同じ空間にいるだけで二人の間にできていた距離が縮まっていく。
心の距離も、物理的な距離も。
玄関先で抱きついた。
それから暫くお互い何も話さず、ただ抱きしめ合っていた。
静かな部屋。
私には自分の鼓動とのっちの鼓動しか聞こえない。
と、思っていたら。
グゥー…
「のっち…?」
「…ごめん、あ〜ちゃん。
朝ごはんまだなんよ…」
のっちのお腹の虫に邪魔された。
「雰囲気ぶち壊しじゃ…」
「わーん!!ごめんって!」
後ろで必死で謝ってくるのっちは放置して、私は久しぶりにのっちの部屋に入った。
冷蔵庫に入っていた適当なもので朝ごはんを作る。
その間ものっちは私の後ろで謝っていた。
「謝らんでええから、そこに座って待っときんさい!」
「ごめ…あ、はい。」
私に指示された通り、小さなテーブルの前にちょこんと座る。
しゅんとしているのっちを見ると、胸が一杯になる。
好き。
自然と笑みがこぼれた。
朝ごはんができあがり、のっちのところへ持って行けば
のっちは物凄い勢いで食べあげていく。
「超ーおいしかった!ありがとう!!」
満面の笑みを浮かべてお箸を置く。
「のっち、そんなにお腹空いてたん?!」
「え、いやそういう訳じゃ…」
「じゃあもっとゆっくり食べれば良かったのに…」
「だってほんとにおいしかったんじゃもん!箸が進む進む!!」
「それは…嬉しいけど」
「それにさ、ゆっくり食べてたらあ〜ちゃんにすぐくっつけんじゃろ?」
そう言って得意げな顔をして、私に近づいてくる。
その腕に包まれると、私は何も言えなくなった。
「あ〜ちゃん…会いたかった…」
のっちの声をこんな近くで聞いたのは何時ぶりだろう。
耳からだけじゃなくて、身体で聞く声。
のっちは続ける。
「ごめんね…のっち勝手で…」
「あ〜ちゃん優しいけぇ、甘えてしまうんよ…」
「でもこれからはしっかりする。
あ〜ちゃんにも甘えん。」
「…だから、一緒にいて下さい」
そっと腰にまわしていた腕を解かれ、真剣な眼差しで見つめられる。
「嫌。」
「え!?」
「甘えてくれんのなら、嫌。」
「へ?」
「あ〜ちゃんはのっちに甘えて欲しい。」
「あ〜ちゃん…?」
「今までのっちが勝手なんて一回も思ったことない。」
「…」
「今まで通りでええんよ。」
今度は私から抱き寄せる。
「変に気遣わんで…」
「甘えたさんのままで、ええんよ。」
「でも…」
のっちが私の腕の中から少し不安そうに顔を覗かせる。
「ほんとにのっち、甘えちゃうよ?」
「うん。」
「いっぱい世話かけちゃうよ?」
「ええよー。あ〜ちゃん、ちっちゃい子世話するの好きじゃけぇ」
「のっち、ちっちゃい子じゃない!」
「こーんな甘えたさんはちっちゃい子と一緒じゃ」
「あ〜ちゃんより身長高いよ!」
「でも、ちっちゃい子と一緒じゃー」
「あ〜ちゃんより力だって強いもん!」
(*微er)
そう言ってのっちは私を押し倒した。
ふと表情が変わる。
私を見下ろすその顔は、今まで見てきた中で一番大人っぽくて。
降りてくる唇に、私は目を閉じることしかできない。
キスが深くなればなるほど、口内に広がるのっち自身の味。
「ん…っ」
「あ〜ちゃん…これでものっち、ちっちゃい子なん?」
唇を離し、私の顔をじっと見つめる。
のっちの手が、身体を這う。
「ふ、っ…いら…んとこだけ大人じゃ、…っ」
「いらんとこ、ね」
意地悪そうに微笑むと、のっちは急に手の動きを止める。
「ほんとに、いらんとこ…?」
わかってるくせに。
でも正直には恥ずかしくて言えない。
