最終の電車に揺られながら、随分懐かしいことを思い出してるな、なんて思う。
のっちと出会って、もう四つ以上の季節が巡った。
その中で、あたしを取り巻く環境は大きく変わった。
何よりの変化は、あ〜ちゃんと付き合い始めたこと。
肩を震わせ涙を溜めながら、思いの丈を打ち明けてくれた彼女を思い出すと、今でも夢だったんじゃないかとさえ思う。
まさか、あ〜ちゃんからあたしを求めてくれるなんて、どれだけ願い続けても叶わないものだと思っていたんだ。
そして、毎晩のように繰り返されたあたしの夜遊びは、その日を境にぱたりと止んだ。
だけど、のっちとの関係だけは変わらなかった。
今も月に一回はのっちのいるクラブに飲みに行く。
心地よい重低音とリズムに揺られながら、澄ました顔でシェイカーを振るのっちをカウンター越しに見つめる。
たまに重なる視線、あたしだけに柔らかく微笑んでくれるのが嬉しかった。
そして、週に一回はのっちの部屋でのっちに抱かれる。
あたしたちはお互いに干渉や詮索し合わなかった。
その距離感がとても心地よかった。
だから、あたしはロクにのっちのことを知らない。
過去に何をしていたのか、
昼間は何をしているのか、
ちゃんとした恋人はいるのか、
それどころか、年齢や本名すらも知らない。
だけど、そんな上面だけの情報なんてあたしたちには必要なかった。
そんなこと知らなくても、
困ると八の字になる眉を
戸惑った時に頬を掻く癖を、
髪を撫でてくれる優しい手を、
触れ合う唇の甘さを、
あたしは知っている。
あの頃から、あたしもあ〜ちゃんも良い意味で色々変わった。
その中で、のっちだけは良い意味であの頃からずっと変わらずあたしの中にいる。
改札を出ると、ダルそうに柱に寄りかかってケータイを弄ってるのっちが目に入った。
パーカーとジーンズにスニーカーといったすごくラフな格好。
わざわざ出て来てくれたのかな?
だとしたら、嬉しい。
小走りで近づいていくと、こっちに気づいて小さく手を振ってくれた。
「待った?」
「ううん。なんか嬉しそうだね?」
「そう?」
「うん、だってニヤけとる」
ツンツンとあたしの頬を突きながら、さりげなく手を繋ぐ。
こうゆう自然な動作、ホント得意だよね?
「どっか寄ってく?」
「んー、どっちでもいい」
「じゃ、行こっか?」
手を繋いだまま歩き出す。
あたしは高めのヒールを履いてるから、いつもは少し見上げるくらいの彼女を逆に少し見下ろす位置にいるのがなんだか新鮮だ。
絡んだ指先にほっと心が落ち着く。
なんだろう、この安心感。
あ〜ちゃんといる時とは違った安心感。
のっちにだと無条件に甘えられる自分がいるんだ。
人通りのなくなった道筋。
ふいにのっちの手を握る力が強くなって、路地裏に引き込まれた。
「きゃっ」
突然のことによろけた身体を壁に押し付けられる。
いつもより、少し背の低い彼女を見下ろす。
「のっち?」
「ごめん、なんか、久しぶりだからさ、、」
欲情に濡れた瞳。
吐息が近い。
「我慢できんかった」
近づいてくる唇に、あたしはゆっくり目を閉じた。
そういえば、のっち、あの日もそう言ったね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「着替えてくるから、裏で待ってて」
そう言った彼女を細い路地の裏口の階段に座って待っていた。
こんな街の隙間まで街灯の灯りは届いてこなくて、何気なく見上げた狭い空には星なんて一つも見えやしない。
遠くで酔っ払いの声が聞こえるだけで、そこは吸い込まれそうなくらい真っ暗だった。
ギィ、と扉の開く鈍い音と共にオレンジの明かりに照らされた。
振り向けば、オレンジの照明を背に、やたらと大きな荷物を持った彼女が立っていた。
彼女の私服も黒いワイシャツが黒いカットソーに変わったくらいで全身真っ黒。
ショートパンツから伸びる健康的な脚が艶かしく白く浮いていた。
「良かった。ちゃんと居た」
バタンと扉の閉まる音と同時にオレンジの光が消えた。
ふわりと香った、さわやかで少しスパイシーな香り。
どこかで嗅いだことあったな。どこだっけ?
