「まさか、大本さんとゆかちゃんが知り合いだったなんて、ビックリじゃ」
世間は狭いわー
そう言って笑うあ〜ちゃんの顔はここからは見えない。
だけど声の調子から察するに、今のところ疑われてる様子はないみたい。
「そうですね」
のっちはのっちで、さっきから適当に相槌を打つくらいで、最低限の受け答えしかしない。
うつ伏せになってマッサージを受けてる彼女は、あたしの恋人。
その上に跨ってマッサージを施している彼女も、あたしの恋人。
「ゆかもビックリだよ。ホント、偶然ってあるもんじゃねー」
あたしは隣の寝台に腰掛けてこのありえない組み合わせを、何でもないふりをしながら眺めている。
あたし以外の人が無遠慮にあ〜ちゃんの身体に触れている。
それはいつものあたしなら、嫉妬心や嫌悪感が沸々と沸いて来てもおかしくない状況だというのに、
それがのっちだという、あまりにリアリティのないこの光景は、あたしの心に戸惑いだけを募らせていった。
部屋の隅で焚かれた甘ったるいお香も、
静かにゆったり流れるラウンジポップも、
リラックス効果があるらしいハーブティーも、
ちっともあたしの心を安らがせてはくれなかった。
っていうか、何これ?
ありえないでしょ。
本当に現実?
なんで、あ〜ちゃんとのっちが同じ空間にいるの?
悪い夢でも見てるみたい。
第一、なんで愛想の悪いのっちがこんなサービス業してんの?
バーテンのバイトでだってろくにお客と会話できないくせに。
寡黙なとこがカッコイイーwだなんて騒がれたりしてるけど、単に人見知りなだけでしょーが。
それに、さっきから「そうですね」「そうですね」って、いいともの客かっての。
とんでもない状況だというのに、あたしの頭の中はどうでもいい、八つ当たりにも似たツッコミで溢れて、もう何がなんだか訳がわかんにゃい。。
だけど、とりあえずこれだけは分かる。
あ〜ちゃんにのっちとの本当の関係に気づかれてはいけない、ということ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
のっちが驚いた顔を見せたのは、彼女の瞳があたしを捕らえた最初の一瞬だけで。
次の瞬間には真っ直ぐな瞳に戻って、一度だけあたしに小さく頷いてみせた。
そのサインを受け取ったあたしは、大袈裟に声をあげた。
「あれぇ・・・のっち?何しよん?!こんなところで」
「え、ゆかちゃん、知り合いなん?」
「うん、前のバイトで一緒だったんよ」
こういう時の機転の良さ。
いとも容易く嘘を紡ぐ唇。
こういうあたし、大嫌いだ。
「久しぶりー。元気しとった?」
「うん。かっしーも元気そうだね」
のっちはニコニコしながらそう一言だけ口にした。
口元が若干引きつってたように見えたのは、気のせいだと思おう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どこかぎこちないままに続く3人の会話。
だけど、きっとそう感じてるのは戸惑いを胸に押し隠したあたしだけだ。
一見すれば何の変哲もない、普通の会話。
それに終止符を打ったのは、あ〜ちゃんの静かな寝息だった。
「マッサージで寝ちゃう人ってホントにいるんだ・・・」
「結構いるよー」
独り言で言ったつもりが、あ〜ちゃんに毛布をかけるのっちの背中から返事が返ってきた。
「じゃ、次はゆかちゃんの番」
そうだらしなく笑うのっちは、いつもののっちで。
促されるまま、寝台にうつ伏せに寝そべる。
なんだか、調子が狂う。
「だいたい・・・かっしー、ってなんよ」
「受付表の名前。樫野、だったから。下の名前で呼ぶのはマズイかなぁって」
自然と言葉がぶっきらぼうになってしまうのは。
未だ、この状況に戸惑ってるのがあたしだけだから?
「樫野有香さん?」
本名なんて、知らなくったって。
そんなの関係なかったじゃない?
「・・・おーもと、さん?」
「あやの。大本彩乃」
今更、だよ。
そんなの。
今更、何を知ったって、、
もう、戻れないとこまで、来ちゃってる。
「のっちは、、のっちだよ・・・」
「うん、それでいいよ」
ギシっと軋む音。
二人分の体重が寝台にかかる。
「でも、のっちだけ知ってるのはフェアじゃないかなーって思って」
腰に添えられた暖かいのっち手。
だけど、力の入ってないそれは明らかに、、
「ちょ、、のっ、ち?」
「ゆかちゃんは優しく触られるのが好きでしょ?」
「ん、だめ・・・だ、ってば」
明らかにマッサージなんてする気のない手つき。
あたしの輪郭をなぞりながら、徐々に上に上がってくるのっちの手。
「静かにしてないと起きちゃうよ、“あ〜ちゃん”が」
数メートル隣には、静かに寝息をたてるあ〜ちゃん。
愛しい、愛しい、あたしの恋人。
「あー・・・でも、ゆかちゃんは激しいのも好きだったね?」
あたしの顔を覗きこんできたもう一人の恋人は、いつかと同じあの意地悪な顔をしていた。
to be continued...
最終更新:2009年05月30日 23:12