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N-side



「ようし…、って、さすがにコレはやり過ぎ家庭教師だよなぁ…」

鏡に映る見慣れない黒縁メガネ姿の自分にうんざりと溜め息をついた。もうデートだって響きだけでワクワクしちゃってさっきから「私の両足〜♪」のフレーズばっかりエンドレスリピートですよ。
いや、でもなぁ〜、あ〜ちゃん黒縁メガネ大好きだし…のっちもなかなか似合ってるっぽいし?いやいや、でもさすがに急に伊達メガネなんてかけてあ〜ちゃんも引いちゃうと嫌だし…、もう良いや、やっぱ普段通りが一番だよね。って事で棚の上のメガネケースに静かに戻してのっちは壁に掛かったストールを首に巻いた。


あ〜ちゃんを好きになって、今日で何日目かな。

タイムリミットまで、あとどのくらい猶予があるの。もうこれっきりだ。今日をもって、のっちは恋を辞めます。これがのっちの選んだ幸せの形。




「あ〜ちゃん準備できたぁー?」

ドアをノックすると、すぐに中からバタバタと音がしてあ〜ちゃんが出てきた。急に視界に現れたあ〜ちゃんの睫毛はいつもよりフサフサで、心臓が飛び出るかと思った。

「お待たせ〜」
「わぁ」

あーあ、また溜め息が出ちゃうよ。
そりゃモテるわ。やっぱ可愛いわ。やっぱあ〜ちゃんだな。花柄のワンピースに、髪もいつもと違う感じでまとめてて。初めて見るアクセサリーは白い肌に良く栄えていた。まさに天使、まさにお姫様。

「かっわいいね」
「ありがと、のっちも可愛い」
「えーほんと?」
「うん可愛い」

もうすぐ日が暮れる。今から出れば映画の上映時間にはちょうど良い感じに映画館に到着するだろう。
映画楽しみだな、食事も楽しみ、遊園地も楽しみ。そして何より、あ〜ちゃんが隣にいるってのが一番幸せ。

「じゃ、行こっか」

家の外に出て、扉に鍵をかけた。

次にこの家に帰ってきた時の二人は、今と違う二人だよ。前に踏み出す勇気を、あ〜ちゃんへの感情を封じ込める勇気を。そっとこの鍵に込めよう。


カチャン、


重い鍵は、閉ざされた。
さようなら、のっちの初恋。



A-side



家を出てバス停への下り坂をゆっくり下りながら見えたのは、あの日に良く似た夕焼けだった。切なくなるくらいに橙色は濃い影を作る。あの日みたいにのっちの白い肌は輝いていた。
それでもあの日と違うのは、この繋がれない右手かな。それともあ〜ちゃんの気持ちかな。隙があれば距離を詰めたがったあの日ののっち、どんなに触れたくてもそれを拒む今ののっち。

単純だ、要は好きになりすぎた。
そんなの、恋人って関係を終わらせたあの日のもっと前から既に気付いてた。

「久しぶりだね、二人だけで出掛けんの」
「そうじゃね」
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「うん?」

のっちは足を止めた。
あ〜ちゃんも足を止めて振り返ると、のっちは真っ直ぐな目で見つめてきた。のっちのそんな真剣な目、久しぶりに見たよ。格好良いな、って思う。王子様みたいだな、って、高校ののっちファンクラブの子じゃないけど、そう思う。

「今だけ、さ」
「うん」
「恋人に戻ろう」

そう言ってのっちは左手を差し出す。夕日が作る影はのっちの顔にまで濃い黒を描く。切ないくらいに、濃く。綺麗だった。まるで彫刻みたいに、触れてはいけない芸術みたいに。

のっちって、こんなだったっけ?

ここの所驚かされてばかりだ。のっちがのっちじゃないみたい。だけど、ふとした瞬間、それは懐かしいくらい昔のまんまののっちの姿で。

「……」

あ〜ちゃんは何も言わずにその手を取った。
ほら、伝わる体温はあの日と同じだ。何も変わっちゃいないのに。疑ってばかりで見えていないんだ、本当ののっちが。言葉の意味だって、今は疑う事しか出来ないよ。
今だけ恋人になって何がしたいの?あの頃だって恋人らしい事ってなんだかさっぱり分かんなかったのに。それでも心のどこかで喜んでるよね。まだこの先は見えないのに。

「ありがとう」

そう言って、のっちは泣きそうな顔して笑った。のっちがこんな顔をすると決まって世界は急速に廻りだす。あ〜ちゃんがついていけないくらい、加速度は増してぐるんぐるん目は回って気分は悪くなる。

何をしようとしているの?
あ〜ちゃんとどうなりたいの?
この手の温度で繋ぎ止めてよ。
あの日みたいに、はにかんで笑ってよ。
ねぇ、あの日みたいに。
今は恋人なんだから。



◇20:終◇





最終更新:2009年08月01日 20:45