今日から高校3年生。
あ〜ちゃんに借りた香水をちゃんと鞄に入れて、急いで学校へ行く。
今日は始業式だけだから、それが終わったら屋上で香水を返して告白しようって昨日の夜決めた。
やっばい、早くしないと始業式始まっちゃう。
遅刻したらまた、あ〜ちゃんに叱られちゃうよ。
あたしは息を切らしながら始業式が行われる体育館へ向かう。
静かに扉を開けると、もう式は始まってしまってた。
あたしは周りに気付かれないように、自分のクラスの最後尾に並ぶ。
列からあ〜ちゃんの後ろ姿を捜す。
んん?いないぞ?
あ〜ちゃんが遅刻するわけないもんな〜。
どうしたんだろ?
「のっち、遅刻じゃん」
一番後ろに並んでいた子に話しかけられた。
「でへへ」
とりあえず笑って誤魔化す。
「ねぇ、ねぇ、あ〜ちゃんの姿が見えないんだけど?」
「えっ?」
その子はすごく驚いた表情になった。
あたし何か変な事言っちゃった?
ただ、あ〜ちゃんがいないって訊いただけなんだけど?
「のっち、なに言ってんの?朝っぱらから冗談?」
「は?冗談って何が?」
いやいやwあなたが、なに言ってんの?って感じなんですけどw
「だって、あ〜ちゃんがここにいるはずないじゃん」
「え?なに言ってんの?」
全然笑えない冗談言われても、困るんですけどw
「あ〜ちゃん、転校しちゃったじゃん。きっと今頃飛行機の中じゃない?」
「は?」
何を言ってるんだか理解不能。
あ〜ちゃんが転校?今頃飛行機の中?
わかった、これはクラスメイトを巻き込んだあたしへのドッキリだな!?
あ〜ちゃんも皆を巻き込んで、大それたイタズラをよく考えたね!
そっか!だから昨日様子が変だったんだ!!
「はっはは〜ん。あたしが尋ねたら、あ〜ちゃんからそう言えって言われたんでしょ?」
あたしはドッキリを見抜いて、どや顔でその子を見る。
「本当に知らないの?のっち、あ〜ちゃんと一番仲良かったのに?」
心配そうに言われてしまった。
あっ、始業式が終わった。
綺麗に並んでいた列が崩れ始めた。
あたしは胸騒ぎを感じた。
「ねぇ、あ〜ちゃんが転校しちゃったって、マジ?」
あたしはあ〜ちゃんと仲が良かった子を捕まえた。
「そうだよ・・・。えっ、のっち知らなかったの?」
他の子も捕まえて訊いたけど、みんな返事は同じだった。
『本当だよ。転校したよ。のっち知らなかったの?』
知らないよ。
だって、あ〜ちゃんから何にもきいてないもん。
あ〜ちゃん!!なんで、言ってくれなかったの!?
突然すぎて、意味がわからないよ。
なんで、何も言わずにいなくなっちゃうんだよ。
なんで他の子には言って、あたしには言ってくれなかったんだよ。
それが悔しかった。
それが悲しかった。
あたしって、あ〜ちゃんにとってそんだけの存在だった?
やばい、泣きそうだ。
誰にも泣き顔なんて見られたくない。
屋上に行きたい。
あっ、でも鍵持ってないや。
じゃ、ここでいいや。
あたしはホームルームをサボって保健室に逃げ込んだ。
ノックもせず、一目散にベッドへ潜る。
「コラ!!誰よ?ちゃんと、ノックしなさい!!」
ゆかちゃんに怒られたけど気にしなかった。
けれど頭まで被った布団を剥がされた。
「・・・のっち」
あたしを呼ぶゆかちゃんの声は心配していた。
ゆかちゃんは優しく頭を撫でていた。
あたしは泣きそうになったけど、グッと堪えた。
「・・・ゆかちゃん、知ってた?」
この少ない言葉だけでも、ゆかちゃんはあたしが訊きたい事がわかったみたい。
軽く頷かれた。
そっか、ゆかちゃんもあ〜ちゃんが転校するって事知ってたんだ。
あたしだけ知らなかったんだ。
あたしだけ仲間ハズレか・・・。
「これ・・・あ〜ちゃんから預かってたんよ。のっちが、ここに来たら渡してくれって・・・」
渡されたのは『のっちへ』って書いてある白い封筒。
中身は便箋一枚と鍵。
便箋には『あげる』の三文字と、『あ〜ちゃん』って、しか書いてなかった。
別れの挨拶とかは全然書いてなかった。
鍵は屋上の鍵だった。
あ〜ちゃんとの、思い出が詰まった屋上へ行ける鍵だった。
「あ〜ちゃん・・・あたしの事なんか言ってた?」
ゆかちゃんに尋ねる。
ゆかちゃんは、申し訳なさそうに首を横に振るだけ。
「そっか・・・。あ〜ちゃん、どこに転校したの?」
「・・・海外。日本から飛行機を2回乗り換えなきゃ行けない場所みたいよ・・・」
「そっか・・・。遠いね・・・」
日本じゃないの?
