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『のっちへ
久しぶりに会ったけど、元気そうで安心しました。
あたしは、最近こんなことを考えます。
きっと、一度大切だと想った人は、いつまでたっても、なにがあっても、ずっと大切な人なんだなって。
だってね……


アスファルトが鈍く揺らめく。
じりじりと肌を焼く様な、真夏の日差し。
夏の太陽は、真っ白。
薄く軽いものがいいと思ってワンピースを着てきたけど、すぐに後悔した。
肌出してちゃマズイよね。この日差しは。
慣れないことするもんじゃないなと自分を戒めるあたしの四方八方から、蝉の鳴き声が責め立てる。
分かってるよ。柄じゃないよね。

つい先日、懐かしい人から便箋が届いた。
中身は一枚の手紙と、写真展のチケット。
手紙の内容は『来てね』三文字。
小さなギャラリーで、写真展をするらしい。

チケットに小さく載っていた地図を頼りに、ギャラリーに辿り着く。
『樫野有香 写真展』
おお、凄い。名前出てるじゃん。もう『かしゆか』じゃないんだね。
なんだかフォーマルな恰好の人が多いけど、他所行きで来た方が良かったのかな?
でも今日はワンピースだし、いつもに比べればずっとマシなはずだよね。
家を出た時に後悔した服装が、今は心の拠り所になった。
チケットを渡すと、引き換えに紙で出来た小さな花を貰った。黄色い花。
それを両手で弄りながら、ギャラリーに足を進める。

入って一番に目に入ったのは、大きなパネルに収まった写真。
その写真には、恐らく生まれてから世界で一番見たであろう、見慣れた顔。
見飽きたって言ってもいい。
なんであたしなんだよ。
物凄い恥ずかしいんですけど。ゆかちゃんの奴め。あたしに許可なくあたしの写真なんか展示して……
あまりにいきなりで、周囲の目が気になったけど、どうやら誰も気付かない。
気にしてるのがあたしだけだと分かると、尚更恥ずかしくなった。


「あたし、こんな顔で笑ってたんだ……」


ゆかちゃんが写したあたしは、我ながら綺麗に見えた。
いや、自惚れとかじゃなくてね?
これはきっと、あたしが見たあたしじゃなくて、ゆかちゃんが見たあたしなんだね。
だって、あたし一人じゃ絶対出来ない顔してるもん。



広くはない通路を、順路に沿って進む。
両側の壁に並ぶ、嘗ての恋人が切り取った世界。


広大な海。
色とりどりの花。
彼女の大好きな小動物。
笑顔の女性。
泣き顔の子供。
夕暮れの街並み。
微笑み合う恋人。


どれもこれも、ゆかちゃんらしい写真だった。
あたしにはそう見えた。
暫く進むと、角に置いてある机に、女性が座ってるのが見えた。
ゆかちゃんかな?
そう思ったけど、行儀よく座っていたのは、あたし達より幾分年下にみえる子だった。
「次の写真が最後の作品になります。その前に、こちらのアンケートにご協力下さい」
渡された用紙には、感想だの気に入った作品のタイトルだのを書く欄がズラリ。
参ったな。
こういうの苦手なんだよなぁ……
タイトルとか覚えてねぇ〜。
あ、無記名だ。
じゃあいっか、適当で。
「はい、書けました」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げられて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
ごめんなさいね。
適当なタイトル書いちゃって。箱に入れちゃえばこっちのもんよ。
「あの……今日は樫野さんに会えたりとかするんですか?」
「いえ、今日は見えてないようですが……」
「あ、そっすか。どうも」
どうせなら、居る時に来たかったな。
てか、三日間全部居てよ。せっかくチケット寄越す位ならさ。


最後の写真は、小さなホールの様な作りになった部屋に、一枚だけ飾られていた。
なんの写真だろう?
遠目で見ても、なにが写っているのかさっぱり見当も付かない。
ゆっくりと近付いて行く。タイトルは……


