学園祭最終日。
昨日までは晴れていたのに、今日はなんだか雲行きが怪しい。
午前中は体育館で軽音部のライブ。
あ〜ちゃんたちのバンドは、お昼前に登場予定。
あたしは別にする事がないから、体育館にずっといて他のバンドの演奏も見ることにした。
どのバンドもお世辞にも上手とは言えないけど、みんな楽しそうに演奏している。
ライブを見ている人は疎ら。
後ろの方では、演奏なんか聴いてない近所の子供たちが遊んでる。
軽音のライブのチラシを見ると、このバンドの次があ〜ちゃんたち。
あれ?なんだか、急に大勢の人が体育館に入ってきたぞ?
よく見るとみんな、軽く濡れてる。
どうやら雨が降ってきて、体育館を雨宿り代わりにする人たちのようだ。
そのせいで、さっきまでほとんど人がいなかったのに、あっという間に会場の半分以上が埋め尽くされた。
あたしは、ステージから一番遠い出入り口付近まで、押し退けられてしまった。
さぁ、次はいよいよあ〜ちゃんたちの登場だ。
別に自分が歌うわけじゃないのに、ドキドキする。
あっ、ステージ横からあ〜ちゃんが出てきた。
「こんにちわー!!皆さんー学祭ガンガン楽しんでますかーーー!!」
って、あ〜ちゃんがマイクを通して言うと、会場の皆が・・・
「イエーーーーイ!!!」
って、反応。
スゲー、まるで本物のミュージシャンがやるライブみたい。
「じゃ、このライブで更に、イエイイエイのウォウォウで、盛り上がっていきましょう!!では、1曲目聴いて下さい!!」
ドラムの子がカウントをする。
そして音が鳴り始める。
その音に上に、あ〜ちゃんの歌声が走り出す。
ヤベ・・・なんだこれ・・・。
鳥肌が立った。
ライブを見て鳥肌が立ったのは初めてだった。
あ〜ちゃん、めちゃくちゃ歌上手い。
それにすごく楽しそうに歌ってる。
前の方にいる子達は、あ〜ちゃんの友達なのかな?
みんなやたらと、あ〜ちゃんコールをしてる。
男子校の子達も音楽に合わして、ノリノリ。
みんな、あ〜ちゃんの歌に魅了されている。
近所の子達も遊びをやめて、ステージに釘付けだ。
あ〜ちゃんは一瞬にして、会場にいる人全員を虜にした。
あたしは壁に寄りかかって聴いていると、肩を叩かれた。
ゆかちゃんだ。
「よっ」
「あっ、どうも」
ゆかちゃんも白衣に手を突っ込んで、あたしの隣に一緒に、壁に寄りかかった。
「あ〜ちゃん、相変わらず歌上手いねー」
「はぁ・・・」
「去年も学祭で歌って、その後あ〜ちゃん、7人から告白されたんじゃと」
「はぁ・・・」
そうなんだ・・・。わかるよ。あ〜ちゃん、可愛いもん。
「のっち、さっきから『はぁ・・・』ばっかりじゃんw」
「あっ、すいませんw」
「あ〜ちゃん、今年すごく張り切ってたんだよ?」
「へー・・・」
そりゃ張り切るよ。ステージで歌ってるあ〜ちゃん素敵だもん。
「あっ、ゆかちゃんじゃん。ねー、もっと前で見ようよ」
ゆかちゃんは後ろから来た生徒に、手を引っ張られて連れてかれそうになった。
「のっち!!ちゃんと、あ〜ちゃんの歌聴きんさい!!」
そう言って、ステージ前の人だかりに消えてった。
ゆかちゃん・・・そんなん言われなくても、ちゃんと聴いてるよ。
耳に痛いくらい聴いてるよ。
心に痛いくらい響いてるよ。
全然悲しい歌じゃないのに、なんだか泣きそうになるんだけど。
なんでかな・・・。
ステージで歌ってるあ〜ちゃんが、すごくすごく遠く感じるよ。
物理的な距離じゃなくて、もっとこう精神的な距離が遠い。
「・・・では、これが最後の曲になります」
2曲を歌い終えたあ〜ちゃんの挨拶。
会場からは「えーーー?もう終わりなの?」って言う声。
その声を掻き消して、あ〜ちゃんはまた歌い出した。
最後の曲は、屋上で聴かせてもらった曲だった。
あたしはステージにいるあ〜ちゃんを見つめる。
あっ・・・。
一瞬目が合った?ような気がした。
気のせいかな・・・?
あっ・・・また合った?
いや、気のせいで、しょ?
