「おっはよーございます!…って、あ~ちゃん、一番乗りじゃね。」
誰もいない、がらんとした控え室。
鞄をおろし椅子に座ると、…どこからか、甘~い香りが漂ってきた。
あっ、電子レンジの中に、たくさんのドーナッツ!
やったぁ!あ~ちゃん、ドーナッツ大~好き!
せっかくだから、独り占めしちゃえ。
レンジのスイッチ、オン!
早く、温まらないかなぁ~、…もう、中に入っちゃいたいくらいだよ!
…えっっ?な、なんだか、急に、、、、眠気がっ…。
意識が、急に遠ざかり、机に、ぱたっと、うつぶせに、なる…。
再び目をあけると、そこには、巨大なドーナッツ(等身大)!
うわぁ~、あ~ちゃん、ドーナッツおなかいっぱい食べるの、夢だったんよね~!
…って、感激している場合じゃない!!
(…ま、まさか、も、もしや…)
まさかではない、もしやでもない、…こっ、ここって、…電子レンジの中!?
しかもあたしっ、…ドーナッツサイズに、縮小されちゃってるっ!!
(なんでっ、…っていうか、どど、どうしよう!)
「…おはよぉ、ございます」
珍しく、のっちが二番乗りでやってきた。
(のっち、、、、助けて!!!)
声が張り上げて叫んでも、にぶいのっちは、まったく気がつかない。
レンジの扉を目いっぱい叩く。
あっ…、のっちの鼻が、ピクピクしはじめた。
目を輝かせたのっちが、おもむろにレンジの扉を開き…、
「ドーナッツ、いただきっ!」
のっちがドーナッツに伸ばした手に、必死にしがみついて、思いっきり噛みつく!
「いったぁっ!!!…って、…うあああああああああ!!!!」
(やっと、気がついた!)
「しっ!のっち、大声出さんといてっ!…気がつくのが、遅いんよっ!!」
「あ~ちゃん、なの?ほんまに、ほんものの…、あ~ちゃん?」
…そ、そんなわけないと思うけど、…のっちの目、さっきより更に、輝いてない??
「ちっちゃい、あ~ちゃんっ…、超可愛い~!!」
(は、はいっ???)
あたしはのっちにすくい上げらて、抵抗する間もなく、大きなシャツの胸ポケットに、…しまいこまれた。
「の、の、のっち、こらっ、なにしよんっ!!」
「ちっちゃいあ~ちゃん、見つけた、あたしのもの~♪」
(なんじゃ、その変テコな歌!って、こりゃぁダメじゃ!
こうなったら、もう、ゆかちゃんに助けてもらうしか…。)
ゆかちゃんを待つ以外できることもないので、のっちの胸ポケットで休むことにした。
のっちのポッケの中は、ふわふわして、やわらかくって、いい香りがして、…意外に、イイ感じだ。
発見が、ひとつ。…のっちって、結構胸あったんだ…。
不満が、ひとつ。「のっち…、心臓の音、うるさいんですけど。」
「そっ、それは生理現象じゃけぇ…。我慢してよ。」
はぁ、ドキドキしすぎなんじゃよ、もうっ。
「…そうじゃ、あ~ちゃん、これ、使って?」
ポッケの上から、淡い色の、クッションが投げ込まれた。
違う…、この甘い香り…、マシュマロじゃね?
ふかふかしたマシュマロを敷き詰めて、体を伸ばす。
思いのほか快適な環境に、うとうとまどろみかけると…、
「おっはよー。あ、のっち、先に来とったん?」
(…待っとったんよ、ゆかちゃ~ん!)
立ち上がろうとするあたしを、のっちがポッケの上からぎゅっと締めつける。
「ゆかちゃん、おはよう!」
「あ~ちゃんは?まだ来とらんの?珍しいね。」
「の、のっち、なんも、知らんもん…。」
「ふぅん…?」
(ゆっ、ゆかちゃん、あたし、ここにおるよっ、助けて~っ!!)
のっちが、なかなか手を放さないから。…暴力はキライじゃけど、いたしかたなし!
のっちの胸に、うりゃっとパンチを入れる。
「はぁうっ!!」
のっちがヘンな声を出して、手を緩める。
そのすきに、ポッケの縁に手をかけて、顔を出す!
「ふぅっ、ふぅっ、あ、熱かった!ゆ、ゆかちゃん、助けてっ!!」
「・・」ゆかちゃんの目が…、点に、なっている。
「っ、あ~ちゃん?って、のっち…、これ…、どういうこと??」
のっちがしょんぼり、うなだれる。
「あ~ちゃんの独り占め・・・、失敗じゃ。」
アホのっちは、放っておいて、ゆかちゃんに説明しないと。
「ゆかちゃん、実はね…」
身振り手振りを交えながら、こうなったいきさつ
(ドーナッツを独り占めしようとしたことは除く)を説明していると…、
のっちが、なんだか、妙におとなしくなった。
ん?心なしか、ポッケの温度が上がったような?
