※注意書き

【】←この括弧は誰視点なのかを示しています。
Kがかしゆか、Nのっち、Aあ~ちゃん。

《》←この括弧は場面(時間?)を示しています。









【K】



のっちと私は、出会ってからずっと、
あ~ちゃんを軸にして回っているだけだった。

お互いに重なることはなかったけれど、
記憶の中にはいつも、のっちがいた。


遠くもなく、近くもなく。
ちょうどいいと思っていたこの距離を、
いつからか、もどかしいと感じるようになっていた。


無意識のうちに、この感情は膨れ上がって、
友人に対して抱くはずのない気持ちへと変わっていたのだった。





あなたの全てが欲しい…。




《昼休み》



「ちょっとあ~ちゃん、先生に用事があるけん」
そう言うとあ~ちゃんは、教室を出て行った。

残された二人は無言のまま、あ~ちゃんの帰りを待つ。
この時間が私は一番嫌いだった。

積極的に会話の出来ない自分が情けなくて、
そして、黙ったままののっちが、
私を嫌っているんじゃないかと心配になって。


「…あ、ねぇ、私売店行ってくるから」
のっちが財布を持って教室を出ていく。
一人に残された私は深い溜め息をついた。

そういえばのっちは、私のことをめったに名前で呼ばない。
「ねぇ」だとか「あのさぁ」だとかで済ませている。

そして二人になるのを避けているような感もある。
この前も、コピーをとって来ると教室を出たっきり、
チャイムが鳴るまで帰ってこなかった。


「なんだかなぁ…」
私はもう一度深い溜め息をついて、窓の外を見る。


皮肉なくらいに明るい太陽が、グラウンドを照らしていた。



【N】



私は最近、ゆかちゃんとどう接すればいいのか分からなくなっていた。

昔から人見知りな性格の私が、
初対面から何の違和感もなくすんなりと仲良くなれたのは、
あ~ちゃんとゆかちゃんだけだった。

特にゆかちゃんには、私と同じにおいを感じて、
むしろ自分から積極的に話しかけたのだった。


だけどゆかちゃんは、なかなか私に心を開いてくれなくて。

ゆかちゃんが私に向ける笑顔は全て偽物のような気さえした。


ゆかちゃんの心の奥には何があるのか知りたくて。
けれど知るのが怖い気もして。


こんな感情を人に持つのは初めてだった。





あなたをもっと知りたい…。




《帰り道》



ゆかちゃんが委員会で遅くなる月曜は、
いつも私とあ~ちゃんの二人で帰る。

私にとっては一番気楽な時間だ。


「のっち」
「んー?」
「…あんたは、ゆかちゃんのこと嫌いなん?」
「えっ?」

あ~ちゃんの予想外の発言に、私は戸惑う。

「どうして、どうしてそう思った?」
あ~ちゃんはちらりとこっちを見て、また前を向いた。
「なーんとなく」


私が急に焦ったのを見て、図星だとでも思ったのだろうか。
あ~ちゃんはクスクスと笑った。


「なんてね、のっちの場合は、逆だよね」
「……?」
「だーかーら、のっちは感情表現が下手くそなんよ」
「……」
「本当に思ってることとは反対のこと言っちゃったり、しちゃったり」
「あぁ…」
「私から見たらまるわかりなんだけどね」
あ~ちゃんはまたまたクスクス笑う。

本当にあ~ちゃんは私のことを分かっているなぁ…。


「仲良くなりたいんだったら、もっと積極的にならんと」
「うん…」


私はトボトボと俯いて歩く。
半歩先を歩くあ~ちゃんの横顔が、
どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。




