「あ~ちゃんなんでゆたかにアドレス教えるんじゃー!!」
ライブが終わった後の楽屋。まだなんか興奮してる。
妬ける。まじで妬ける。笑いながら二人が言う。
「その方がおもろいじゃろ」
「そうよ、のっちはなんもわかっとらんねえ」
ステージ用のメイク。あ~ちゃんはキラキラしてる。まるでお姫様だ。
舞台袖で見せる緊張からは想像もつかないほどの魅力で、
あたしはつい気後れするぐらいだ。
アトマイザー劇場だって、あんな笑顔するんだもん。
現実とは違うってわかってても。つい感情移入してしまう。
…初めてのちおを舞台でやらされたとき、
好きな人ができたかもしれなかった。あの感情は。
初めて抱きしめたとき、思いは確信に変わった。
あ~ちゃんの甘い声をきくたび、理性を失ってしまう。
ただただうれしくてどきどきして。ただただ触れたい。
あのとき、あ~ちゃんはそんな私を受け入れてくれた気がした。
「のっちのこと考えとると、うまく笑えんのよ」
あ~ちゃんの言葉を思い出した。
…どういう意味なんだろう。
「最近よくぽーっとしてるよね」
帰りの車の中。かっしーがぽつりとあ~ちゃんに言った。
「そうかねぇ。別に普通じゃよ」
確かに。あ~ちゃんは最近ぽーっとしている時間が増えた。
この半年くらい急に忙しくなったのもあると思うけど、
それだけじゃないのかな。
あたしは窓から外を見た。初めてキスをしてから、一週間が経ってる。
あ~ちゃんはあたしを避けたりはしない。
いつもと変わらず接してくれる。
でも、なかなか、二人きりになろうとはしなかった。
『最近よくぽーっとしてるよね』
家に着いてからメールしてみる。
拒まれなかったことがどれだけしあわせかってことはわかってる。
でも足りないよ。
『何言っとるん。そんなことないけぇ。いつも機嫌よく笑ってないとめんどくさいん!?』
明るい調子だ。会いたい。
もしあ~ちゃんがここにいたら、メールなんかしなくてすむのに。
『んなことないよ でも悩んどるんじゃないかって』
『あ~ちゃんは悩むことがおおいけぇ、心配はいらんよ! はよねんさい』
相手の真意がわからない。もどかしい。
初めてキスする前、あ~ちゃんもこんな気持ちだったのかな。
好きでいることは苦しい。メールしたのに、こんなにさみしい。
「のっち」
いつの間にか気持ちよく眠ってた。鳴った電話。
あ~ちゃんの声だ!
「…どうしたの??」
「どうもせん、でも…」
「のっちに、電話しようか思いながらやっぱりやめよう思ってから」
「じっとケータイ見とったら、ついかけちゃった。」
寝起きでぼうっとしてるから、余計に甘く響く。
「どうもせんて、なんかあったからかけてきたんじゃろ」
「なんもないもん」
もう2時だ。
『一人で悩まんでええけぇ』
あのときそう言ったものの、どうしたらいいのかわからない。
あ~ちゃんの悩みが、自分とのことなのかすらわからん。
「のっち」
かわいい声だ。呼ばれたら思考が止まってしまう。
「うん?」
「…名前、呼んで?」
顔が真っ赤になるのがわかる。そんなん言われも…なんて呼べばいいんだろう。
「…あや、か?」
「そこは本名なんじゃ」
あ~ちゃんが笑う。
「…なんとなく」
「うん、ありがと」
「それで、ええと、何を言ったらいいんかようわからん」
「なんもいわんでええんよ、ありがと、おやすみ」
あ~ちゃんはそう言うと、電話を切った。
声からじゃ様子はわからなかった。
ありがと、だなんて。
「のっち」
あたしを呼ぶ声。耳に残る。
もーだめだ。我慢できない。
気がつくと、あたしはあ~ちゃんの家まで自転車を走らせてた。
夜風が気持ちいい。でもきっと、来られても困るんだろうな。
あれから一週間も経ったのに。何もない。ゆたか先生とか言いよるし。
おまけにかぼそい声で電話もしてくるし。
