サイドN
あれは確か大学三年の秋。
いつものようにバイトに行くと、
オーナーが店の外でコーヒー片手に店を見上げながら
ぶつぶつ言っていた。
『お、おはようございま、す?』
近づいて声をかけた。
『おっ!おーおーおはよー。』
いつもと変わらない。
だけど、店に入ろうとすると、引き止められた。
『お、おーおー。いや、なんでもない。
やっぱいいや!うん。』
何かおかしい。
『何・・・ですか?』
『いや、いい!いい!
後でいいや!』
ニカッと子供みたいな顔して笑うオーナーは可愛かった。
いや、違う違う!
変な意味じゃなく!!
ゆかとは違う。
素直に可愛い人だ。
オーナーの木村さんは、
口の悪さと、はっきりした性格が男勝りだったけど、
小さい体や端正な顔立ちは、
本当に年上か?
って思う程幼くて、
可愛いらしい女の人だった。
オーナーの様子がおかしい。
『どうしました?』
いつもみたいに話し掛けると、
『うん。うん。うん?』
いつもよりおかしい。
適当なのは知ってるけど、
今日適当すぎじゃね?
なんて思ってるうちに時間はたって。
『あの、、あがりますよ?』
『あ、、えっ!?うわっもうそんな時間か!?』
思わず笑ってしまった。
つられてオーナーも恥ずかしそうに笑った。
綺麗な顔が幼く歪む。
よし。
『で、なんですか?』
目を大きくして驚くオーナー。
『気になりますよ?』
あぁ。って笑ったオーナー。
『のっちゃんはさぁ、何か考えてる?』
『・・・何が、ですか?』
『いや、うん。卒業後さ。』
『あぁ、、いや、まだなんも。』
『そっか。うん。そうだよねぇ〜まだ早いもんねw』
『はぁ。まぁ、せかされてますけど、、』
『彼女に?』
『はい。・・・って!え?ええっ!?』
目が飛び出そうな私を見てオーナーはコーヒーをすすりながら笑った。
『いや、えっ!?なん、、で??』
『ははっwそりゃねぇ〜w』
『えっ?え?』
オーナーも?そうな、、の?
『あー違くて。たまたま。
たまたま見たの!手繋いで歩いてるの。』
『・・・カマかけました?』
『うんwいや、でも、そうゆうオーラも出てたよw』
『はぁ。そう、ですか。』
『ふはっwうんうんw』
可愛いなぁなんて言いながらオーナーは笑った。
『・・・で、あの、話は?』
『あぁ、そうそう!』
コーヒーを置いて、
少しだけ真剣な顔になった。
『一緒にアメリカいかない?』
———へっ??
驚いて声も出なかった。
オーナーは優しく笑って
またいつもみたいな適当な口調に戻った。
『ま、仕事だけどねぇ〜』
『えっ?!、、はぁ、、ん?』
『むこうで勉強しなおそうと思いまして。家具の。
で、卒業後にさ、まぁ何かあるなら別だけど、、。
うん。こことむこうでやれたら、、ねぇ?w』
『はぁ。』
『だから、一緒に行かない?』
『それって、、』
『うん。』
『・・・ここで働け、と?』
『うん、そう。』
『正社員にしてくれるってことですか?』
『うん、そう。』
『ま、じ、ですか?』
『うん、まじ。』
『就職先、、決まっちゃった?』
『はははっwうん。そうなるねw
いやじゃなかったら。』
『い、嫌じゃないです!!よ、、。』
うん。
嫌じゃない。
嫌なわけない。
間違いなくインテリアに囲まれて働くのは楽しかったし、
オーナーはいい人だし、
就職に迷っていた自分が、
興味のあることと言えば、
この店のことだけだった。
だけど・・・。
『むこうにも店を?』
『うーーん。むずかしいねぇw』
『?』
『まぁ、そうなれば凄いけど、ね?
と、いうより、仕入れも楽になるし、
デザイン学びたいし、
やっぱりむこうで揉まれるってのは必要よw
マーケティング?とかもさw
ちょっと難しい言葉つかってみたw』
笑ってるオーナー。
『それに、のっちゃんはさぁ、センスがいい!!
任せられるし、いっそデザインまわれば?って思うよ。』
『いや、、あ、ありがとうございま、す。』
『うんうん。彼女もかわいいしねw』
『いやいや、まぁ、はぁ、、。』
『彼女とよく相談しな?
少しの間は離ればなれになるから。』
『・・・はい。あの、、』
『ん?』
『少しって、どのくらいですか、、ね?』
そう聞くとオーナーは少し顔をしかめて、
申し訳なさそうに笑った。
『・・・うん。まぁ、デザインの事務所入るから、、んー、、二年は帰ってこれないかな。』
二年っ!?
二年って二年??
・・・二年、かぁ、、、。
“まぁよく考えて”
そう言ってオーナーは手を振った。
帰り道、私は二年という時間の長さを考えた。
ゆかと離れていたのは、、半年?くらい?
それの、四倍。
———四倍っ!!??
やっべぇ、、。長いな。
その時のように、
辛い別れがあるわけじゃない。
私たちは全てが離ればなれになるわけじゃない。
わかってる。
そんなことわかってる。
だけど、、。
“ゆっくりでいいよ。まだまだ先のことだから。”
オーナーの言葉を思い出す。
“卒業後でいいから。”
オーナーは先に行くから、
行くにしろ、行かないにしろ、
それまでは店、頼むよ。
と言った。
二年の長さが重くのしかかる。
彼女は絶対に応援してくれるだろう。
だけど絶対に淋しがるだろう。
彼女は絶対“行きなよ”って背中を押してくれるだろう。
だけど絶対一人で泣くだろう。
全部、自分にもあてはまるけど。
淋しいのは自分のほうだ。
子供みたいに彼女の隣から離れられないでいる。
一人涙を流すのも自分が先だろう。
離れてしまったら温度すらわからないんだから。
全部全部全部。
弱いのは自分のほうだ。
だけど、、
無情にも、
答えなんて、、
簡単なもんだ。
最終更新:2009年05月25日 22:54