side.K
暗くなった部屋。
電気もつけずにどれくらいの時間こうしてたんだろう。立ち上がろうにも、気力がない。大体少しでも行動をしてしまえば、嫌でも気付く。気付かされる。
なにかを思うのならいい。
なにかを探すのならいい。
でも、そうじゃない。それすら許されない。
今あるのは、完全な虚空。
疑問すら持てない。それくらい一方的だった。
あたしの知る限り、恋愛がおしまいに向かうには、段階がある。
些細なすれ違い、微妙な考え方のズレ、飲み込めない小さな不満。
あげはじめたらきりがないけど、そういったものを少しずつ積み重ねて、収拾がつかなくなった時に訪れる。それはお互い気付くし感じる。妙な納得の上に、成り立つ不思議がある。
今まではそうだった。
熱したものは必ず冷める。仕方のないことだ。
だから分からない。
あたしとあなたの温度の違いは一体なに。
いつの間にそんなに熱されて、いつの間に冷めてしまったの。
それとも、なにか致し方無い理由でもあったの。
それならそれで、言ってくれれば良い。
あなたが優しいのは知ってる。
これが一番あたしを傷付けない彼女なりのやり方だったであろうことも想像がつく。
でも……
それでも、疑問くらいは持たせて欲しかった。
なにを言われたって、あなたの言うことなら聞いてあげられる。あたしはそんなに子供じゃない。
こうまで分からないと、悔しいじゃない。
ずっと一緒にいたのになに一つ感じ取れなかったなんて、悲しいじゃない。
考えなんてひとつも浮かばない。
原因なんてひとつも分からない。
考えられないことを考え始めた頃、泣き疲れることにも疲れたあたしは、カーテンを開けた。
ほらね。動くんじゃなかった。気付かされるって、気付いてたのに。
人工的な光とビルの天辺で光る目障りな赤いランプ。
狭い空に浮かんだ月は、なんとも気の利かない歪な形をしている。
なにもかもに負けてしまって、遠慮がちに淡く黄色く。
カーテンをそっと手に取る。部屋の印象に合わないからって、ワガママ言ってのっちに替えてもらった、ライトブルーのカーテン。
あたしが頼めば、のっちはなんだってしてくれた。仕方ないなぁって、呆れた様に笑って。
今更気付く気付かないの問題じゃない。
この部屋に、彼女とのことを思い出さないものはひとつもなかった。
side.A
ただ黙って時が過ぎるのを感じるだけ。
簡単な質疑応答も行われない、冷えきった空気。
フロアで演奏していたバンドはいつの間にかいなくなって、色んなものを持て余した人々も疎らになった。
残るは、今日眠りにつく為にパートナーを探す、少しの切なさを纏う人達だけ。
静かになった店内。
カウンターに腰をかけているのは、あたし達だけになっていた。
さっきからのっちは、頭をもたげて微動だにしない。
それでも、ジーンズにできた黒い染みにはすぐに気付いた。
「……いくね」
のっちは僅かに頷いて、それに応えた。
カウンターに一枚の紙切れを置いて、あたしは席を立つ。
苦しそう。辛い想いをしてる。辛くないはずがない。あんなに好き合っていたんだから。
きっと今この時も、愛しているのはあの子だろうに。
のっちは出している。
助けてのサイン。
それでも、あんなこと言ってしまった手前、今更優しい言葉はかけられない。
あたしは不器用だから。
順序を間違えたよ。
まずは、優しく寄り添ってあげればよかった。
「じゃあね」
足取りが、思ったより覚束ない。
ちゃんと家まで帰れっかな。のっちの言うこと、ちゃんと聞いとけばよかった。
「大丈夫?」
肩を触れる、不快な手。
「危なっかしいなぁ、送ろうか?」
慣れた台詞。
こんな時には、高いヒールを履いて来たことを後悔する。
なんでこんなの履いて来ちゃったかなぁ。歩きにくいったらありゃしない。
「悪いけど間に合ってる」
手を払いのけ、顔も見ずに出口へ向かう。
苛立ってるからではない。あたしに断られたその人の、寂しい表情を見たくなかったから。
重い扉を開ける時、一度カウンターを振り返った。
一番奥の席にいるのっちは、死角に入っていて見えなかった。
いつの間にか外は明るくなり始めている。
仄暗い小階段に太陽の光が差し込み眩しい。
こんな場所にいつまでもいるもんじゃない。
外の世界が、明るくなっていることにすら気付けない。
side.K
いつの間に眠ってしまったんだろう。
目が覚めたあたしが捉えた光景は、無機質な白い壁。
寂しくてまた涙がでる。
どれだけ泣いても、泣きたりない。
染み付いてるよ。右側を向いて眠る癖。
あなたがいるはずの其処に、あなたはいない。
いつもはまだ眠ってるはずのあなたの代わりに、冷たい壁があたしを迎える。
おはよう。起きて。いつもならそう言ってあなたの髪を触れたのに。目を覚ましたあなたは、すぐにあたしにキスをくれたのに。
そっとベッドの上で腕を滑らせる。
いつも感じた温もりはもちろんなくて、冷たいシーツがあたしの腕と心を冷す。
逢いたい。
ねぇ、あなたは今どうしてるの。
同じ様に泣いてるの。
一人眠るのは、寂しくないの。
あたしはどうやったって、暫くベッドの中心では眠れそうにない。
また込み上げてくる涙。
我慢の仕方も忘れたよ。
泣き虫だなぁって柔らかく微笑んで、頬を拭ってくれる人はもういないのに。
あなたが替えてくれたカーテンから漏れる、太陽の光。
カチコチと単調な音を鳴らす、二人で選んだトーン記号の形をした壁掛け時計。
いつも順番に使ってたドレッサーの上には、二人で旅行に行った時の写真。
あたしは呑気な顔して笑ってる。
ひとり。あたしは今、ひとりなんだ。あたしはひとりになっちゃったんだ。
呼吸するのも苦しくなった頃、チャイムがなった。
誰だろう。とてもじゃないけど、人前に出れる状態じゃないのに……
それでも、もしかしたらって考えてしまうあたしは、救いようがない。
また、落胆を味わうだけなのに。
〜続く〜
最終更新:2009年07月17日 21:47