N-side
単純にあ〜ちゃんに対する感情が恋だと分かってからは、妙に毎日が楽しく感じた。
朝にあ〜ちゃんが迎えに来てくれる事も(のっちの家はあ〜ちゃんの家から学校への道のりにちょうどある)、お昼休みに一緒にご飯を食べる事も(あ〜ちゃんは他の友達と一緒が良いんだけどのっちがクラスに友達がいないから可哀想すぎるらしい)、一緒に下校する事も(ぶっちゃけのっちが毎日待ち伏せしてる)。その全てが幸せで自分だけがあ〜ちゃんの特別な気がして、それはそれは毎日がキラキラしていた訳よ。
「のっちゃん、クリスマスイブの予定は?」
「ファンクラブのメンバーでクリスマスパーティーをしようって企画してるんだけどさぁ、やっぱり主役がいないと寂しい?みたいな?」
「あ、西脇と樫野も来たかったら来て良いよ」
廊下で見覚えのある様でない様な先輩方に囲まれ、身動きの取れなくなってしまったのっち達。悪い人達ではないのだけれど、あ〜ちゃん達はこの人達の言動にあまり良い思いはしないらしい。今もおまけみたいな言い草だったし。
「のっち親衛隊」「大本命」「N.T.A.」などと言ったいくつもの顔を持つらしいのっちファンクラブとやらは、当ののっちを差し置いて月に一回はイベントを行っているらしい。そして年末と言えばやはりクリスマス、と言ったノリなんだろどうせ。
それにクリスマスイブは決まって三人で過ごすという暗黙の了解。ゆかちゃんの誕生日をこの日に祝って、ついでにキリスト教のお祝いも世間体に乗っ取ってやっちゃいますか、な特別な日。毎年あ〜ちゃんと二人でケーキを作ってゆかちゃんにプレゼントするんだ、今年は何にしようかとゆかちゃんにばれないよう現在も水面下でこそこそやってるし。
「ごめんなさい、のっちその日は用事があるんです」
言ったのは、ゆかちゃんだった。
振り返ると、あ〜ちゃんがゆかちゃんの制服の裾をきゅっと摘んでいるのがちらりと見えた。そんなあ〜ちゃんは、つまらなそうに窓の外の遠くを見ていた。
そこでのっちは気付く。ゆかちゃん、めちゃくちゃ格好良い。その位置がのっちの物だったら良かったのに、そうすればあ〜ちゃんものっち格好良いと少しは思ってくれたに違いないのに。
「あ、そ、そういう訳なんで、ごめんなさい」
のっちは噛み噛みになりながら頭を下げた。なんで自分はこんなにも情けないんだろ、ゆかちゃんが羨ましい。もう一度、ちゃんと確認の意味を込めて振り返ると、今度はしっかりと手を繋いでいた。
ほら、やっぱりだ、見たくなかった、見なきゃ良かった。自分の情けなさを再確認する。
その日の放課後、ゆかちゃんは委員会があるとかで一緒に帰る事は出来なくて、あ〜ちゃんが二人で下校した。ゆかちゃんの誕生日プレゼントやらの密やかな打ち合わせもあったのでちょうど良かったんだけどね。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに、口が勝手に動いたんだ。本当はゆかちゃんにあげるケーキの話をしたかったんだ、なのになんでなんだろ。
「あ〜ちゃんって、ゆかちゃんのこと好きなん?」
「そりゃあ好きじゃ」
「その、友達として、とかじゃなくてさ」
「のっち何言ってんの?」
「だからぁ、あ〜ちゃんがゆかちゃんを好きになったらそれってレズじゃん、あ〜ちゃんもゆかちゃんもなんか怪しいってゆーか。まぁ女子校は良くあるらしいけど、」
「…なんなんのっち、さっきからキモい」
「いやそれはだから例えばの話であって、」
「あ〜ちゃん別に同性愛に偏見とかないし」
「え、」
「だから、別に好きでも良いじゃろ、のっちって意外と頭固いんね」
それからあ〜ちゃんは、黙りこくるのっちに、海外じゃ同性婚が認められている国があるだのと仰天ニ〇ースで見たらしいネタを例のマシンガンでまくし立てた。のっちはただ小さくなるばかり。
「別に…偏見あるとかじゃない」
数分後にやっと出た言葉がコレ。本当に情けなくなって、今度は本気の涙が出てきた。
突然ののっちの涙にあ〜ちゃんは慌てふためいて、街角で配布されていたであろう携帯会社のポケットティッシュを差し出してくれた。それを受け取って子供みたいに目を擦る。手首を掴まれて、ゆっくり目を開けると、なんでか泣きそうな顔をしたあ〜ちゃんが覗き込んでいた。
「そんな擦ったら、目が腫れちゃうよ」
