side.N
一歩外に出てしまえば、目を刺す朝の光が不快。
さっき飲んだ、口に残るホットココアの甘ったるさも不快。
一々人の多いこの街も、不快。
じゃあなんであたしはまだこの街にいるんだろう。
さっさと消えればいいものを。とは言っても、今更行きたい場所も帰りたい場所もない。
強いて言うなら、過去に帰りたい。全部が順風満帆で、三人一緒に走り続けた過去に。
心底嫌になる。
未来から呼ばれたって、今のあたしは動けない。
今頃、彼女の部屋に二人でいるのだろうか。
いつもみたいに泣きじゃくるゆかちゃんを、いつもみたいにあ〜ちゃんが抱きしめてるかもしれないな。
殊更不快には感じない。
それこそ、今更だ。
あ〜ちゃんも昔からお節介だよね。一番忙しいくせに、あたしたちの事にまで手を出そうとする。
それはなにか、哀しくも感じる。
彼女は必死になって、守ろうとしているように見えるから。
三人が離れ離れにならないように。あたし達の活動が終わる時も、一人必死にそうしていたように。
無理なんだよ、あ〜ちゃん。
変わらないことなんて出来ない。
変わらないものなんていうのは、ひとつもないんだよ。
いつかは変わらなくちゃいけないんだ。
あの頃確信していた想い。三人の間に感じていた絆とか信頼関係とか。
今思えば、夢だったんじゃないかと思う。
状況が作り出していたに過ぎなかったのかな。
だって、あたし達の気持ちは、こんなに簡単にバラバラだ。
一人になったって歌い続けているあ〜ちゃん。
新しい道を歩き始めているゆかちゃん。
あたしだけ、動けない。
もともと得意じゃないんだよ。なにかを見つけるのも、なにかに一生懸命になるのも。
だからあたしは、そんな自分が大っ嫌いなんだ。
もしかしたら、あたしだって必死にすがりついてたのかもしれないな。
置いていかれないように。
一人にならないように。
どんな形であれ、どうにか繋がっていたかったのかもしれない。
繋がっているように、感じていたかったのかもしれない。
例えそれが、錯覚に過ぎなくても。
自分も彼女も、騙すことになる事を、気付いていながら。
なんだって良かったんだよ。
最低だけど。今思えばその対象だって、どっちでも良かったのかもしれない。
side.K
静かな部屋に響く、時計の秒針が振れる単調な音。
振り幅の大きかったあたしの心の中も、自然と一定のリズムに導かれる。
ふとあ〜ちゃんの顔を覗くと、少し眠そうにしていた。それでもあたしの背中にまわされた腕に、ひどく安心する。
「ごめんねあ〜ちゃん。せっかく来てくれたのに」
「ううん」
「もう平気だから。今日仕事でしょ?」
「うん」
「あたしも、今日は仕事行くから」
大丈夫?
そう言いたげなあ〜ちゃんに微笑みで応える。
大丈夫じゃないよ。
大丈夫な訳ないじゃない。
それでも、この部屋で踞っているよりは仕事でもしていた方がよっぽど良いよ。
自分の部屋なのに、ただ泣くにはこの部屋は少し辛すぎる。
訳もわからないのに涙を流すことにも、疲れた。
「あ〜ちゃんは今日は何の仕事?」
「歌番組の収録」
「そっか。頑張ってるね」
「納得いかん」
「え?」
「のっち」
「ああ……」
「あ、いや……ごめん」
「ううん」
ゆかちゃんの前で言うべきじゃなかったね。
そう言ってあ〜ちゃんは立ち上がった。
あたしの方が納得いってない。そう思ったのかな。
納得いってないのかな。
わかんないや。
あたしは、自分に自信がないから。
あたしに問題があったんだとしか思えない。
のっちが悪いんだとは、どうしたって思えない。
「お風呂借りてもいい? 昨日はのっちのせいでオールじゃったけぇ」
「うん、使って。お湯は張ってないけど」
「うん。シャワーだけ使う」
「タオル用意しとく」
「ありがと」
一人じゃないって安心するな。
こんな時は、誰かに一緒にいてもらえるだけで随分救われる。
たった数分でシャワーの音が止む。
バタバタとあ〜ちゃんが出てきたと思ったら、忙しなく準備を済ませあっという間に仕事に向かうらしい。
昔ツアーで作ったTシャツに、ジャージ。
思わず笑った。うちで寝るつもりだったのかな。
その恰好で行くつもり?
「なに笑っとるん」
「あはは、ごめんごめん」
「のっちのせいじゃ」
本当は夜のうちに着ていた服洗おうと思ってたのに。
そう言って顔を赤くするあ〜ちゃん。
そそくさと玄関に向かう。その背中についていく。
「わざわざありがとね。忙しいのに」
おかげで、少しだけど楽になった。笑えたし。
ドアに手を掛けたあ〜ちゃんは、振り向かずに一言呟いた。
「ごめんね」
意味は分からなかった。
side.A
一人の楽屋にも慣れた。
一人で歌うのも、トークするのも。
それでも、願わないことはない。
あたしの隣に二人の笑顔。
いつまでも、ずっと。
そんなの夢物語だなんて分かってたよ。
それでも願ってたんだ。
本気で、少なくともあたしは大真面目だった。
そんなの不可能だってことは気付いてても、そうじゃなきゃ三人変わらずにいることも不可能だったから。
本当は分かってたんだよ。
仕方がないことなのに、こんな気持ちになるのはどうしてだろう。
自分の無力さに腹が立つし、のっちの無感動さにも腹が立つし、ゆかちゃんの弱さにも腹が立つ。
なんでなんとかしようとしないの。
三人一緒にずっと笑ってようって約束したのに。
どうしてそんな簡単になにもかも止めてしまうの。
こんな気持ちは、ただのエゴだって分かってる。
結局あたしは、のっちもゆかちゃんも自分の思い通りにしたいだけだ。
自分勝手な理想通りにしたいだけ。
それでも、あたしは本気で願ってたんだよ。
きっと三人ならできるって信じてた。
上辺だけのトークを終え、薄っぺらいラブソングを歌う。
大好きなはずの歌を歌うことが、こんなに味気なくなってしまったのは一体いつから?
どれだけ機械でイジられようが、エフェクトかけすぎで誰が歌ってるんだか分からなかろうが、三人一緒にやってた頃は、文句言いながらも全身全霊込めてやってた。
楽屋に戻ったあたしはすぐに携帯を手に取りダイヤルした。
多分出ないのは分かってる。昔からの習性はそう簡単には変わらない。
味気ない機械音を確認した後、スタジオを出てタクシーに乗る。
代わり映えしない景色。
いくらでもあるんだよ、探せば。探さないだけで。
そうじゃなきゃ、あたしは歌なんて歌わない。
沢山の人が行き交う国道の上に、遠く続く赤と白のライン。
ビルの隙間から見える、いつの間にか肩身の狭くなった東京タワー。
星ひとつ見えない、寂しげな空。
どれもこれも、そんないきなりは変わらないじゃない。
ラジオから流れてきたのは、往年の名曲。小さい頃から何度も聴いた、甘いラブソング。
目的地についたあたしは、一目散に彼女の部屋の前まで走る。
今度は躊躇いもしなかった。
見慣れたドアの前。
インターフォンを押して、あたしは住人に来客を告げた。
〜続く〜
最終更新:2009年07月17日 22:49