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A-side



突然降り出した雨。突然鳴りだした雷。ゆかちゃんからさっき「雨ヤバいから友達の家泊まる事にした」とのメールが届いた。そしてのっちから連絡はない、まだ帰ってこない。
ピカッと光って轟く雷鳴に全身が震えた。あ〜ちゃん雷とか嫌いなんよ、のっち早く帰ってきてよ。

時計を見ればもうすぐ10時。
一人寂しいあ〜ちゃんは、のっちが誕生日にゆかちゃんからもらったお気に入りの羊さんのロッキングチェアに乗って掛け時計と睨めっこ。
のっち遅いな。帰ってくる途中で風に吹き飛ばされちゃったとか?知らないおじさんについていっちゃったとか?それとも、なんとかちゃんて友達と良い感じになってたりとか?いや奥手なのっちに限ってそれは無…


ピカッ!バリバリ!!
「きゃーっ!」


のっちー!アホーどこにおるんよー!早く帰ってきんさいやー!!
今すぐ帰ってこんとこの羊さんがどうなるか分かっとるじゃろうね、ジンギスカン鍋にして食べてしまうんよ、そんな事したらあんた泣き叫ぶじゃろ、それが嫌なら早く帰って…


ピカッ!ゴロゴロ!!
「ひぎゃーっ!!」
「ふおぉっ!」


家の灯りが消えた。停電だ……。
だけどそんな事はどうだって良い、のっちの声がした。のっちが帰ってきた。


「あちゃ〜、停電になっちゃったね、今絶対近くに落ちたわ」
「の、」
「ただいまゆかちゃん、ライブ超楽しかったよー」


あれ、今ゆかちゃんって言った?
玄関で濡れたリュックの水をパンパンと払っているのっちはこっちを見ていないから間違えたんだろう。それに真っ暗だから顔なんて見えないか。
そして停電はまだ回復しない。雨はさらに激しさを増した気がする。なのにのっちがいるってだけで怖くなんかない。羊さんは相変わらずモコモコフワフワで気持ち良いし。


「ねぇ、ゆかちゃん」


のっちはあ〜ちゃんだと気付かずに続けた。


「のっち、今もあ〜ちゃんが好きだよ」


また空が光った。見えたのはのっちの後ろ姿だけ。白かった。消えそうなくらい白くて、光ってた。だけどあ〜ちゃんは身動きが取れなくて、心臓が止まった様な錯覚。いや錯覚なんかじゃなくて絶対止まった。苦しい、息出来ない。
分かってたつもりだった。のっちが自分を今も想ってくれているなんて、ちゃんと知ってた。けどのっちの口からは一切聞かされないし、それは幻でも思い込みにでもどうとでも受け取れた。
でも実際のあ〜ちゃんはというと、のっちを繋ぎ止める為のずるさを身に付けるのに必死でそれすら忘れがちになってしまってたんだ。


「付き合うならゆかちゃんだけど、本当に好きなのはあ〜ちゃんだから」


また窓の外が眩しく光った。
その一瞬、振り返ったのっちと、それをただ見つめていたあ〜ちゃんとの視線が交わった。満足気なのっちの表情は、その一瞬でためらいもなく驚きの表情へと変わった。





「……あ〜ちゃん…、」


のっちの声が震えてる。どうして、なんで、って顔に書いてあるけど最初に勝手にあ〜ちゃんをゆかちゃんだと勘違いしたのは自分じゃん、自業自得よ。
あ〜ちゃんは何も悪くない。あ〜ちゃんはのっちの帰りを待ってただけ。雷に怯えていただけ。こののっちの大好きな羊さんに跨っていただけなんよ。
それなのに、全てのっちのせいなのに、なんであ〜ちゃんを責める様な目で見るの。勝手に好きだと言ったくせに、ゆかちゃんの振りしてたあ〜ちゃんが悪いみたいなそんな目を。勘違いばっか。



だから、あ〜ちゃんもそんなのっちを責めるみたいに見つめて言うよ。




「おかえり、のっち」



それと同時に停電は回復、のっちの髪から滴る水が床に落ちて弾ける。
それすら見えないのは、あ〜ちゃんの目とコンタクトの間に何か視界をぼかす様な物が張り付いてるからだ。
ほら、幻なんかじゃなかったじゃん、と心の中で呟いたら自然と溢れて止まらなくなった何か。のっちの羊さんの頭に滴るあ〜ちゃんの雫。それも弾けて、散らばってく。


