サイドN
恐ろしく疲れた仕事の後、
“たまにはご飯でも”
と、夜の街に出たのはもう随分昔?
あれからどれくらいたった?
実はまだ一年もたってないって?
まだ大人な歳じゃない彼女たちを無視して、
一人飲んだことくらいまでなら覚えてる。
気付いた時には抱えられるようにしてタクシーに乗っていた。
薄目を開けたら、
普段は寄り掛からない方の人の肩に寄り掛かっていて驚いた。
けど、
あまりの心地良さにも驚いて、
そのまま目をつむった。
二人の声が聞こえる。
「まったく酔いつぶれよって」
「なんかあったのかな?」
「いや、ただ単に飲みよっただけじゃろw」
「大丈夫かな?」
「平気じゃろ?寝てるし」
「疲れてたのかな?」
普段は聞こえない方の人の心配声が、
やたら耳について離れなかったのも覚えてる。
違うか。
忘れられないだけ。
忘れる気もないし。
次に気がついたのは、
もう部屋だった。
もっと言えばベッドの上。
一人で目が覚めた。
と、思ったら、
キッチンから水を運んでくる人。
———かしゆか。なんで?かしゆか?
「大丈夫?」
それだけ言って呆れたようにコップを差し出す。
———かしゆか。なんで?かしゆか?
「あ、うん。」
それだけ言ってコップを受け取る。
“ありがとう”も言えなくて、たちまち気まずい。
けど、帰る気配もない。
帰れとも思ってないけど。
不思議そうに見ていた私を見て、
軽く笑顔を浮かべたかしゆか。
一気に空気が変わる。
気まずいなんてゼロ。
普段どおり。
ん?普段どおり?
普段のかしゆかってどんなだっけ?
そんな事もわからなかったんだから、
私たちはやっぱり『曖昧』なんだ。
サイドK
今でも鮮明に覚えてる。
酔いつぶれたのっちを抱えて帰った日。
別に何の意識もしてない。
たまたま私が送っただけ。
たまたま私の隣に座ったのっちの頭が、
たまたま私の方に傾いてきただけ。
それだけのこと。
別に何の意識もしてない。
だから、私が、送った。
それだけのこと。
部屋にあがっても、まるで意識を取り戻そうとしないのっちをベッドまで運ぶ。
私より大きな身長の、
私より大きな肩幅の人を運ぶのは大変だったけど、
やっぱり体は細くて、軽い。
柔らかくて自由なその体は扱いやすくて、
スムーズにベッドまで運べた。
ムニャムニャ言ってるのっちの寝顔は、
今まで見てきた表情のどれよりも可愛かった。
“これは周りがほっとかないな”
なんて思ってしまう程だった。
その顔を包む周りの髪は、丸いシルエットがきれいで、
耳にはシンプルだけどおしゃれなピアス。
どんどん目線がのっちを追う。
改めて客観的に見ると、
やっぱり“きれい”なんだな。
なんて思ってしまった。
あの無防備な寝顔。
忘れられないし、
忘れたくない。
たまにしか外されることのない左手首のブレスレットや、
通称“のっち丈”と名付けられた、
半端丈のデニムから出た足首の白さとか、
気付いたら目で追っていて、
そんな自分に驚いて、慌てて目をそらした。
“あ、そうか。水とか飲ませなきゃ。”
キッチンから戻ると目を覚ましたのっちが不思議そうに見てた。
会話も続かない気まずい空気が流れたけど、
さっきまでのきれいな顔が、
不思議そうに歪んでて笑えた。
あ、戻った。
会話がなくても平気な空気。普段どおり。
普段のっちと会うことは少ないけれど。
毎日会っているのに、
“普段”が見えてこないなんて。
近くにいるのに、遠いなんて。
少しだけ悲しかった。
そんなことだから、
私たちはやっぱり『曖昧』なんだ。
つづく
最終更新:2009年05月25日 21:47