N-side
ブレイク、という言葉はなんとなくダサい気がしてあんまり好きじゃなかった。
けれど、いくつかのシングルやアルバムがヒットしてからは、
活動の幅が明らかに広がったし、周囲の目も変わった。
内容は変わっても、自分たちが努力する姿勢は何も変わらなかったから、
現実じゃないみたいな感覚に何度も戸惑った。
それでも流されず三人らしくいようっていうのは、
あ〜ちゃんの言葉だったかな。かしゆかだったかな。
とても意味があって大事なことだとはわかっていたけど、
まだ20歳だった私たちは、その言葉の意味をよくわからずに使っていた。
三人らしくいること、自分らしくあること。
それが何を示すかを、三人ともまだ何もわかってはいなかった。
◆
二人はどんどんきれいになってる。かわいくなってるとは違う。
何かの撮影をするたびに、いつも思う。
のっちは相変わらず短いパンツをはかされてるだけで、
何にも変わってないどころかおにぎりとまで呼ばれてるのに、
二人はどんどんきれいになって、女っぽくなってってる。
数メートル先でいろんな表情を見せるその人を見つめながら、
どうやったらあんな顔ができるのだろうと考えていた。
髪型が変わったとかそんなことじゃなくて、ゆかちゃんの表情は豊かになった。
それでいて、どれもわざとらしくないのが不思議なんだ。
「なんか最近ゆかちゃん大人っぽくなったと思わん?」
ほうじゃねえ、と言いながらネイルをいじる。まつ毛の長さがよくわかる。
隣でディレクターズチェアに腰かけた女の子もまた、
ここ1〜2年くらいで急に大人びて、見た目だけならずいぶん印象が変わったように思う。
「よく飲みに行ったりしてるし、毎晩出かけてるみたいだし…なんかのっちは心配だよ」
「特定の相手じゃないみたいだから大丈夫じゃろ」
「…あ〜ちゃん、いったいそれのどこが大丈夫なん」
思わず顔をのぞきこんでみると、少し眠そうな目でのっち心配しすぎ、と笑った。
大人びた表情を見せたりするくせに、こんな子供みたいな顔もする。
痩せて昔ほどふっくらとはしていない頬に線が入る。
あ〜ちゃんは口にはださないけど、お父さんゆずりのそれを気にして、
撮影のときには口を細めたりして、あまりくしゃっとは笑わなくなった。
あ〜ちゃんのこの線、のっちは昔から大好きなんだけどな。
近い存在が目の前で大人に変わってくのに戸惑ってるのかな。
二人の考えてることがわからなくて不安になってるだけなのかな。
のっちは何も変わらんのじゃけど。
「ゆかちゃんは恋で自分を試してるだけじゃよ、今はほっときんさい」
納得のいかない表情をしている様子に気づいて、あ〜ちゃんは私の頭をぽんぽんと叩いた。
子供扱いされたような気がして少しむっとするのに、
あ〜ちゃんにこういう扱いをされるのは嫌じゃなかった。むしろ好きかも。
「恋で自分を試すって何?」
「演じるものがなかったんよね。キャラ分けなんか別にしてこなかったし」
小悪魔か、と言いながらあ〜ちゃんは立ち上がった。
視線はカメラの前でポーズをとるゆかちゃんを見つめている。
言ってる意味がまったくわからないという顔つきの私に振り返る。
「かしゆかはさ、ライブが一番いい顔じゃろ?」
「あれは素だからなのに。なんか等身大っていうか。隠さないしずるくない」
何言ってるのか半分くらいわからなかったけど、聞き返してもどうせわからないだろうから、
私もこれ以上聞かないことにする。
「でもやっぱさーあんなかわいい子が夜遊びだなんてけしからんよ」
「のっちうるさい。あ〜ちゃんがいい言うたらいいんよ」
あ〜ちゃんの語気は強かったけれど、怒っているのとは違って聞こえた。
あ〜ちゃんがいいって言うんならそれでいいや。
「ねえねえのっちは?」
「え、のっち?うーん、のっちはいてくれんと困るね」
「それは三人とも一緒じゃん」
「んーそういうんじゃないかも」
え、それっとどういうこと、と言いかけて見上げると、
あ〜ちゃんは私の髪をいじりながら、ほんとにおにぎりじゃね、と笑った。
「…ハイOK!おつかれさまでしたー!!」
スタッフさんの叫び声が聞こえたと同時に、あ〜ちゃんは私から手を離した。
カメラを向けられていたゆかちゃんのシリアスな表情は一気に笑いで崩れていく。
それを見ていたあ〜ちゃんもつられて笑い出した。
なんだろ、やっぱりゆかちゃんははしゃいだ顔が一番かわいいよね。楽しくなるもん。
「あ〜ちゃん見た?今の顔!」
「遊んだりしなくても十分魅力あるのにさー」
うんうんと優しくうなずいて見せてから、