気軽に行ける場所じゃないじゃん・・・。
遠いよ・・・。
「転校するって、いつ知ったの?」
「3学期始まって、ちょっとしてからかな・・・」
あっ、その頃ってあ〜ちゃんが急に冷たくなった時だ・・・。
「ねぇ、ゆかちゃん。なんで、あ〜ちゃんはあたしに何も言わないで、いっちゃったのかな?」
そう言ったら、ゆかちゃんは困った顔をして返事を考えているみたいだった。
ゆかちゃんに訊いたってわからないよ。
ゆかちゃんは、あ〜ちゃんじゃないんだもん。
「これ、あ〜ちゃんの向こうの住所だけど・・・」
ゆかちゃんから四つ折にされた紙切れを渡された。
「いらん」
断った。
「なんで?」
「だって、それはあ〜ちゃんがゆかちゃんに渡したもんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「だったら、受け取れないよ」
「どうして?」
「だって、受け取ったってどうしようもないじゃん」
「なんで?」
「なんでって・・・。あたしは、あ〜ちゃんにとってどうでもいい存在だからだよ・・・」
「そんな事ないけ!」
「そんな事あるよ!!どうでもいい存在だったから、転校の事言ってくれなかったんだよ!!新しい住所も教えてくれなかったんだよ!!」
あたしはゆかちゃんに喧嘩腰になってしまって、叫びながら保健室から逃げ出した。
背中にゆかちゃんがあたしを呼ぶ声を感じたけど、聞こえないフリをして逃げた。
あたしは結局、色んな事から逃げっぱなしなんだ。
人と離れるのが嫌で、離れるのが辛くて、友達を作らなかった。
クラスメイトから逃げた。
あ〜ちゃんにフラれるのが嫌で、傷つくのが嫌で、告白しなかった。
自分の気持ちから逃げた。
———
あ〜ちゃんが転校してしまって1週間が経った。
1週間経っても、あたしの心はポッカリ穴が空いたまま。
あたしの中はあ〜ちゃんに支配されてたから、それがなくなっちゃったから何もする気が起きない。
今回は友達を作っても離れる事はないと思ってた。
結局、いままで出逢った中で最高の人と、離れる事になってしまった。
ゆかちゃんに訊けば、電話番号もメールアドレスも教えてくれるだろう。
でも、メールのやり取りしたら・・・
でも、電話で声を聞いたら・・・
必ず逢いたくなるに決まってるじゃん。
電車に乗って逢いに行ける距離じゃないって、わかってるからそれは出来ない。
メールも電話も余計に虚しくなるだけ。
それは逆効果。
ますます逢いたくなるだけ。
あたしは毎日お昼休みになると、ひとりで屋上へ行く。
もしかしたら、そこにあ〜ちゃんが現れるんじゃないかって思いながら毎日鍵を開ける。
そんな事は絶対にないのに、期待してしまう。
大の字に寝っころがって、学祭であ〜ちゃんが歌ってた曲をipodで聴く。
こうやると、隣にあ〜ちゃんがいるみたいに感じる。
あ〜ちゃんに借りたままの香水を眺める。
この香りを嗅ぐと、隣にあ〜ちゃんがいるみたいに感じる。
突然、風が吹いた。
そのせいで、空になった缶ジュースが転がってしまった。
あたしは慌ててそれを拾いにいく。
缶は、いつもは通らない裏側にいってしまった。
「あぁ〜、どこまでいくんだ?」
軽く独り言を言いながら、追いかける。
「つかまえた!!」
転がった缶を拾った。
ふと、横の壁を見ると、落書きが書いてあった。
屋上の壁に落書きがあるのって珍しいから、ちょっと興味が湧いた。
よく見ると、ボールペンで書かれている。
ちょっと文字が薄くなっている。
薄くなってるけど、読めない事はなかった。
ん?なんか、どっかでみたような字じゃない?
『Nへ』って、書いてある。
あっ!!この字・・・あ〜ちゃんの字だ!!!
『N』って、もしかして、『のっち』の『N』?
やばい・・・急に心臓の鼓動が早くなった。
あたしは一心不乱に、あ〜ちゃんからの壁の手紙を読んだ。
一語一句、読み零さず、何度も読み返した。
読み終えた時には、視界がぼやけていた。
あたしはそこに座り込んで、手で顔を隠しながら、声を殺して、泣いた。
泣きまくった。
生まれてからこんなに泣いたのは初めてだった。
この涙は二つの感情が混じった涙。
あたしが、あ〜ちゃんにとって、どうでもいい存在じゃなかった事のうれし涙。
あ〜ちゃんがひとりで悩んでたのを、察っしれなかった事の悔し涙。
泣き終えて、何で、もっと早く気付いてあげれなかったんだと反省した。
もっと早く気付けば、違う方法があったかもしれなかったのに・・・。
こんな別れしか出来なかった事を後悔した。
あ〜ちゃん・・・もう一度逢いたい・・・。逢いたいよ。逢って、あたしの気持ちも聞いてほしい。
最終更新:2009年05月23日 17:52