それは、気のせいじゃなかった。
あ〜ちゃんはずっとあたしを見て歌ってる。
歌ってる曲はラブソング。
それは、まるであ〜ちゃんがあたしに向かって、愛の告白をしてるのか?と錯覚させる曲だった。
そんなはずは絶対にないのに・・・。
でも、どうしよう・・・。
すごく、すごく胸が苦しい。
切ないって言葉は今使うためにあるのかもしれない。
歌ってるあ〜ちゃんを見てると、切なくて苦しい。
でも目を逸らせられない。
あたしもあ〜ちゃんの歌の虜になったから。
いや・・・すでにあたしはとっくに、あ〜ちゃんの虜。
ライブは終わった。
あっという間だった。
偶然にも雨も上がった。みんな体育館から出て行く。
あ〜ちゃんがステージ裏から出てきた。
あたしは会いに行こうと右足を出そうとしたら、あ〜ちゃんの周りに人だかりが出来てる。
それを見て、右足を引っ込めた。
あたしは、あの人だかりには入れない。入りたくない。
あたしは『その他大勢の一人』にはなりたくないから、入りたくないんだ。
さっきのライブを見て、欲が出た。
ステージの上で歌うあ〜ちゃんを独り占めしたいって思った。
そんな事は絶対無理なのに。
あ〜ちゃんは人気者だから、独り占めなんて出来ないのに。
そもそもあたしが、あ〜ちゃんを独占出来る権利なんてないのに。
あたしは、このどうしようも出来ない気持ちを落ち着かせる為、体育館を後にした。
気付いたら屋上の扉の前に着いていた。
鍵はあ〜ちゃんしか持ってないから仕方なく、扉に寄りかかって体育座りする。
学祭中でもここは、放送が微かに聞こえるくらいの静けさ。
でもあたしの耳には、あ〜ちゃんの歌声がこびり付いてる。
あぁ、もうすぐ学祭終わっちゃうよ・・・。
結局あ〜ちゃんとは一緒に回れなかったな・・・。
一緒に回りたかったな・・・。
楽しくなるはずの学祭が、こんなにも切なく苦しくなるとは思わなかった。
微かにだけど、学祭終了の放送が聞こえた。
教室に戻ろうとして立ち上がった時、下から階段を駆け上がる足音が聞こえた。
「やっぱ、ここだ!」
声の主は、少し息を切らしたあ〜ちゃんだった。
まさか来るとは思ってなかったから驚いた。
「な、なんで?」
「なにがー?」
あ〜ちゃんは、あっけらかんとして階段を上ってくる。
「どして、ここに来たの?」
「ここに、のっちがいると思ったからじゃけぇ」
あたしを探しに来てくれたの?
なんで?あ〜ちゃん、あんなに友達に囲まれてたじゃん。
どうして?あたしと一緒にいてくれるの?
「・・・友達はいいの?」
「うん。大丈夫大丈夫」
そう言いながら、あ〜ちゃんは鍵を取り出し扉を開けた。
「屋上でお好み焼き食べよ?」
あ〜ちゃんの手には、お好み焼きとお茶が入った袋。
「う、うん。あっ、でも閉祭式出ないと・・・」
「平気平気。うちら二人いなくても誰も気にせんよ」
「そ、そうかな?」
「そうそう。早くしないとお好み焼き冷めちゃうけぇ」
あ〜ちゃんに半ば強引に説得させられ、お好み焼きを食べることになった。
出来たてを持ってきてくれたのかな?
手に持ったらまだ温かかった。
「ごめんね、のっち」
急に謝られてしまった。
「な、なにが?」
「ほら、あ〜ちゃんこの前、のっちの為にサイコウの学祭にしてあげるけって言ったじゃろ?」
「・・・うん」
憶えててくれたんだ。
あ〜ちゃん、忘れてなかったんだ。
憶えててくれたのがすごく嬉しい。
あたしはそれだけで、もう充分満足だよ。
あたしはあ〜ちゃんの傍にいれば、それだけでサイコウなんだよ。
「あ〜ちゃん、結局のっちになんもしてあげれんかった・・・」
「そんなことないよ!!ライブめちゃくちゃ良かったよ!!あたしなんか、鳥肌立っちゃったくらいだよ!!」
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと!!それに、今だって・・・」
『あ〜ちゃんが来てくれて嬉しかった』って言おうとしたけど、恥ずかしくて止めた。
「『今だって』・・・の、続きは?」
あ〜ちゃんに突っ込まれる。
「あ・・・ぃや・・・その・・・」
シドロモドロになっちゃてるよ。カッコ悪・・・。
あ〜ちゃんはそれ以上突っ込まず、口角を上げてニコっと微笑んだ。
それを見て単純に、好きだって思った。
この笑顔は誰にも見せたくないって思った。
そして、抱きしめたいって思った。
でも、思っただけで行動には移せなかった。移さなかった。
だってその行動を取ると、二人の関係がが変わってしまうような気がしたから。
「のっち、眉毛がハノ字になってるw」
「えっ、嘘w」
「来年は一緒に回ろうね」
「うん!!」
あたしたちは式が終わるまで屋上にいた。
いつものように他愛のない話ばっかした。
ライブ中に見つめ合ったコトは、二人とも触れなかった。
あ〜ちゃん・・・あたしはもうあなたの虜。だからこれ以上あたしの心を乱さないで。
最終更新:2009年05月14日 00:23