N-side
「大本さ〜ん!」
ライブ会場近くのスタバのテラスに、ここ数日で急速に仲良くなったような気がする人物がこっちに向かって手を振っていた。長い髪をお団子にしていて、古着系なコーディネートは今日ののっちのこの『ライブ用カジュアルコーデ』になんとなく似ている。
その子は席を立って飲みかけのドリンクを手に駆け寄ってきた。近くで見てみると…
「ちっちゃい…」
「へ?大本さん背高いね!」
「う、うん…あ、今日は誘ってくれて、どうもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、来てくれてありがとうございます」
ぺこり、ぺこりとお互いお辞儀。周りから見たらかなり変な光景かも。それにしても想像していたよりちっちゃくてビックリ。150…有るか無いかってくらいかも。小動物みたいで可愛いなぁ。
「かしゆかちゃんが、大本さんが林〇さん好きで優しい良い人って言うから、仲良くなりたいな〜と思って!本当はお姉ちゃんと一緒に来る予定だったんだけど急に抜けられない会議が入ったらしくって…、だから大本さんがいてくれて本当に助かったよぉ」
メールと全く同じことしか言ってないけど、なんか嬉しいな。明るくて元気で人懐っこくて、可愛い良い子。
人見知りなのっちだけど、たくさん話を振ってくれるおかげで気まずくならずに助かるな。そんな感じでライブ会場へと向かう。
日が暮れはじめ、西の空は青と赤の綺麗なグラデーション。昔、学校から帰る途中、あ〜ちゃんと二人で夕暮れを見ながら初めて手を繋いだ日を思い出した。
のっちは手を繋ぎたくてわざと左手は大きくぶらぶらさせてて、あ〜ちゃんは何も気付かず右手をずっとカーディガンのポケットに突っ込んでいて。さりげなく距離をつめてもあ〜ちゃんは気付かないし、やけになって何度か故意にあ〜ちゃんの肘に手をぶけてみたりなんかして。
そして「もう、さっきからなんなんよ!」と怒られてシュンとしていたら、次の瞬間左手を強く握られた。「手ぇ繋ぎたいなら、はっきり言いんさいや」って。あの時は泣きそうなくらい嬉しくて心臓がはち切れそうなくらいドキドキした。遠い子供の声に振り返った時、地面に見えた繋がった二つの影が本当に綺麗な黒で、そして前を向こうとした時にちょうど目と目が合って、あ〜ちゃんはへへってはにかんだんだ。
きっと同じ夕陽を見て、同じ様に子供の声に振り返り、同じ影を見下ろしてたんだね。空は青、青紫、赤紫、赤が地平線に近づくにつれて濃くて切ない。地面には黒、吸い込まれそうなくらい濃い黒。あ〜ちゃんの白い頬は、光を受けて橙色。
それはそれは綺麗で、もうどうしようもなく、愛しくて。
「大本さん、置いてくよ?」
あの日の事、あ〜ちゃんはまだ覚えてるかな?
のっちは覚えてるよ、淡く染まった横顔、橙色が邪魔したけど、それはそれは綺麗な紅だった。
◇
ライブが終了して会場の外に出ると、そこはあの綺麗な夕暮れが嘘みたいなどしゃ降りだった。天気予報は見事に当たった。朝方まで大雨か。興奮を冷ますように、遠くからはゴロゴロと雷の音も聞こえる。
「スッゴい雨だね!通りでタクシー拾おうか」
「そうだね」
「あれ、そう言えば大本さんって、かしゆかちゃんと同じ広島出身でしょ?」
「うん」
「じゃろーとか、じゃけんーとか使わないの?大本さんの広島弁聞いてみたい」
「え〜?使うけど、なんか恥ずかしいじゃん」
「良いじゃん使ってよぉ」
ライブ終わりでテンションが上がってるのもある、趣味が合うってだけで親近感が沸いちゃうってのも確かにある。だけどなんかこの子の場合、何か違った物を感じた。
自分が男だったら、こんな子と付き合えたら良いだろうな、とか。なんていうか、この子といると自然と自分が男っぽくなってる気がして、なんだか妙な気分。だってライブ中も小さいからステージが見えなくてずっとピョンピョン飛び跳ねてたりとか、行動がいちいち可愛いんだもん。
いやそんなこと言ったら行動がいちいち可愛いなんて、あ〜ちゃんにも当てはまるじゃないか。でも何かが違うのは、きっとまだこの子には素を見せていないから。
通りでタクシーを捕まえて二人で乗り込む。最初に目指すはこの子の家。濡れた顔を手の甲でごしごし拭っていると、タオルを差し出してくれた。
「良いの?」
「うん、もう一枚持ってるから」
「ありがと、今度洗って返すね」
窓に叩きつける雨がうるさい。のっちは黙って窓の外を見つめてた。景色は灰色だ。
「そう言えば、大本さんとかしゆかちゃんって、付き合ってるの?」
「え、どうして?」
思いがけぬ質問に内心びっくり。さっきからラジオはノイズばかりでまともに電波を拾いやしない。この豪雨なら当然か。
「なんとなく、そんな噂が流れてたり流れてなかったり?」
「噂、って…勘弁してよもう」
「だったら付き合ってないの?他に付き合ってる人がいるとか?」
「…別に」
「……そっか…、大本さんって、レズ?」
「…分かんない…、けど好きになったのは女の子だった」
「そっか、私と一緒だね」
「え…?この前メールで彼氏いるって、」
「今でもずっと忘れられない人は、女の子なの」
だから気にしないで、別に偏見とかないし、と笑うと、その子の口にはのっちと同じ様な八重歯が見えた。
「告白って、勇気がいるよね」
「うーん…ほうじゃねー」
「あ、今出た広島弁!」
「え、嘘、出てた?」
「初めて聞いちゃった大本さんの広島弁!可愛い〜!」
「可愛くなんかないじゃろ!あ、」
「また出た〜」
告白って、勇気がいる。
ゆかちゃん、のっちも忘れられない人がいます。あの子がいない世界で生きる理由はないくらい、のっちに光を与えてくれる、大きな存在。
そばに居れたら幸せだったのに。
いつしか感情は恋に変わった。
◇12:終◇
最終更新:2009年05月31日 00:06