【A】



私は自分の居場所を見失いかけていた。

元々私が引き合わせたのっちとゆかちゃんが、
どんどんと仲良くなった場合に、
私はどこに居ればいいんだろうか。

二人が仲良くなるのは微笑ましくもあり、苦しくもあり、
こんな妙な感情になるのは初めてだった。

最近は、苦しさの方が先行して、
いつの間にか二人に嫉妬するようになっていた。

それでも二人のお膳立てをしてしまう自分が、憎たらしかった。

私はどこまでお人好しなのだろう。



これほどまでに醜い感情を持つのは初めてだった。





二人を壊したい…。




【N】
《帰宅後》



私はベッドに仰向けに寝ころんで、
あ~ちゃんに言われたことを頭の中で反芻していた。


仲良くなりたいのは間違いない。
もっとゆかちゃんと話したい。

それがただ友人としてだけなのかはまだ分からないにしても、
仲良くなりたいのは事実だ。


「もっと積極的に…」


私はしばらく天井の模様をたどっていたが、
跳ねるように立ち上がって財布片手に部屋を飛び出した。



行き先は…




【K】
《帰宅後》



放課後遅くまで委員会の仕事をしたために、
私はすっかり疲れていた。

あー、頭働かないなー。
宿題はあとにしよう。


そんなことを思っていると、何やら来客。

重たい体を引きずって、ドアの外を覗く。


「えっ、のっち!?」


ドアを開けるとそこには、
汗だくで満面の笑みを浮かべたのっちがいた。

右手には私の大好きなアイスクリーム屋さんの箱。


「なんか…来ちゃった♪」
「あ…、よ、ようこそ」

妙な応対をしながら部屋に招き入れる。


アイスがあったから走って来たのかと納得しながら、
冷えた麦茶を用意する。


アイスはのっちが走ってくれたおかげで、
変形はしていたものの程よい柔らかさだった。

軽く世間話をしていると、
今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなってきた。

のっちも、最近二人に微妙な空気が流れていたことに気付いていて、
それを打開するためにわざわざ来てくれたのだろう。

感謝、感謝だなぁ。


私はすっかり気持ちが軽くなり、
さっきまでの疲労も嘘のようになくなった。


「ねぇ、のっちのアイス、どんな味?」

一口ちょうだい、という意味で私はそう言った。


のっちは少し考える素振りをすると、
急に私に顔を寄せ…



「んっ………」



甘いチョコの味が、口一杯に広がる。


チョコの甘さとのっちの香りとが私の脳を麻痺させる…。


「このまま時が止まればいいのに…」



【N】
《夕方》



走ってきたことで、私はすっかり興奮していた。

まるで今まで何もなかったような雰囲気に拍子抜けしながらも、
元通りになれたことにすっかり気分が高揚し、

気付けば私はゆかちゃんにキスをしていた。


いくら仲の良い友達同士でも、
こんなコミュニケーションの取り方はしないだろう。

しかし、これがゆかちゃんへの、
私の精一杯の愛情表現だった。



ゆっくり顔を離すと、そこには真っ赤なゆかちゃんの顔。
唇にチョコがついている。


ゆかちゃんは唇を舐めながら、

「もちょっと普通に教えてよ…アイスの味…」

と言う。


拒まれなかったことに安堵し、
また、少し嬉しそうにも見えたゆかちゃんの表情に、
たまらなく愛しさを感じたのだった。



ゆかちゃんの家からの帰り道、
私は、今まで知らなかったゆかちゃんの表情を知ることが出来た嬉しさで、
時々ジャンプやダッシュをした。


一見すれば変質者のような動きをしながら自分の家の近くまで来て、
私は一つの影を見つけた。




あ~ちゃんだ。



【K】
《夕方》



のっちが帰ってから、私はさっきまでの出来事を思い返していた。

あまりの急展開に思考が追いつかず、
のっちが帰るとき自分が何を言ったかなどといったことは、
すっかり忘れていた。


ぼーっとしていると、携帯が鳴る。
ピンク色の光はあ~ちゃんからだ。


「もしもし…」
「あ、ゆかちゃん?」
「どしたん?」
「のっちどこにおるか知らん?」
「えっ…」

私はドキッとした。
が、友達が友達の家に行くなんて、
ごく普通のことだと思い直す。

「のっちなら、さっきうちに来て…」
「えっ!のっちがゆかちゃん家に?」
あ~ちゃんの勢いに少し押され気味になる。
「うん…、あの…貸したノートを返しに…」
「そっかぁ」


