あ、来るんじゃなかった。
車を降りた瞬間、後悔した。
夜桜の写真が撮りたい、そう思い立って、私はひとり車を走らせた。着いたのは家からそんなに離れていない、ちょっと大きな公園。桜の木がたくさん植わってて、それが満開になった時の光景は半端ないのだけど、近くにもっと有名な所があるせいか、結構穴場的な場所だ。
車を停めて、カメラを持って、外に出る。夜風は少しひんやりしてて、気持ち良かった。……でも、その空気の匂いは、あの日のことを鮮明に思い出させた。
私は2年前まで、のっちと付き合ってた。
そして、お互い忙しい中ですれ違いが増えて…っていう結構ありがちな理由で、別れた。
今思うと、のっちも私も、大人になり切れてなかったんだな、って思う。
最後の時、電話越しに聞こえる、のっちの少し低い声に、泣きじゃくったことだけは覚えてる。
そして、この公園は、そうやって忙しくなる前に、ふたりでお花見に来た場所だった。
カメラを持って、公園の中に入る。人はいるけど、やっぱりまばらだった。平日の夜だからってのもあるかもしれない。
照明に照らされた花びら。
花の枝の間に月が見えた。
木々の間に立って、上を見上げると、満開の花が、夜空の下で雲みたいに広がっているのが、見えた。
目についた光景に、シャッターを切っていく。
でも、その間も、私は、…
その光景の中に、のっちの面影を探していたんだ。
のっちと来た時は、昼間だった。
すごくいい天気だったから、青空と花びらの
コントラストが、新鮮だった。
サラリと乾いた春の風が、花びらを舞い上げて、
それが太陽の光にキラキラしてて、すごい綺麗だった。
そんな中、髪の毛に花びらが着いてるのにも気付かずはしゃいでたのっちが、可愛くて。
その花びらを手をのばして取ってあげると、ちょっと赤くなってはにかんで、ありがとう、って言うのっちが、とても…愛おしかったの。
そんなことを考えながら、桜の間をさまよっているうちに、一本の木の前で、ふと立ち止まった。
周りは、染井吉野ばかりなのに、この桜だけは、枝垂れ桜なんだ。
下から見上げると、桜の花びらの雨に打たれている錯覚を、覚えた。
…あの日、この桜の木の下で、ふたりで写真、撮ったんだっけか。
あの時はカメラを持って来てなかったから、携帯でツーショットを撮った。
あの写真は、今まで私が撮ったどんな写真よりも、きらきらしてる。
まるで、画像から幸せが、滲み出てるみたい。
のっちと別れてから、私は、のっちの写メを片っ端から削除した。
ゆかがカメラを向けた時ののっちは、本当に幸せそうに笑ってるから、もう、見れないと思って。
でも、あの写メだけは、消せなかったんだ。
それは、ふたりが一緒にいた時間が、
確かに“幸せ”だったことの、証明みたいだったから。
消せなかった画像を見るたび、私は、のっちのことを考えた。
別れてからもずっと、
私はのっちが大好きだった。
出来ることなら、もう一度、
…恋人に、なりたかった。
でも私は、きっと、2年前からあんまり成長してない。
だから、もしもう一度付き合ったとしても、結末は、変わらないんだと思う。
それに……
私がのっちのそばにいることは、必ずしものっちの“これから”の幸せに結び付かないんだ。
のっちが今、思い描く“幸せ”が、どんなものかはわからないけど…、
もしそれが、私がどう頑張ったとしてもあげれない類の“幸せ”だったとしたら…
私は、そこにいないほうが、良いんだ。
あの時はただ、ふたり一緒にいることだけが、幸せなんだ、って思ってた。
でも今は、違う。
そっと、その先の、あなたのことも、考えることが出来る。
……あれ、少しは成長したんじゃん。私も。
そっと苦笑する。
桜の木の下。
そっと、携帯を広げて、あの画像を開く。
本当に幸せそうな顔の、のっち。
のっち。
今、何してる?
誰といるのかな?
それとも、ひとりなの?
あの時、のっちの携帯にもこの画像、送ったけど、まだある?
…いや、なくても、…むしろない方が、良いんだけどさ。
のっちには、幸せになってもらいたいんだ。
だから、ね、
のっちが、のっちに幸せをくれる人に包まれて、この画像みたく笑ってくれているのなら……
私は、…ゆかは、それだけで、良いんだ。
あのころ、「ふたりで、幸せになりたいね。」って、言ってたよね。
もう、“ふたり”、は、“ひとりとひとり”、に、なってしまったけど、
でも、この願いは、叶うと思うんよ。
だって、のっちが幸せなら、ゆかも幸せ、だから。
だから、ね、
のっちのそばにいられないゆかに、
のっちの幸せを、祈らせて、ください。
今は無理でも、また、いつか、
幸せなあなたを見て、微笑みたいから。
私はそっと、祈りを込めて、枝垂れ桜に、シャッターを切った。
あの日の想いを込めた、この一枚は、
あの画像より、キラキラする。
そんな気がした。
END
最終更新:2009年04月14日 23:16