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A-side



病んでるね、あ〜ちゃんもゆかちゃんも。楽になる方法なんてないから、自分の首を絞めて生きてきた。だけどそれは違くて、結局お互い逃げているだけ。のっちと別れたあの日からずっと、たくさん逃げ回っているんだよ。


「あ〜ちゃん」
「ん?」
「ありがと」


胸の中、ゆかちゃんはそう小さく言って眠りに落ちた。赤ちゃんみたいな顔をしてるくせに小悪魔で、意外と純情で優しくて。
ゆかちゃんはあ〜ちゃんのかけがえの無い人だから、傷つくのが怖いんよ。いつだったっけ、自分の存在価値が分かんないと笑いながら高校の屋上であ〜ちゃんに言ってきた事があったよね。
懐かしいけどよく覚えている。あ〜ちゃんは泣きながらゆかちゃんを叱った。だって自分なんか居なくても良いだなんて言うから、凄く悲しくなったんだ。
一番もろいのは、あ〜ちゃんでものっちでもない、きっとゆかちゃん。いつも今にも粉々になっちゃいそうで、見てられないんよ。それでも明日も遊びに行くんだね。


「おやすみ、ゆかちゃん」


出来れば早く帰ってきてね。
じゃないと、のっちがお父さんみたいに心配するから。









N-side


朝あ〜ちゃんに起こされて、リビングに向かう。美味しそうな匂いがする…さすがあ〜ちゃん、のっちの嫁日本一。昨日の事は上手い具合に水に流せたと見た。


「ねぇねぇ、最近ふーくん元気ないんだけど、もしかして病気かな?」


わざわざ部屋から籠を持ち出してきたゆかちゃんが、そこから一匹を取り出してのっち達に見せてきた。そんなちっこい生き物見せられて病気かな?とか言われても知らないっつーの。生きてるか死んでるかくらいしかのっちには見分けつかんわ。


「もう寿命なんじゃない?」
「はぁ?アンタのおにぎり、この子達の餌にしてやろうか」
「こわっ!」


怖いよあ〜ちゃあん!のっち冗談のつもりだったのに、本気で怒るよこの悪魔。


「…ゆかちゃん、正直あ〜ちゃんもそろそろ寿命じゃないかと薄々感じとったんよ…」
「ちょっと!あ〜ちゃんまで縁起でもないこと言わんといてよ!」
「だってゆかちゃん、その子高2の冬から飼ってるじゃん」
「そうだけど、」
「あー…、そいつは仕方ないわ」
「仕方ないって何よ!のっちもあ〜ちゃんもふーくんをバカにし過ぎじゃ!どんだけ滑車で毎日体を鍛えとると思っとるんよ!」
「あれさぁ、夜中にやられるとうるさくて寝れないんだけど」
「うんあ〜ちゃんも」
「このゆかだけアウェイな空気、けっこう久々だね?」


弱気なゆかちゃんはしょんぼりしながら部屋に戻っていった。ほれ見ろ、てか今分かった、あ〜ちゃんを味方につければ怖いもの無しなんだ。悪魔ですらやっつける天使の強さ、半端じゃねぇ。


「ハムスターって寿命短いんだね」
「仕方ないよ、体小さいんだし」


そうか。ゆかちゃん、のっちがお庭にちゃんとお墓作ってあげるけぇ、安心してね。





それからご飯を食べて準備して、家を出る時だった。あ〜ちゃんの発言に身が凍った。


「今日、合コン行く事になったんよ」
「え、マジで?」
「ただの人数合わせじゃけ」


心配すんな、って目で言うあ〜ちゃん。マジかよ、ありえん。正直内心めちゃくちゃ不安なのと、心配過ぎて「良いな〜合コン」なんて心にも無い事を言ってしまった。あ〜ちゃんは笑いながら良いじゃろーなんて言って。
今すぐ強く抱き締めてキスをして「合コンなんて行くな」って言えたらどれだけ不安は取り除かれるの。それが出来ないのはのっち達がもう恋人ではないからか。恋人だったら言っても許されるよね?


