最近彼女を無意識に避けてる。
仕事中に『かしゆか』の仮面を被る代わりに、普段彼女に見せる仮面を失ったみたいだから。
私が携帯を弄ってなくても、時折彼女が私に寂しげな視線を送っているのは知っていた。
それにまた優越感を得ていた自分も知っていた。
だけど、まだ私は彼女と向き合えるほどの余裕と勇気はなかった。
それなのに彼女は、彼女自身から私と向き合おうとした。
ある日、テレビ収録を終えて仮面を外そうとしたその時に、不意に彼女が私の顔を覗き込んだ。
「ゆかちゃん、あの…」
戸惑いがちに私に声をかけてきた彼女。
「何?」
仕事中以外で会話をするのはいつぶりだろう。
あまりにも久しぶり過ぎて、たった一言発するだけなのに声が震える。
「あの…今日、お母さんとちゃあぽんは旅行行ったし、たかしげも友達と遊ぶからって、
家にあ〜ちゃん一人になるんよ。…ちょっと、寂しくて。だから…」
その話の続きは簡単に読めた。
「のっちにその話、した?」
臆病な私はそんな返し方しか知らない。
「しとらん」
「だったら、のっ…」
「ゆかちゃんに!…あ〜ちゃんは、ゆかちゃんに来て欲しいんよ」
予想外の彼女の言葉は、私に有無を言わせなかった。
彼女の部屋に入っても、何の会話も始まらなくて。
くだらない話でいいから静寂を打ち破って欲しいと、こんなにも強く願ったことはない。
タイミング良く、私の携帯が鳴る。
のっちからだった。
帰りのワゴン車の中で、初めて私が彼女の家に向かうと知ったのっち。
私のことを心配してくれているのか、「大丈夫?」と一言のメール。
「誰から…?また、彼氏?」
「ううん。のっちから。…てかさ、今からでものっち呼ばん?」
「のっちは…のっちは来なくてええんよ…」
「…なんで?」
「ゆかちゃんと二人で、話したいことあるけぇ…」
「だったら早く話してよ。」
何の感情も込めず、彼女を急かした。
私は仕事が終わったと言えども、まだ辛うじて『かしゆか』の仮面を被っているから。
早くしないとこの仮面は外れてしまう。早くしないときっと彼女を傷付けてしまう。
理由はわからないけど、本能的にそう確信した。
「ごめん…。あのね…ゆかちゃん、あ〜ちゃんのこと嫌いになっちゃったのかなって思って…」
「最近…あんま喋らんよね、仕事以外で…」
「それに…避けとるじゃろ?あ〜ちゃんの…こと」
彼女の言葉が、私の厚い仮面をメリメリと剥いでいく。
駄目、それ以上何も言わないで。私は彼女を傷付けたくはない。
「ご、こめん…ね、こうやってすぐ泣くのところとか、嫌い、だよね…」
彼女の涙が頬を伝うのを見たが最後、
私の中の醜い、劣等感に塗れた姿が曝される。
もう遅かった。
身体が勝手に動きだす。
「あ〜ちゃん」
彼女に近づき、涙の粒を舐め取った。
この涙も。
「ゆか、あ〜ちゃんのこと嫌いだよ」
彼女の髪をそっと撫であげる。
この髪も。
「あ〜ちゃんの傍にいるだけで辛い…」
顎を人差し指で持ち上げ、唇を親指でなぞる。
この唇も。
「辛くて…あ〜ちゃんの全てを、奪ってやりたくなるの」
全部。全部。
「ねぇ…奪ってもいい?」
奪ってしまえば、楽になれる?
ひとつになれば、この劣等感は拭える?
答えなんて、わからない。
もしかしたら余計に辛いのかもしれない。
彼女との距離を無理矢理縮めて、私はもう元の自分には戻れないのかもしれない。
だけどきっと離れられないね。
だって私は。
私は、あ〜ちゃんコンプレックス。
おわり
最終更新:2009年07月22日 23:05