—Darling—


朧気な記憶の中に、同じ映像を見つけた。
これ……

「こちらの作品は、如何ですか?」
「分かんないっす……あ、いや。良い写真だと思います」
後ろから声をかけられる。
あまりにジーっと見てたからだろうか。でも、なんか目を離せない。
「この作品は、樫野が是非とお願いして、今回展示されてるらしいですよ」
「はぁ……あ、そうなんすか」
あたしの記憶が正しければ……
でもそんなもん写真展に出さないか……?
「素晴らしい写真ですよね」
「はぁ……」
そうなの?
「なんでも、実はこの写真、樫野ではなく、樫野の友人が撮ったものらしいですよ」
「はぁ……」
……そうなの?
「プロの撮る写真じゃないですもんね」
「はぁ……」
だよね。じゃあやっぱり……
「せっかくのあたしの顔が、こんなにボケてちゃ勿体無いよね」
「はぁ……」


…………あたし?



ゆっくりと振り向くと、ゆかちゃんが立っていた。
あの頃と変わらない、悪戯な笑顔。
「てか、のっち気付くの遅すぎ!」
「あぁ……だよね……」
「どしたん?」
「いや、びっくりして」
言いたい事沢山あったのに、全部忘れちゃったよ。
「のっち、なんか女の子らしくなったね」
「まぁ、もう女の子って歳じゃないけどね」
「あはは、確かに」
「ゆかちゃんは、雰囲気変わったね。ショートにしたんだ」
「うん。若かりし頃ののっちの様でしょ。世界中飛び回ってると、髪の毛邪魔でさ。すぐ痛んじゃうし」
「そっか……そうだよね」


みんな、変わっていくんだよね。
そんなん、随分前から知ってたけど。


「なんでこの写真展示してんの?」
「ん〜?」
「あたしが撮ったやつだし、ボケてるしさ」
「大切な写真だから」
「……なんで?」
「ゆかの大好きな、ゆかのことが大好きなのっちが撮った写真だから」
「ややこしいな」
「これはのっちの見たゆかだから。お互い大好きな時の、のっちが撮ったゆか。もう一生かわらない。写真の“その時”は、永遠だから」
変わらない。そういえば、あの子も言ってたな。
探せばあるんよって。
あたしは一杯見つけたよって。
「今だって好きだよ」
「ふふ、ありがと。ゆかも好きだよ」


肩を並べて、あたしが撮った写真を眺める。
あの頃を思い出しながら、あの頃よりずっと穏やかに。
ゆかちゃんの薬指には、綺麗に光る石。
気付いたけど、何も言わなかった。
今のゆかちゃんは、凄く素敵だったから。


「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。ありがとね、来てくれて」
「じゃあ、またね」
また、なんてあるのか分からないけど。
近くにいたって遠くにいたって、人間理由もなしには、中々会わない。
歳をとった分だけ、あたしはゆかちゃんとは会わなくなって行ったし。
最後にもう一度、自分の撮った写真を眺める。
永遠か。
ならこの写真は、永遠にゆかちゃんに大切にされるんだな。
羨ましいな。
「ねぇ、ちょっと待って」
出口に向かおうとすると、ゆかちゃんに呼び止められた。
「なに?」
「なんか急いでる?」
「いや、別に?」
「じゃあ、ちょっとここで待ってて!すぐ戻って来るから!」
そう言ってゆかちゃんは、staff onlyと書かれた扉に入って行ってしまった。



またも自分の撮った写真と睨めっこ。
人の写真展に来て、自分の撮った写真見るっていうのも、なんだか不思議な感覚だよね。
てか、何も知らない人から見たら、この写真どう見えるんだろ。
芸術だ! とか言うのかな? そんな場面見たら確実に吹き出しそうだけど。
もしかしたら、この写真に写っているのが樫野有香なんだという事を知ってるのは、世界中であたしとゆかちゃん二人だけなんじゃ……

暫くボケッと写真を見ていると、ゆかちゃんが戻って来た。
「お待たせ。はいコレ」
渡された、小さな四角い白い箱。
「何これ?」
「帰ったら開けて。絶対部屋で一人で開けてね」
「えぇ〜……なんか怖いな……」
「ほらほら。ありがとね。またね」
「うん……じゃ、また」
「バイバイ」


