K-side
今日はあ〜ちゃん合コン行くとか言ってたっけ。12時か…良い子のあ〜ちゃんはもう家に帰ってるよね。男に変な事されてないかだけが酷く心配だけど、まぁガードの固いあ〜ちゃんなら大丈夫だろう。のっちは不安で不安で仕方ないんだろうけど。
「ゆかちゃんさ、さっきから飲み過ぎじゃない?そんな飲んで大丈夫なの?」
「へーきへーき、広島の女なめんなっつーの」
「あはは、相当酔ってる」
酔ってるんじゃないよ、酔ったフリしてるだけ。今日は誰でも良いから甘えたい気分だし。それにしても飲み過ぎたからかトイレが近い。トイレ行こ。
この居酒屋、個室が多く通路が入り組んでてトイレへの道のりがなかなか難しいかも。地図かなんかないのかよ。男のうるさい笑い声に頭が痛くなる。
通路の向こう側、ゆらゆら揺れる視界の端にのっちを見つけた。あれ?なんでのっちがいるの?ゆかをトイレに連れてってくれるの?
「のっちーのっち〜!」
叫んでもその後ろ姿は振り返らない。なんでシカトしよるんじゃ、のっちのくせに。
「のんのーん!のーんのーん!」
ゆかは軽い足取りで追いかけた。もしかして心配して迎えに来てくれたとか?今日は男の子いないから大丈夫だって今朝言わなかった?あれ?言ってないっけ?
ようやく追い付くと、のっちに後ろから抱きついた。なんか胸板厚くなった?てゆうかいかつい?のっちって、こんなに身長高かったっけ?
「あの、なんすか」
「のっち?」
「誰すかソレ」
「誰あんた、きもっ」
「はあ?」
全然のっちじゃないじゃん、誰この男。ゆかは男を突き飛ばして、再びふらふらとトイレに向かった。男の不満そうな声が聞こえるけど、なんて言ってんのかなんて酔っ払いのゆかには分かんないや。
あー漏れそう、トイレはどこよ。
◇
なんとかトイレを済ませて皆の所に戻ると、片付けて支払いの計算の真っ最中だった。もう帰るの?まだまだ喋り足りないんですけど。
「ゆかちゃん聞いてる?ひとり五千六百円だよ」
「えー高くないー?」
「ゆかちゃんが勝手に高いコース選ぶからじゃん」
「そかそか」
バックから財布を取り出そうとするも、化粧ポーチやら何やらたくさん押し込まれていて財布がなかなか出てきてくれない。イライラしてきた。
「財布忘れてきちゃった」
「え、マジで?」
「のっち起きてるかなぁ」
久しぶりに携帯を鳴らしてあげるよのっち、寝てたらごめんね、今度あ〜ちゃんの可愛い写メあげるから許してね。
N-side
「のっち、ゲームばっかしてないで早く寝んさいや?」
「はーい」
「あ〜ちゃんもう寝るけぇね」
「はーい」
「…寝るけぇね〜」
「はーい」
ドスドスドス、と大きな足音。後ろを振り返るとそこは視界がピンクで、見上げるとそこにはムッとした表情のあ〜ちゃんがいた。この角度からじゃ胸に隠れて顔がよく見えないよ。
「あ、」
「あ、じゃない」
「ごめん、おやすみ」
「うん、おやすみ」
のっちの頭をぽんぽんてして、あ〜ちゃんはクシャッと笑った。今日はご機嫌みたいだ。のっちもご機嫌。そりゃあね、あのあと二人でコンビニで買ったシュークリームを半分こしたんだもん。
クリームついとるよ、ってのっちのほっぺについたクリームを取ってくれてさ、まじラブラブじゃん!みたいなね。超テンション上がったわ。やっぱあ〜ちゃんだな。
あ〜ちゃんが部屋に行って、よし、のっちもセーブして寝よ、と思った時だった。携帯が鳴った。ゆかちゃんだ。あわてて電話に出ると、完全に酔っ払いテンションのゆかちゃんのご機嫌な声が。
『のんの〜ん、お金かして〜』
「え、なんで」
『今あの駅前の居酒屋、友達待たせてるからすぐ来てぇー』
「え〜」
『あ〜ちゃんの可愛い写メあげるからぁ〜』
「え〜」
『じゃあじゃあ、生写真五枚セット』
「よしすぐ行く」
のっちはさっき脱いだパーカーを再び引っかけ、財布にまぁまぁそれなりに現金があるのを確認して玄関に向かった。
あ、と思い出してリビングに戻って階段を駆け上がり、「あ〜ちゃん」と書かれた掛け札を見つめた。
「あ〜ちゃん、ゆかちゃんがお金貸してって言うから、ちょっとのっち行ってくるね」