別に大した嘘じゃないよね。あ~ちゃんは、のっちの所在を聞いてきたわけだから、
それが分かれば大丈夫だよね。


それでも少し不安になった私は、のっちにメールを送る。


携帯をカバンに入れて、目を瞑る。


しばらく幸せな気分に浸っていたかった。



【A】
《夕方》



ゆかちゃんとの電話が終わると、
私は夕日を見て溜め息をつく。

のっちがしばらくメールを返さないことなんて、
よくあることなのに。


私はなぜか、のっちの家の前まで来てしまっていた。


「なんか、まぬけ?私って…」

そんなことを思っていると、足音が聞こえる。


「あれ、あ~ちゃん」

「あ、のっち」

私は照れながら言い訳をする。

「なんか、何度メールしても返信なかったけん、
 心配で来てしもうた」

のっちが戸惑った表情をする。


「あのぅ、…散歩行っとったんよ……」


……!


「ごめんね、わざわざ…」

「いいんよ、無事なら」


私はのっちの言葉を遮って背を向けると、走って家に向かう。


のっちの声が聞こえた気がしたけれど、もう、どうでもよかった。





私は、嘘をつかれた。




【N】
《夜》



変なあ~ちゃん。

あ~ちゃんが心配して私の家まで来ることなんて、
今まで一度もなかった。

喧嘩した後謝りに、
私があ~ちゃんの家まで行ったことは何度もあったけれど。



もう夕日も沈みかけて暗くなっていたので、
私は「送るよ」と去っていくあ~ちゃんに言ったけれど、
聞こえなかったようだ。


そしてとっさに散歩だと嘘をついたことに、
少し後ろめたさを感じながら部屋に戻る。


でも、まぁ、散歩みたいなものだよね。
ちょっと寄り道もしたけど…。


私はゆかちゃんとのことを思い出し、ニヤニヤしながら携帯を取り出した。


ニヤニヤの表情は一瞬にして奪われた。



あ~ちゃんからのメールが3件。
そしてゆかちゃんから1件。




散歩の嘘はあ~ちゃんにバレていたのか。
だから…、走って帰ってしまったんだ…。


私はすぐにゆかちゃんに電話した。




【K】
《夜》



のっちからの電話のあと、私は今日一番の深い溜め息をつく。

何か解決策を思いついたらまた電話しようと言って切ったものの、
何も思いつきそうになかった。


こんなとき、また嘘を重ねると泥沼にはまることは、
今まで読んできた多くの小説から学んでいる。

それに敏感なあ~ちゃんのことだから、
嘘は簡単に見抜いてしまうだろう。

だからといってありのまま話したところで、
丸くおさまる保証はどこにもなかった。


ハムスターは寝静まり、部屋の空間は時計の音に支配されている。


時計の針はまるで私たちのようだ。


重なったり離れたりを繰り返し、時を刻む。


あ~ちゃんは軸のような存在だと思っていたけれど、
当然あ~ちゃんにも感情がある。


あ~ちゃんは一番短い針で、私は長い針。
のっちは一番せわしない針かな。


こんな状況で、変なことを思いついて、私は苦笑いする。


最近、あ~ちゃんのことをちゃんと見ていなかった。
自分のことばっかりで…、いや、のっちのことばっかりで…。


あ~ちゃんは私にとって、かけがえのない存在であることは、
出会ったときから変わっていなかった。


一歩前に進む勇気をくれたのはいつもあ~ちゃんだった。


あ~ちゃんなしに時は進まないよ。



私はあ~ちゃんに電話をかけた。




【A】
《夜》



帰宅してひとしきり泣いたら、なんだか気持ちが落ち着いていた。

氷で瞼を冷やしながら、冷静に考える。


のっちが嘘をついたということは、のっちとゆかちゃんとの間に、
私には言えない何かがあるということだ。

そう思うと辛かった。
しかし、その状況を私は願ってもいたのだ。


ゆかちゃんとのっちは、私から見てももどかしい関係だった。

