッコいいあ〜ちゃんっ」
私の小悪魔に対して、あ〜ちゃんはイケメンになりきって返してきた。嬉しくて、楽しい。
こうやって、敢えて深く聞いてこないあ〜ちゃんの優しさのおかげで、私は何度も救われてきた。今もそれを期待している、のに。
「2人とも、何やってんの?」
背もたれを前にして鏡台のイスに跨がったのっちが、私たちの空間に入ってきた。
のっちが苦笑しているように見えるのは、私の気のせい。
「あら〜?のっちが拗ねとるよ。かしゆか、のっちにも言ったげたら?」「えっ、やだ」
「や、やだって…ふっははははっ即答すぎ!…冷たっ」



高笑いをするあ〜ちゃんを間近で見て、さすがに言いすぎたかな、と思った私が、
『なーんて。冗談だよ、のっち』と言おうとして、のっちを見たら。
瞳が。のっちの、瞳が。
私を、射っている。
傷ついたような、寂しそうな、
いや、そう見えるのは私の罪悪感のせいなのかも。
だからもしかしたら、私を探るような、問うような、瞳。
私はそんなのっちから、目を離せない。のっちの視線が、私を阻んでいたはずの透明な何かを、崩してしまいそう。
のっち、やめてよ。私に構わないで。私を意識しないで。
私に、近づかないで。
どうして? 私から近づかないでおこうと思ったのなら、のっちから近づくのは別にいいじゃない。
…よくない。距離が近いこと自体が、よくない。
身構えるとか、心穏やかでないとか、模範的な解答ではなくて、どうして近いとよくないの?
のっちの視線が外れないから、私の核心が、透明な何かが覆い隠していたはずの部分が、垣間見えてしまう。
もし近づかれたら。近づかれて、近づかれて、
近づかれすぎたら、何が起きるのだろう。
『キスされそうになったんです』 ライブで聞いた言葉が用もないのに浮かんできた。
うるさい。
「ちょっと、のっちショック受けすぎ!」
あ〜ちゃんの言葉で、のっちも私も我に返った。のっちの瞳が普通に戻って、私からあ〜ちゃんに移る。
「え?……あ、や、なんか今、全然違うこと考えてた」
私は何も言わずに、あ〜ちゃんの肩に顔を埋めて、百合の香りを胸一杯に吸い込んだ。



家に帰ってからすぐ、部屋着にも着替えずに、私はベッドに思い切りダイブした。
ただ寝っ転がるだけでなく、ベッドの上でごろごろ転がる。今日はラジオ番組の収録だけだったせいか、体を動かし足りない。
何回転かしてベッドのヘッドボードへ向いたところで、すっかり大の仲良しになった砂時計を手に取った。
いつもなら寝たまま時計を眺めるけれど、私はなんとなく起き上がってベッドの端に座り、目の前で時計を逆さにして行儀よく見つめた。
黒色の砂は少しだけ憎たらしいくらい、いつもと変わらずにさらさら落ちていく。
ここ一週間程、私は砂時計で遊ぶのを止め、黒い砂に本来の働きをさせていた。
つまり、10分間という時間を区切らせるために使っていた。部屋でかしゆかのことを考える時間を、区切らせるため。
ガラスでできた砂時計は冷たい。それを持つ右手が、過去の感触を思い出す。
あ〜ちゃんに繋いでもらった時は、柔らかくて温かくて、包まれるような感じがした。
かしゆかに繋いでもらった時は、緊張、でもなく、なんか、こう、何て言うか、
……物足りない。
あぁ、そうだ。物足りないんだ。かしゆかに触れてもあの普通の表情をされて、かしゆかが何を考えているのかわからなくて、触れている私の表面には変な膜ができて、
物足りなくて、安心できない。
黒い砂が3分の1程落ちた。残りは3分の2。
私は初めて自分の気持ちの中心に迫ることができた気がして、嬉しくなってきた。急いで思考を押し進める。
物足りないから、近づいていたんだ。何を考えているか知りたい、と言うよりも、しっくりくる言い方。
かしゆかに触れて、あの感情が曖昧な、ごく普通の表情をもっと見たい。その裏側も見たい。そして私の表面に現れる膜を破って、直にかしゆかを掴んで、
掴んで、どうしよう? 避けられているのを無視して、今日のあ〜ちゃんとかしゆかみたいに近づいて、どうしよう?
もう少しで、今ならもう少しで答えがわかりそうな予感がする。嬉しい私の思考は止まらない。
最近注意が引き寄せられている、かしゆかの “あれ”。2人が今日じゃれ合っている時にも引き寄せられた、かしゆかの、唇。
近づいて、キス、したら、かしゆかはどんな顔するかな?
『“イヤ”って、手で遮ってしまって』 あのライブのMCがずっと、頭にこびり付いている。
〜♪
携帯の着信音で、砂時計を持つ右手がぴくりと揺れた。空いた手でバッグを探り、携帯を取り出して開けると、あ〜ちゃんからメールが来ていた。
『明日19時より、大本宅にて、Perfume3人で朝まで生トーク?10代しゃべり場?みたいなもんをするけぇ、遅れずに集まること。
大本氏は、部屋の掃除と買い出しを済ませておくこと。 西脇』
お盆休みに入る前に合わせてきた突然で勝手な決定事項よりも、自分で疑問形になっている文章が可笑しくて笑ってしまった。ニヤニヤしながら、再度メールを読み返す。
……て、あれ? 『大本宅』って?
…私の、家? しかも部屋の掃除と買い出しの指示まである。
掃除はそこそこできているが、冷蔵庫には水しかない。最近ライブイベントで忙しくて、スーパーに行く余裕がなかった。
このままでは明日、また前みたいに2人に突っ込まれる。私は砂時計を元の場所に置いて、買い出しに行くべく立ち上がった。
時計を見ると、砂は全て落ち終える寸前。私は最後に一瞬だけ、さっきの思考に戻った。
どうしてキスなんて考えたのだろう。あのMCを聞くまでは考えたこともなかったのに。
でも、実際にすることは絶対に無いのだから、考えるだけなら問題はない、はず。
落ち終わって、ガラスの底に黒い砂の山ができた。私は数秒躊躇った後、砂時計をもう一度引っくり返した。



————to be continued————







最終更新:2009年03月30日 21:13