Side.N




「あ〜ちゃん。」

私の声に、あ〜ちゃんは振り向いた。

「のっち、どしたん?」

いつもの、甘い声と眩しい笑顔。
でも、のっち、気付いとるんよ?

振りの凡ミスが増えたのも
トークの時の反応がちょっと遅いのも

何より…ひとりでいるときに、すごく辛そうな顔してるのも。

いくらアホの子だって、のっちはあ〜ちゃんの恋人じゃけぇ。
あ〜ちゃんのことに関しては、誰よりも敏感でいたいんよ。

今は、のっちの家で、ふたりきり。
聞くなら、今。

「あ〜ちゃん、なんかあった?」
「ん?何が?」

綺麗にとぼけるあ〜ちゃん。
…とぼけんといてよ。

「最近、元気ないじゃろ?なんか悩んでるんじゃないかな、って思って。」
「そんなことないよ?あ〜ちゃんは普通じゃよー。」

…うそつき。

「あ〜ちゃん、嘘はいけんよ。」
「嘘じゃ、ないよ。」

ちょっと困ったように笑う、あ〜ちゃん。
嘘じゃないんなら、どうしてそんな顔するの…?

「…あ〜ちゃん。」
「ん?どしたん?」
「のっちは、そんなに頼りないん?」
「…え?」
「のっちは、あ〜ちゃんが悲しい顔しとるの、見たくないんよ。じゃけぇ、何かあるなら、力になりたいんよ。」

そっと目を伏せるあ〜ちゃん。

「ね、何かあるなら、言ってよ。のっちに隠し事なんか、せんといてよ。」

隠すなら、…そう
もっと上手く、隠してよ。

「あ〜ちゃんっ……。」

ほとんど縋るように、あ〜ちゃんの名前を呼んだ。
と、俯いてたあ〜ちゃんが、そっと顔をあげた。

「のっち、ごめん。でも、あ〜ちゃんは、大丈夫よ。」
「……え、」


そう言ったあ〜ちゃんは、にっこり笑ってて、私は何も言えなかった。




「のっちは、気にせんで良いんよ。あ〜ちゃんは大丈夫じゃけえ。」

本当に?

「心配かけて、ごめんね。」

そう言って、あ〜ちゃんは笑う。

それなら、どうして目が笑ってないの?
結局、悩み事があるの?
のっちには言えんことなん?
あ〜ちゃん、ねえ

どうして、なの?

疑問がたくさん渦巻いて、どれから言えば良いのかわからなくなってる私の頭を、あ〜ちゃんはそっと撫でた。
…まるで、小さな子供をあやすように。

「のっち、どしたん?」

違うよ。のっちはどうもせんよ。
どうかしてるのは、あ〜ちゃんだよ。
そんなあ〜ちゃんを助けたい。
力になりたい。

だから、そんな子供扱いなんかせんでよ。
はなから、頼りにされてないみたいで、苦しいよ。

「のっちは、なーんも気にせんで良いけぇ。」

あ〜ちゃんはそう言って、ちらりと時計を見ると、帰り支度を始めた。

「…あ〜ちゃん、用事あるけぇ、もう帰るよ。また明日ね、のっち。」

ドアをが閉まる寸前、あ〜ちゃんは振り返って、やっぱり少し無理して笑った。


————バタンっ。

ドアが閉まる音を聞いた途端、涙が零れた。

ねぇ、あ〜ちゃん、知ってる?
あのね、大好きな人の力になれないのはね、

消えてしまいたくなるくらい、辛くて、苦しいことなんよ?


「っ……あ…ちゃ、ん……。」


ねえ、……のっちは、あ〜ちゃんにとって、必要ですか?

のっちが、こんなにもあ〜ちゃんのことが好きなように、あ〜ちゃんものっちが好きですか?
あ〜ちゃんは、のっちのことをどう思ってますか?ただ、手がかかるだけのお子様ですか?
それならどうして、傍に置いておくんですか?

ねぇ、どうして……?


何一つ届かない問いかけは、鳴咽になって、ひとりぼっちの部屋に溶けていった。







最終更新:2009年05月14日 03:18