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A-side




「良い天気だね、あ〜ちゃん」

何食わぬ顔でベランダで朝日を見つめる横顔がそう呟いた。あ〜ちゃんは戸惑う。昨日の出来事は衝撃的で、絶対にあ〜ちゃんの寿命は縮んでしまった。
何が理由かは結局分からないまま一夜が明けた。のっちがゆかちゃんの首を絞めて、それが凄く怖くて。普段あんなに穏やかなのに。怒った姿なんて見たことないのに。のっちが違う人みたいで、怖くて震えが止まらなかった。

「ごめんね、昨日」
「…なんであ〜ちゃんに謝るん」
「ビックリさせちゃったから」
「ゆかちゃんには、」
「ちゃんと謝ったよ、なんともなくて良かった」

そう言ってのっちはヘラヘラ笑うから、あ〜ちゃんは昨日ひっぱたいてまだ痛む右手を再び振り上げた。のっちをひっぱたいたのは、昨日が初めてじゃないけど。それでも傷んだ。胸が傷んだ。
だけど振り上げた右手はすぐに重力に負けて力なく落ちていく。のっちの長くて白い首に、くっきりと赤い指の跡。なんなん、なんなんよ二人とも。馬鹿じゃないの。

「あ〜ちゃん、今夜ゆかちゃんいないんだってさ」
「…そう」
「どこか出掛けない?あ〜ちゃんが見たいって言ってた映画見に行こうよ、あの遊園地にも行こ、ご飯もどこか美味しいレストランで…」
「のっち…?」
「えっと…、つまり、デートしよ」

のっちは照れたみたいにはにかんで笑った。大きなその目を細めて、薄い唇の隙間から見える八重歯はやっぱりどこかあどけなくて。眉毛は相変わらずハの字で。
あ〜ちゃんが昔から大好きなこの表情は朝日で光ってた。そっか、のっちって昔からこんな可愛いんだった。可愛くて可愛くて仕方がない。腫れてる瞼をそっと撫でてあげたい。行き場のない指先がもどかしい。

「良いよ」
「ほんと?やったぁ」
「だけどストール巻いてね」

のっちの顔には「しまった」と書いてある。慌てて手で隠したってもう遅いってば。
二人とも、お願いだから傷つけないで。あ〜ちゃんの大切な二人を傷つけないで。あ〜ちゃんの宝物同士で傷つけ合わないで。

「…ごめん」

二人の跡なら、あ〜ちゃんもお揃いが良い。あ〜ちゃんにもつけてよ、あ〜ちゃんの首も絞めてよ。

「…ごめんね…」

のっちはそう何度も呟いた。あ〜ちゃんは声を出さずに泣いた。眩しい朝日はのっちの輪郭をぼやけさせるだけ。



K-side



シャワーから出ると、歯を磨きながら小踊りしているのっちを発見。ゆかはひたひたと冷たい床の上を歩いて近づく。ちなみにゆかはバスタオル一枚。
首についたお揃いの跡は今見ると気持ち悪い色をしていた。

「なーにニヤニヤしてんの、気持ちわりゅい」
「ゆかひゃん〜」
「ちょっと、やめてよ」
「んー、おっぱいー」
「こら」

テンション高いのは分かるけど、それ酔っ払いのテンションだからね。のっちがゆかの胸を二回程揉んだ所で腹を殴ってやった。歯みがき粉の泡でグジュグジュな口から蛙みたいな呻き声が上がる。

「なんなん、朝からウザイ」
「うひひ、今夜あ〜ちゃんとデートするのだ」
「まじで?色々と大丈夫なの?」
「うーん、多分大丈夫なんじゃない?」

二人はなんだかんだで両想いだもんね。色々心境は複雑だろうけど仲良くお出かけなんかしてもおかしくはないしね。ただあ〜ちゃんは平気なのかな、あんな場面を目の当たりにした後で。

「今夜チューしなよ」
「で、な、チューなんて無理っ」
「ほんまヘタレじゃ」

そう言うと、のっちは泣きそうな目をして笑った。のっちがそんな顔をする時は、決まってゆかかあ〜ちゃんに不幸が起こる。世界が急速に廻りだす。
何かを諦めた時、いつものっちはそんな風に笑うから。ゆかの考えが正しいとすれば、のっちは今夜何かを諦める。それが何なのかは簡単に想像がつく。ゆかの髪から静かに雫が落ちて、バスタオルに吸い込まれていく。

「早く髪乾かさないと、風邪引くよ」

そう言って伸びた手を、ゆかは拒んだ。「触らんで」って呟いて、のっちに背を向けた。
それがのっちの出した答えならゆかは受け入れるつもりでいたけど、やっぱりすぐには無理みたいだ。どうして願っちゃいけないの、ゆかだって幸せになりたいの。二人を守って生きていくの。なのにどうして。
もうあの頃みたいにどうこう出来ないくらい二人は大人になりすぎた。ゆかがちょっかいを出しても、あの頃みたいに可愛い反応を返してくれる二人はいない。この世界は変わるんだ。そうやって二人はゆかの手の届かない所で泳ぎ続ける、きっとこれからも。

諦めるのはのっちじゃない、ゆかの方かも。諦めたくなんかない、「ゆかちゃんを幸せに出来ない」と面と向かって言われた後でもあんな些細な事でゆかの首を絞めるのっちに淡い期待を寄せていたのに。

諦める勇気、今ゆかに必要なのはそれだ。
そして欲を言うと、踏み出すのっちを励まして、受け入れるあ〜ちゃんを支える力が今は欲しい。全部全部諦めて、ゆかは新たなスタートラインに立つ。

「今夜、遅くなるから」

さようなら。
ゆかは確かに幸せでした。



◇19:終◇





最終更新:2009年08月01日 20:44