遅刻だ。30分も。講義室の後ろの方の重ためのドアを開け、誰も居ない列を選んで座る。
筆記用具を出しながら辺りを見回すと、さすが午後の授業なだけあって、
皆真剣に講義を聞いてはいない。
マイクを通した先生の声が、広い講義室に虚しく響く。
それどころか、隣の列のギャルがまるで昼寝をする獅子のごとく堂々と眠っていて、
受講5分で帰りたくなる。
先生たいした話してない。皆眠ってる。ギャルはブラの紐が見えてる。
ここに来る前に買ったCD聴きたい。てか教科書忘れたし。やっぱ意味ねえや、帰ろう。
そう思って荷物をまとめた時だった。
顔をあげると、講義室の真ん中に見覚えのある黒髪を捉えた。
でも今日はいつもと違っておだんごにしてある。
白い綺麗なうなじがこれでもかってくらい輝いていて、肩や首の線はまわりのどの女の子より細い。
ゆかちゃんだ。声をかけようと思ったらできそうな距離だ。持ち上げた腰を下ろす。
彼女の近くに席を移そうかとも考えたけど、両サイドに座ってる女の子と面識がない。
どうやらゆかちゃんの真後ろに座っていた男が居眠りをしだしたため、
のっちの視界にゆかちゃんが現れたみたい。
ゆかちゃんはきっと携帯をいじってるんだろう。
時折俯きながら、まわりの友達とひそひそと会話をしてる。
たまに見せる横顔は笑顔だ。のっちは頬杖をつきながら、ゆかちゃんを観察する。
髪型がいつもと違うし、服装がいつもよりしゃれおつなんれすけど。・・・デートだったのかな?
あ、違う。あ〜ちゃんとお買い物だ。
じゃああの髪はあ〜ちゃんにしてもらったんだな。計算された後れ毛が萌え。
ああ、可愛いなあ。きっと声をかけたら、のっちが傷つかないの知っててうざそうな顔する。
それで、一緒に帰らん?って他の子と別れたあとのっちと手つないで帰る。
で、のっちの家に来てのっちに抱かれて、課題あるから、って泊まらないで帰る。
ああ、きっとそのとき見送るうなじは、今とは違う風に見えるんだ。それってすごく完璧。
今日の終わりがそうじゃないといけない気すらしてくる。
それどころか、たまにうなじを這うゆかちゃんの指先は、それを促してるようにも見えてきて。
ゆかちゃん、そう声をかけようと思ったとき。
「じゃあゆかちゃん今日のカラオケ参加けってーい!」
女の子がそう言って、ゆかちゃんが楽しそうに頷いた。あ、そっか。ゆかちゃん今日友達と遊ぶんだ。
のっちの思い描いたこのあとの彼女との予定はがらがらと音をたてて崩れていった。
やっぱ帰ろう。ゆかちゃんにばれないように。
「え、ゆかちゃんカラオケ来んの?じゃあ俺も行きたい」
ゆかちゃんの真後ろで居眠りをしていた男とそのまわりがざわつきだした。
ゆかちゃんは表情には出さず、面倒臭そうなそぶりを見せた。
のっちにはわかった。他の男と女はそれに気付かずに話を進めていく。
髪型いつもと違うね。超可愛いじゃん。自分でやったの?デートでもしてきたの?それとも仕事。
カラオケなに歌うの?やっぱPerfumeとか。てか俺この前動画サイトでPerfume見たよ。超古いやつ。
あのさ、ゆかちゃんって昔は結構、
「ゆかちゃん」
男と女と、ゆかちゃんがこちらを見た。
「あ〜ちゃんからメール。今日このあと打ち合わせだって。もうもっさん来てる」
「あ、のっちも居たの?」
男の真のぬけた声を無視する。
「本当じゃ。あ〜ちゃんからメールきとる」
ゆかちゃんは携帯を開いてメールを確認するそぶりをする。
のっちの嘘にすばやくのっかって、二人で講義室あとにした。
「助かったわー」
ゆかちゃんはトイレの鏡で顔を確認しながら言った。
のっちは壁にもたれかかり、鏡の中のゆかちゃんと目を合わせて話す。
「のっちのわりにはうまい嘘じゃったね。ゆか一瞬ほんとのことかと思った」
「なんか言わなきゃって思ったら、勝手に出た」
「こりゃあ〜ちゃんに報告じゃね。きっと褒めてくれるよー」
ゆかちゃんはふふって笑って、体を反転させる。のっちの目をまっすぐのぞきこんだ。
のっちは吸い寄せられるようにその体に近付いて、抱きしめた。
チープなアクシデントだったけど、ゆかちゃんを守ったのにかわりはない。
だから今こうして、抱きしめてられる。
怒られるかも、と思ったけどゆかちゃんはなにも言わずにのっちの背中に手を回してきた。
午後の最後の講義中、こんな片隅のトイレをわざわざ使う人は少ない。
「さっき、ずっとこうしたいって思っとった」
うなじにキスを落としながら言う。口づけた肌は望みどおりの甘さと安心感をくれる。
ゆかちゃんはきぬ擦れのような笑い声も漏らしながら、
のっちの真似をするように首筋にキスを返してくる。
「のっちが見てること、知ってた」
「え?」
ゆかちゃんは一度首筋へのキスをやめ、のっちをおかしそうに見つめる。
「だってのっち、バッグ置く音大きすぎ。乱暴なんだよ」
ゆかちゃんは声をあげ笑い、のっちもつられて笑った。
「一緒に帰ろっか」
ゆかちゃんはひとしきり笑ってからそう言った。
答えは決まってるから手をつないで、今夜を想像する。
「今晩泊まってくの?」
「課題あるんよ」
ほらね。
end
最終更新:2009年05月25日 20:19