「はぁはぁ、あ~ちゃん、…そこ、のっちの、む、胸じゃけぇ…。
あんまり暴れられると、そっ、その…、色々と…。」
見上げたのっちの目が、とろんとしている。
「ばっ、ばか、のっち!何考えとんのっ!!」
「…あのぅ…、あ~ちゃんなら、何しても、いいけども…、
さすがに、こ、こんなところでは…、のっち、恥ずかしい…。」
のっちが、真っ赤に染まった顔を両手で隠す。
(恥ずかしいのは、こっちじゃけど!!!)
っていうか、この状況で一体何を妄想しとるんよ。呆れ果てて、返す言葉もないよ。
突然、ふわっと、からだが宙に浮く。やわらかい温度に包まれて、真っ暗な空間に閉じ込められた。
光の隙間を探して、よじ登っていくと…、そこはゆかちゃんの両手の中。
「…のっちには、危なくて任せられんね。」
「ふっ、ふぇぇぇっ!!!」
のっちが空のポッケをおさえて、慌てふためいとる。
「何されるか、わからんじゃろ? なぁ、あ~ちゃん?」
こくこくとうなずくあたしと、あせるのっち。
「…お願い、あ~ちゃんを、返して?」「だめじゃ!」
「なんも、せんって!!」
「のっち、ほんまに約束できるん?あ~ちゃんを大事にするって?変なコトはしませんって?」
「すっ、するする!いや、しないしない!!あ、あわわっ、じゃなくて、
えーっと…、あ~ちゃんに、変なコトはしないし、ちゃんと大事にするっ!!」
のっちが急に真面目な顔をするから、…不覚にも、ドキッとする。
「……だって。 あ~ちゃん、どうする?」
ゆかちゃんのやさしい手も、捨てがたいけども…。
のっちの懇願するような眼差しが、離れてくれない。
「…。じゃぁ、…まぁ。」
「えへっ、ありがとう!あ~ちゃん、ほらっ、おいで?」
(おっ、おいでとは、どういうことじゃ!あたしはペットか!)
ムッとしつつ、ゆかちゃんの手の平から、のっちの手の平へ、とことこ歩いて渡る。
(…しっかしねぇ、これじゃまるで、リスじゃね…。)
宝物みたいにゆっくりと、のっちのポケットにしまわれる。
あたしは、マシュマロを踏み台にして、ポッケの縁から、ひょっこり顔を出す。
またしても、のっちを見上げる格好になる。
(…なんね、得意げな顔して!ドキドキしとるのっ、バレバレなんよ!!)
…でも、ずっと近くにいるからか、のっちのハートのリズム、
あたしに移ったみたいで、ちょっとテンポが狂う。
ゆかちゃんと目が合って、うっかり、はにかんでしまった。
「…じゃ、あ~ちゃんは、しばらくのっちに預けるとして。。。
どうやってあ~ちゃんを元に戻すか、ゆか、ちょっと表で考えてくるわ。」
「ゆかちゃん、あっ、ありがとう!」
「まかせんしゃい。…のっち、もし変なコトしたら…、わかっとるね?」
ゆかちゃんは、のっちににらみを利かせると、あわただしく外に出て行った。
「ゆかちゃん、こわっ…!ねぇ、あ~ちゃん…」
「…、の、のっち、ポッケん中、あっついけぇ。出してよ!」
のっちの高まる心臓音に危険を感じたため、いそいそと脱出し広いテーブルに降り立つ。
「なんじゃ、つまらん…。あっ、あ~ちゃん、これ、食べるじゃろ?」
のっちが、袋からピンク色のマシュマロをとりだし、ぽいっと放る。
あたしは空からふるマシュマロを受け取ろうとして、尻もちをついた。
あ~ちゃんの顔と、おんなじくらい、大っきなマシュマロ。
くんくん…、これはあたしの好きな、イチゴ味かな?