「あんまり遅くならないでね」
「うん、なるだけ早く帰ってくるけ」
「ゆかちゃんが、多分心配するから」


あ〜ちゃんは俯いたまま返事をした。お願いだから早く帰ってきて。のっちが不安で死ぬまでに。








A-side



この人、歌下手だなぁ。

カラオケボックスに入ってかれこれ二時間、そろそろ飽きてきた。人数合わせとか言って、女子一人多いじゃん。あ〜ちゃんいらなかったじゃん。合コンって意外と面白くないんだね。


「綾香ちゃん、超歌上手いんだね」


この人、なんかさっきからやたらとあ〜ちゃんに絡んでくる。イケメンなのは認める。優しそうだしあ〜ちゃん好みの黒縁メガネだし。悪い人ではなさそうだ。のっちの真っ直ぐな歌声が聴きたいけど、そこは今日は黙って我慢しよう。


「実は俺、最初から綾香ちゃんすげぇ良いなって思っててさ、良かったらこれから二人で抜けない?俺、トイレの所にいるからさ、後から来てよ。絶対来てね」


待ってるよ、って爽やかな笑顔を見せて、その人は財布と携帯をお尻のポケットに突っ込んで部屋を出て行った。あ〜ちゃんは水滴のついたグラスに残った氷をしばらく見つめて、それから時計を見上げた。時計の針は10時をさす。
あ〜ちゃんは携帯を開いて、アドレス帳からのっちの名前を探した。メールの作成画面としばらくの間にらめっこして、静かに携帯を閉じた。


「綾香ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっとトイレ」


荷物を持って、あ〜ちゃんは暑苦しい部屋を後にした。深呼吸をして歩きだす。ヒールの音がうるさく響いた。











「ストーカーさん?」
「むぅ」


車の走行音がうるさい。店の裏口の横の狭い暗い通路に、ニット帽を深く被ってメガネを掛けた変な人がいた。


それで変装のつもり?すっごく笑えるよ、のっち。


「違う、散歩してたらたまたま通りかかっただけだから、ただそれだけだから」


そうぶっきらぼうに言った頬は赤くて、目を逸らす所なんか嘘をつくのが苦手なのっちらしいというか、なんというか。こんな時間にそんな格好で散歩なんてする訳ないでしょ。心配して来てくれたで良いんだよね?


「男の人は…?」
「男の人?」
「途中で二人で抜け出すとか、よくあるそーゆーの、」
「あ〜ちゃんはつまらんから勝手に抜けて来ちゃった、今から帰ろうと思ってたんよ」


そう言うと、のっちは目を優しく細めた。パーカーのポケットに両手を突っ込んで暗い通路からのそのそと明るい場所へ出てくる。嬉しそうな顔が、より一層明るく鮮明に見えた。


「なら一緒に帰ろ、のっちも散歩飽きてきたからこれから帰ろうと思ってたんよ」


嘘つき。素直じゃないんだから。のっちのそんな可愛い所、あ〜ちゃん好き過ぎてたまらんの。つい甘えたりいじったりしたくなるから、緩む頬をばれない様に両手で覆って隠す。
心配で心配で朝から気が気じゃなかったんでしょ。大丈夫よ、あ〜ちゃんは簡単にお持ち帰りされる程お尻の軽い女じゃないもんでね。


この時、あ〜ちゃんはまだ可能性はあるんだと確信した。のっちはまだ、大切に思っていてくれているんだと。
だからさりげなく腕を絡めてみたりなんかして。のっちの顔は見ない。ニヤニヤしてたらなんか嫌だし。


「あ〜ちゃん、カラオケで何歌ったん?」
「イェイイェイのウォウウォウのやつ」
「サバイバ〇ダンスねー」
「…ねぇねぇ、あの歌ってどんなだっけ?前にゆかちゃんがCD買ってきて鳴らしてたヤツ、」
「あれでしょ、めっちゃしっとりした曲でしょ」
「そうそう」


のっちはご機嫌にその曲を歌いだした。車の音に掻き消されない様に、その歌声を聴き洩らす事のない様に、そっと息を止めた。
ドクン、ドクンて聞こえる自分の心臓の音とのっちの歌声。歩く振動すら今は心地良い。昔から歌うのが好きだったよね、皆よりも上手なのは一番多く一緒にカラオケに行ったあ〜ちゃんがよく知ってるよ。


街の灯りが眩し過ぎて星は見えないけど、この気持ちだけは見失わない様、家までの短い道のりだけ、このまま甘えさせてね。冷たい風も今なら爽やかに感じるから。


「キスとかされんかった?」
「されとらんよ」
「よしよし」




だけどやっぱり、さすがにその格好は無いわー。




◇7:終◇






最終更新:2009年05月25日 22:24