そんなことを考えていたら、後ろから抱きしめられていた。
「ごめん、我慢できんかった」
「・・・ねぇ、ゆかのこと知ってたの?」
「よく見かけたから。髪の毛のキレイな子だな、っていつも思ってた」
「ん、、」
背中に感じる彼女の体温が暖かくて、
首筋を掠める彼女の髪がくすぐったかった。
「いい匂いするんだろうなぁって、触ったら、柔らかいんかなぁって、思ってた」
「ふふ、、いいよ。もっと触ってよ」
近づいてくる唇に拒絶はしなかった。
重なった唇は、さっき飲んだカクテルよりもずっと甘いくせに、酔ってしまいそうなくらいクラクラ眩暈がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
<微er>
狭い路地裏。
薄汚れたビルの壁に押し付けられた背中は冷たいのに、身体はひどく熱い。
重なる彼女の身体も触れる指先にも熱が篭っている。
「・・・・ふぁ、、ゃあ、、」
「ゆかちゃん、声」
「だ、だって、、、ん、っ・・・」
スカートの中に侵入して、濡れてしまっている下着の上からソコを焦らすようになぞる彼女の指も、嬉々としているその表情もとても意地悪だ。
足を閉じたくても、割り込んだ彼女の膝が邪魔して適わない。
「誰か通るかも知んないのに」
直に耳にかかる熱い吐息にあたしの中の熱も更に上がる。
そのまま耳たぶを甘噛みされて、零れそうな声を必死に堪える。
「・・・・んぅ、、」
こんなところで、なんて、どうかしてる。
電車もない時間、人通りのない道の更にその路地裏、とは言え、誰にも見つからない保障なんてこれっぽっちもないのに。
理性とは相反して、高まる快感。
こんなのが快感だなんて、きっとあたし末期だ。
「いつもより興奮してる?」
意地悪そうに笑って、手の平で口を塞がれた。
そして、圧倒的な質量で一気にのっちが入ってきた。
「ひゃっ、、ん」
一気に奥まで突かれて、激しく動く複数の指に頭がショートしそう。
いつだって、のっちの指はあたしの中を自由に動いて、あたしの理性をかき乱す。
「ん・・・・ゃ、、っ、んん——っ」
そのまま一気に絶頂まで導かれて、あたしはのっちの腕の中に倒れこんだ。
優しくあたしを抱き止めて、宥めるように背中をさする彼女の満面の笑顔がなんだか憎たらしい。
「ヤッバイね、これ。癖になりそ」
「ばか・・・」
のっちの胸元に顔を埋め、大きく息を吸うと、あの日と同じあの香りがして、
ぎゅうっと抱きしめられたのっちの腕の中は、やっぱりあの日と変わらず暖かかった。
「イケナイコトは嫌い?」
「・・・嫌い、じゃない」
危なっかしいことが好きなの。
変わることのない彼女と、その彼女との関係は、
どんなものにも邪魔されない、あたしたちだけのパラダイスみたいなものだった。
あ〜ちゃんに対する罪悪感を抱きながらも、
後ろめたいくらいが調度いい、なんて。
やっと辿り着いた、あ〜ちゃんの隣は誰にも譲れないあたしだけの特等席。
だけど、この腕の中はあたしの誰にも言えないもうひとつの秘密のパラダイス。
きっとあたしは、変わらない彼女に安心を覚えていたんだ。
だけど、本当に変わらないものなんて、この世にはなくて。
それに目を向けることを、のっちに甘えることで逃れていたあたしは、やっぱりまだ大人にはなれない子供だったね。
この先も変わるはずがないと信じて。
楽園が消えるはずがない、だなんて。
虚構に過ぎなかった。
ねぇ、のっち。
あなたはちゃんと一人でも歩いていく未来を見つめていたんだね。
to be continued...
最終更新:2009年05月25日 21:21