〔N〕
初めて頬を叩かれたあの日から、もう三ヶ月近くがたとうとしていた。
季節はすっかり春に近付き、花粉も飛ぶし、梅や桜の花びらも飛ぶ。
近頃じゃあったかくなってきて見渡せば、みんな薄着になってきてる。
だけど私はジャケットも、ストールも、いつまでたっても外せないままでいた・・・。
だけど体とは裏腹に
心はそれほど辛くなかった。
〔A〕
あの日、私がのっちの部屋に呼ばれた日。
私は心配でしょうがなかった。
ゆかちゃんはのっちをどうしたいのだろう?
私はのっちをどうしたいのだろう?
のっちが寄りかかっていた方の肩が熱かった。
のっちの髪に触れた指先が震えてた。
あの日の感情を思い出しては、それを押し殺す。
私はのっちに、もう絶対に“好き”だなんて言えない。
あの日、の次の日。
のっちは左側の頬を少し腫らして仕事にきた。
私は怖くて何も言えなかった。
それなのにのっちは、
“大丈夫だよ”
って顔をして、優しく笑いかけてきた。
首筋には
“きれいな赤”
が増えていて、
その“赤い跡”が増えていくのと反比例して、
のっちから笑顔が消えていった。
私はこの三ヶ月近くもの間、ただそれを見てるだけで、止めることは出来なかった。
だけど・・・
ゆかちゃんの束縛が酷くなるにつれ、
私とのっちの間に
“秘密”
が生まれた。
〔N〕
あの日から、
ゆかちゃんは不安を抱えてる。
私にはそれを完全に取り払う力が足りなかった。
毎日メールをした。
朝起きてすぐ。
用意をしてる間。
出かける前。
時間があれば電話もした。
家についたら。
お風呂から出たら。
夜寝る前。
だけど、
どんなに尽くしても
ゆかちゃんは不安がる。
力不足の自分が情けなかった。
ゆかちゃんは週のうち3日か4日くらい泊りにきて、いっぱい愛し合って、いっぱい優しくしてくれた。
だけど、
やっぱり眠りにつく前には不安げな顔をする。
『ゆかちゃんだけだよ!!のっちのこと信じて??』
いったい何回言っただろう。
『のっち大好き・・超あいしてる!!だからどこにも行かないで・・ゆかのこと絶対離さないで・・・』
何回言われただろう。
“離さないで”
なんて。
離れないくせに・・・。
朝から夜まで、
毎日毎日
『好き』と『愛してるよ』を何回言っただろうか。
言わないと・・
言わないと・・・・
ゆかちゃんは壊れる。
それを口にしない私に苛立ちを覚え、
ゆかちゃんは壊れる。
切ないくらいの愛情を持って、私を縛り付ける。
私はそれを全て受けとめた。ゆかちゃんの不安は、全部私が悪いんだから・・・。
頬を叩かれ
手首は折れるほどに捕まれ
首にはなくなることのない“きれいな赤”
胸には“赤”と“痣”
背中には爪痕
ある時は雑誌が飛んできて額を切った。
ある時は時計が飛んできて口角が切れた。
だけど私は謝った。
そうさせてしまったのは自分。
ゆかちゃんがそうなってしまうのは全部自分のせいだから。
泣きながら何度も言った。
『ごめん!!ごめんなさい!!ゆかちゃん愛してるよ・・・』
いつになったらゆかちゃんに伝わる日がくるのかな?
私は傷跡たちを
ストールで、前髪で、マスクで、隠した。隠し続けた。
だけど、
だけどやっぱり
あ〜ちゃんはお見通しだった。
それから
ゆかちゃんがこない
週のうちの3日か4日は
あ〜ちゃんと会った。
何をするわけでもない。
ただご飯を一緒に食べて、テレビを見て、夜になったらあ〜ちゃんが帰る。
ただそれだけ。
だけど帰るまでの間
あ〜ちゃんはずっと
優しくしてくれた。
抱き締めたりとか
そうゆうのじゃない。
ただ頭を撫でてくれたり
優しく笑ってくれたり
痛くない?って顔で傷を撫でてくれた。
あ〜ちゃんとの
“秘密”
ができた。
ゆかちゃんが好き。
揺るがない気持ち。
だから言わない。
ただそれだけ。
ただそれだけのこと。
〔A〕
のっちとの“秘密”
のっちがゆかちゃんと会わない日は必ずメールがくる。
『今日何してる?』
今日会いたいのサイン。
私は見逃さないし間違えない。
“会いたい”は私の台詞なのに、のっちは自分から言ってくれる。
のっちの体に
ゆかちゃんが残した沢山の跡たちが、
痛々しくて
私はのっちをほっとけなかった。
私のものにはならないのに。
今じゃそれすら望んでないのかも。
だけど、
のっちが甘えてくるのを
拒むことも
拒む気もなかった。
私たちは何をするわけでもない。
ただご飯を食べるだけ。
頭を撫でてあげるだけ。
傷を癒してあげるだけ。
ただそれだけ。
ただそれだけのこと。
この三ヶ月近くの間に、
のっちとの距離は
縮まったはずなのに、
私には気持ちを伝える勇気はなかった。
ゆかちゃんの跡が
私からそれを奪った。
“好き”
なんて言ったら、
次はのっちに何するの?
だから私は何も言えなくなってしまった。
ただのっちといる
この優しい空間までも
奪われることを恐れた。
だから波風をたてるのは
もうやめた。
前みたいに
ゆかちゃんと言い争うこともなくなった。
ゆかちゃんにのっちをあげた。
そう思われてればいい。
あ〜ちゃんはのっちを諦めた。
そう思われてればいい。
じゃないと
のっちが壊されてしまいそうで、
私にはそれが一番怖かった。
私たちは何を言うわけでもなく、
何をするわけでもなく、
ただ傷を癒すためだけに、
“秘密”を続けた。
抱き合うわけでもない。
愛を語ったりもしない。
お互いゆかちゃんの話もしない。
隠し事をしてるという罪悪感も否めなかったけど、
それより何より
この優しい空間が好きだった。
私たちはお互い
この空間を守りたかった。
口には出さない。
だけど、
私たちはお互い
確実に惹かれ合っていた。
口には出さない。
だけど、
私たちはお互い
確実に愛し合っていた。
最終更新:2009年04月09日 23:19