最近ののっちは、ちょっぴり、むかつく。
なんだかモテモテなのが、どうにも、気に入らない。
ファンレターだってうなぎ上りに増えてるのに、
こないだの収録では、あまつさえ「モテたい!」などと言いよった!
これ以上、誰にモテるつもりなんよ?
まったく、まったく、許しがたい!
「…ゆかちゃんっ、こりゃ放っとけんよね。」
「ん~、何が?」
「のっちじゃ、のっち。ほら、そこで居眠りしとるアホの子じゃ!」
「はぁ…。のっちが、どうかしたん?」
「のっち、…最近、ちょっと調子に乗っとるけぇ、
ここらでガツンと見せてやらなにゃぁ、いかん!
なっ、そう思うじゃろ? ゆかちゃん!?」
「う、ん?」
「まずは、あのヘタレをこれ以上、甘やかさんことじゃねっ。」
「????」
…こうして、ゆかちゃんを巻き込んで
「ヘタレのっちをビッシバシ鍛えなおしちゃるゾ大作戦!」を
開始したんじゃけども。
1日たてども、2日たてども、鈍いのっちは、なかなか悔い改める気配がない。
(…むぅ。。。のっちのヤツ、いつまで頑張る気じゃ?
そろそろ、「あ~ちゃん、モテたいなんて言ってごめんなさい」の一言があっても、
ええ頃じゃろ?)
突然冷たくなったあたしたちに、のっちは慌てふためきこそすれ、
何が原因なのか、全っ然気づいてない。
(もっと、突き放してやらんと、いかんみたいじゃね。)
「ゆかちゃん、そろそろ収録始まるけぇ。あ~ちゃんと一緒いこ?」
あたしは、ゆかちゃんの手を取ると、のっちの方を見もせずに
控え室の扉に向かってスタスタと歩いていった。
そしたら、…ついにのっちが切れた!
「もぅっ、この間から、二人して一体何ねっ!
…のっちだってね、のっちだってね、…怒るけんね~だっ!」
「…ね、ね~だぁ?」
ゆかちゃんと同時に吹き出した!
「っ!お、お、怒っとるんじゃからねっ!」
あたしは、ゆかちゃんの手を引いて、控え室を飛び出した!
のっちがバタバタと、後ろから追ってくる。
廊下を駆け抜けている最中、ゆかちゃんが耳打ちしてきた。
「…これで、作戦通りじゃねっ?」
あたしも、切れそうになる息を抑えてささやく。
「じゃ、そこのつきあたりで、しばしのお別れじゃ。」
二手に分かれる寸前、ゆかちゃんがいたずらっ子みたいにつぶやいた。
「あ~ちゃん、のっちを、あんまりいじめちゃいけんよ?」
ゆかちゃんはニコっと笑って踵を返すと、屋上のある左階段へ走っていく。
あたしは、そのままスタジオへ通じる右階段を目指す。
別れたあたしたちの背後から、
「ああぁ~っ!」って、のっちの間抜けな声が追いかけてくる。
(さ、つかまえてごらん、のっち?)
スタジオまで、この階段を使う人は少ないようで、
うす暗い空間には、あたしの足音だけが、トントンと響いている。
緑色の非常口ランプが、狭い踊り場にときどきぼんやり、浮かんで見える。
長く長く続く、暗い、階段…。
あたしは、ふっと、足を止めた。
(…っていうか、のっち、…遅くない?)
さっき廊下の端に見えてたんだから、のっちの足ならばもう追いつくはずなのに。
(あのヘタレ、どこで迷っとるんじゃ…。)
(…。こっちの階段、入口がわかりにくかったんかな?