二人になるとあまり会話がないのだと、
ゆかちゃんは苦笑いしながら話していた。

のっちものっちで、
ゆかちゃんは壊れてしまいそうで怖いのだと言っていた。


二人を知っている私からすれば、
二人は確実に仲良くなれる。

私は二人が仲良くなれるようお節介をやいた。
二人の笑顔が見たいから…。


知らず知らずのうちに、私の感情はおかしな方向へと転がっていた。


二人が仲良く笑っていたのなら、それでいいじゃない。
私に言えない秘密が出来るくらい仲良くなったんだから、
私は喜ばないと。


二人が永遠に笑顔でいられるなら、
私は消えてしまってもいい。

そんな穏やかな気持ちになっていると、携帯が鳴った。


レモン色の光はゆかちゃんだ。


《電話》



ゆかちゃんはこの状況を把握しているのだろうか。

「も、もしもし」
「あ~ちゃん…?」

「ゆかちゃんから電話なんて久しぶりじゃねぇ。
 いつも私がゆかちゃんに相談するのにかけるけん」

「あのね…」

あぁ、この気遣うような声は、全部、知っているな。

「……」

「今日はね…」


それからゆかちゃんは、全てを話してくれた。
今までどんな思いでのっちを見ていたのか。
のっちが積極的になってくれたのがどれだけ嬉しかったのか。

そして、私への思いも。

途中から泣き始めたゆかちゃんの声は、
ほとんど聞き取れなくなってきた。

「ゆかちゃん、私ね…」

私はゆかちゃんに、二人が笑顔でいられるなら、
私は消えてしまってもいいのだと思ったことを話す。


「馬鹿ッ!何を言っとん!」


これだけはっきりと発音して、ゆかちゃんはまたもや泣き始めた。


「ぁ、あ~ちゃんはねぇ…、ひっく、
 短針なんじゃけぇ、ひっく」

たんしん?

「あ~ちゃんが、ひっく、おらんにゃあ、ひっく、
 時間が、ひっく、止まったままな…、ひっく」


だめだ、完全にゆかちゃんワールド。
何を言ってるのか分からない。

けど、ゆかちゃんがこんなにまで私を思ってくれていたことが、
すごくすごく嬉しかった。


「ありがとう、ゆかちゃん、私どこにも行かないから」

「ひっく…」

「酔っ払いか!」


二人は笑う。

ちょうどそのとき、キャッチが入る。
おそらくのっちだろう。

長電話最長記録じゃね。
私は氷を取り替えながら、ゆかちゃんとの話を終わらせて、
のっちと話を始める。


そして、強く強く思った。





二人を守りたい…。


【K】
《朝》



また何事もなかったように時間が動き出す。

あ~ちゃんとのっち。
二人への愛情の、形こそ違えど、
その深さは同じように底が見えないくらい深くて。


更に絆を深めることが出来た喜びで、
朝の空気がより一層心地よかった。



「おはよー」

のっちがそう言うと同時に私の手を握る。
私はしっかりと握り返す。

顔を見合わせてにっこり笑う。
照れくさそうなのっちが、本当に愛しい。


そういえばのっちは腕時計をしていない。

今度あ~ちゃんと三人でお揃いのものを買おうかな。

きっと二人とも、
なぜそんなことをするのか不思議がるだろうけど、
「お揃い」という言葉の持つ楽しげな雰囲気に負けて、
快諾してくれるだろうことは容易に予想できた。



また三人で、時を刻んでいこうね。




後ろからあ~ちゃんの足音が聞こえたかと思うと、
のっちにのしかかる。


「ぐえぇ」
「あんたの長電話のせいで、
 宿題できんかったんじゃけぇ」

「あっ…」


まさかという顔で二人がこっちを見る。


しまった…。
私はぺろっと舌を出す。

「えぇー、あてにしとったのにぃ」

二人が同時に言ったのがおかしくて、みんな笑い出す。




いつまでも一緒にいたい。

私は明るい太陽に笑顔で言う。




「時を止めないで…」




≪END≫






最終更新:2008年10月10日 18:42