両手で抱えて、はむはむとかじっていると、
頬杖ついたのっちが、にこにこしながら見つめてくる。
「あ~ちゃん、可愛い」
上目使いで見返すと、いつもより大きなのっちの瞳に、あたしだけが、映っている。
(なんだか、吸い込まれちゃいそう…。)
急に恥ずかしくなって、マシュマロで顔を隠す。
「あ~ちゃん、顔隠さんといてよ。…のっち、なんもせんって、約束したじゃろ?」
ちょっとさみしそうな、のっちの声。
「…のっち、手ぇ貸して」
差し出されたのっちの右手に、マシュマロを抱えたまま、ちょこんと腰かける。
「テーブルに座っとると、お尻が冷えるけぇ…」
そしたらのっちが、あたしを片手に乗せたまま、机にうぶ伏せになったから、
顔の距離が、ぐっと近くなる。
のっちの吐息が、あたしの髪をやさしく撫でていく。
(いっ、いかん!今、この距離は、いかんよ!)
「…いいな。あ~ちゃんは。」
(ダメじゃ、…か、顔が、上げられない…。)
「…ほんまに、いいなぁ。」
「…。」
「あ~ちゃん。…あのね、のっちは、…」
(…はい?)
のっちが、ふいに静かになったから、マシュマロから目線をあげてみる…。
…ねっ、眠っとる!
寝るの、早すぎるじゃろっ!!
まったく、あわてたり、コーフンしたり、眠ったり、忙しいコじゃねぇ…。
話の続きも気になるけど、…もう、なんでもいい。
あたしも、少し休もう。
食べかけのマシュマロを枕にして、手のひらのベットにカラダを横たえる。
のっちの右手の薬指に、あたしの左手を、合わせてみる。
のっちの手、あったかくて、甘い眠りに寄り添うと、…溶けちゃいそう…。
コンコン、控えめなノック。
「のっち…、あ~ちゃん?」
扉の隙間から、ゆかちゃんが覗いている。
あたしは、むっくりと体を起こす。
どのくらいの時間がたったのだろう、ゆかちゃんが心配そうに見つめている。
「あ~ちゃん、大丈夫?なんも、されんかった?」
「大丈夫よ。のっち、ずっと眠っとったけぇ。」
「ふわぁぁぁ、…あ~、ゆかちゃん。」
のっちがふにゃふにゃと起き上がる。
「あのね、結論だけ言うわ。ゆか、考えたんじゃけども、あ~ちゃんは、レンジの中から来たんじゃろ?
ということは、…レンジの中に帰れば、戻れる、と思う。」
(えっ、…そんな簡単なのっ?)
「そうじゃそうじゃ。そもそもあーちゃんが、レンジの中のドーナッツを
独り占めしようとしたことが、原因なんじゃけぇ。」
(の、のっちっ!!)
ゆ、ゆかちゃんに怒られる!
恐る恐る見つめると…、ゆかちゃんはなぜかふぃっと、目をそらした。
そのまま…、言いにくそうに、聞き取りづらい声で、話しだす。
「…そんなことよりね、
実際レンジのスイッチ入れると、高温になるけぇ。…で、もし、それで失敗したら…、死ぬかもしれん。」
(…へっ…、し、んじゃう…?)
衝撃に、言葉を、失った。
「っ!じゃっ、だッ、ダメッ、ゆかちゃん、そんなん、絶対ダメじゃろっ!」
動揺したのっちの声も、裏返ってる…。
「ゆかも、よっく考えたんよ!…でも、…それ以外、方法がみつからん。
…それに、このままじゃ困るじゃろ。」
「こっ、困らんよっ!のっち、一生面倒みるけぇ、なんもなんも心配いらん!!
あ~ちゃんを、危ない目に合わせるなんてっ、絶対ダメじゃ!」
「…のっちは、このままでもいいかもしれんけど。…あ~ちゃんは、どうなるん?」
「だから、あ~ちゃんはっ」
「このままじゃ、うちらと一緒に歌えんしっ、踊れんじゃろっ!」
「で、でもっ」
「あ~ちゃんが歌大好きなの、知っとるじゃろ?ほんまに、このままでいいって言えるん? …のっち。」
「…っ、」
「…あ~ちゃんのこと、大事に思うなら…、ちゃんと考えんと、いかんじゃろ。」
「……。」
(…そうじゃ。二人を困らせるわけには、いかんね…。)
「そうじゃね、ゆかちゃん。ほいじゃあ、あ~ちゃん、やってみるよっ!」
「あ~ちゃん?!そんなっ、ほ、本気で、ゆっとるん!?」
「…あ~ちゃん。。。ごめん、ね。」
ゆかちゃんが、苦しそうに唇を噛んでいる。
のっちの方は、…見るまでも、ない。
「のっち。ゆかちゃんの、言う通りなんよ。そりゃ、うまくいかんかもしれんけど…、このままでは、おれんし。」
「のっちは、絶対嫌じゃ!反対じゃ!!」
「…やってみるしか、ないじゃろ。わかって、のっち」
「わかっとるよっ!…じゃけどっ、…いっ、いやじゃ、イヤじゃっ、イヤじゃぁぁっ!!」
のっちが、耐え切れずにしゃくり上げる。両手をきつく握りしめて、ボロボロと大粒の涙をこぼしている。
見なくても、わかっとるよ。だから、…絶対、のっちのこと、見ない。
「ゆかちゃん、あたしがレンジに入ったら、扉閉めて、スイッチ入れてね。」
「…。うん、あ~ちゃん…。」
「なんねなんねっ!あ~ちゃんもっ、ゆかちゃんもっ、どアホじゃっ!!
