愛しい、愛しいあなた。

忘れようと思っても、忘れられるわけない。


忘れよう、なんてこと
そんなこと、思うわけない。


けど・・・・



愛しい、愛しいあなた。


あなたの、記憶は一日更新。


一日ごとに、リセットされる。




「おはよう」


今日も、いつも通り、あなたに挨拶。


きょとんとした、表情。

これも、いつも通り。


「おはよう、ゆかちゃん」


「・・ゆか、、ちゃん?」


未だ、うまく“現実”をつかめないような表情。


これも、いつも通り。



「うん、、、おはよ、ゆかちゃん」

ゆっくりと、、、
自分の存在を認識させるように、話しかける。




「ゆか、、、ゆか、、、、、、

少しずつ目覚めていく、あなた。


黒目がちな瞳で、のっちを見上げる。

整えられた前髪に隠れる、その表情。



毎朝繰り返される、その表情。


繰り返される、それにさえ
未だ慣れることなんか、なく・・



やっぱ、飽きもせず

愛しいなぁ・・・って。


ただただ、愛しいなぁ


そう思うんだ。


「・・・・ゆか?」

「うん、ゆかちゃん」

「あなた、、は・・?」


「あたしは、、のっち」

「・・・のっち…?」


うん

「そう、、のっち、、、あなたの“恋人”・・・・」

「・・こ、い、、、び、と・・・」


いつものように、伏せられる瞳。


「・・・とりあえず、、、ご飯、食べようか?」


こくりと頷く、あなた。


朝食は、トーストとハムエッグ。
これは、のっちが用意。


「ゆかちゃん、コーヒー入れてくれる?」

「うん、わかった」


コーヒーは、ゆかちゃんが用意。


タマゴを焼きながら、ちらっと彼女をみる。

ペアで買ったマグカップ。
色違い。
今朝もちゃんと、のっちのカップには
ミルクが少し多い目に入れられる。

そして、のっちの席にそのカップを置いてくれる。

「バターとっとくね」
そう言って、冷蔵庫へ。。。


いつも通りの光景に、ほっと安心する。

ゆかちゃんの“キヲク”に、のっちは残っていない。
けど、、彼女のドコカに、のっちのカケラが残ってるのだろう・・


だって、全くの他人が、自分のうちにいたら、パニックだ。

けど、ゆかちゃんは、毎朝
あたしを、“のっち”だと、“恋人”だとは認識できなくても
“一緒にいる人”ということは、わかるらしい・・

それに、のっちのなにげないクセも
覚えてるようで、それに合わせてくれる。


でも、のっちのことは覚えてないんだ。

昨日あった楽しかったことも。
先週の喧嘩も。
この前の休日の、最高に嬉しかった一言も。

全部全部。

寝てる間にリセットされちゃうんだ。



そんなことあるんですか?

数ヶ月前ののっちの問いかけに
お医者さんは、難しい説明をしてくれた。

のっちの、ちっぽけな頭じゃ、全部を理解できなかった。
理解なんて、できるわけなかった。


ゆかちゃんが、のっちのことを忘れちゃう。


わかったのは、それだけ
でもそれだけで、十分だった。

十分すぎるほど、悲しい現実。



「いただきまぁす」
もぐもぐもぐ・・・

「…のっち?」
「ん?」
「聞いてもいい?」
「うん」
「…ゆかたち、付き合ってどれくらい?」
「んとねぇ、、もう5年、かな」
「どっちから告白したんだっけ?」
「ゆかちゃん」
「えっ、うそ!?」
「うそwのっちだよ」
「やっぱり〜w」


その日のよって内容は違うけれど
毎朝繰り返される、ゆかちゃんの確認作業。


少しずつ、スイッチが入り始めるあなた。



遅い朝食を終えて、片付ける。

今日は休日。

「さて、今日はどうしようっか?」
「んー・・・あんまりお天気もよくないみたいだね」
そういって、彼女は窓の外を見上げる。
「部屋でのんびり過ごそうか。あ、DVD借りてきてるんだ…」

カバンの中から、DVDを取り出す。

「わっ、これ観たっかったんだ!」

嬉しそうなゆかちゃん。


昨日、仕事帰りに借りてきたんだ。
先週、ふらっと二人で立ち寄ったレンタルビデオ屋さん。
『これ観たいっ』
あなたは、そう言ったんだけど、その時は
全部借りられていて・・・
『残念、、、人気作品だもんね』

『うん』と答えたあたしは
半年前に、満席の映画館で
二人で手を繋ぎながら見た、その作品を
思い返していた。


「じゃ、これ観ようか」

DVDをセットして
ソファにちょこんと腰をかけてる
ゆかちゃんの隣に並ぶ。

映画が中盤にさしかかるころ
ぎゅっと手を握られた。
そっと、視線をうつすと
真剣に画面に見入るあなた。

そのセツナイ表情は
あの日、映画館で見たあなたと重なり・・・


思わず、涙が溢れてきて…


物語がクライマックスを迎えるころには
彼女の瞳にも、涙が滲んでいた。


二人して、なみだ目で画面を眺める。


あの日、物語に引き込まれて流した涙。


今、互いの頬を伝う涙は
なにを想って、流れてるのだろう・・・?