黙ってると少しずつのっちは手を動かしだした。
「や、…っ」
「あ〜ちゃん…いらんとこ、なん?」
「い…じゃ…な…っ、あっ」
「ん?」
「いらんと…こじゃな…ぃ、っ」
自分が答えさせたのに、のっちはなぜか顔を赤らめる。
「ヤバッ…あ〜ちゃんヤバイわ…」
「な、にっ…が」
「可愛すぎる…!」
「のっ…ちのっ、あ…ほっ!!」
二人とも何も着ずにベッドの中でゴロゴロ。
このまま時が止まっちゃえばいいのに。
本気でそう思った。
でも言わなきゃ。
時を進ませなきゃ。
「ねぇ」
「ん?」
「あ〜ちゃんね」
「うん」
「大学、受かったんよ」
「…やったじゃん!まぁのっちは最初から受かると思ってたけど…」
「…お守りありがとね。あれ、凄く支えになった。」
「ほんと?」
「うん。それでね…」
「あ、うん…何?」
「ゆかちゃんからは聞いてるとは思うんじゃけどね」
「うん」
「あ〜ちゃん、下宿するんよ。」
のっちは私を優しい目をして見つめる。
「あ〜ちゃんの口から、聞けて良かった。」
「のっち…」
「でもさ、何でだろ…。
あ〜ちゃんが受かったこと、ほんとに嬉しいって思ってるはずなのに…
なんか…素直に喜べないよ」
のっちは自分の顔を手で覆う。
唇を噛み締めて。
「遠くに行って欲しくないよ…」
のっちの言葉に心が揺さぶられる。
「あ〜ちゃんだって、離れたくない…。でも…」
そういう訳にはいかないって、私が一番よくわかっている。
自分が決めた道だから。
わかってるけど、涙は自然と零れていた。
のっちが指で私の涙を拭う。
もうのっちは、泣いていなかった。
離れる覚悟を決めた。
そんな目をしていた。
「へへっ、別れ話みたい」
「うっ、…縁起でもないことっ、言わんでよ」
「ごめんごめん!会いたくなったら新幹線一本じゃろ?大丈夫だって、たぶん」
「たぶん…?」
「ううん。きっと大丈夫。あ、ちょっと待ってね」
のっちは身体を伸ばし、ベッドサイドの引き出しの中から小さな箱を取り出す。
「これ、渡せなかったから」
「何?」
「クリスマスプレゼントと、あと…誕生日プレゼント」
箱を開けると、私が雑誌で見て気になっていたネックレスとシンプルなデザインの指輪が入っていた。
「指輪の方は…ペアリングなんだけど…」
「のっち…」
「あ、ごめんね、嫌だった?」
「ううん…凄く嬉しい!」
良かったぁ、と言ってのっちは私の薬指にリングをはめる。
「これ、のっちと思って。そしたら寂しくないでしょ?」
「えーやだなー」
「やだなって…嘘じゃろ?!」
「ふふっ…嘘じゃけぇ、安心しんさい…ありがとう。大切にするね。」
「うん!…よし、のっちもつけよっと」
のっちは自分の薬指にもリングをはめて、お揃いだーなんて笑って。
ほんとに幸せだって思えた。
しばらくしてのっちの携帯が鳴る。
至福の時間は遮られた。
「うっへー…今日もバイト入ってたっけ…忘れてたー」
「誰から?」
「バイトの先輩。あ、女の人だから心配しないで!」
「心配なんかしとらんよ。」
「あら…そうっすか」
素っ気ない私の返事にのっちは肩を落としているけど。
私は先輩なんかに心配しない。嫉妬なんかしない。
「あ〜ちゃん、合格祝いほしいなぁ」
「い、いきなり何?いや、別にあげるけど…」
「今日一日のっち独占権がほしいなぁー」
私はバイト自体に嫉妬してる。
「今日だけでいいの?」
そんな私にその返事。
やっぱり私、のっちが好きだ。
つづく
最終更新:2009年05月14日 00:33