のっちより、ずーっとずーっと、どアホじゃっ!!」
「のっちっ!このっ、わからず屋っ!大バカものっ!!どアホっ!!!」
ゆかちゃんが、大声で、力いっぱい怒鳴っとる。
…そいから、目に涙をいっぱいに溜めて、のっちの頭を、ぎゅっと抱きしめる。
「一番つらいのは、誰じゃ…。なぁ、のっち…っ」
「…っ、うぅっ、うぅぅっ~!!」
(…。 もう、ここには、いられないんじゃね…。)
震えそうになる体に、ぎゅっと力を入れて、レンジに向かう。
「じゃっ、いくけぇね!」
ガクガクする足を必死に前に出そうとして…、
ふっ…と、し忘れたことを、思い出す。
(…。あぁ、そうじゃった。最後に…、)
「のっち、…ちょっと、こっち向いて?」
ゆかちゃんの胸にしがみ付いてたのっちが、ゆっくり振り向く。
涙でぐしょぐしょになった顔を、目を合わさずに近づける。
…あたしは、精一杯背伸びをして、のっちの唇の端に、キスをした。
「…ふぇッ!?」
…こんな時に、なんて間抜けな声、だしとるんよ。
泣きべそのっちの頬は、みるみる、あたしの大好きなイチゴ色に染まっていく。。。
「胸と手を、借りたけぇね。…その、お礼じゃ!」
ありがと、のっち。精一杯の笑顔を贈るから、もう泣かないでね。
涙目のゆかちゃんが、あたしを見て、微笑んでいる。
「…のっち。よかったね?」
のっちが、ゆかちゃんに頭をぐしぐしと撫でられ、また瞳を潤ませる。
歯をくいしばり涙をこらえて…、目を、そらした…。
(それで、いいんよ。…のっちは、強いコじゃもんね。)
あたしはくるっと方向転換して、真っ暗なレンジの中に、ずんずん進む。
後ろで、パタンと扉が閉まる音。
振り返ると、レンジのガラス扉の向こう側が、かすんで見える。
ゆかちゃんが、八の字眉ののっちの肩をしっかりと抱いている…。
「あ~ちゃん。じゃ、スイッチ…入れるからね?」
ゆかちゃんの唇の動きを読んで、こっくりとうなずく。
…瞳を、のっちに移して。心の中で、つぶやいた。
( バイバイ。…あたしの、おっきな、王子様…! )
のっちが、何か叫んでる!
でも、それは、レンジの音に吸い込まれて、光とともに、消えて、いく…。
あぁ、意識が、とろけて、遠くに、…飛んで、、、…。
ふわり漂う、甘い、香り。。。。
目を開くと、…そこは。
「…あ~ちゃん!…あぁっ、やっと起きた!」
「よかった。うなされとったから、のっちが心配して大変だったんよ。」
「ゆかちゃん、それナイショじゃ!
あっ、あ~ちゃん、甘い物好きじゃろ?差し入れにもらったのがあるんよ。
のっち、ちゃんと、とっといたから!起き抜けじゃけど、食べるじゃろ?」
…目覚めの悪さに加えて、自慢げなのっちの言葉に、
なんだか、すっごく、いやァ~な予感がして、横を見ると…。
ほら、山盛りのドーナッツ(普通サイズ)!!
「ひゃああああっ!!!!!」
「あ、あ~ちゃん、どうしたん??」
「…あ、あ、あ~ちゃん、そんなの、よう、食べん…」
あたしは、ふるふると後ずさりをする。。。。
ゆかちゃんとのっちが、不思議そうに顔を見合わせる。
「とっ、とにかくっ、いらんったら、いらんの!
あ~ちゃんは、ドーナッツなんて、絶対に、絶対に、いらんのっ!!」
あまりの剣幕に、のっちが目をまん丸にしている。
…すまん、ドーナッツさん…、
ちっちゃくなるのは、もうこりごりじゃ!
独り占めはせんから、しばらく、あーちゃんに近寄らんといて。
どうかどうか、お願いじゃけぇ…。
おしまい
最終更新:2008年10月10日 17:07