小さく手を降るゆかちゃんに軽く手を降り返して、あたしはギャラリーを出た。

久しぶりに会った嘗ての恋人は、なんだかとっても輝いていて、素敵だった。
そんな彼女に、自分が愛されていたことが、誇らしく感じた。
手放した事を後悔するんじゃなくて、素直に過去を愛しく思えた。
きっと、今の為だったんだね。一緒にいたのは。
ありがとうって、感謝するべきなんだ。
過ぎてきた時間も、今まで支えてくれてきた人達にも。
会わなくなった人だって、失くなってしまったものだって、心の中には、ずっと留めておける。
忘れない様に、かわっていけばいい。
この気持ちを、あの頃教えてくれたのは、ゆかちゃんだったかな?
それとも、あ〜ちゃんだったかな?


帰り道は、あまり暑さが疎ましくなかった。
部屋に戻り、シャワーを浴びる。
早速焼けた肌がひりひり痛かった。
机に置いておいたゆかちゃんから貰った小さな白い箱を手に取る。
軽く振ると、カラカラ軽い音がした。
「ゆかちゃ〜ん、のっちはびっくり系苦手だからねぇ〜。信じてるよ〜」
箱を開ける。
あ、コレ……
中身は、手紙が一枚とクマのキーホルダー。
あたしが大事に使ってて、あの日ゆかちゃんにあげたもの。
二人を抱いた、あの日。
のっちのものが何か欲しいって、珍しくゆかちゃんが駄々こねたんだっけ。



『のっちへ

久しぶりに会ったけど、元気そうで安心しました。

あたしは、最近こんなことを考えます。
きっと、一度大切だと想った人は、いつまでたっても、なにがあっても、ずっと大切な人なんだなって。

だってね。
よく思い出すの。
例えば、昔二人で行ったお店に行った時とか。
二人で見た映画をまた借りて見た時とか。
あなたが好きだった音楽を聴いた時とか。
……誰かに、抱かれてる時とか。
さっき久しぶりに会った時と同じ様に、あなたを大切に想う。

一緒に入っているクマのキーホルダー、覚えてる?
あの頃のっちが、唯一大事に携帯に付けていた、キーホルダー。
もう茶色いクマは削れて真っ白になっちゃったけど、のっちがしていたのと同じ様に、あたしも今日まで携帯に付けていました。
ホントにさっきまで付いてたんだよ?
何年もゆかが大事にしていたモノ、今度はまたのっちが大事にしてあげて下さい。
あたしは思うんだ。
きっと人が人にしてあげられることって、お互いが同じ時間を大事に生きることって、こういう事なんじゃないかなって。
あたしの中に、のっちがいる。
思い出す事が、もしかしたら段々減っていくことはあるかもしれない。
それでも、思い出す時は、鮮明に想う。
さっき肩を並べて、のっちが撮った写真みてた時も、ドキドキしてたんだ。
大切で、特別で……
ずっと、きっと死ぬまで、永遠にかわらない。
その“永遠”は紛れもなく“幸せ”だと思います。
また、きっと会おうね。
あたしは、夢の中ででも、いつもあなたに会えるのを楽しみにしています。』


                        いつまでたっても、あたしってのは情けないね。
あの頃はゆかちゃんと一緒になって、あ〜ちゃんはお節介焼きだなんて言ってたけど、ゆかちゃんだって変わらないじゃん。
分かってるから、大丈夫なのに……
二人して、本当優しいよね。



箱の中のクマを取り出す。
「これまた随分くたびれたね」
もうクマなんだって事は、昔のコイツの姿を知ってなきゃ思えないね。

あたしはゆっくり丁寧に、あたしの所へ帰って来たクマを携帯に付けた。

涙は出なかった。
けど、心は信じられないくらいあったかくなって、一杯になった。


あたしだって同じだよ。
また、会えたらいいな。


『ps
さっきのっちのアンケート読んだよ。
《海辺にて》とか《老人と鳥》とか……
そんなタイトルの写真ないから(笑)
相変わらず、適当だね。

確かにそれっぽいけどさ、センスない(笑)
次はちゃんと見る様に!』


〜pege1 end〜




最終更新:2009年07月22日 22:58