「……うん」
「なんで泣いとるんよ、あ〜ちゃんが泣かせたんじゃろ、何が嫌だったんよ」
「…あ〜ちゃんに嫌われた」
「嫌っとらんわ、あ〜ちゃんのっちのこと大好きじゃ」
「のっちも…好き、…大好き」
慰めてくれた事が嬉しかった。
あ〜ちゃんが必死にのっちを泣き止まそうとしてくれる事が、嬉しくて、悲しかった。偏見は無いとか言うくせに、のっちがあ〜ちゃんのこと愛してるって告白したらビックリするくせに。気持ち悪いから友達やめるとか、もしかしたら言うくせに。
知ってるんだよ、昨日も帰り道でのっちと別れた後に知らない学校の知らない男子から番号聞かれてたでしょ。二階の窓から少し見えたんよ、赤外線のやり方が分からんから、っていつもの方法で断ったんでしょ。
のっちが男の子だったら、あ〜ちゃんと恋人になれたのかな。単純に恋愛が出来たのかな。あの両親の遺伝子があるけん、のっちは背が高くて顔も悪くないと思うんよ。あ〜ちゃんの大好きな少女漫画を読んで王子様っぽいセリフも勉強するし、ブイネックにスキニー履いて黒縁メガネもかけるから。
だから、
「…のっち男の子が良かったな」
そう言うと、あ〜ちゃんは涙を堪えるみたいに手の甲で鼻を押さえた。目は赤くて今にも涙が溢れそうなくらい潤んでいて。
きっとこの涙に意味はない。ただのっちの泣き顔に耐性がついていないから、もらい泣きしちゃってるだけなんだ。あ〜ちゃんを泣かせちゃダメだ、大好きな子を悲しませちゃいけない、だけどもうなんか嫌になった。
あ〜ちゃんが好きなのは友達ののっち、ゆかちゃんの事は…後々冷静になって考えると、きっと変なのっちがうざかったから何か言ってやろうと思ったに違いない。そうでなければあんなやけくそ発言なんてする訳がないし。
一生このままあ〜ちゃんの友達でいられる事で十分なのに、もしあ〜ちゃんに彼氏が出来たら、とか色々考えると息が出来ないくらいしんどくなる。
のっちの恋は確実に本物のそれに近付いていった。嫉妬やヤキモチなんかも一丁前にしてみたり、理想ばっか頭に浮かべて少年みたいに妄想を膨らませて毎晩眠れなかったり。
だけど現実はシビアで、あ〜ちゃんと恋人同士になれる気配なんてちっともない。だったら諦めよう、そうしよう。一生友達でいられるように全力を尽くそう。もうあ〜ちゃんの前でこんな意味の有る涙は流しちゃいけない、これで本当に最後にするから、もう二度とあ〜ちゃんを想って泣いたりなんかしないから。だから許して神様。のっちの太陽を奪わないで下さい。
「のっちは、女の子を好きになった事ある?」
「…」
首を横に振った。久しぶりにあ〜ちゃんに嘘を吐いた。ばれたらいけないと思ったから、顔を上げる事は出来ない。
「あ〜ちゃんね、可愛い女の子が大好きなんよ、アッ〇ーナとかヤバイ可愛いし、もうめっちゃ好きなんよ」
「…知ってる」
「自分が男だったらあんな子と付き合いたいなーとか思うけど、実際あ〜ちゃん女じゃん?付いてないじゃん?」
「…付いてないね」
「だからね、別に関係ないと思うんよ、女の子同士でも全然有り!」
「…話が飛んでよく分かんないんだけど」
「つまり、ね」
あ〜ちゃん、好きな女の子がいるんよ。その言葉にのっちの頭のネジはぶっ飛んだ。頭がパーン!て、まるでパーン!て風船が割れたみたいな、真っ白で、何も無くなった感じ。
涙は止まってあ〜ちゃんを見つめる、嘘みたいに耳まで真っ赤にしていた。のっちと目が合うと、可愛くはにかんだ。のっちが大好きなあの笑顔だ、ヤバイ、可愛過ぎて死にそう。
「好きな人って誰、のっちの知ってる人?」
「うーん、どうじゃろうね〜」
「教えてよあ〜ちゃぁん!」
「その人はめちゃくちゃ可愛いんよ、アイドルなんかよりよっぽど可愛いんよ、どんな芸能人よりも可愛いの、まぁ中身はちょっと残念だけど、そのギャップも可愛いというかね」
「…そこまで可愛い子いたっけ…?」
「おーるーのー!」
「ゆかちゃんは知ってるん?」
「多分知らんのじゃない?」
思えばこの時、あ〜ちゃんは何度もその子の名前を言おうとしてやめた。風の様に走って、追い掛けるのっちから逃げるみたいに、だけど包み込むように。
何度も振り返っては、のっちが大好きなあのはにかんだ顔をすんのは本当にずるい。
もう、大好き。
◇♯:終◇
最終更新:2009年06月17日 12:21