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side.A


特に驚くでもなく。
なにか反応を見せるでもなく。
さも当然の様にドアを開け、無表情を見せるのっち。
なんか言ってよ。
あまりに予想外なその対応に、思わず後の足を踏む。
返事の練習しかしてこなかったよ。
まさか無言で出迎えられるとは思ってなかったから。
会う前に幾ばくかの居方を考える。
そんな自分が、ひどく悲しかった。
そんな風な関係になってしまったことが、寂しかった。
そんな思考を繰り広げていた数十分前の自分が、許せなかった。

暫く呆然と立ち尽くしていると、痺れを切らしたのっちに声をかけられた。

「なに?」
「あ、あの……寝てた?」
「は?」
「あ……じゃなくて、えぇっと」
「どしたのあ〜ちゃん」

またあの嘲る様に顔になった。
人間本質はそう変わるものじゃないのかもね。
もともとのっちはこういう子だ。
口数は少ないし、突き放す様な空気を纏ってるし。

少し前までは、犬っころみたいに引っ付いてきてコロコロ表情変えてさ。
おかしなことばっか言ってはみんなのこと笑わせてくれたのに。
本当に同一人物だろうか。
なんか巡り巡って笑えてくるよ。
わざわざそんな邪険にしなくたって良いのに。

頭の回転だって、あたしよりよっぽど良い。
もう面倒だ。つまらないやり取りはやめた。

「話があるから入れて」
「……いいけど。今うちなんもないよ」
「別になんもいらん。のっちがおったら話はできる」
「んじゃ、どうぞ」

のっちはドアを開いてあたしを招き入れてくれると、ボサボサの頭を掻きながら暗い部屋へ進んで行く。
やっぱり起きたばっかりだったんだね。

「顔洗ってくるから。適当に座っといて」
「うん」

驚いた。
のっちの部屋が綺麗に片付いてる。
のっちも少しは成長したのかな。
そんな考えも束の間、理由はそんなことじゃないことに即気付く。
物が少なすぎる。
開け通しにしてある1LDK。
白い壁にフローリング。
黒いカーテン。
黒いラグと黒いソファ。
テレビとゲーム。
黒いベッド。
おしまい。
余計なものは一切ないどころか、シェルフのひとつも置かれていない。
時計もない。テーブルすらない。
世の中から少しハズレた様な雰囲気に、幾分恐怖を覚えた。
この部屋で、一人閉じ籠って、一体彼女はどんな生活を送ってるんだろう。

立ち尽くしていると、後ろからの声にビクッと体が固くなった。


「話っていうのはさ、どうせゆかちゃんとのことでしょ」



side.K


仕事に打ち込めば気が紛れると思ってたけど、考えが甘かった。
というより、ちゃんと頭が働いてくれてない。
あたしの勤めている古書店には、滅多に客は来ない。
打ち込む程の仕事はないんだったよ。
向かいにあるフラワーショップには、ひっきりなしにお客が飲み込まれていくのに。

古く草臥れた店構え。
立て付けの悪い横開きの入口。
店ごと傾いてる気がするのは気のせいかな。
六坪程の小さな店内の隅、あたしはいつも其処に座布団を一枚敷いて本を読んでいる。
何十冊もある古い写真集。
手当たり次第読んでもまだ山の様に並んでいる。
写真好きの店主は、裏で丸くなってテレビに耽っている。
いつか自分の写真をまとめて本にしたい。そういうあたしを優しく応援してくれた、あったかい人だ。
カウンターにはカメラと写真。そして手には日本百景。
いつもならこれだけでとても幸せな時間を過ごせてたのに、今日はダメだ。
思い出しては泣きそうになり、仕事中だからと自分を戒めては、また泣きそうになる。
今頃なにしてるかな。
そんなことばかり考えてしまう。


ボーッとしてると、物凄い音に驚かされた。
凡そ入口が開いたとは思えないけたたましい音と共に、一人の若い男性が入ってきた。
いらっしゃいませ。そう言うとこちらを向き軽く会釈してみせる。
服装と投げやりな感じが、少しだけ彼女に似ている。
初めてだな。
若いお客さんは。
大概この店に来るのは、昔からの馴染みか、物好きな中年だから。
暫く観察していると、一冊の本を手に取りカウンターに向かって来た。
カウンターって言ってもただの木製のテーブルで、古いキャッシャーが置いてあるだけだけれど。あとカメラと写真。


本を受け取る。
あ、これあたしが先週読んでたやつだ。
値札のシールをみて値段を確認する。
昔から思ってたけど、紙表紙の本にシールは貼らんほうがいいと思うんよね。
「ありがとうございます。380円です」
「写真、お好きなんですか?」
「え?」
「それ」
ああ。
彼の指差す方向にはカメラ、写真、写真集。
これで別に好きじゃないって言ったら、それは嘘だよね。
「ええ。趣味みたいなものですけど」
「僕も好きなんです。写真を撮るのも、見るのも」

嬉しそうに話す彼は、なんだかキラキラして見えた。
いいな。今のあたしにはできない表情だ。
笑うと顔がくしゃっとなる。
「実は前々からお見掛けして気になってたんですよ、あなたの事」



side.A


ゆかちゃんのことでしょ。
そう言ったのっちは面倒そうにベッドに腰掛け缶ビールを開けた。
お風呂上がりに缶ビールなんて、似合わな過ぎて笑える。
昔からののっちを知らない人は、この子をそういう子なんだと思うのかと考えると、許せないし少し勿体無い気もした。

「ゆかちゃんのことは取り敢えず今は忘れて」
「……どうしたの?」
「あ〜ちゃんがなんとかするけぇ」
「なんとか?」

またのっちが笑う。
すっかり板に付いた、人を馬鹿にした様な冷めた笑い。

「もう関係ないんよね?」
「……うん」


冷えきった空間。
冷めた微笑み。
時間も温度も感じない静かな部屋の中。
あの頃より少し伸びた髪の毛と大人びた顔立ち。
薄く笑う彼女は、憎たらしい程に美しい。
それは触れるのも恐いくらいに。


あたしには考えがある。
何年も閉じ込めていた想いもある。

「今はのっちは誰のものでもないんよね?」
「もともとあたしは誰のものでもない」
「じゃあ、あ〜ちゃんのものにしてもいいんよね?」
「……話聞いてる?」


大きな瞳で睨まれる。
そんな表情すら綺麗で、冷めた部屋の中あたし一人で熱を帯びていく。


考えもあるし想いもあるし、気付かれてるのも分かってる。
でもあなたが気付いていないふりをするのならば、あたしはあなたが気付いていることを気付かないふりをするよ。

「抱いて」
「は?」
「いいでしょ。別に今なら誰となにしたって」
「ゆかちゃんを貰うんじゃなかったの?」


また、笑う。
冷たく、美しく。
平気な顔しやがって。
全部分かってるくせに。
昔からずっと。


「あたしはのっちの方が良い。抱いて」


今更こんなことを躊躇う歳でもない。
してしまえば、どうなるかも分かってる。
あなたの答えも、分かってる。


「いいよ」


冷めきった部屋。
彼女の声が響いた。
あたしは熱を求める。
目の前にある、凍りついた彼女の熱。


「おいでよ」


〜続く〜






最終更新:2009年07月17日 23:30