あんたはゆかちゃんのことなんもわかっとらんね、とあ〜ちゃんは続けた。
あ〜ちゃんは時々、こうしてのっちを子供扱いしたがる。
私は私で、それが心地よいから、つい甘えてしまう。
頬にできる線が魅力にもなることに最近あ〜ちゃんが気づいたってわかるくらい、
のっちだってもう子供じゃないのに。
「それをのっちが言っても何の意味もないんよ」
「やっぱのっちじゃダメってこと?あ〜ちゃんだったら?」
「もっと意味ない。ほらわからん子はさっさと楽屋に帰りんさい」
「えーあ〜ちゃんの撮影も見たいもん」
はいはい、と言ってあ〜ちゃんは歩き出した。
戻ってくるゆかちゃんとすれ違ったとき、二言三言交わしただけでけらけら笑い合った。
いいな。のっちも入りたいな。見てるだけで楽しくなる。
笑ってる二人を見ると、一番落ち着くよ。
あ〜ちゃんの撮影の間、ゆかちゃんは隣で雑誌をぱらぱらとめくっていた。
眠そうな表情だ。眠そうな顔もまたいいよね。
それに、いざとなったら学校なんてさぼっちゃえばいいって思わないところがすごい。
自分に甘すぎる私にとって、二人のそんな根性のあるところは本当に尊敬していた。
ゆかちゃんと違って、あ〜ちゃんはこういう撮影じゃあんまり自然じゃない。
だけどこういうときに見せる顔はまた新鮮でいいとも思う。
普段泣いたり笑ったり忙しいから、余計にそう思ってしまう。
シリアスな顔のパターンも増えたし、なんだか初めて見る顔も多くなった気がした。
「なんか最近あ〜ちゃん大人っぽくなったと思わん?」
あ〜ちゃんにしたのと同じ質問をゆかちゃんにしてみる。
ゆかちゃんはあ〜ちゃんと違って、はっきりとその答えを口にした。
「うーん、恋かな」
「でものっちにもゆかちゃんにも彼氏ぐらいいるじゃん?」
「いい恋しとんのよ、あ〜ちゃんは。」
ゆかちゃんは持っていた雑誌を閉じて、グリーンバックで踊るあ〜ちゃんに目を細めた。
K-side
隣で興味深々に目を見開いて質問攻めしてくるのっちは、元気すぎて正直うざい。けど憎めない。
撮影は長いし眠いし、のっちが満足する程度の適当な受け答えを考える余裕もなくて、
思っていることをそのまま言う方が楽だった。私の理性はいつの間にかゆるくなっていたのかも。
「あ〜ちゃんはPerfumeじゃない自分を保つための場所を、ちゃんと持ってる。」
「ゆかにはそれがない」
知らぬ間に言わなくていいことまで口走り始めて、思わず自分でも驚いた。
こんな暗い話を深夜の撮影の合間に言われてもきっと困るだろう、
疲れてるのにごめんね、そう思ってのっちに視線を移した。
「のっちにもないなー」
けれど、案外のっちは笑いながらそう答えた。
足をばたばたさせながら、あ〜ちゃんの様子を見ている。
「…のっちには別にそんなのいらなくない?」
「まあ、たしかにね」
ただ見ているだけでは飽きたのか、あ〜ちゃんの表情をいちいち真似して一人で楽しんでる。
イラっとくるかと思ったけど、そんな様子がなんだかかわいらしくて、
私も思わず笑みがこぼれた。いつもこうやって私たちを癒してくれてる気がする。
「Perfumeじゃなくても。ゆかがゆかってだけでいいって思ってくれる場所」
「そんなのどこにもないのかも」
だんたん楽しくなったのか、立ち上がってポーズまで真似し始めたのっちは、
とうとうあ〜ちゃんに睨まれたようだ。しゅんとしながら、また隣の席に戻ってくる。
「…のっちはー、まあ仕事仲間でもあるけどさ」
「ゆかちゃんがゆかちゃんってだけでうれしいけどね!それじゃだめなん?」
さっきまでの楽しそうな表情と変わらないから、本気でそう思っているのだろう。
少し胸がつかまれる。
「おいでおいで」
「来ないならのっちが行っちゃうよ?」
両手を広げてにやにやするのっちの口から八重歯が覗く。
のっちのこういう笑い顔は昔から変わらない。
彼女の場合は、変わらないのが魅力なのかもしれない。
「なんか、あ〜ちゃんにわるい」
「え?なんで??」
「…なんとなく」
なんでなんでって笑いながらのっちはやさしく抱きしめてくれた。
いつもならキモいと言って突き飛ばすけど、今日は眠いからいいかな。
少しの間目を閉じる。なんかあったかくて寝ちゃいそう。
「うちらのあ〜ちゃんは、こんなことで怒ったりしないでしょ」
その声につられて目を開けると、のっちの肩越しに見えたあ〜ちゃんは、
私たちを冷やかすような仕草をして、にこにこ笑っていた。
うん。怒ったりしないね。もちろん、そうだよね。
(つづく)
最終更新:2009年05月23日 18:03