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次の日目が覚めたら、のっちが隣にいた。
普段は王子様気取りのくせしてこんな間抜けな顔で寝とるよ。
すーすー寝息を立ててる顔を見て、あたしは思わず微笑んでしまう。

体を起こそうとして、自分がのっちの左腕の中にいることに気づいた。
とたんに昨夜ののっちの真剣な声を思い出した。
とても大切なことのはずなのに、なぜか直視できなくて、
あたしは逃げるようにベッドから出た―。


「…ふぅ。仕事は仕事。ちゃんとやらにゃいけん」
自分に言い聞かせるように声に出してみた。
そうしないと自分が保てなくなりそうだった。
声に出すと、自然とスイッチが入った。
控え室のドアを開けると、二人がいた。

「おはよー」
ゆかちゃんが笑顔でこっちを見た。
「お、おはよっ」
のっちは下を向いたままだ。いつもどおりゲームをしてる。
何がおもしろいんかあたしには全然わからん。

「あ~ちゃん昨夜はのっちの家泊まったって?」
…まさか!全身の血が逆流した気がした。
あたしはのっちをにらんだ。
のっちは叱られた犬のように、目を真ん丸くして必死で何かを訴えている。

「もっさんから聞いたけぇ」
ゆかちゃんは雑誌をめくりながらさらっと言い放った。
のっちはわかりやすい。満足した顔でまたゲームをいじり出した。
でもわかる。夢中のふりをしているだけだ。

「うん、そう。このヘタレがぐじぐじ悩んどったけぇ」
あたしの声に耳を澄ましてもじもじしてる。
その様子がかわいくて、一瞬心がぐらついた。

でも考えてはいけない。
のっちがいくら望んでいたって、
今は、ゆかちゃんに見えない角度で手をつないだりはせん。


一人一人別々の撮影。あたしはひととおり撮り終わって、廊下を歩く。
考えない。そう強く心に思い込ませる。
「すきってことぐらい、最初からしっとるよ」
昨夜の自分の言葉。つらそうなのっちの顔を見たら、つい言葉が先に出てしまった。

気持ちは気づいていた。それがうれしくもあったしおもしろくもあった。
真剣に受け止めないようにしないと、何かを壊してしまうかもしれない。
それがとてもこわい。

控え室のドアを開けようとして、中から声が聞こえた。
「だからのちおはあ~ちゃんと結ばれるにきまっとるじゃろが」
ドキっとした。のっちの声は明るい。
「おー言うねえ。昨日はあ~ちゃんにまかせるとか言っとったのにぃ」
「ほうじゃね、まああ~ちゃん次第ってことにかわりはないかもしれん」

「ねぇのっち…ゆたか先生がのちおとくっついたら面白いと思わん?」
ゆかちゃんの声が甘くなった気がした。少し違和感を感じる。
「そりゃおもろいねー」
のっちは何の気もなしに答えてる。あほが。

「のっち最近ようゆかと二人になるじゃろ」
「んーまあ。ゆかちゃんと一緒じゃと気が楽じゃけん。落ち着くよ」
「…そんなにゆかと一緒がいいの?」
「えっ」
明らかに小悪魔におちょくられてるだけじゃ。赤面してるアホの子が目に浮かぶ。
「やだー真に受けてるーw」
ほれみたことか。


「終わったー」
あたしは控え室に入った。私服に着替えないと。
二人はゲームに雑誌に朝と何も変わらない空気だった。

「のっち」
「??」
「着替えるけぇ鍵閉めて」

あたしが会話を聞いてたことなんて、のっちは全然気づいてない。
にこにこしてでも少し苦しそうな顔でこっちを見てくる。
気にしない。
いつもどおりの手順で着替えていると視線に気づいた。

「のっち」
「??」
「見すぎ」
さっきのことがあるから余計に憎い。にらんでしまった。
のっちはまた犬みたいにしょぼんとしてる。


「…あ~ちゃんピノ食べよっ」
着替え終わると、ゆかちゃんが満面の笑顔で寄ってきた。
空気読むのうまいなあ。でもピノ大好き。
「あー!ゆか星でたー!!」
「のっちもー」