スタジオまで行かんで、ここで、待っとった方がいいよね。)
ふぅっと息を抜いて、途中の踊り場に座り込む。
(…ちょっと、…やりすぎたん、かな…。)
のっちの困った八の字が、目に浮かぶ。
(よく考えたら、あたしだって、別にモテても困らんよね…。)
だけど…、
そういえば、昨日の収録では、
あたしとメルアド交換しようって必死の山ちゃんから、
のっちが守ってくれたんだっけ。。。
(のっちも、あれで結構いいところあるんよね…。)
あたしの髪飾り、いつも可愛く直してくれてるし…。
のっちがなかなか来ないから、あんなことも、こんなことも、
つい、思い出してしまう。のっちの、笑った顔、怒った顔、泣き顔…。
(…ねぇ、何しとるの、…のっち。)
長く座っていると、お気に入りのスカートがしわになっちゃう。
立ち上がり、階段の手すりに身をもたれさせて、下を覗き込む。
「…どこにおるの~、のっち。」
誰もいない階段に、あたしの声がこだまする。
「…早く来ないと、…遠くに、行っちゃうよっ…」
「…、っ、そりゃぁぁっ、ダメじゃぁぁっ~!」
(えっ?)
暗闇の奥から届く、間抜けな声。
覗き込んだ階段の真下に、小さなさやえんどう。
「・・あ~ちゃん、ようやっと、見~つけたぁ!」
のっちが、階段を駆け上がってくる、タンタンと軽快なリズム。
弾むような、軽やかな足音に、…心が、躍りそうに、なる。
「ふぅっ、ふぅっ、…遅く、なっ、ちゃった。。。」
のっちは、1つ手前の踊り場で足を止めて、あたしを見上げてくる。
息を切らして、大きな瞳をキラキラさせて。
階段の踊り場、上と下で。
こんなに近くて、こんなに遠い。
手を伸ばしたって、まだ、届かないよ。
どうするの、あたしの、…ロミオ?
「お待たせ、あ~ちゃん!
…じゃなくて、えっと…ジュリエット、かなっ?」
…悔しいが、正解じゃ。
のっちは、どうして、いつもそんなに、…あたしのことが、わかるん?
でもね。ジュリエットを待たせた罰は、重いんよ。
まだ、のっちの手は、握ってあげない。
「…おっそいよっ、のっち!」
「ごめんごめん。のっち、先にね…」
「うん?」
「ゆかちゃんを見つけたんじゃけども、追い返されちゃったんだわ。」
「え…っ。 ゆ、か、ちゃんを…。」
「だって、あ~ちゃんを先に見つけても、困るじゃろ。」
「な、なんでよっ、なんで、困るんっ?」
あたしの様子に驚いたのっちが、階段の下で困惑している。
「だって、…あ~ちゃんと二人になると、…戻れなくなるかも、しれんじゃろ?」
…っ!何をいっとるんですか、この人は…。
ふいをついて、のっちが、段飛ばしで階段を上がってくる。
「ほっ、ほっ、っと。…、つ~いたっ!」
気がついたら、のっちが、目の前に立っていた。
目と目が合って、…思わず、心臓が高鳴る。
「あ~ちゃん、…ごめんなさいっ!」
おもむろに、ぺこっと頭を下げるのっち。
…なんじゃ、この可愛いつむじ。こんなん、反則じゃ。
思わず、言ってしまった。
「ゆっ、許すっ!」
「えへへっ!」
のっちの満面の笑み、まるで、お日さまみたい。
「はぁ~、よかった!あ~ちゃんが怒ると、のっち、すっごく困るんよ。」
「だって、のっちが悪いんじゃもん!」
「…うん。あ~ちゃんを怒らせるようなこと、のっち、もう、せんからね。」
「はい。よく、できました!」
素直なのっちがかわいくて、よしよしと、頭を撫でる。
目を合わせると、のっちは優しくて、少し不思議な眼をしていた。
のっちは、時々こういう目をする。
見えない何かを見とおすような、遠くの何かを見つめるような、
胸騒ぎを起こさせる、眼差し。
「のっち。どうしたん?」
「なんでもないよ。…あ~ちゃん、ここ暗いし、寒いじゃろ。…もう、行こ?」
「暗いとこ、ダメなん?…のっちは、怖がりじゃね。」
ぎゅっと抱きしめた、のっちの体は、わずかに、震えていた…。
ねぇ、のっち…。
これは、生まれる前から決まっていた、運命…なんじゃね。
きっと、そうなんじゃね。
のっちが、お日さまみたいに笑うから、
あたしも、最高に甘い笑顔でいられるんよ。
のっちのこと、信じとるから。
気づいとらんのかな?