しんと静まり返る。返事はない。もう寝ちゃったのかな、あ〜ちゃん寝るのめちゃくちゃ早いもんな。
行ってくるね、指先でそっとドアノブに触れた。パチッと静電気が走って、のっちは一人まぬけにビビってたりそうじゃなかったり。
あ〜ちゃんの眠りは誰にも邪魔ができないみたいだ。
◇
「ぅおそいっ!」
「あだっ!」
わざわざ来てあげたのに回し蹴りかよ、そりゃないよ樫野さん。そこにいたゆかちゃんの友達にクスクス笑われるし、恥ずかしいわ。
「お金っていくら?」
「百万円〜」
「もう、ふざけてないで、いくらなんよ」
しつこくまとわりついてくるゆかちゃんは、凄くお酒臭い。ふにゃふにゃ笑いながら知らない友達から金額を聞いて財布からお金を取り出す間もずっとちょっかい出してきた。お願いだからカンチョーすんのはやめて。
「のんのん」
「ねぇ、だからカンチョーはやめっ、」
首に腕を回されて、ぐいっと引き寄せられた。キスされてるってのは反射的に気付いたんだけど、さ。
きゃーきゃーと黄色い声が聞こえる。ゆかちゃんの友達がなんか喜んでるみたいだけど、そんなんどうでも良くて。
のっちは強めにゆかちゃんを突き放した。ドンッて音がするくらい、それは強い力だったみたい。
それでもゆかちゃんはご機嫌に笑っていた。なんかもう、力入んないよ。
◇
「ゆかちゃんさ、誰にでも酔ったらあぁなの?」
「ん〜のんのんにだけだよ〜」
「それなら良いけどさ、」
「あと、あ〜ちゃんにもかなぁ、あ、でもさすがにカンチョーはせんかも」
「…なんでのっちにはカンチョーすんの」
「したくなるお尻だ・か・ら。にゃはは」
「えーい!このケツ!!」
「びゃーっ!!」
ゆかちゃんの友達と別れてから、どうしてもおんぶしてって駄々をこねるもんで、のっちは家へと向かうこの急な坂道をのっそのっそ息を切らしながら酔っ払いを背負って登ってた訳よ。
さっきのキスは、妙に意識してしまった自分がバカみたく感じて、なんか虚しくて。だって人前でキスなんか。のっちには酔っても無理だと思うし。
そしてあの時、大勢の前でのっちにカンチョーした仕返しを今、してみた。おんぶしながらだけど、ゆかちゃんスカートだったし、ぶっすり入った。やったぜ。
そして悲鳴を上げて背中で凄い仰け反ったらしく、落ちかけて必死にのっちの首にしがみついて、のっちの首が絞められて死にかけて…って、真夜中に何やってんだうちらは。
「ちょ、うげっ、げほっ、待って一回降ろすよ!うげほっ」
そう言ってガードレールにゆかちゃんを降ろし、のっちは地面にへたれこみながら苦しい呼吸を整えた。うぅぅ…死ぬかと思った…。
「あぁぁ…、うぅ、ゆかのお尻ぃ…うぇ、ヤバイ気持ちわりゅい…吐きそう」
「え、マジで?らいじょうぶ?」
「うえ、う…ぅ」
ゆかちゃんの背中をさする。白い外灯のあたり具合もあってか、めちゃくちゃ顔色が悪く見える。それからゆかちゃんは吐きはしなかったけど、おんぶされながらも静かに大人しくなった。残りの坂はあと三分の一くらい。
のっちがカンチョーなんかしたせいかとちょっぴり反省してると、ゆかちゃんの息が荒くなった気がして「吐きそう?」と尋ねると、「ううん」って弱々しい声と共に生ぬるい水がのっちの肩に落ちてきた。ぎょっとした。ゆかちゃん泣いてる。
「ど、どしたのゆかちゃん、カンチョーそんなに痛かった?ご、ごめん手加減したつもりだったんじゃけど…」
「はぁ、うぅ…」
「気持ち悪いん?吐く?」
「ううん…」
「そう…」
じゃあなんで泣いてるの、分からん、のっちあ〜ちゃんじゃないから分からんよ。鈍感なのっちには、ゆかちゃんが何で悩んでいるのかなんて、見当もつかんのよ。
「のっち…」
「うん」
「好き…」
「のっちも好きだよ、」
「あ〜ちゃんよりも…?」
坂道を登り終えた。
どうしよう、なんて答えよう。黙っていると、ぽたりとまた一滴肩に水が落ちてきた。
「質問変える…付き合うなら、ゆかとあ〜ちゃん、どっち…?」
そりゃあ、もちろん
「ゆかちゃんだな」
恋を前にして人は、臆病になって逃げ出したくなるものです。
本当に好きなら、それは当然の事なんだよ。
◇8:終◇
最終更新:2009年05月25日 23:02