告白って、勇気がいる。
そんなのっちの勇気を、あ〜ちゃんは人生で二度も受け取った。今回は不意打ちだったけど、それでもゆかちゃんに言うのだって勇気っているじゃんか。だからこれは告白としてカウントする。
良いんだよ、のっちと恋人同士になりたいだなんて望んでいない。そんな形だけの絆なら要らない、必要ない。大切なのは、一番であること以外に何もない。本当に好きだったら、付き合う事なんて出来ないんだよ。キスもエッチも、触れ合う事も恐怖でしかないんだよ。


だけど涙が止まらないのは、自分のずるさに絶望したからだ。
こんなにずるくて卑怯なあ〜ちゃんを、一番だと言うのっちはどうしようもなくお人好しか、ただのばかちんか。繋ぎ止める為に必死だったんだ、恋人やめようと告げられたあの日から、どうしてものっちを自分のものにしたくて。
忘れた事なんて一度もない、初めて手を繋いだあの日ののっちの綺麗な紅と潤んだ瞳。忘れられないから今がこんなに辛い。やっぱりあ〜ちゃん、


「…嫌いじゃ」


のっちの横をすり抜け部屋に駆け込む。なんであ〜ちゃんなの、のっちはなんであ〜ちゃんじゃなきゃダメなの。あ〜ちゃんは別にのっちでなくても良いんだよ。だけどのっちが良いの、のっちじゃなきゃなんか嫌なの。


もっと強く、あ〜ちゃんを確実に繋ぎ止めてよ。



N-side



横をすり抜けて部屋に駆け込むあ〜ちゃんに、振り向く事すら出来ないくらい、のっちは神経を失ってた。あ〜ちゃんは泣いていた。ただいまの声は震えていた。
そんなに辛いの、のっちがあ〜ちゃんを好きな事が、そこまであ〜ちゃんを追い込んでいるの。ゆかちゃんかと勘違いした事も情けない。今思えば姿なんか見えなくとも、あれはあ〜ちゃんだった。なんてバカなんだ。
どんな人混みでもどんな山奥でもあ〜ちゃんだけは捜し出せる自信があったのに、ライブの興奮のせいで何かが狂った。ごめんなさい〇檎さん、自分の力量の無さを貴女のせいにしてしまいました。


こんな事してる場合じゃない。こーゆー時ってどうすれば良いんだっけ。分かんない、あ〜ちゃんが泣いた本当の理由がちっとも分かんない。付き合うならゆかちゃんって言ったから?だけどそんなの、あ〜ちゃんだって付き合うならゆかちゃんって言ってたんでしょ?
のっちはどうすれば良いの、追い掛けて「さっきのは嘘、付き合いたいのはあ〜ちゃん」とでも言えば良いの?違う、そんな表現なんか望んでいない。それに嘘は吐きたくない。付き合うならゆかちゃん、なんてのっちもなんの考えも無しに言ってる訳ではないんだし。あ〜ちゃんだってそうでしょ?のっちの中では、あの時に全て結論は見えてしまったんだ。
それでも気持ちは変わらなかった。のっちは、あの頃からずっとあ〜ちゃんに恋をしているのに。付き合おうと言ったのが間違いだったんだ、それはもう今さら分かりきった事だったんだよ。


のっちは浴室に向かった。
雨に打たれて、これからまた濡れる。タクシーに乗ってる間、彼女と色々な話をした。のっちとあの子の場合、相手が女の子だったから好きになったのではなくて、好きになったのがたまたま女の子だった、っていうどうでも良いけど大事な話。
女の子同士の恋愛は、境界線が曖昧だ。友達同士でも手は繋ぐしキスする子だっている、恋人同士でもそれと変わらないだろうし。だったらどこまでが友達で、どこからが恋人なのか。大切な友達と何が違うのか。


あ〜ちゃんを自分のものにしたいと願ってしまったのっちは、友達でなく恋人を選んだんだ。目に見える特別な何かが欲しくて、ただ稚拙で分かりやすい絆が。
本当に好きな人とは付き合えないと分かったのは、そんな分かりやすい絆で結ばれてすぐの事。


「…のっちも、だいっ嫌いじゃ…」


涙もこの温かいシャワーのお湯で流されて溶かされていく。
ヘタレでどうしようもない、のっちはずっとそばにいたいだけなんだよ。大好きなあ〜ちゃんに嫌われたくないだけなんだよ。好き過ぎて嫌になる。どうして出会ってしまったんだろ、なんなんだこの運命。


頭が変になりそうだ。
って、もうなってんだった。



◇13:終◇







最終更新:2009年06月17日 11:27