あたしは…、のっちのこと、を、すごく…
大好き、想っとる、愛しとる、
心の底から、すべてをつくしても、
言葉なんかいくら重ねたって、足りないくらい、
何もかも失なったって、全然かまわないほど、
あたしの全部を、捧げても、
焼き尽くして、溶けて消えてしまったって、
それでいい。
ホントに、そう思っとるんよ。。。。。
…のっちも、そうなんじゃろ…?
のっちの、鼓動が、聞こえてくる。
ほら、
いつものように、ぎゅうって、抱きしめてくれるんじゃろ。
のっちの、やわらかいカラダから、
…ふわりと…、…のっちの、とは、…違う香りが、しても…。
気付かないふりを…、するよ
その遠い眼差しの先に、…誰が、いたとしても…、
それは、ほら、気のせい…なんじゃろ…
ねぇ、のっち…、
あ~ちゃんはね…
…のっちが、…ホントは、誰を想っているかなんて、
…知らなくて、いい…
音も立てずに、忍び寄る予感に、…凍りつきそう
甘い夢が、握りしめた両手の隙間から、
とどめることもできずに、
どうしても、さらさらと、…零れていく…
抱きしめている体は、こんなにも、熱いのに…!
神様、…お願い、時間を止めて
あ~ちゃんが、どんなに想っても…、
もう、…戻れない、引き返せないの。
のっち、顔をあげないで。
今は、まだ、…何も、聞きたくないんよ、何も、言わなくて…いいんよ。
のっちの耳に、優しく囁こう。
いつでも、そばにおって、と…。
いつだって、あたしを見ていて、と…。
いつも、そんな風に笑いかけて、と…。
暖かい手を、離さないで、と…。
…ずぅっと、一緒にいたいんよって…!!
だけども、そう、なんじゃね、
どんなに、苦しくても、どんなに悲しくても、
冷たい唇に凍りついた、たくさんの言葉は、
もう、決して、…紡ぎだせないんじゃね。
あ~ちゃんはね、
のっちがそばにいなくたって、いつも、感じているんよ。
たとえば、街角に、空の雲に、風の中に、雪の影に、
…いつだって、わかるんよ。
それは全部、のっちのカケラなんじゃろ。
けれども、…カラダが張り裂けるほどの想いも、
もう、伝わることは、…ないんじゃね。
…えぇよ、のっち…。
最後の甘い時間を、…のっちに、あげるけぇね。
「のっち、頑張ったけぇ…、あ~ちゃん、ご褒美あげるよ。」
「んっ…?」
…この夢から、解いてあげる。
最後の魔法を、溶かしてしまおう。
…ほら、こんなにも、…キスが…、苦い、なんて…、
あ~ちゃん、知らんかったんよ…。
あのね、のっち。
実は、あ~ちゃんもね、のっちのことなら、
なんでも、わかるんよ。
だけど。
どうかどうか、気が付かないで。
…このまま。ずっと一緒にいようね。
いつか離れる、その日まで。。。
「のっち、ゆかちゃんが待っとるのでしょ。…早ぅ、行かんと?」
「うん。行こう、あ~ちゃん!」
「ダメっ!あ~ちゃんが、一番乗りするんじゃ!」
あたしは、のっちの手を引っ張って、駈け出した。
うつむかないように、涙がこぼれないように。
笑って、笑って。
さ、一人ぼっちの、ジュリエットに戻ろう…。
全力で駆け抜けて、息が、切れそうになる。
「…って、ゆかちゃんは、ここにおるんじゃね?のっち、早ぅっ!」
たどり着いた屋上で、女神が微笑む。
まぶしいくらいに光が溢れて、クラクラ、目がくらみそうだよ。。。
…二人の儚い時は止まり、キラキラした瞬間が、始まろうと、している。。。
無意識に、のっちがあたしを追い越した。
つないでいた二人の手は、静かに、離れて…
のっちの、やわらかい呼び声が、
遥かに遠く、優しく、響く。
「ゆかちゃんっ、遅くなって、ごめんね!」
神様…、
想いを、凍らせて…。
終わり
最終更新:2008年10月10日 18:34