時間は刻々と過ぎていく。

ゆかちゃんは、どんどん
のっちを知っているゆかちゃんになっていく。


夜に向かって
しっくりしてくる、二人の関係。


どんどん更新されていく、のっちの記憶と想い出。


積み重ねられていく、時間。


愛しくも残酷な瞬間の積み重ね。



お風呂から上がると
ゆかちゃんは、ベッドの上で
窓の外を見上げていた。


あぁ、、どれくらいあなたに触れてないっけ?


ゆかちゃんのキオクがあやふやになってから
ゆかちゃんに触れるのが怖くなった。


感じるやさしさも
求め合う熱も、、、

この瞬間だけなのかな?


そう思っちゃうと、、、、怖くなった。



その華奢な後姿に見惚れていると
彼女が振り向いた。

瞳、、、、赤い…?


「・・のっち?」
「ん?」
「お月様がキレイ、、、だよ?」

そっと近づき、彼女の隣に並び
窓の外を見上げる。


「ほんとだね・・」
「…明日は、、、、いい天気になるか、な?」
「うん、、、たぶん、、、、ね」


昼間の天気が嘘のような、
すっきりとした夜空に
輝くお月様。


「ねぇ・・・久しぶりに屋上にいこうっか?」



どちらからともなく手をとり
屋上へと上がっていく。


季節は、春。

夜はまだ少し、肌寒い。

無意識に、彼女を後ろから抱きしめていた。


「・・・のっち、あったかい、ね」
「そう?・・お風呂上りだから、、かな?」



二人して、無言で
ただキレイなお月様を見上げる。


「・・・のっち?」
「ん?」
「・・・・ごめん、、ね?」
「えっ?」


腕の中の彼女がくるっと
のっちと向き合う体勢に。


見つめあうその瞳は
完全に、ゆかちゃんの瞳、で・・



「・・・ゆか、きっと、、、忘れちゃうから…
 今夜のこのお月様も、、、、こんなにも
 幸せで、、どうしようもなく幸せで、、、
 セツナイ、この想いも、、、、きっと忘れちゃうから・・

っ!


思わず、ぎゅっと抱きしめる。


ゆかちゃんだ・・ゆかちゃんだ・・・・


久しぶりの、、、、、“ホント”の、ゆかちゃん、だ・・・・


「ゆかちゃん、、愛してる、よ・・・
 謝んなくっていいんだよ?
 ・・・だって、、、、ちゃんと、
 のっちのこと覚えてくれてるもん・・
 ちゃんと、毎日、のっちのこと愛してくれてる」
「うん、、、のっち、、、愛してるよ、、、大好き・・・」


でも・・・・

ゆかちゃんは、続ける。


「のっちに、、、ツライ想いさせてばっか———

彼女の唇を塞ぐ。


深く深く、口付ける。


「・・っ、、忘れたくない、、、ぅうぅ、、忘れたくない・・
 ほんとは、、、忘れたくないん、、だ、、よぉ・・・」


泣きじゃくる、ゆかちゃん。


「・・・・のっちが全部、覚えてるから。
 ゆかちゃんの分も、全部、、全部、、、ちゃんと覚えてるから」


「だからさ、毎日、、、笑いかけてよ、ね?
 のっちは、ゆかちゃんの笑顔さえあれば、、それだけで十分幸せ」


そっと、頬に触れる。


「だから、、、泣かないで、、、さ。
笑ってよ・・?」


今度は、ゆかちゃんから交わされる、口付け。

やさしく、甘い、、、愛しいあなたの体温。


「ゆかは、、、なにがあっても、、、のっちのこと愛してるからね」


そう言って、真っ赤に潤んだ瞳で
最高の笑顔をのっちにくれた。



部屋に戻り

久しぶりに互いの体温を確かめあい

深い眠りへと堕ちていった。



愛しい、愛しいあなた。


あなたの、記憶は一日更新。


一日ごとに、リセットされる。


きっと、明日がくれば

今日のことも忘れているね。



けど、あなたは毎日毎日

あたしに、恋をする。


あたしは、相も変わらず

毎日毎日

あなたを愛し続けるんだ。


毎日、あなたは
一生分の愛情をあたしに与えてくれる。


あたしは、一生


あなたを愛し続けるんだ。


キヲク?


そんなもの、関係ないよ。


ココロはちゃんと、そこにある。


ずっとずっと


互いの傍に、ある。



愛しい、愛しいあなた。

忘れようと思っても、忘れられるわけない。


忘れよう、なんてこと
そんなこと、思うわけない。


ね、、、ゆかちゃん。


そうだよね?


だからまた、、、明日、ね。







最終更新:2009年05月14日 00:44