携帯を弄る私たちと、雑誌を読む彼女。
そこに会話はない。
『あ〜ちゃん。準備よろしく。』
マネージャーの声を合図に、雑誌を閉じて楽屋を出ていく彼女。
そして携帯を閉じる私たち。
「歪んでるよなぁ…」
机に突っ伏すのっち。表情は見えないけど、きっとハの字眉毛。
「何が歪んでるんよ」
「わざわざ目の前で携帯弄って、あ〜ちゃんを振り向かせようとしてることが」
のっちが私の方を見る。
ほら、当たってた。ハの字眉毛だ。
「好きなら『好き』って言えばいいってわかってるんだよ?
でも、こんなことでしか気引けないなんて…。正々堂々と向き合えよ自分…」
のっちの何気ない言葉が、心に深く突き刺さる。
『正々堂々と向き合えよ自分…』
私も逃げてるのかもしれない。あ〜ちゃんと向き合うのが怖い。
自分の真の価値が、わかってしまいそうで怖い。
向き合えないからコンプレックスなんだ。
今の私は、彼女と向き合えるだろうか。
「ゆかちゃんも来てって、もっさん言うとるよー!」
しばらくして彼女と共にスタッフさんが部屋に入って来た。
その瞬間、私はすぐに笑顔を取り繕う。
そして、気づいてしまった。
私は仮面を被っている。
仕事をこなすためのプロとしての『かしゆか』という仮面を。
この仮面を取らない限り、彼女とは向き合えない。
そのうち、私はいつでも仮面を外さなくなった。
どうすれば私はこの辛さから解放されるの?
彼女の全てが羨ましい私。
それが全部私のものになれば、楽になれる?
コンプレックスに押し潰されそうで、息が出来なくなる。
彼女が傍にいなくちゃ、私の存在なんて意味がない。
劣等感に打ちのめされそうになっても、彼女の傍にいなくてはならないという矛盾。
その矛盾と向き合うために、私は仮面を被る。
前よりも、もっと分厚い仮面を。
今度は三人の関係を支えるために被った完璧な『かしゆか』という仮面。
だけどその仮面はどんどん重たくなって、ついにその重たさに耐えられなくなった。
仕事が終わると、何も話す気が起きない。二人と何も会話せず、黙って一人家に帰る。
そんな日が何日も続いた。
あるラジオの収録中に、彼女は涙を流した。
彼女はすぐに感情を表に出す。それが良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。
だけど彼女のそんなところも羨ましく感じる。
のっちみたいに涙を拭ってあげることなんて、私には到底出来やしない。
彼女の涙を見て、彼女みたいに素直になれない自分が嫌になるだけ。
それも全部、分厚い仮面で隠す。
収録が終わってからも、私は彼女に声をかけることすらしない。いや、本当は声をかける余裕がない。
泣いた後いつも彼女はメイクがグチャグチャに崩れて、人前で見せられない顔になっているけれど
きっと今の私のほうが、よっぽど酷い顔をしているだろう。
「大丈夫。あ〜ちゃんの気持ち、皆わかってくれると思うよ」
のっちの言葉に黙って頷く彼女を見る目は、とんでもなく冷めている。
早くこの場から立ち去りたい。こんな醜い自分をこれ以上曝したくない。
「もっさん、今日この仕事最後だよね。もう帰っていい?」
完璧な仮面を取った不完全な自分を彼女に見せないように、
私は足早に家に帰ることしかできなかった。
つづく
最終更新:2009年07月22日 22:50