いま、なんじだろ…
窓がなくて、全く日の差し込まないこの部屋は、時間が分からない。
枕元の携帯を開くと、デジタル表示が7:45と表示していた。
今日は2限が休講で4限だけ。
二度寝、いや三度寝はいけるな、とゴロリと寝返りを打った時。
部屋の外で2つの足音が聞こえた。
血統書付きの猫みたいにしなやかに歩くのはかっしー。
ハミングで歌うように歩くのはあ~ちゃん。
3人一緒にこの部屋に住むようになって1年が過ぎた。
最近は足音で、廊下を誰が歩いているのかわかるようになってる。
…かっしーは、1限からだっけか。
あ~ちゃんも、一緒にガッコ出掛けるのかな。
あたしは布団の中から二人にいってらっしゃいをして、またウトウトし始めた時、また足音がした。
──この足音は、あ~ちゃんの足音。しかもちょっと怒ってるときの。
あたしはこれから起こる嵐を避けようと布団に慌てて潜った。
「朝ですよー!」
ドアを勢いよく開ける音とあ~ちゃんの声。
「今日は、4限だけ…まだ…ねかせて…」
「人間、朝が来たら起きる!」
「この部屋、日が差さないけぇ…朝かわからん…」
「あたしの部屋も窓ないけど、6時にゃあ、ちゃんと起きとる!」
あたしの布団を剥ぎ取って、太陽みたいな笑顔であ~ちゃんはニコッと笑った。
「のっち、おはよう!」
うわ。今日も、あ~ちゃんは可愛い。エプロン姿、超可愛い。
あたしたち3人が一緒に住み始めたきっかけは。
高校卒業時にBEE-HIVE寮を出なくてはいけなかったことだった。
それぞれが思う条件で一人暮らしする部屋を探し始めて、
割と簡単にかっしーとあたしはそれぞれ部屋を決めた。
寮の狭い部屋にうんざりしてたかっしーは、駅から遠いけど部屋が広いマンション。
コンビニ好きのあたしは1階にコンビニがあるマンションにソッコー決めた(笑)
でも、あ~ちゃんは卒業式が近くなっても、まだ部屋が決まっていなかった。
寮の食堂のテーブルに並べられた物件リストとにらめっこしながら、あ~ちゃんは腕組みして
「どこも、ちがうんよ」
と泣きそうな顔で言った。
「何が、違うん?」
「譲れない条件とか…?」
あ~ちゃんを挟むようにして座っていたあたしとかっしーは質問する。
しばらく黙っていたあ~ちゃんは、ちょっと息を吸って、
「…一人暮らしじゃ、ない部屋」
小さな声でポツリと言った。
一人暮らしするのに一人暮らしじゃない部屋がいいなんて、他の人が言ったら変な答えなんだけど。
言ったのがあ~ちゃんだったから、あたしは納得してしまう。
寮でもいつも自分の部屋にみんなを招待してたあ~ちゃん。
学校でもいっぱいの友達に囲まれてたあ~ちゃん。
誰もいない暗い部屋に一人で帰るあ~ちゃんなんて、
そんなの。そんなの悲しくて想像できないよ。
だったら…
あたしの頭にはひとつの思いつきが浮かんだんだけど。
あまりに馬鹿馬鹿しい考えすぎて、2人に笑われると思って、黙ってモジモジしていた。
その時。
「…ねえ、3人で一緒に、住まん?」
涙目のあ~ちゃんが、あたしが考えてたそのまんまの言葉を呟いた。
「ゆかも、今同じこと考えとった…」
「あたしも…」
「嘘!やだ!ヤッバイ!」
「あ~ちゃん、泣くか笑うかどっちかにしなよ!」
次の日。
あたしたちは親と不動産屋さんに頭を下げて、もう一度3人で暮らせる部屋を探した。
それで、退寮期限ギリギリにようやく見つかったのがこの部屋。
かっしーは、最初の部屋と比べたら、ちょっと自分の部屋は狭くなっちゃったけど。
あたしは、コンビニまで歩いて10分かかっちゃうけど。
でも、そんなことはどうでもよかった。
あたしたちは知ってる。
あ~ちゃんの決めた道の先には絶対楽しいことが待ってるって。
「朝ごはん作ってあるけぇ、はよぉ起きんさい…何ソレ」
ぎゅっと目をつぶって口を尖らせてるあたしにあ~ちゃんは聞く。
「…キスでおこして」
「aikoさんのパクリじゃん!」
いつもならここでケリのひとつも入るところで、あたしは身を固くしてたんだけど(あたしもつくづくドMだ)
敬愛するaikoさんネタで機嫌をよくしたのか、あ~ちゃんは笑いながら優しくキスしてくれる。
「…ねぼすけのお姫様は起きた?」
「お姫様は、あ~ちゃんじゃん…」
あたしは手を伸ばしてエプロン姿のお姫様を抱きしめた。
朝のお風呂大好きのあ~ちゃんの、シャンプーのいいにおいが鼻をくすぐる。
「へへ。のーっち」
あたしの腕の中で、あ~ちゃんは人指し指であたしの顔の輪郭をなぞった。
やばい、ちょーえっち。小鳥みたいなキスだけじゃ、物足りない。
「今からキスの続き、してもいい?」
「だーめ、今日はいい天気じゃけぇ、これから3人のお布団をフッカフッカに干しちゃうんだもん」
「じゃあ、今夜そのふかふかの布団でー」
「しーつこーい」
「いだっ!」
「朝ごはん、冷めちゃったじゃん、顔洗っておいで」
あ~ちゃんはキスでおこしてを鼻歌で歌いながら、歌うような足音でキッチンへ行った。
…ちくしょう、負けんもん。絶対、今日こそ。
デコピンされてヒリヒリ痛むおでこを押さえながら、あたしは今日も誓ったのだった。
──大本彩乃ただいま19歳。毎日元気に生活しています。
でも、あ~ちゃんと一つ屋根の下で毎日のように寸止めのこの状況は、非常につらいです。
最終更新:2008年10月10日 17:20