SIDE-K
あの日のっちは泣いていた。
一人雨に打たれて身体を震わせていた。
まるで捨てられた子犬みたいに。
のっちを自分の傘に入れた。
ゆかを見上げたその目は荒んでいた。
大きな目なのに、何の光も宿らない目だった。
「家、来ない?」
ゆかの誘いに、のっちはゆっくり立ち上がった。
どこにも焦点が定まらない目をして、ただゆかについて来た。
冷えた身体を温めるよう、まずお風呂に入れて。
適当に服を貸して、ご飯を作って。
その間ずっとのっちは泣いていた。
泣いてはいたけど、涙は出ていなかった。
のっちは涙を流すことさえ、忘れてしまっていた。
ゆかは前からのっちが気になっていた。
大学入学当初から、のっちは有名だった。
良い噂なんて聞いたことない。
どれだけ遊び人だったかも知ってた。
メチャクチャな生活をして、いつか駄目になってしまうことぐらい簡単に想像がついていたのに。
ここまで酷いことになってたなんて。
真っ黒な瞳にゆかが映る。
「ありがとう」
僅かに開いた口から聞こえた感謝の言葉。
その言葉を聞いて、一応生きてるって安心した。
でも次に出た言葉がゆかを混乱させた。
「どうして欲しい?」
まっすぐゆかを見て、のっちは感情のこもっていない声で聞く。
黙っていると、後ろから抱きかかえられた。
「抱きたいの?抱かれたいの?」
淡々と聞くのっちにはさすがに恐怖を覚えた。
「とりあえず、離して。」
そう言えば素直にゆかを離してくれた。
のっち。
ゆかは遠くからずっと見てた。
危なげなのっちを見ては一人胸を焦がしていた。
今目の前にいるのっちは、人間として大切なものをたくさん失ってしまって。
言わば、"生ける屍"。
だったら。
ゆかが助けてあげる。
そう思ったの。
「ねぇ、ゆかと付き合ってよ。」
ゆかの言葉にのっちは少し馬鹿にしたように笑った。
「それだけでいいの?」
「うん。」
「そう。じゃあ付き合うよ。」
のっちは軽く返事した。
あの頃ののっちにとって、『付き合う』なんてことは形だけのものでしかなかったんだろうけど。
ゆかは今にも消えてしまいそうなのっちを、自分のところに留めておきたかった。
ゆかは救いたい一心でありったけの愛をのっちに注ぎ込んだ。
その成果かはわからないけど。
ゆかと付き合うようになって、のっちはだんだん感情を取り戻していった。
笑うことも、怒ることも、泣くことも。
確かにのっちはちゃんと、"生きている人間"になった。
だけど。
ひとつだけ、足りないね。
わかってるんだよ。
のっちの行為に愛が無いことなんて。
のっちが経験で身につけたスキルで最初は気づかなかったけど。
ゆかの愛が大きい分だけ、その行為は虚しくなる。
感じないわけじゃない。
ただ心が満たされない。
それでも行為を求めるのは淡い期待をしてるから。
感情を取り戻していったように、いつの日か愛情も取り戻してくれるって。
いつの日か、なんて綺麗事。
そんな曖昧で不確定な日をずっと待てる程、ゆかは強くないんだよ。
つづく
最終更新:2009年05月23日 18:12