「あたし、でんかったなー」
でもピノおいしい。
口の中に広がる甘さで心が軽くなる気がした。
なんでだろう。こんなにおいしいのに、こんなにせつない。


「ちょっとあ~ちゃんのためにピノまた買ってくる!」
ゆかちゃんが出て行って、あたし達はついに二人きりになった。

「あ~ちゃん」
あたしの名前を呼ぶ。
のっちがおずおずと近づいて、あたしの隣の椅子に座った。
さらさらの髪が揺れる。昨夜何度もあたしの顔に触れた髪だ。

「…何怒っとるん」
机の上に両手を置いて、上目遣いで見てくる。ほんと犬みたい。
思わず心がゆるんでしまう。

「…星出んかったけぇすねとるんじゃろ」
「のっちのあげるけー機嫌なおし」
あたしはあまりの見当はずれなセリフに驚いて、思わず吹きだしてしまった。

「そんなことで怒ったりせんわw」
「そうなん?」
「そうよ」
そう言って笑ってみた。

のっちは顔が真っ赤でもじもじしている。
あたしに触れようとしてる。空気でわかる。
伸ばしてきそうなその手をつかんで、あたしは言った。
「のっち、今は仕事中じゃけ、ね」
「…」

つかんだ指先を見た。take me take meっていう指。
ごめんね。でもあたしはのっちをどこへも連れて行けないんよ。


「かんけーないから~」
あたしの思いをよそに、ふざけたふりしてのっちが抱きしめてくる。
そうでもしないと思い切りがつかなかったんだろうなあ…。
ドキドキが伝わってくるよ。

「あ~ちゃん」
あたしの名前を呼ぶ。その声が耳に心地よい。
でものっち、今は仕事中じゃよ。あたし昨夜のこともなんも整理ついとらんもん。

「あ~ちゃん」
のっちがまたあたしの名前を呼ぶ。
緊張して体が固くなって、でも今度は力強く抱きしめてくる。
「なんでそんな冷たくするん?」
甘えたかんじのその声に、とろけそうになる。

「あ~ちゃん?」
そう言って、のっちは体を離した。眉毛が八の字になってるよ。
昨日と同じ匂いがする。心が完全にゆるんで、あたしは思わず言ってしまった。
「ゆかちゃんとかみんなの前で、変なこと口走ったらどうしようって思うと
何喋ったらいいんかわからんくなる」

のっちはまた顔が真っ赤になった。慌ててる。でもすごくうれしそう。
その様子がとてもかわいいのに、でも自分から抱きしめる勇気はないよ。


「あ~ちゃんに冷たくされて、死ぬかと思った!」
テーブルの上に頭を乗っけて、あたしは続けた。
「のっちのこと考えとると、うまく笑えんのよ」

「あ~ちゃんさあ」
のっちもテーブルの上に顎を乗っけた。顔が近いなあ。
「なに」
「かわいいw」

そう笑う顔はあまりにも無邪気だ。
あたしの気持ちちゃんと伝わってるのかな。

のっちはあたしの肩を起こして、頬に唇を寄せた。
私を見つめるその目はいつになく真剣になってた。
これが王子様の目なのかなあ。

髪を触って、耳の後ろに手を入れてくる。
あったかい手が首筋に触れる。もっと触ってほしくなる。

「キスしたいって言ったら、嫌いになる?」
「…」
ものすごいヘタレな発言。でもあたしも今はうまく返してあげられん。
そんな余裕なんてないよ。何も言えなくなる。

「…困ってるのは、のっちも一緒じゃけ。一人で、悩まんでええけぇ」
そう言って、のっちはキスしてきた。
何度も唇を重ねては、あたしの髪をなでてくれた。

最後にぎゅっとされて、のっちはすっかりあたしの王子様になってしまった。
あたしは思わず言ってしまう。
「…もう終わりなん?」
少し驚いて、でもすぐ優しい目になって。
「あ~ちゃんはほんまにツンデレーションじゃねー。見習わんといけんわ」

笑いながらまたあたしにキスを繰り返してくれた。
のっちの匂いが自分に移ってくる。
ずっとこうしていたい。
目の前のやさしい顔を見て、素直にそう思った。


(おわり)






最終更新:2008年10月10日 22:31