拳から血が滴り落ちる。
あたしのものか、目の前で横たわる人のものか。
混ざりあってるかもしれないな。
いずれにせよ、生きてる証拠だ。
殺しても足りないくらいだけど、こんな奴の為にあたしの人生まで狂わされてたまるか。
一瞥くれて、街にでる。
そもそもなんであたしはあの人を殴ったんだっけ?
はっきりしないあたしのカラダを雨がうつ。
さっきまで燦々と晴れていた空から、大粒の涙。
綺麗だな。まだ明るく晴れてるのに、雨が降ってる。一粒一粒がキラキラ輝いて、街全体をチカチカに染め上げる。
街行く人達が、足早にあたしのカラダを避け駆けて行く。
みんなして何をそんなに急いでいるの?
こんなに綺麗で、こんなに気持ち良いのに。
頭の中か、心の内か
あたしの中にぽっかり空いた大きな穴。
自然と頬を涙が伝う。
あぁ、あたしは悲しいんだ。
なにがそんなに悲しいの?
わからない。
きっとあたしの大部分を占めていたんだろう。
だって、あたしにはもう何も残っていないように感じる。
不意に、携帯が鳴る。
ディスプレイを覗く。一瞬で携帯の画面が薄くぼやけた。
発信者は…〈あ〜ちゃん〉
あ〜ちゃん?
「もしもし?」
『あ、のっち?どこにいるん?』
「どこ?いや、別に…」
『意味分からん。早くうち来て』
うち来て?
うちって、どっちの?
発信者は…<あ〜ちゃん>
どうして?
家の前、チャイムを鳴らすと、中からパタパタとスリッパを履いた足が走る音。
ガチャ
扉が開く。やっぱり…
どうして?
「もぉ、遅い!」
「…あ〜ちゃん?」
「ん?」
あ〜ちゃん?
身に纏う空気、存在までもなんだか今日はミステリアスに感じる。
「…ここは、あ〜ちゃんのうちだよね?」
「どうしたの?おかしなのっちだね」
柔らかく笑う彼女…
あ〜ちゃん?
でも…
だったら…
ゆかちゃん?
さっきの電話は?
ゆかちゃんは…?
「あなたは、あ〜ちゃん?」
「本当にどうしたの?」
「あなたは、あ〜ちゃん」「もう…」
近付いてくる彼女。
あたしの唇に、彼女の唇がそっと触れる。
あたしの知ってる、ためらいがちなそれ。
こちらを窺うような、不安がちなそれ。
あ〜ちゃん?
でも…
じゃあ…
「ねぇ、ゆかちゃんは?」
顔を伏せてしまう彼女。
重たい髪がカーテンの様に彼女の表情を隠してしまった。
「のっち?」
「なに?」
「気持ちは分かるけど、もうゆかちゃんはいないんだよ?」
ゆかちゃんは、いない?
嘘でしょ?
「突然であたしもびっくりしたけど…」
表情は隠れてる。
隠れてるけど…
笑ってる………?
「仕方なかったの。だからのっちも、もう犯人探しはやめて」
右手の傷が疼いた。
顔を上げ、あたしを真っ直ぐにみつめる彼女。
キレイなストレートの黒髪と、重い前髪から覗く黒目がちな瞳。
あたしは知っている。
あなたはゆかちゃんでしょ?
違うの…?
「ごはんにしようよ。のっちは手洗ってきんさい」
それとも…
知っているのは、あなた?
〜end〜
最終更新:2009年06月17日 11:35