あ~ちゃんの考えてることがよくわからん。
坂を上ってしばらく進む。見えてくる。何度か行ったことのある家だ。
あ~ちゃんの部屋には明かりがついてた。
「もしもし。今、下に来とるよ」
「・・・!」
「なんでそんなことするん!」
怒られた。汗が乾く。テンションが一気に下がるよ。
そりゃそうだ。こんな遅くに実家に来られても。困るだろうな。
しょうがない。そう思って帰ろうとしたとき、玄関の扉が開いた。
奇跡みたいに。あ~ちゃんがいる。パジャマをきて、かみがふわふわしてる。
右手でしーっという手つきをして、左手で手招きする。
あたしはその手招きに応じた。
久しぶりに見たノーメイクの顔は、高校生の頃を思い出すようなあどけなさが残ってた。
眠そうなまぶた。やわらかそうなほっぺた。
普段のお姫様もいいけど、素のあ~ちゃんの方が好きだな。
部屋に入ると、小さなテーブルの前に二人で座った。
ベッドにもたれながら、あ~ちゃんが困ったように笑う。
「あんたなんできよるが」
「我慢できんかった」
素直に言ってしまった。そう、君の声が頭から離れなくて。
「仕方のない子じゃねえ」
また困った顔で笑う。ふわりと髪がゆれた。
「ちょっと、ごめん」
あ~ちゃんを目の前にすると、あたしは気持ちが止められなくなる。
一週間ぶりに抱きしめたら、甘い匂いがした。とってもやわらかい。
「…勝手に夢に出てこんでよ」
突然、あ~ちゃんが言う。
「せっかくはようにねたのに、眠れんくなるよ」
甘えた声。
脳がしびれてて、やわらかい髪が触れるたびに頭は真っ白になった。
すきだ。パジャマの生地が薄いから、よりいっそうやわらかく感じられる。
「ほじゃけえ、のっちがあんなことしてからに、悩んどるんじゃないん」
「…」
「だから、なんかその、ごめん」
抱き合ったまま、少し沈黙が流れる。小さな声がした。
「…のっちは、謝らないかんような気持ちなの?」
あまりにも心外で、びっくりした。
「そんなことないよ!」
あ~ちゃんは人差し指を立てて、あたしの唇に押しつけた。
「しーっ あんまり大きい声だすとみんな起きるけぇ」
なんでだ。指まで甘い匂いがする。
思わず唇を動かしてはむはむしてしまう。
「かわいいね」
斜め上から。あ~ちゃんは笑う。すっかり安心してしまうよ。
あれ。なんだか立場が逆だ。
そこからどうして今キスをしてるのか、記憶がとんでる。
衝動。破裂しそうな心臓。体が勝手に動いてしまう。
しばらく触れてなかったせいか、なかなか止まらない。
あ~ちゃんの耳。髪。おでこ。首筋。
甘い。食べたい。
「んっ・・・」
あ~ちゃんが息をもらす。初めて聞く声。せつなくって甘い。
体中の熱が上がっていくのが自分でもわかる。もっと聞きたい。
突然、あ~ちゃんがあたしの手をつかんで、引き離そうとする。
でも止められるわけなかった。
「のっちっ…」
「…」
もう一度首筋にキスをする。また同じ声が出る。ああ。もっと聞きたいよ。
わかりやすい反応に、こみあげてくる愛しさとうれしさで、
同じことを繰り返してしまう。もうここがどこかもわからない。
「…って、こらっ」
あ~ちゃんの声の響きが変わった。一瞬神経がつながって正気に戻った。
なんでなんで突然。もっともっと。
「もう、あんたここがどこかわかっとるん」
「…」
「ちょっと、目覚ましんさい」
あ~ちゃんにばしっと頭を叩かれた。
口調はこわいけど、目はやさしい。急に恥ずかしくなる。
「ごめん、なんかその」
「ほんっとにこの子は…いけん子じゃねぇ」
ほっぺたをつねられる。
「あ~ちゃんどうしよう」
「なにが」
「…全然痛くない!」
あ~ちゃんが笑った。その笑顔だけで、あたしはもうしあわせでいっぱいだった。
(おわり)
最終更新:2008年10月10日 23:02